森林の乙女 3
何も挿していない、空の花瓶に気づいたイェオーシュアがふと洩らした。
「そういえば、おじいちゃんはかすみ草が好きだったっけ」
「そうだね……、結婚してから毎日欠かさずにあの人が摘んできては、よくこの花瓶に飾っていたねえ」
「ふうん……、いいなあ。わたしもそんな素敵な人と結婚したいなぁ」
「ほっほ、あの人みたいな美男子はなかなか居ないねえ」
「はいはい、ごちそう様です」
「ほっほっほ」
「そうだ、今日お花を摘んでくるね。まだ寒いから、あまり咲いてないかもしれないけど……」
「ありがとうよ、気をつけて行くんだよ」
老婆に会釈をしてコートを羽織ると、自分の桶を手に持ち玄関を出た。外はうっすらと青白くなっている。途中に井戸で水を汲み、自宅に戻ると歯を磨き、次いでボサボサの髪をとかした後、耳用のブラシで丁寧に耳を撫でる。髪は女の命という言葉があるが、シェイン族にとっては耳の手入れもかかせない。
いろんな髪色があるが、シェイン族特有の大きく垂れ下がった犬耳にも何種類かに大別することができる。一例を挙げると、黒鹿毛、青毛、鹿毛、栗毛の他に、めったに見ないが金、銀、赤、白など様々である。黒鹿毛と青毛は一見すると同じ黒に見えるが、光が当たると青毛は紫を濃くしたような具合に見える。鹿毛は褐色、栗毛は光に当たると金色に映える具合だ。金は文字通り黄金に輝き、暗闇でもその色を発する。銀は夕日に当たると薄い紫がかった色に輝く。赤は燃えるように真っ赤であり、白は挙式で女性が着る、ドレスのような純白である。ちなみに髪と耳の色は一緒になっており、髪が青であれば、耳も青といった具合になる。
読者諸君にはこれから描かれるものに不快な思いをするかもしれないが、この悪しき風習をここに記すことを許していただきたい。なぜならば、悪いものを白日の下に晒し、これは悪だ! と明言してこそ悪を追いこむことができる。善は悪と常に戦い、勝利して初めて善となるのだから。
シェイン族が奴隷として扱われた時代。性別、体格、年齢を含め、髪と耳の毛色で値段がつけられていた。特に金、銀、赤、白の毛色をした子供は性別に関係なく、破格の値段で取引された。労働力としてもそうだが、たいていの場合は少年趣味、少女趣味目当ての者がほとんどである。百年戦争末期にはおびただしいほどの競売が米帝を中心として世界各国にて行われた。そこでは身の毛もよだつ光景が展開されていた。