森林の乙女 2
「そういえば、おじいちゃんはいつもおばあちゃんのいれるお茶は最高だって言ってたね」
「ほっほっほ……」
「おじいちゃんが亡くなってからもう一年か……、やっぱり寂しい?」
「いいや、寂しくないよ。あの人とはいっぱい思い出があるからね。もちろん苦しいこと、辛いことはあったけれど、いつもそれを半分にできたわ。嬉しいことは、あの人が居れば二倍になったし……。それにイェオーシュア、おまえがいるからね」
「わたしもおばあちゃんが居て寂しくないよ。お父さんとお母さんがいなくても、おばあちゃんがいるからね」
老婆がイェオーシュアと呼んだ両親は、十年前の不慮の事故で亡くなった。ピクニックからの帰路の途上、高い谷に挟まれた隘路にさしかかった際に崖崩れが発生して、親子三人土砂に飲み込まれたのである。そこへ偶然にも狩りの途中であった五人の青年が現場に居合わせた。そうして耳を澄ましてみれば、どこかからうめき声がが聴こえてくるではないか。
使命に駆られた彼らの一人が集落に応援を求めるために走り、残りの四人は手分けして土砂をかき分けていく。捜索すること二十分、はたしてイェオーシュアが見つかった。父親がとっさに小さな彼女を両手で抱え、前方にできるだけ大きく放り投げた為に早く発見されたのだろう。 泥まみれになりながらも、両親の名をうわごとのように呟く幼い彼女を保護すべく、青年達の一人が集落へ運んでいく。不幸中の幸いだろうか。幼い彼女には多少のすり傷はあったものの命に別状はなかった。救助活動は一昼夜おこなわれた。彼女の両親は手をつないだ状態で、骸となって発見された。爾来、イェオーシュアは天涯孤独の身となったのである。
しかしながら、幼い彼女は隣の家に住む、老夫婦に引き取られた。老夫婦は彼女を実子のように接し、育んだ。老夫婦の愛は彼女の心の傷を癒やした。彼女もまた老夫婦の愛に触れ、笑顔で応えた。それは老夫婦にとって、かけがえのないものとなっていた。彼女の笑顔、清らかな声、天使のような振る舞い、そういったものは皆全て陽光だったのだ。そうしてその陽光は老夫婦の心を照らし、隙間を埋め、慈しみ、安らぎを与えてくれた。彼女は老夫婦にとって、まさに天使であった。そうした楽園の日々を過ごすと、約束の日が到来した。老翁は最愛の妻と天使に見守られ、陽光に包まれながら無何有の郷へと赴いた。地上の楽園から、天空の楽園へと旅立ったのである。