森林の乙女 1
大森林とも言うべきこの樹海に、一つの集落がある。まだ日は出てないが、篝火が朝靄を照らしていて、辺りは清浄な空気に包まれている。一番鶏が朝を知らせると、一人の女が目を覚ました。
眠い目を手でこすりつつゆっくりと起き上がり、大きく背伸びをしてベッドから降りる。それから傍にあるランタンに火を灯し、それから冷えきった部屋を暖めようと暖炉に火をくべる。そうしてしばらく火に当たって身体を暖めると、毛皮のコートを羽織りつつ桶を手に持ち外へと出た。二、三分ほど歩いただろうか、なにやらカラカラとした渇いた音がしてくる。どうやら先客がいたようだ。
「おはよう、おばあちゃん」
「おはよう、今日も早いねえ」
言いつつ老婆が井戸のロープを引っ張っているのだが、なかなか桶が上がってこない。見かねた彼女がそれを手伝い、老婆の桶に水を移した。
「いつもすまないねえ」
「ううん、ついでにおばあちゃんの家まで運ぶわ」
老婆の家に着いて洗い場にある水瓶に水を移した時、ふと彼女が思いだしたように言った。
「ねえおばあちゃん、顔洗っていいかな?」
「いいわよ。あたしはお茶を煎れているからね」
「ありがとう」
「それから朝食も食べていきなさい」
そんな風にいつものやりとりをして彼女が顔を洗う。
「ふう、さっぱりした」
言いつつタオルで顔を拭い、鏡に映る自身を見つめてみる。銀髪は直毛。額を前髪で隠し、同じ色の犬耳が大きく垂れ下がっている。すっと通った鼻、薄桃色の唇、白磁を思わせる白い肌、つぶらな碧青の瞳。
「栗色か、黒であれば目立たないのになあ……」
顔を洗い終えてリビングに向かうと、老婆はすっかりと朝食の支度を済ましていた。
「さあ、椅子にお座り」
そう老婆に促されて二人は椅席に付き、会話を交わしつつ朝食を済ました後、彼女が食器をかたづける合間に老婆は食後のお茶を用意していた。
「さあおあがり」
老婆に言われて彼女がティーカップに口を添える。すると心身を和らげる、芳醇な香りが彼女の胸を暖めた。
「いつ飲んでも、おばあちゃんのお茶美味しいね」
「ほっほ、年の功というもんじゃて」
「おばあちゃんみたいに、わたしも美味しいお茶をいれられるようになれるかな?」
「どうだろうねえ……、愛しい人が居たら、美味しくなるかもしれないねえ」
言いつつ老婆は逆さになっている、もう一つのティーカップを見つめていた。