Short Heavn
今夜はいろいろあった。
戦いもしなければいけなくなったし、その疲れが出たのだろう。諏訪は当分起きる気配がない。とても自分の足で保健室に入ってくれそうにない。
唾を飲む音がはっきりと聞こえた。まさか、俺がそんなことを?
これはもしや闘いを頑張った彼女を褒めろという意味の神のお告げなのか!?
――って何を考えているんだ俺は。ただ、この娘を運ぶだけだろ。簡単なことじゃないか。簡単な……
俺はハッと我に返ると急いで手を引っ込めた。俺の右手に彼女の髪が当たっていたのだ。
まずいな、心臓の鼓動が止まらない。というか、女の子の髪ってこんなにさらさらしているんだなぁ。
「……違うだろー!!」
俺は思わず叫んでしまった。諏訪を起こしてしまったかと思いきや彼女は俺の体の中で寝返りを軽くうっただけだった。
ふぅ、起こすことにならなくてよかった……。あまりよくないか。
結局俺は三十分近く悶え苦しんだ後、諏訪を背負って保健室に行くことにした。ついでに彼女用の武器としてこの中華鍋もいただいていくことにしよう。
何だか保健室までの道のりがとてつもなく長く感じた。俺はそれほど背が高いわけじゃないから彼女をおぶって支えるには少々力が心もとなく、さらに中華鍋も一緒に背負っていることもあって何度か休憩を挟みながらの道のりとなったのだが、それを含めても相当長い旅だったと思う。
保健室の扉はやはり簡単に開き、そのまま彼女を医療用のベッドに寝かせる。そして、不器用ながらも簡単な手当てをしてやった。俺の怪我も治療するついでに。
べ、別にやましいことは何もしていない。してないからな!
俺は諏訪の隣のベッドに座った。窓を見上げると月がだいぶ高い位置にあるのがわかる。保健室の時計は十二時前を指していた。
月明かりに照らされた諏訪はまた一層色っぽく見えた。元が中の上くらいということもあるかもしれないが、月明かりに照らされたことで俺の中では上の中くらいにまでメーターが上がっていっていた。女ってのは月明かりを浴びても綺麗になれるものなのだと実感させられた。はぁ、俺にもっと勇気があればもしくは……いやいや何を不謹慎なことを考えている俺!
気を正気に保て!
精神を集中しろ!早まってはいけない。いけないんだ!
俺は秒刻みで襲ってくる衝動を必死に抑えた。願わくは諏訪さん、早く目覚めてください。
「う〜ん…」
俺の願いがかなったのか、諏訪は意外と早くに目を覚ました。
「あ、向井君…」
「よう、目が覚めたか?」
「私、どうして寝ているの?」
「あんたはよく戦った。覚えているか、この中華鍋で勝ち取った勝利を」
俺は床に置いてある中華鍋を拾い上げて、彼女に見せた。すぐに思い出したのか諏訪は小さく頷いた。そして、しきりに傷を受けたあたりを手で触っている。
「向井君が手当てをしてくれたの?」
「あ、まぁ、その……女の子を傷を負わせたままにできないし…」
しどろもどろになりながら俺は言った。そんな俺に諏訪は嬉しそうに笑って「ありがとね」と言ってくれた。ああ、また心臓の鼓動が高くなってきた。それに顔も何だか熱い。俺は顔のほてりを隠すために学校の見取り図を見下ろした。
「さっきの女の子たち、大丈夫かな…」
予想通り諏訪はさっきの相手のことを心配しているようだった。まぁ、中華鍋で叩いて窓際の壁に叩きつけたんだから無理もないか。
「大丈夫だろ。それに諏訪は自分を守るために戦った。言わば正当防衛って奴だからいいんだよ」
「そうじゃなくて、死んでないよね?」
「あ〜、結構派手にぶつかっていたけど多分大丈夫だろう」
根拠はないけど……。
「とにかく俺たちには後ろを振り返っている余裕はないんだ。さくさくっと事を終わらせてさっさと帰って寝るのだ」
「アハハ、そうだね」
諏訪はおかしそうに笑った。どうやら少し緊張がほぐれてきているようだな。しかし、クラス内では気づかなかったけど彼女ってこんなに明るい娘だったんだな。俺がたまに見る感じではものすごく真面目そうで融通利かずに見えたんだがな。やっぱり話してみないとわからないってことか。
体力の回復も含めて十分に休息をとった俺たちは再び担任の仕組んだシナリオとやらを打破するために夜の学校探検を再開した。
今、俺たちがいるのは職員室やクラスの教室がある本校舎。部屋の数が多い分大変だが一番バトルを仕組むには狭い場所が多いところだ。案の定、二階から四階にある各学年の教室、一階の職員室や校長室――校長室でバトルをして大事な旗やら記念品やらを壊したら大変だからな――にも刺客はいなかった。廊下ではちあわせるかとも思ったが、奴らはどうやら道端でのバトルはお気に召さないらしい。俺たちは本校舎をあっという間に攻略して、次の場所に向かおうとしたのだが――
「待って、向井君」
四階を探索し終えたところで諏訪が俺を呼び止めた。
「屋上をまだ調べていないんじゃないかな」
意外な落とし穴だった。本校舎には屋上へ通じる階段があるのだがいつも壊れたハードルに『立ち入り禁止』の札が張ってあるのだ。そして、それは今夜も例外ではなかった。
どうして屋上が立ち入り禁止なのかはわからない。この学校で屋上から飛び降り自殺でもした生徒がいるのならまだしも、そういう事例は今のところ俺が知る限りではない。
「行ってみるか」
「うん」
俺たちはハードルをまたいで屋上へと続く階段を上っていった。立ち入り禁止と書かれていても所詮は入り口をハードルでバリケードのつもりにしている程度。生徒が万が一入ってもすぐに引き返すように踊り場を過ぎた辺りからやたらと清掃用具や各部活の備品などが階段に散乱していた。俺たちは何とかそれを避けながら、屋上への扉を開く。普通ならここも鍵はかかっているのだろうが、今夜はあっさりと開いてしまう。防犯対策なんてあったものじゃない。
屋上の扉を開けると夏の湿った風が俺と諏訪の体にまとわり着くように吹きつけた。そして、もはやお約束といえるように屋上と校舎を繋ぐ扉が大きな音を立てて閉じられた。
さぁ、今度は誰が出てくるんだ。
「向井君、左腕は大丈夫ですか?」
諏訪が声を潜めて聞いてくる。
「もう平気だよ。ちゃんと冷やしておいたからな」
俺は左腕を大きく回してみせる。氷嚢で冷やしてすっかり痛みも取れていた。ついでに冷蔵庫のジュースも飲めたことだし。
コツコツ。
乾いた足音と共に月夜に姿を現したのは俺のクラスの男子生徒四名。そのうち二人はわかる。一人は俺の前の席の奴で確か本田とか言ったな。背が高くがっちりしたむさい奴だが、このクラスの中では結構話しやすいタイプだと思う。もう一人はその本田の友達で安島とか言う名前だったな。出席番号順であ行の安島とは行の本田がどうやって知り合ったのかは知らない。気がついたらそれなりに話す仲になっていたらしい。まぁ、同じクラスだしそれくらい普通か。
「ヨウ、ムカイジャネェカ」
「オッス」
少し違和感を覚えたものの俺はいつものように片手を上げて挨拶をする。
「お前、こんなところで何をしているんだ?先生に呼ばれた場所は体育館だろ?」
「………」
俺の問いに対して本田は何も答えない。代わりに安島が口を開いた。
「ムカイクン、キョウハエンゲキレンシュウのショニチダヨ。コレカラオレタチはガクエンサイニムケテケイコヲスルンダ。オクレテキタキミタチハ、バツトシテオレタチノレンシュウノセイカヲミナイトイケナイ」
ソノトオリダ、と本田たちの後ろにいる二人の男も合唱する。
「ソウイウコトダ。スワサンニモカクゴヲシテモラウゼ」
本田は不気味な笑みを浮かべると、親指をパチンと鳴らした。刹那、後ろに控えていた男たちが一斉に飛び出す。
「くそ、本田も操られていたのか」
俺は舌打ちをしながらナイフを構える。
「諏訪、来るぞ!」
諏訪は堅い表情で調理室から拝借してきた中華鍋を構えた。




