Battle1
指の骨を鳴らしながらゆっくりと目の前にいる男子生徒たちとの間合いを詰める。
状況は二対一で圧倒的に俺が不利だ。なおかつ俺は喧嘩に強いわけではないのだが、この二人はどこか逝ってしまっているような感じがする。俺と対峙しているのにも関わらず奴らの目の焦点が俺の顔に合っていない。これなら隙を突くことは十分に可能だ。
何があったか知らないし、何のつもりなのかも知らないけれど……
「そういう態度はいただけないぜ!」
俺は大きく一歩を踏み出し、奴らの間を縫うようにして中央を駆け抜けた。このまま後ろから一人の急所に手刀を当てる……つもりだったが、流石に虚ろな目をしていても反応だけはきっちりとしてくるようだ。すぐに後ろを振り向き、俺の放った手刀を軽く払う。
「ウウー!」
まずい!一人はナイフを持っている。高校生のくせしてなんでそんなもの持っているんだよ。最近物騒だからか?しかし、こいつらは知らないね。ナイフを持った奴がナイフを持った奴に切りかかろうとすると逆上された勢いで逆に自分が切られることを……いや、俺はナイフ持ってないけど。(健全な高校生ですから)
とにかくナイフは危ない。俺はいったんナイフを持った奴だけの攻撃に集中する。ナイフの動きを見切り、奴の手からナイフを払い落とし、そのまま拾ったナイフを振り回しながら急所を手刀で叩く。後は一対一の勝負だ。奴の急所を狙いつつこちらの急所を狙われないようになるべく隙のない動きを心がけて……今だ!
俺の膝蹴りを見事にみぞおちに受けた二人目があっさり木の床の上に撃沈する。
「なぁんだ、意外と弱いな」
パーフェクトとはいえないものの、闘いに勝利した俺は勝者の威厳を既に気絶している野郎どもに見せつけた。
「向井君、大丈夫!?」
戦い終わった俺の元に彼女が駆けつけてくる。俺は大丈夫だということをガッツポーズを見せることで示すと、今度は彼女の視線が伸びている男二人に降りた。
「この人たち、同じクラスの人なんですよね?」
「顔からしてそうなんだけど…」
「何で急に襲ってきたの?」
「知るかよ。俺が聞きたい」
『その問いに、答えてあげるが世の情け』
突然大音量で体育館内に響くスピーカー。なんだなんだ、やっぱりこれはサプライズなのか?
『君たちは我が悪魔軍の幹部候補として選ばれた。さぁ、この地図を持っていますぐ幹部候補の茨道を歩いてくるのだ』
その放送が途絶えると、天井からふわふわと一枚の紙切れがゆっくりと落ちてきた。
「これは…」
「学校の見取り図じゃないか。なんだ、やっぱりサプライズじゃないかよ。それに、あの声は明らかに俺たちのクラス担任の声だよな」
俺はスピーカーを睨みつけた。
「おい先生、その年になって魔王気取りか?生徒を二人も使ってくだらない芝居をして恥ずかしくないのかい?」
『向井君、これは芝居などではない。君たちは既に我が策に陥った。君たちの命はもはや私が握っているのだ』
どうやらスピーカーの向こうにいる担任は完全に頭が逝っちまっているようだ。セオリー通りならここであの先公の脳天に一発かましてやるところだが、あいにくと俺はもう高校生だ。そんなくだらないことには最初から首を突っ込まない。
「行こうぜ。こんな悪ふざけに付き合っていられるかよ」
俺はどうしようか戸惑っている連れにかまわずそう言うと、体育館の扉に手をかけた。
「ぐあ!?」
何だ、今のは。静電気でも走ったのか?いや、それにしちゃ痛みがかなり激しいぞ。
俺は手を軽く振って麻痺を解いた後、もう一度扉の取っ手を掴む。
「おああ!?」
やはりおかしい。セーターとか静電気が起こりやすい服装なんてしていないし、さっきの静電気もちゃんと振り払って解いたはずなのに。俺が忌々しげに扉を睨んでいると、三度スピーカーからやかましい笑い声が聞こえた。
『無駄だよ向井君。君と諏訪さんは既に私の手の中だと言っただろう。私が冗談を言うような性格ではないことは承知してくれていると思ったのだがね』
くそ、得意気に大笑いをしやがって何様のつもりだあの教師!第一こんなの校長にばれたら定職どころか一気に辞職ものだぞ。
『君たちにはこれからその地図を片手に我が下僕たちと戦ってもらう。そして見事私を見つけ出したら君たちの勝ちだ』
「先生、馬鹿なことをしないでください!演劇のことを決めるために今日は集まったんじゃないんですか!?」
『……今夜は月がきれいだ』
彼女の問いとはまったく関係ない答えだった。スピーカーから流れる担任の声はさらに続けた。
『劇の上演にふさわしいではないか!さぁ、私の作ったシナリオを完成させてここまで来るのだ!』
「先生!」
なおも食い下がろうとする彼女の肩を俺はそっと掴んだ。
「やめておけ。何があったのかは知らないけど今の先生は完全に狂っている。あんまり気乗りはしないけど今は奴のシナリオとやらに付き合うしかなさそうだぜ」
「何言ってるの!戦いなんて馬鹿みたいじゃない!」
「俺もそう思う。けど、現にあいつは俺たちがこれに乗らないと帰す気はないみたいだ。扉に変な仕掛けが仕掛けられている」
「そんなぁ…」
女の子はへなへなとその場に座り込んでしまう。ショックなのはわかるが、それは俺だって同じだ。いきなり襲ってきたクラスメイトに狂った担任、訳のわからないゲームに付き合わされて俺だって帰れるものなら帰りたい。しかし――
「今、俺たちをじりじりと追い詰めようとしている奴ら同様、先公は俺たちを帰す気なんてまったくないようだぜ」
俺の言葉にようやく彼女も気づいたのかハッと周囲を見回した。