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Surprise

 案の定、体育館は闇に閉ざされたまま、その周辺にも人の影一つ見つからなかった。

 帰るか、俺がそう思ってきびすを返そうとした時だった。俺の背後から地面の小石か何かを蹴るような音がした。ハッと後ろを振り返ってみると、柔らかな月明かりに照らされたここの生徒と思しき女の子が立っていた。

「あんた、もしかしなくてもここの生徒だよな。こんな時間に何をやっているんだ?」

 答えはわかりきっているが一応聞いてみる。月明かりと夜の闇がバックグラウンドだと俺みたいな奴でも少しはかっこよく決めた感じが出て満足感に浸れるな。

「担任の先生にここに集まるように言われて…」

 この女の子は恐らく俺のことを守衛か何かと勘違いしているのだろう。やたらと怯えた声でそう言った。

「あんた、一年六組の人?」

 俺の質問に女の子は「そうです」と今度ははっきり答えた。

「あんたもそうか。実は俺もそうなんだよ」

「え?」

「俺はあんたと同じクラスの向井だ。向井一樹」

「諏訪……実です」

 女の子は俺が一年六組の生徒だとわかると、心底ホッとしたような表情を見せていた。

「誰もいなくて不安だったんです。遅れてきたから絶対に皆いるだろうと思っていたんだけど…」

「甘い甘い。おそらく俺とあんたを含めてみんなそういう面持ちでここにくるつもりだったんじゃないか?教室も見てきたけど誰もいなかった」

「先生は?」

「いなかった。一体どういうつもりなんだ。俺たちを呼んだ張本人がいないんじゃ話にならないぜ」

「皆もいないし、本当に学園祭に参加する気あるんでしょうか?」

「さぁね。そういうあんたはどうなんだ?」

「私は参加したいです!模擬店とかも出すし中学校のときとはまた違って夢があると思います」

「夢ねぇ…」

「でも、このクラスの皆は先生も含めて皆真剣に考えようとしていません。クラスの出し物が演劇って決まってからも何も決めようともしないし…」

「あんたが進行役を買って出たらいいじゃないか」

「私が?無理ですよ。そういうのには向いてないから…」

 俺は心の中で小さく頷いた。別にこの女の子が頼りなさそうだってわけじゃなくて、女っていうのは大抵大勢で集まって一つのものを言うときが多いから、彼女も例外ではないなと思っただけだ。しかしなんだ、少なくともこの女の子は少し、いやかなりやる気はあったらしい。

 とにかくここで無駄話をしていてもしょうがない。俺は体育館の大きな引き戸を引っ張ってみた。

 ゴゴゴゴ――

 何と不思議なこともあるものだ。体育館の大きな扉が鈍い音を立てながらゆっくりと横にスライドしていったではないか。俺は思わず後ろを振り返って、女の子の表情を伺ってみると、彼女もまた信じられないと言わんばかりに目を大きく開いていた。

「こういうこともある……ものだな」

 入ってみることを提案すると、彼女は案外すんなりついてきた。まぁ、外で待つのも中に入るのも同じようなものだからな。だったら、一人より二人のほうがいいだろう。

夜の体育館は先ほど俺が散策した校舎の中とはまた違った雰囲気を味わえる。俺たちは窓から差す月明かりを頼りに用具室がある一階から二階へと上がっていく。その間、俺たち二人の間に会話はない。何せ入学してから約二ヶ月、ろくに話したことのないクラスメート――しかも女子と――と何を話せというのだろう。それに、俺の後ろをついてくる連れにそんな余裕はないみたいだしな。これじゃまるで本当に肝試しみたいじゃないか。

 俺たちは長い階段を上り終え、木の床でできた小さなグラウンドを一通り見回してみる。

しかし、目で見てもわかるとおり一番奥のステージの上にも人は誰一人いなかった。まぁ、いたら照明くらいつけるよな。俺たちを待ち伏せるためだけにこんな暗い中でいきをひそめたりなんかしないだろう。

 後ろの連れに気を遣いながら、ゆっくりと中央へと歩いていく。中央まで来たところで俺はふと足を止めた。そしてもう一度周囲を見回してみる。天井、ステージ、入り口、全てに神経を張り巡らせて人の気配を探る。夜の体育館は自分の息が大きく聞こえるほど静かな建物だった。

「どうやらサプライズなわけでもなさそうだな」

 俺は深いため息をついた。まぁ、学校の雰囲気を感じ取った時点でわかりきっていたことだがな。高い確率で当たる予感が的中しただけだ。

「さぁて、どうしようかねぇ…」

 なんて言ったはいいものの特にどうしようとする気もなかった。このまま夜の体育館にいても不気味なだけだし、かといってクラスメイトでありながらほぼ初対面同然のこの女の子とどこか遊びにいく気にもなれない。

(遊びに行くってなんだよ!)

 自分で自分に突っ込みを入れてみる。自慢じゃないがこの高校の周囲は山だけだから遊びに出るには街まで出ないといけない。いや、それ以前に今日が初対面同然の彼女を遊びになんて連れて行けばなんだか自分が人さらいのように見えてしまってしょうがない。

 結局俺の頭に最後に浮かんできたのはこのまま彼女を家の近くまで送って解散という消極的な作戦だった。

 だって、他にどうしようもないではないか。他に打開策があるなら聞きたいものだ。

 俺は女の子のほうを向いて消極的な作戦を実行しようと試みようとした。刹那、さっきまで全開だった体育館の扉が勝手に閉まりだしたではないか。

「くそ!」

 俺は女の子を放って出入り口の扉に駆け寄った。閉められた扉を開けようとするがなぜか開かない。

「くそ、なんで開かねぇんだよ!」

 蹴ったり殴ったりしてみたが、扉は堅く閉ざされたまま動かない。次いで、中央に取り残してきた彼女の悲鳴。おれは再び体育館の中央に戻った。

「どうした!?」

「む、向井君。あ、あれ…」

 初めて俺の名前を呼んだ彼女の指先は小刻みに震えていた。そしてその先には暗がりでよく見えないが、人の姿のようなものが月光に当てられて映っていた。

「誰だ!?」

 俺は女の子をかばうように背中の後ろに隠した。

「ウ、ウウ…」

「グふグふ…」

 不気味な声を発するこいつらの正体は声の低さから男と推測できた。だんだんと月明かりに照らされて姿がはっきりとしてくる。

「あ、あれ?」

 俺は張り巡らせていた緊張を解いた。よくみればこの二人は俺と同じクラスの男子生徒だ。名前は当然知らないけど、顔はなんとなく覚えていた。

「お前ら、一年六組の奴だよな?」

 返答はないが、俺はかまわずに続ける。

「まったく、脅かすんじゃねぇよ。お前らがいるってことは他の奴らも来ているのか?」

 しばらく返答を待ってみたがやはりこいつらは左右に体を揺らしながらこちらの動きを観察している。

「…あのさ、クラスに馴染めてないのはわかるけど聞かれたことくらい答えろよ。それくらいしないと本当に根暗の集団になっちまうぜ?」

「「………」」

 あ〜あ、駄目だこりゃ。何を言っても暖簾に腕押しって感じだな。それにしてもこいつら、なんていうか生気ってものが感じられないような気がするんだが……

「向井君、この人たちの知り合いですか?」

 やはり彼女にはこいつらが同じクラスの奴だという面識はないようだな。たいがいは同姓のクラスメイトの顔をすぐに覚えるものだしな。

「ああ、こいつらは俺らと同じクラス……の?」

 俺が話をしている途中に割って入ってきた一本の腕。俺は右頬の辺りを強く引っかかれた。触ってみると少し血も出ている。

「お前、やっていいことと悪いことってのがあるだろ…?」

 流石に今の一撃は俺の堪忍袋を刺激したね。まだ切れてはいないが、こいつらの今後の行動によっては数秒後にでも切れそうだ。

「フ、フゥー」

「シャハウァー!」

 俺が最大のメンチをきかせていると言うのに、こいつらはそれがまったくわかっていないのか奇声を上げて何やら構えを取っている。

「む、向井君!顔から血!」

 彼女もようやく事の重大さに気づいたようだが、その頃には俺の堪忍袋の緒は甲高い音と共に真っ二つに切れていた。

「諏訪さん、だっけか?少し離れていてくれないかな」

「え?」

「人の話を聞かない悪い子にはお仕置きしなきゃな」

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