Summer midnight
ここまでおかしいとは思っていなかった。
何がおかしいか、て?
それは今の時刻だ。
午後十時。部活などで居残っている生徒だって流石に強制下校を余儀なくされるはずのこの時間に、こともあろうか俺のクラスの担任はクラスのメンバー全員を呼び出した。
理由はだいたいわかっている。俺の高校、須磨ヶ岳高等学校は来週に学園祭を控えているわけだが――ちなみに俺のクラスがやる出し物は担任と委員長の半独断で演劇に決まった――おそらくそのことについてだろう。
やる出し物が決まるのはクラス中で一番だっただろうが、その準備をするのはおそらくクラス一、いや学年一遅かっただろう。何せ今に至るまで劇の題目を何にするかまったく決まっていないのだから。当然、題目が決まっていないということは演劇に必要である配役、小道具大道具の設計、設置に至るまで全てが白紙の状態だった。そんな状態だというのにうちの担任は俺たちを呼び出してどうしようというのだろうか。教頭や校長のあおりを受けて強制手段に出るか?それもまたいいだろう。世間は教師が暴力を振るっただの教育のやり方がなっていないだのと批判するかもしれないが、俺にとっては好都合だ。ちょうど適度な刺激がほしかったところだしな。
須磨校は山の上にある学校だから当然行きは上り坂になるわけなのだが、この上り坂がまたしんどい。角度や距離もそうなのだが、夏が近いこともあってか相当蒸し暑いのだ。風も湿気を含んだものに変わっているため、あってないようなものだ。俺はカッターシャツのボタンを既に上から二つ目まで外している。
それでも熱い。もう一個開けるか?いっそのことボタン外して楽な格好にしてやろうか?いやいや、この時間でも教師たちはまだ仕事で残っている可能性がある。そこに出くわしたら説教を食らってしまう。俺は仕方なく学校前の自販機でジュースを買って飲みながら集合場所の体育館に向かった。
正直に言うと、学校に入ったときから嫌な予感はしていた。なぜなら、校内の電気が全て消灯されていたからだ。教師たちも学園祭前ということで早々と仕事を切り上げてしまったのだろうか。
当然体育館だけに明かりが灯っていることもなかった。
「チッ、なんなんだよ。少しは刺激を楽しめるかと思ったのに…」
誰もいない中で今更こんなことをぼやいてもしょうがないのだが、ぼやかずにはいられなかった。腕時計を見てみると時刻は十時十分、なかなかきりのいい時間だと思いつつ、もしかしたら体育館から皆移動している可能性を考えてみる。
「校内を探してみるか」
俺は明かりのない体育館に背中を向けて、一旦自分のクラスに行ってみることにした。思えば、夜の学校に入ったのは生まれて初めてだった。漫画なんかでは警備員に追われ
ながら柵を乗り越えて校外にでるシーンが印象的だが、こんなに静か過ぎては警備員も寝
ているか既に仕事を終えて帰っているかのどちらかである。結局のところ俺を楽しませる
刺激は何一つないただの肝試しのようだ。
俺は暗がりで視界の悪い校内を徘徊しながら自分の教室のある三階まで階段を登っていく。俺のクラスは六組だから廊下を半分と少し歩かなければならないのだが、これがまた面倒くさい。どうせなら一組とか十組にしてくれればよかったのに。
廊下を半分と少し行ったところの教室で俺は立ち止まった。ここが俺のクラスのはずだが、他の教室と同様明かりはすべて消灯されていた。悪い冗談だと思いつつ扉の取っ手に手をかけてスライドさせようとするが、ご丁寧に鍵がかかっているせいでいくら力を入れても扉はびくともしなかった。
何だこれは?
本当にそう思った。これほど悪質な悪戯は見たことがなかった。人が時間を割いてわざわざ来たくもない時間に学校まで来てやったというのにこの仕打ちは何なんだ?確かに十分ほど遅れては来たが、そのわずか十分の間に解散なんていうことはありえない。いくらなんでも、こんなクラスでも絶対にありえないことだ。それに仮に生徒が誰も来ていなくても担任は、あの担任なら絶対に俺たちのことを信じて待っているに違いない。このクラスの担任を受け持っている教師はそういう奴だ。なのに、そいつすら集合場所の体育館にも教室にもいない。念のため職員室も見てきたが、明かりは完全に消灯されていた。今夜は本当にどの教師ももう帰宅してしまったらしい。
「くそ、何なんだよ!」
俺はやりきれない怒りを扉を思いきり蹴り飛ばすことで解放した。さらに数回蹴りを放つ。悪態をつけばつくほど自分がここにいることに、担任を信用してここまで来たことに腹が立った。
このまま帰っても別によかったのだが、それもそれで虚しいだけなので俺はもう一度だけ体育館に行ってみることにした。もはや結果は見えていたのだが……