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シンクロ ― 0.1秒の残像 ―  作者: T.SUDO
Season1|マイル始動編
7/7

第7話 足りない

神崎が戻ってきたのに、うまくいかなかった。


だから全員、少しだけ困った。


欠けていたからできないのだと思っていたものが、揃ってもまだ足りないと分かったからだ。



「大丈夫なんですか」


蓮が聞くと、神崎は軽く脚を叩いた。


「走れる。無理はしない」


その言い方で、無理は少しするのだと分かる。


真壁も瀬川も何も言わない。


止めても聞かないと分かっているのだろう。


「今日は確認する」


神崎が全員を見る。


「今の四人で、何が足りないか」


「速さじゃないのは分かってるんですけどね」


真壁が言う。


「朝倉も速いし、神崎先輩も戻ってきたし」


「受け渡しだけでもないです」


瀬川が続ける。


「形は前より悪くないので」


「じゃあ何だよ」


真壁の言葉に、誰もすぐには答えなかった。



一本目。


真壁は抑えすぎずに入る。


瀬川はきれいに受ける。


蓮も自分の区間を押し切る。


神崎への最後も、前よりずっと自然だ。


けれど、来ない。


あの、一瞬だけ世界が遅れるような感覚。


音より先に、つながる感じ。


悪くない。


でも、足りない。


戻ってきた神崎が短く言う。


「今のは整ってる」


そこで一度止める。


「でも、揃ってない」


真壁が頭をかく。


「分かるけど腹立つ言い方だな、それ」


蓮も同じことを思った。


でも、たしかにその通りだった。


整っている。


技術としては前より良くなっている。


なのに、四人の時間が一本になりきらない。



少し休憩を入れたあと、神崎が珍しく全員をトラックの内側に座らせた。


「言え」


「何をですか」


「足りないと思うものを」


真壁が先に息を吐く。


「踏み切り」


即答だった。


「朝倉、まだ踏み切れてない。 神崎先輩に対してじゃなくて、たぶん全員に」


蓮が少しだけ目を伏せる。


言い返せない。


「壊したくないって顔してるときあるし。 それで逆に変になる」


次に瀬川が言う。


「呼吸の位置、だと思います」


「位置」


「はい。四人ともそれぞれ苦しくなる場所が少し違うです。 真壁は最初に強いですけど後半で荒れやすい。僕はまとめる方ですけど、まとめすぎると平坦になる。

朝倉くんは後半に伸びますけど、最後で止まりやすい。神崎先輩は受け止められますけど、今は脚をかばって少しだけ待ってます」


神崎が小さく頷く。


「合ってる」


「だから、形はあるのに、苦しさの波がぴたりと重なってないです」


西野が少し遠慮がちに手を挙げるみたいに言った。


「俺、見てるだけですけど」


「言っていい」


神崎が促す。


「なんか、四人ともちゃんとやろうとしすぎてる気がします」


全員が西野を見る。


西野は少しだけ縮こまったが、続けた。


「前みたいに変なのが出るときって、もうちょっと自然だったっていうか…… ちゃんとしようとしてないって意味じゃないんですけど、考えすぎてない感じでした」


真壁が苦笑する。


「一年のくせに、わりといいこと言うな」


「すみません」


「謝るなって」


その空気のゆるみだけが、少し救いだった。


「朝倉」


神崎が最後に言う。


「お前はどうだ」


問いが来ると分かっていたのに、蓮はすぐに答えられない。


足りないもの。


踏み切り。


呼吸の位置。


考えすぎ。


どれも違うとは言えない。


でも、もっと内側に何かがある気がしていた。


「……分かりません」


やっと出た言葉は、それだった。


真壁が少しだけ苛立った顔をした。


けれど、今回は何も言わなかった。


神崎も責めなかった。


「じゃあ、まだそこだ」



日が沈みかけた頃、もう一本だけ走った。


今まででいちばん形は良かった。


真壁の勢いを瀬川が受け、瀬川の整えたリズムを蓮が持ち上げる。


第三コーナーから第四コーナーにかけて、蓮の走りは今日も強い。


最後の神崎への受け渡しも、ほとんど崩れない。


それなのに。


あの感覚だけが、来ない。


音は普通に鳴る。


つながりはする。


でも、世界が遅れない。


走り終えたあと、全員が少しだけ同じ顔をした。


失敗じゃない。


でも、成功でもない。


「……これで来ないんだな」


真壁が呟く。


「はい」


瀬川も静かに答える。


「だから、技術だけじゃないです」


蓮は何も言えなかった。


自分だけがまだ、いちばん大事なところを言葉にできていない気がしたからだ。



帰り際、遥がトラックの第三コーナーを見ていた。


蓮がそこを走るときだけ、昔の顔に少し似る。


前へ出ることを怖がっていない走り。


でもそのまま最後まで行けない顔。


「宮坂さん」


瀬川が隣に来た。


「はい」


「たぶん、朝倉くんの中の理由、まだ出てないです」


遥は少し驚いて、瀬川を見る。


「瀬川先輩もそう思いますか」


「はい。技術の話なら、もう少しで揃います。 でも、揃わないなら別のものがある」


それだけ言って、瀬川は一礼して去っていった。


遥は第三コーナーを見続ける。


あの日、蓮が止まった理由。


ずっと考えていた。


でも考えているだけで、もう届かないところまで来ている気もした。


見ているだけでは足りない。


そう思ったのは、たぶん初めてだった。

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