第68話 三走を持つ人
走順を変えると言い出したのは、井坂だった。
「アンカー、朝倉先輩でいいでしょ」
西野が目を瞬く。
「急だね」
「急じゃないです。前から思ってました」
倉橋が腕を組む。
「理由は?」
井坂は肩をすくめた。
「エースっぽいから」
「雑だな」
「でも分かるでしょ」
遥がそこで口を開いた。
「それだけじゃないでしょ、井坂」
一瞬だけ、井坂の目が泳ぐ。
「……別に」
「蓮が三走だと、受けでも渡しでもシンクロに入る可能性がある。二回入ったら、そのぶん反動も大きい。負担を減らしたいんでしょ」
言い当てられて、井坂が露骨に嫌そうな顔をした。
「ほんと嫌ですね、マネージャー陣」
高梨が小さく笑う。
「見えてるので」
蓮は黙っていた。
三走である意味は自分が一番分かっている。
受けて、渡す。
二回つなぐ場所。
だから深く入れる。
でも、その分だけ反動も大きい。
井坂が続ける。
「アンカーなら、最後まで持ってけるじゃないですか。朝倉先輩、そっちのほうが合ってると思います」
「お前は」
「三走やります」
「軽く言うなよ」
「軽く言ってるだけです。実際はめちゃくちゃしんどいです」
その返しで少し空気が緩む。
でも、井坂の目は笑っていなかった。
本気だった。
試しの一本。
一走、鳴海。
二走、倉橋。
三走、井坂。
四走、蓮。
井坂の区間は長く見えた。
二走までで作った熱を切らず、最後にいちばん重い形でアンカーへ渡す。
しかも前が速いほど、第三コーナーの苦しさは深くなる。
一本終えて、井坂は膝に手をついた。
「っ……しんど」
「当たり前だろ」
蓮が水を投げる。
井坂がぎりぎりで受け取る。
「先輩、雑」
「死んでないなら取れる」
「そういうとこなんですよ……」
少し沈黙があって、蓮は言った。
「でも、三走持てるやつは強い」
井坂が顔を上げる。
「一番しんどいとこ持てるやつが、最後にチームを強くする」
井坂は何も返さなかった。
でも、その言葉だけはちゃんと受け取った顔をした。
「無理していい」
蓮は続ける。
「無理したまま壊れるな。そこは戻ってこい」
風が抜ける。
その言葉だけが妙に残った。
井坂は少しだけ笑う。
「……了解です、アンカー様」
「その呼び方やめろ」
「似合ってるのに」
「似合ってない」
倉橋が笑って、西野もようやく息をつく。
走順は、そこで決まった。
一走・鳴海。
二走・倉橋。
三走・井坂。
四走・蓮。
前へ出すために、自分が重い場所を持つ。
井坂はそれを軽口で隠しているだけで、誰より本気だった。




