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1話 うおおおお、助けてくれー!


2029年 深淵の大穴 第一層 草原エリア

 

 何がなんで俺がこんな目に遭っているのか自分でもわからない。

 いつもと変わらない草原に生えている草を採取するだけの依頼をこなす。

 そのはずだった。そう思っていたのに。


「ぷごーー!!」

 

「おわっ!危ねぇ!」


 文面で見ると、うりぼうが来ているように見える。草原には兎や羊、イノシシも生息しているからあながち間違いではない。


 ただ大きさがおかしいだけで。


「はっ、はっ、はっ…………マズっ!!」

 

 嫌な予感がして咄嗟に頭を横にずらす。避けた瞬間にすぐ後ろからさっきの位置、頭めがけて鋭い牙が突き出された。

 もう少し避けるのが遅かったら貫かれて即死していただろう。


「んひ〜、死にたくない〜!!!」


 今、俺は草原で全力ダッシュしている。まだまだ走ることはできるが状況は非常にマズイ。

 

 いや嘘、もう限界だ。足がパンパンで今にも倒れそうなくらいだ。でも走り続ける。


 俺の背後には一軒家よりも大きい魔猪(マチョ)が食い殺そうと追いかけてきているからだ。

 牙はゾウやマンモスよりも太く大きく鋭い。今まで洗ったことがないのか赤と緑色に染まっている。

 

 スピードも段違いに速くテリトリーの草原だからか加速しており徐々に追いつかれそうになっている。

 

 通常個体は大きくても人の腰くらいのサイズ。俺を追いかけてくるコイツは明らかに異常個体だ。

 

 全くもって運がない。


 このまま戦うのは無理だ。中級探索者の俺ではまだ勝つことは出来ない。

 そもそも攻撃手段も足りないし。

 逃げ続けるのも無理だろう。だが草原のエリア外、大森林まで頑張ればなんとかなるはず。

 

 そこまではもってくれ!ぷるぷるの俺の脚!!

 ……持久(スタミナ)薬を飲むべきだったか……?

 

 そんな事を考えているとなにかが背中に当たっている。

 こーれ絶対に真後ろにいるわ。フゴフゴと鼻息も背筋にかかっているのか生暖かい気がする。

 こっちは全力なのに!?頼む気のせいであってくれ。

 

「たす、助けてくれー!!」

 

「ぶもっ、ぶもっ!」

 

 試しに振り向いてみると目と目が合った。人の頭より大きい目玉、視界に映っているのは1人だけ。


 俺だけしか見えない。

 両目と額の目が全て俺を見ている。

 

 ……おまえ、額にも目があるんか!?第3の目みたいな!?

 遭遇した時なかったが!?なんか増えてる!!!

 え、異常個体じゃなくて特殊個体(スペシャル)なのか?無理無理無理!

 

 キッッショ!!こっち見んなよ!

 

 俺の祈りは全く届かず巨大魔猪は涎を垂らしながらこっちをガン見している。お腹減ってるのかな?

 

 だからこっち見んなって!!

 

 「どうしてこうなったんだー!!!!」

 

 ここは深淵の大穴(アビスホール)

 突如として出現した不思議な島アトランティス。その中心にある黒い膜に覆われた中にある異界。未知の生物、鉱石、植物、そして奇物が存在している場所。

 そこを探索する者を探索者と呼び日々攻略が続いている。

 一般的には大穴ダンジョンと呼ばれている。


 ◇


「ってことがあってさ〜。もう厄日だよ厄日。なんとか逃げ切れたけど怖かったわ〜」

 

「それは大変な目に遭ったね。普通の人ならそのまま踏み潰されてたと思うよ。今はどこかで隠れてるのかい?」

 

「そう!そうなんだよ。そのままなんとか逃げ切って森で見つけた洞窟に隠れてる。あいつ、体がデカいから木が邪魔でここまで来れないと思ってな。現在地を送るわ」

 

 俺は森の中にある洞窟で隠れている。たまたま見つけられてラッキーだ。洞窟内は幸いにも生物は住んでおらず中はそれなりに広い。一息つける。ほんとに助かった。

 

 今は探索電話(シーカー)で近くにいる友人と連絡を取っている。巨大魔猪はまだ俺を探しているのか遠くから木を薙ぎ倒す音と怒っている鳴き声が聞こえる。

 

 緑の森の木を倒すとかやっぱ異常個体っておかしいわ。草原エリアだろアイツ。なんでここまで来れんだ?

 怖すぎマジで助けてくれ。

 

「……うん。場所を確認した。僕の探索区域から近いし今から向かうよ。多分5分くらいで着くかな?」

 

「お、近くて本当に助かった〜。それまでここで隠れてるか。…ん?なーんかこっちに来てるような?」

 

 匂いを消す余裕がなかったせいか?足跡は消したんだが足りなかったか?

 

「足音的に魔猪が近くまで来ているようだね。それなら全力で向かうよ。すぐに着く」

 

 電話越しに風を切る音がした。ほんとに全速力で来るらしい。なら5分かからずに来てくれるだろう。

 それまでここで隠れてれば安全な筈だ。あいつが来るならもう安全と言ってもいい。


「あぁ〜疲れたー。持久薬飲も」


 ぷぅ、すこし落ち着こっと。こんな時は外の景色を見てリラックス。焦ってもいい事はないからな。

 

 改めて洞窟から眺める森の景色は最高だ。

 

 生命力溢れるぶっとい樹々。鳥や小動物を枝で刺して捕食しているのはなかなか規制が入りそうでたくましい光景だ。協会の記録では魔熊も捕食するらしい。

 

 それにクソデカ昆虫たちもそこらへんにいる。木の皮や樹液を食っているようだ。

 あ、クワガタが鹿を食ってる。人よりも大きい昆虫ってやっぱり強いんだな。

 あ、木の根がそのクワガタを拘束して土の下に入れたな。逃げ出そうともがいているがそのまま静かになった。

 よく見なくても森には毒々しい草や落とし穴を作る魔物や生き物を丸呑みにする木もいる。


 やっぱり植物は偉大だなー。

 さっき俺が通った所だ。……よくあそこを走ったな。


「森ってやっぱヤベェ……」

 

 魔猪が木を薙ぎ倒す音が近くなってきた。やっぱり匂いを覚えられたかな?

 真っ直ぐに向かっているようだ。まさか草原に来てすぐに会うとか終わってるわー。


 異常個体の中でもあそこまで大きいのは珍しいな。とりあえずここまで来ないように祈っておこう。空に手を合わせて拝んでおく。

 

「おじいちゃん様、神様、仏様、俺に幸運をー」

 

 あ、今日天気いいな。快晴だ。ならたぶん運がいいはず。

 

「Pugooofffoo‼︎‼︎」

 

 目の前にある木が勢いよく飛ばされていく。木に捕食されかけていたカブトムシと目が合う。

 綺麗な瞳だ。今日よく目が合うな。

 

 そのままカブトムシは吹っ飛ばされ近くの木に激突、衝撃で緑色の何かの液体が頬につく。血生臭く粘着性があるのか拭ってもなかなか落ちない。

 

「……今日運勢最下位だったわ。忘れてた」

 

 駄目だ。巨大魔猪、めっちゃキレてる。逃げる時にどさくさに紛れて催涙玉を投げたせいか?目と鼻が効いていない筈なのにここまで来たって怖すぎるだろ。

 

 お?ここからでも姿が見えるとこまで来やがった。で、あいつこっち見てない?なんでそこまでわかる?

 

 第3の目は閉じているが他の真っ赤に充血した目で「オマエヲコロス」と言わんばかりの目だ。

 

 巨大魔猪がしっかりこっちを見ながら助走の準備し始めた。その場で土を均しているようだ。牙で刺し殺すために狙いを定めている。

 ……気合いはいりすぎじゃない?

 

「やばいやばいやばい!逃げないと!」

 

 慌てながら急いで洞窟を出る。

 さらに森の奥に逃げるか?

 いやまだ緑の森が限界だ。1人で青の森に行ったら普通に死ぬ。

 というかそれより先にヤツが襲ってきて終わりだろう。

 かといって周りは植物と昆虫でいっぱいだ。走ればそいつらに捕まって食われるのが目に見える。


 さっきの草原とは違い巨大魔猪が暴れた音で植物も昆虫も増えてきている。逃げ切れる可能性はゼロに等しい。

 

 二度も幸運は続かないのだから。

 

 どうする?やべぇ、もう逃げる時間がない。魔猪が今にも突撃しそうだ。

 

「南無三ッ!」

 

 まだ手はある。あと少しだけ時間を稼げばっ!

 

「こっちに来い!食いたいんだろ!」

 

 挑発して確実に狙ってもらう。腰のポーチから逃げる時に採取したものを取り出す。

 

「ブゴッブッッゴー!!!」

 

 奴が走り出した。はっきり俺を認識したのか軌道修正しながら向かってくる。

 

「オラッ食らえ自作催涙球ッ!」

 

 逃げる途中にハバネロっぽいのと唐辛子ぽいのがあったのでただ草紐で丸く固めただけの物。

 

 さっき当たった物を覚えていれば止まるはず。魔物は知能が高いから引っかかる!……たぶん。

 

「フッ」

 

 笑った!?まさか予測していたのか?助走はフェイクで余裕を持って避けやがった。

 

 く、来る、本命の。

 

「ブゴーー!!!!!」

 

 本気のダッシュが!!

 

 草原での走りは遊びと思うほどの加速力。初めから俺を餌としか認識していなかったのか。

 手札が尽きてきた。くそ、最悪だ。生きたまま食われるのだけは嫌だ。

 

 見たことはあるがアレはゾッとする。

 助けてと言いながら下半身が無くなっている探索者。

 手足を喰われ茫然自失して引退した探索者。

 

 ……なりたくない。まだやりたいことがあるんだ!

 

 こんな時に使える奇物や能力があればな。だがまだ俺には最後の手段がある。

 

 俺の手札はあと一枚。とびきりの切り札だ。

 

「助けてくれ、エンキもんー!!!」

 

 助けを呼ぶ。そろそろ来てもいいはず。

 

「ちょうどいいタイミングだね!来たよ!」

 

 頭上から声が聞こえた。緑髪が空から降りてくる。

 洞窟の上、5メートルはある高さを軽く降下、着地して抜剣の構えをすでに取っている。

 素早く低姿勢そのままに巨大魔猪に向かって風のようなスピードで走っていく。

 

「ごめんよ。このまま僕らの昼飯になってくれ」

 

 巨大魔猪が突然出てきた新たな敵の出現に驚き硬直して止まっている。その隙に緑髪が勢いよく飛び出して腰の剣を抜き、巨大魔猪の首に斬りかかっていく。

 

 包丁で野菜を切るようにサクッと、あっさり。

 

 そして人外じみた膂力によって振るわれた剣で巨大魔猪は叫び声すら発せずに頭と胴体に別れて絶命した。

 

 ……強すぎないか?

 

「遅れてごめん。まだ無事かい?」

 

「想定より全然はえーよ。おかげで無事だ。エンキ、ありがとな」

 

 一滴の返り血すら浴びない友人が振り向いて確認を取ってくる。

 気安い返事と感謝を伝えて近寄る。なんでもないように気軽に。エンキは人気者だが俺とは幼なじみ。ならばへんに畏まらずに対等の関係だ。尊敬はしているけどな。


「まだ終わってない、よ!」


「ブゴッッ!ブギュェ……」

 

 巨大魔猪の頭が背後から襲ってきたがエンキはそれを見ることもせずに正確に第3の目ごと脳天に剣を突き刺しトドメを入れた。

 

 死んでもなお襲って来るその精神、怖っ。

 

「ふう、よし。これで終わり。大丈夫かい?」

 

「おう。来てくれて助かった。にしても僕らの昼飯になってくれってお前、腹減ってるのか?」

 

「うん、ちょうどご飯を食べようとした時に連絡が来たからね。なので助けたお礼にご飯が食べたいなーって」

 

 きゅるるるる、と音がするくらいには減っているようだ。緊張が解けて俺も腹が減ってきた。

 目の前には肉がある。そして腹が減っている奴もいる。ならやることは一つ!焼肉である。メシだメシ!


 ……食えるのか?食えるよな?

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