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4 仲間入り①

 夜の事務所は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。外では虫の声がかすかに響き、ガラス窓の向こうに街灯の明かりが滲んでいる。

 書類を片付け、肩にかけたバッグの紐を直していた山川を、正樹が呼び止めた。

「……そろそろ彼を採用しようと思ってる」

 いつもの軽い調子とは違う、静かだが確かな声だった。

「彼って誰?」

 正樹が言葉を継ごうとしているのを知っていながら、山川は少し意地悪く、とぼけてみせた。

「……わかっているくせに。朗くんだよ」

 正樹が口元を緩めると、山川はくすっと笑って、デスクに肘をついた。

「村嶋さんのセンスを見出したのは、私ですよ」

「そもそも彼を連れてきたのは僕じゃないか」

 互いに譲らず応酬し、次の瞬間、二人は顔を見合わせて、声を上げて笑った。事務所の奥に、二人の笑い声が心地よく響く。

「しばらくの間は、『使用人行政書士』として働いてもらうけど、いずれは社員になってもらうことになると思う。本人には明日伝えてみるよ」

「村嶋さんは来たばかりなのに、なんだか前からいるみたいになってますからね。行政書士の登録をウチに移して働いてもらうのが良さそうですね」



 朗はこの朝、少し早めに事務所へ着いた。表の通りは出勤途中の人々が駅に向かって小走りに過ぎていく。

 玄関の電子鍵を開けて中に入ると、事務所にはまだ誰もいなかった。部屋の明かりをつけると、昨夜の残り香のように、空気の端々に温もりが漂っている気がした。

 会議室のテーブルの上には、昨夜使われたマグカップが二つ、仲良く並んで置かれていた。飲みかけのコーヒーが少しだけ残っている。

(昨日の夜、二人とも遅くまで残ってたのかな……)

 資料棚の上には、見覚えのないメモが一枚。山川の字で「来週の申請、要確認」と書かれていた。端に正樹の落書きのような魚のイラストが添えられていて、思わず笑みがこぼれる。

 その何気ない一枚が、まるで“自分のいないところで、事務所が当たり前に動いている”ことを示しているようで、胸の奥がほんの少しざわついた。

「おはよう、朗くん。早いね」軽やかな声とともに、正樹が入ってきた。正樹は自分のデスクにカバンを置くと、少し間をおいて朗の方に顔を向けた。

「朗くん、ちょっといい」

 いつになく真面目な声音に、朗は少し身構えた。

 正樹は書類の束を脇に置き、デスクの前に腰を下ろした。山川もいつの間にか自席から立ち上がり、そっと椅子を引いて朗の隣に座る。

「……改まって話すのは初めてかもしれないけど」

 正樹は一呼吸おいて、朗を見た。

「うちで、正式に働いてみないか」


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