1 研修会②
研修が終わると、会場近くのホテルの宴会場に移動して懇親会が始まった。
部屋の中央にはビュッフェ形式の料理台が並び、色とりどりのオードブルや温かい料理が大皿に盛られている。新人たちはプレートを手に思い思いの料理を取りながら、自然と小さなグループを作り、名刺交換や挨拶を交わしていた。
グラスを片手に歓談する声があちこちから響き、会場内に笑い声が重なり合う。
そんな中、村嶋朗は料理を取るでもなく、壁際のテーブルに寄りかかりながら、ビールのグラスを手に所在なげに立っていた。
名刺交換の輪に加わる気にもなれず、かといって一人で帰ってしまうのも気が引ける。
(……こういう場、苦手なんだよな)
周囲のざわめきが、少し遠い世界の音のように感じられた。
ふと、横から声がかかった。
「君、さっき手を挙げてた人だよね?」
朗が振り向くと、壇上で講師をしていた今井正樹が、グラスを片手に立っていた。研修中のきっちりした雰囲気とは打って変わり、少しくだけた笑顔を浮かべている。
「あ、はい……そうです」
「うん、印象に残ったよ。ちょっと取ってつけたみたいな感じだったけど、ああいう反応、嫌いじゃない」
「え、いや……なんかつい……」
正樹は笑いながら朗の隣に立ち、軽くグラスを掲げた。
「懇親会、ちょっと居場所なさそうな顔してたからさ」
図星を突かれ、朗は思わず目をそらす。
「……まあ、正直、こういう場は得意じゃないです」
「そういう人、けっこう多いよ。でも僕は逆に、こういう場が昔から好きでね。人の話を聞いたり、自分の想いを語ったりするのが性に合ってるんだ」
「今井先生は、どうして行政書士になったんですか?」
気づけば、朗は自然と問いかけていた。
「うん。最初から行政書士になろうと思ってたから……それだけ」
即答だった。
朗は少し驚いたように目を向けた。
司法試験に失敗してこの場に流れ着いた自分とは対照的な答えだった。はじめからこの場所を選び、迷いなく立っている人がいる。その事実が、朗の心を不意に揺らした。
「学生の頃から、“言葉”や“文章”の力で人の役に立つ仕事がしたいと思ってたんだ。そもそも、僕は法学部出じゃないしね」
「じゃあ、文学部とかですか?」
「いやいや、政治経済学部で政治を勉強してた」
正樹は少し照れくさそうに笑う。
「君が言ってた“法律の深い知識が自分の武器になる”っていうのは、確かに正しいよ。でも、僕たちの世界を取り巻いているのは、それ以外の部分が圧倒的なんだ。たとえば建設業許可の申請書類だって、申請書のフォーマットにある穴を埋めていく作業じゃなくて、いろいろなノウハウがあるんだよ」
朗は黙って耳を傾けた。
さっき研修で聞いた「書くことが武器になる」という言葉が、再び心の奥で小さく響いた気がした。




