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1 研修会①

 「……『行政書士』の“書”は、文字どおり“書く”という意味ですよね。そして、“士”は……そう、サムライです」

 今井正樹は壇上で一拍おいて、周囲を見渡しながらちょっと笑った。


「合わせて読んでみると “カキザムライ”。つまり、私たちの本当の武器は、書くことなんです」

 会場の前方に陣取る数十名の新入会員たちの間に、やや戸惑い混じりの笑いが広がった。

 村嶋朗むらしま あきらは、その光景をぼんやりと眺めながら、机に頬杖をついていた。司法試験に失敗し、行き場をなくして行政書士になった自分にとって、この手の研修にはあまり身が入らない。正直、今井の語り口にもあまり興味を持てずにいた。

「さて!」今井は少し声を張った。

「『書くなんて、そんなの当たり前で、強みでも何でもないだろう』……そう思った人、いませんか?」

 まさにそう思っていた朗は、深く考える前に反射的に手を挙げてしまった。はっとして周囲を見渡すと、誰一人として手を挙げている人はいない。

(しまった……)と心の中で舌打ちする。

「はい。今、手を挙げたあなた」

 今井の視線が朗のほうを向く。

「じゃあ、あなたが思う行政書士の“武器”って、何ですか?」

 不意を突かれ、朗の頭は真っ白になった。しかし黙っているわけにもいかない。必死に言葉を探し、なんとか口を開く。

「それは……法律の、深い専門知識だと思います」

 苦し紛れの答えだったが、朗は「これで何とかなるだろう」と胸の内でつぶやいた。

「それ、いいですね」

 今井がにこやかに言い、朗は少し安堵した。

 だが、その直後、

「ただし、弁護士ならね」

 今井は間髪入れずに続け、会場に小さなどよめきと笑いが起きた。朗は、軽く肩をすくめるしかなかった。

 会場の笑いが一段落したのを見計らい、今井はゆっくりと歩きながら語りはじめた。

「弁護士、司法書士、税理士それぞれに訴訟や登記、税務といった専門家として磨いてきた武器があって、それで勝負しています。じゃあ……行政書士は、何で勝負するんでしょう?」

 静まり返った会場に、今井の声がよく響いた。

「私たちの武器は、目に見える“文章を書くこと”です。役所に出す書類、依頼人の想いをくみ取った申請理由書、あるいは他人の主張を的確に論破する意見書……全部、“書くこと”から始まる。誰もがやっているように見えるかもしれない。でもね “ちゃんと書ける人”は意外と少ないんです」

 今井は一枚の書類をスクリーンに映し出す。

「例えばこれ。採用した外国人を呼び寄せる『在留資格認定証明書交付申請』で添付した雇用理由書。この書類には呼び寄せる会社の“社運が、そして採用された外国人の“人生”がかかっています。単に文字を並べたてただけでは、通じない。審査官が読んで伝わるように、ロジックを組み、説得力を持たせなければいけない」

 朗はなんとなく、姿勢を正していた。

(……人生、か)

 行政書士という仕事にそこまでの意味を込められるとは、思ってもみなかった。

「行政書士が書く文章は、単なる事務作業じゃありません。依頼人の未来を形にする、いわば“言葉の設計図”なんです。だからこそ“書く”ことを軽く見ちゃいけない。そして書ける人こそが、この仕事で本当に強い人になれる」

 今井は再び会場を見渡した。

「今、ここにいる皆さんも、きっと様々な経歴を持っているでしょう。元役所の方、企業から来た方、法律を学んできた方。でも、どんなバックグラウンドであっても、ここで共通するのは一つ。“書く”力です。そこが、みなさんの剣になる」

 今井はここで一度言葉を切って、真顔になった。

「……書くことは、文字のつるぎを振るうことと同じです。人を深く傷つけたり、時には命を奪ってしまうこともある。けれど、正しく使えば、人を救うこともできる」

 場内は、先ほどまでの軽い笑いとは違う、静かな緊張感に包まれていた。

 朗は腕を組みながら、ぼんやりと考えていた。

(……書くことが、武器ね。言われてみれば、僕は司法試験の論文の演習で、いつも“伝わらない”と言われ続けてきたっけ)

 胸の奥に、ほんの少しだけ、何かが刺さったような感覚が残った。


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