君繪と【魔】
〈雷を猫が怖がる酷殘暑 涙次〉
【ⅰ】
肝戸力子がカンテラ事務所にやつて來た。タイムボム荒磯に連れられて、カンテラとタロウ以外のカンテラ一味には初お目見えだ(前回參照)。彼女はすつかり元の力子で、幼稚園児らしい子になつてゐる。丁度悦美が君繪を散歩に連れて行かうとしてゐた矢先で、力子はそれに同道した。
「力子ちやんは何が好きなの? 食べ物」‐「お饅頭」‐「ぢやあその先にあるお團子屋さんに寄つて行きませうね」力子は君繪のよちよち歩きに合はせて、ゆつくりと歩いた。
(ママ、ママ)‐(なあに、君繪?)‐(わたしこの子嫌ひよ)‐(いきなり何よ)‐(だつて... 5歳なんでしよ?)‐(さうよ)‐(...)‐(莫迦な事云つてないで、ちやんと着いてきなさいよー)悦美もだうにかしてゐたのだ。* 君繪の成長が1歳で止まつてゐる事を何故か忘れてゐた。
* 当該シリーズ第9話參照。
【ⅱ】
帰つて來ると、何故だらう、タロウが吠える。じろさん出て來たのだが、理由がさつぱり分からない。力子はカンテラと荒磯の手で、【魔】を祓はれた筈‐ とすると、悦美か君繪が【魔】に憑依されてゐるとしか思へない。悦美はそれも氣にせず、事務所内に入つた。事務所には(これは何べんも書いた事だが)結界が張られてゐる。平氣だと云ふ事は、悦美・憑依の線はあり得ない。じろさん、首を傾げる。
「だうしてー? ワンちやん啼いてるー」と力子は云ふ。(よもや、君繪が...?)じろさんにはそれもあり得ない事にやうに思へた。然し、それしかない。カンテラと尾崎一蝶齋が、「何だ何だ」と出て來た。「カンさん、大變だ。これは絶對にないと思ふが、君繪が憑依された...?」‐尾崎「この場合、『絶對』はない、と思ふのだが」‐「何だとお」じろさんと尾崎、一触即發の雰囲氣。「まあまあ、内輪もめは已めやうよ。俺が卦を立てゝみる」
【ⅲ】
カンテラの八卦には「嫉妬」と出た。悦美が覗き込む。「さう云へば、君繪が、この子嫌ひつて」‐「さうか」カンテラ腑に落ちた。「ジェラシーだ。それに【魔】が寄つて來たんだ。君繪の成長は1歳で止まる」‐「ジェラシー? まさか」じろさん喰い下がるが、内心(さうに違ひない)と思つてゐた。尾崎「力子ちやんは5歳...」‐カンテラ「さう云ふ事さ」‐じろさん「それぢや何で小學五年生の由香梨とは仲良くやつてゐるんだ?」‐カンテラ「* 由香梨の實父は、姫宮眞人だよ」‐じ「さうだつた。姫宮と云つたら、ルシフェルの側近ぢやないか!」‐カ「ルシフェルの側近と云ふ事は、まあ魔界の大物と見ていゝ」(實際には本人は至つて無能力な男だつたのだが)‐尾「それが君繪ちやんと何の?」‐カ「君繪の實の父母は【魔】だ」‐尾「何だとお」繰り返しになつてしまつた。じろさん黙り込んでしまふ。カンテラ、付け加えた。「然も下つ端のね。下つ端と云ふ事は、権力に靡き易い。その影響が君繪にも殘つてゐるのかも知れない」。「と、云ふ事は、君繪ちやんに取り憑いてゐるのも、大物‐ 」と尾崎。カ「まあさう云ふ事だらう」。
* 当該シリーズ第24話參照。
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〈重低音響かせ車やつて來る出會ひ求めて夜のハスラー 平手みき〉
【ⅳ】
「あゝ、一體だうすりやいゝんだ」とじろさん、嘆く事頻り。「これはやはり、魔界に行つて直談判するしかなさゝうだ」カンテラもお手上げ狀態。じ「折角手に入れた君繪を、手放すとでも?」さう云はれても、やはりそれ以外にカンテラには打つ手がないやうに思はれた。カンテラ、わざと明るく振る舞ひ、「まあ、テオと白虎も連れて、肝を据へて行けば、何とかなるさ」‐じ「う~む」
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〈新涼は夜やつて來る雨の香よ 涙次〉
【ⅴ】
本当の事を云へば、作者にもだうしたらいゝのか分からない・笑。これはやはり肝を据へて掛かる問題なやうだ。なまじこの儘長引かせても、いゝ話が書けさうにない。と、云ふ譯で、次回に續く。いゝ加減だなー・再度笑(作者もわざと明るく振る舞つてゐるのだ)。ぢやまた。