21話 本当の標的
十二は、警戒する二宮に躊躇なく近付く。攻撃をされない確たる根拠があったからだ。
「ねぇ、ニノ? 貴女は私に攻撃できないよね?」
動揺する二宮。手から炎は出ているが、涙が溢れそうになっていた。
「私の異能『音波』は、わざと実力を下げてもNo.12になってしまった。もっと下位を狙ってたんだけど、異能教学園のレベルが低かったのかなー」
「な、なんで……。そんなこと……」
「ふふ……。知りたい……?」
そして、十二は二宮の眼前にまで迫っていた。
「私たち異能教徒の標的は "二宮二乃" 。貴女だからよ」
二宮は目を丸くし、遂には涙が零れ落ちた。
「わた……し……?」
「思い当たる節はない? ねぇ、ニノ……」
そして、二宮の脳裏に、再び過去の記憶が巡る。二宮の、記憶の隅に残り続ける異能暴走のトラウマ。
「ほら、ちゃんと思い出してよ……」
そう言いながら、十二は二宮の頭を撫でた。静かな振動を加えながら。そして、二宮の脳裏にフラッシュバックする。
「赤い……鳥……?」
「そう、見えた?」
二宮は既に、ボロボロに泣いている視界の中で、確かに赤い鳥が脳裏に焼き付いていた。自分でも今まで思い出せなかった記憶。
「何これ……。私、こんなの知らないよ……」
赤い鳥が出現すると、二宮の家を炎で満たしていく。
「やめて……。もうやめて……」
泣き崩れ、膝を突く二宮。再び、二宮の頭の中で母親は幾度となく焼き殺される。
「ニノのお母さんを殺したのは、"ニノ" だよ」
その瞬間、二宮の背後から大きな炎の翼が現れる。けたたましく燃え盛る大翼に、十二は笑みを浮かべる。
「わぁ! 出た出た! 起源の炎だ!!」
はしゃぐ十二の前に、行方が駆け寄る。
「しっかりしろ!! 二宮!!」
しかし、二宮からの応答はない。
「ふふふ、どうしますか? 行方先生!!」
十二は笑いながら行方に問い掛ける。
「僕がすることは決まっている」
そう言いながら、コートの内側に手を入れ、いつもの様にボックスを取り出す。
「知ってますよ、それ。行方先生と大学の研究員たちが作った対異能者用の戦闘用ボックス。でも、私の『音波』どころか、ニノの炎はもう止めることは出来ない!」
行方は上裸になり、ボックスを胸に当てると、ボックスは開かれる。しかし、中から何かが飛び出すことはなかった。
そして、そのままゆっくりと二宮に近付く。
「正気……? 自殺でもしたいの……?」
しかし、炎は行方に当たる前に消えて行く。
「何が……起きて……!」
そして、行方が二宮の背に触れると、そのまま二宮から放出された炎の翼は消滅してしまった。
「なんで!? どういうこと!?」
しかし、そのまま行方はバタリと倒れてしまった。
「十二鳴美……。今回は見逃してやる……」
身動きの取れない行方は、睨みながら告げた。一度は動揺した十二だったが、再び笑みを浮かべる。
「ふふ……。驚かせないでよ! ニノの炎が止められたからって、あっちの連中もすぐに片付く! 私たちの勝利は決まったも同然なんだから!! 強がらないで!!」
満身創痍な中で、行方は指を差す。
「あれを見てみろ」
十二が目を向けると、昴は意識を取り戻しており、本体の六現も、檻口も既に捕まっていた。
「何!? なんで!? どういうこと!?」
「お前たちの……敗けだ……!」
苦い顔を浮かべると、十二は直ぐに戦線離脱した。全員満身創痍で、三嶋と慎太郎は立っているだけでも精一杯になっていた。
暫くすると、春木を連れて夏目が現れた。
「やあ、行秋くん」
「夏目さん……遅いです……」
「こちらも大変だったんだ。でも、よく守ったね」
そう言うと、夏目はニコリと微笑んだ。そして、捕えられている六現の元へ向かう。
「はは、こんな小さい女の子だったなんて」
六現の本体は、ドールで作られた少女よりも小さな少女だった。
「うるさい! こう見えても二十二歳なんだから!!」
どう見ても小学生くらいに見えるナリで、三嶋たちはその言葉を唖然と眺めていた。
「ちゃんと異能封印の札は貼られているね」
「はい。行方先生に頂きました」
「行方先生……。ふふ、ふははは!」
先生という呼称に、夏目は声を上げて笑った。春木も顔を隠して笑っていた。
「な、行方先生はとても素晴らしい先生です! 例え……実習生だったとしても……」
明日付けで実習期間が終わることを思い出し、少し寂しい想いに包まれる慎太郎。
「そうだろうね」
「え……?」
「行方…… "先生" の話だよ。無能力者の彼だからこそ、異能力レベルの高い君たちが教えられたことはきっと多かっただろう」
全員は黙って目を見遣っていた。
「行秋くんはね、子供を守りたくてこの仕事をしている。君たちは子供と呼ばれるには成長しているし、行秋くんとそれ程、歳も違わない。それでもね、君たちは子供なんだよ。子供は、平等に守られるべき存在なんだ。どれ程、異能力レベルが高いとしてもね」
「そう……だよな……。俺たち……言ってもまだ高校生なんだもんな……」
「君たちは、行秋くんからこう伝えられたはずだ。"間違ったっていい" と」
その言葉に、三嶋と九恩はハッとする。
「過ちは人を強くする。行秋くんのようにね」
そう言うと、夏目は六現に印を付け、檻口を抱えた春木の肩に手を添える。
「それじゃあ、疲れていると思うけど、寝かせられる場所に行秋くんと二乃ちゃん、寝かせておいてあげてよ。最後の仕事、みんなで頼んだよ」
そう言って、再び夏目はワープしてしまった。
慎太郎と昴が行方を、三嶋と九恩で二宮を抱え、ゆっくりと生徒会室へと向かった。ソファに寝かせ、各々は適当な席に座った。
少しだけ、静寂が訪れる。
「三嶋……。慎太郎……」
静寂を切り裂いたのは、昴だった。その声に、二人は昴を見遣る。
「本当に……すまなかった……」
眼鏡を外すと、ぐしゃぐしゃに涙を溢した。
「俺のせいで……みんなをこんな目に……」
「ぷはっ!」
最初に笑ったのは、三嶋だった。
「とかなんとか言って、最後に六現捕まえたの、お前じゃねぇか! いいとこ持って行きやがって!」
「そ、それは……。お前たちに無理をさせたからと……!」
「行方先生も夏目さんも言っていたが、間違えたらそれにちゃんと気付ければいいんだ。僕たちはきっとまだまだ間違えるのだろう。その度に、互いに背を押し合い、時には今回のようにぶつかり合い、正しく強くなっていけばいいんだ。それだけなんだよ、昴」
「じゃあ、まずは来年、お前たちより高位に行く」
「あ? なんだ? やってみろよ! またこの俺が一番上になるだろうけどな!!」
「なんだと!? 不良野郎が何言ってやがる!!」
「ほらほら、喧嘩はやめろって……」
生徒会室が慌ただしくなる中、その光景を見ながら志帆は少しだけ笑みを浮かべて眺めていた。
「ふん……。これじゃ、当分はこの三人は越せないな」
小さな声で、九恩もそっと呟いた。
暫くして、夏目は単身でワープして来た。
「やあ、お疲れ様。学生たち。行秋くんは……寝ちゃったみたいだね」
「夏目さんも、お疲れ様です。あの……手続きとか、いいんですか……?」
「あー、書類カキカキはぜーんぶ春ちゃんに任せて来ちゃったんだ! 気になることがあってね」
「気になることですか……?」
「そう。君たちがどうやって勝ったのか。行秋くんは生徒会長に任せると初めから決めていたんだ。生徒会長くんの器量が認められた証拠だね。現に、今こうして勝利を手にしている。その作戦を聞きたいんだ」
「そうですね……」
そうして、舞台は、九恩が檻口の異能に掛けられたところまで巻き戻る――――。




