(6話 異能教徒)
楽が異能祓魔院に所属してから数週間経っていた。持ち前の運動神経や、暗殺において培ってきた技術を用いれば、睦月たちと連携を取るのは容易かった。
「たいちょー」
「お、起きるの早いな、楽。どうした?」
楽が所属して数週間、楽には不満が出来ていた。
「俺もっと強い悪霊と戦いてぇんだけど」
そんな言葉に、睦月は苦笑いを浮かべる。確かに、ただでさえ楽の異能により悪魔を憑依・支配させた力と、異能祓魔隊の結束があれば、そこらの悪霊は簡単にお祓いすることが出来てしまうのだ。
「その心掛けはいいけどな、そんなウジャウジャと強い悪霊が居てたまるか。ただでさえ人類がハッキリ霊魂を見られるようになって何百年と経つ。お祓い家業自体が少ないものになって来ているんだよ」
人類が第六感に覚醒し、霊魂やエネルギーを日常的に見られるようになって数百年。第七感が覚醒し、そのエネルギーを "異能" として扱えるようになって数百年と経った現在で、悪霊の存在は極稀なものになってしまっていた。しかし、当然ながらその力を悪用する者も必然だった。
リビングに使用されている部屋は勢い良く開けられる。
「隊長!! 緊急の依頼が入りました!!」
慌ただしく声を荒げて入って来たのは一応アルバイトの神崎だった。
「どうした……? そんなに慌てて……」
「市街地に強力な悪霊が三体出現したとのことで……!」
その瞬間、睦月の顔は途端に青褪める。
「異能教徒か……! 楽、すぐに支度だ!! 強い悪霊と戦うぞ……!!」
「よっしゃあ!! そう来なくっちゃな!!」
睦月の不安とは裏腹に、楽は意気揚々と声を上げた。異能祓魔隊は緊急招集を受け、全員が車に乗り込む。異能祓魔隊が今回のような緊急の案件が入った際には、救急車や消防車と同じく、サイレンを鳴らす。そのサイレンの音に、楽の心はまた高揚していた。
既に避難誘導された市街地には、破壊されたであろうビルが荒く崩れていた。そして、巨大な化け物が三体うろついていた。
睦月の指示で、異能祓魔隊は急いで駆け降りる。
「桂馬! まずは一体、着実に昏睡させろ!!」
「了解です」
逸見桂馬、異能『弾丸』。
「一番暴れてる奴を抑えないとな……」
逸見は、大きなスナイパーライフルを地面に置き、横たわるとスコープを覗き込む。
「発射……!」
逸見の放つ弾丸は透明なエネルギー弾。
「よしっ! 命中! 一体昏睡しました!」
逸見は、自分の放った弾丸に当たったものを『昏睡状態にさせる』ことが出来る。しかし、相手の能力値に依存する為、昏睡状態にまで陥らない場合もあれば、逆に気絶させることも可能。
「神崎、真ん中の奴を抑えておいてくれ!」
「了解……! 透明化……!」
「楽、一人でも大丈夫だな……?」
「おうよ! 任せとけ! 悪魔、行くぜ!!」
神崎の異能『透明化』は、その名の通り神崎は誰の視界にも映らなくなることが出来る。そして、抑え付けられている場合でも、手や身体の位置が特定されない為、悪霊は脳処理が追い付かなくなる。
「それではシスター、ご祈祷を」
「判りました」
そして、シスターによるご祈祷に合わせ、隊長 睦月はゆっくりと神崎の抑えている悪霊に近付く。
「楽、同時に行くぞ」
「あぁ……!」
睦月の異能『貫通』は、化け物と化してしまった皮膚や外部を全て貫通し、そのまま魂の核に触れられる。
「「 解放 」」
楽と睦月により、同時に二体の悪霊が消滅。そのまま、昏睡状態の悪霊に近付き、睦月はそっと、悪霊の身体の中に半身をのめり込ませる。
「辛かっただろう……。解放……!」
そして、最後の一体も消滅した。
「んだよ、楽勝だったじゃねぇか」
楽はいつもの様に軽口を叩くが、睦月の表情は険しいままだった。
「まだだ」
崩壊するビル、砂煙が立ち上る中から、二人の影がゆらゆらと現れる。
「あららー、やっぱ脆いね。日本人の霊魂は」
金髪に青い瞳の青年と、片腕しかない老人。
「なんだ? コイツら」
「コイツらは、数多くの異能教徒の中でも特に過激派な異能教徒。指名手配犯の二人組だ……!」
「嫌だな〜、睦月隊長〜! 僕たちはイエス様の言伝の下に行動しているんだ。むしろ罪人は君たちだよ」
「イエス・キリストや卑弥呼が、今の時代に崇拝されるのは判るが、法律と言うものがあるんだ! お前たちは立派な犯罪者だ!!」
その瞬間、金髪の青年は不意に足が止まる。
「隊長!! 身柄の拘束をしました!!」
青年を抑えているのは、神崎だった。
「よくやった!! 桂馬、老人の方は頼む! 俺がすぐに神崎の方へ向かう!!」
しかし、
「あー、透明化の子か。僕に触れてると危ないけど」
その瞬間、青年の辺りは大きく地面が割れ、強い風が周囲に放出された。
「ぐあっ!!」
神崎の負傷した声だけが響く。逸見が狙いを定めている内に、老人の姿もない。
「どこだ……!」
「ここだ」
老人は、既に逸見の背後に回り込んでいた。
「桂馬!!」
「南無」
そして、振り翳された拳により、逸見は気絶する。
「やはり……俺たちを誘う揺動だったか……!」
「ふふっ、分かってて来たってこと?」
「行かなければ被害は広まる……それも読んでのこの事態なんだろ……!」
睦月が怒りに顔を強張らせている中、楽はその光景をただ漠然と眺めていた。自分の中に沸々と湧き出てくる感情。
ふらっと、楽は睦月の横に立つ。
「隊長よぉ、コイツらは犯罪者だからさ」
その目は既に、標的を捉えていた。
「殺してもいいんだよな……?」
楽に蘇る、暗殺家業時代の血。
「待て、楽!! 殺してはいけない!!」
しかし、楽は既に飛び出していた。
「ギャハハハハハハ!! オイ、金髪!! 歯ァ、食いしばんなきゃ、死ぬぜ〜!?」
「ふん、無駄だ。どんなに速度が早くても、透明化と違って見えていれば簡単に対処できる」
青年は近付く楽に合わせてパチンと指を鳴らす。その瞬間、先程と同じ様に暴風が放たれる。
しかし、
「な、なんだ……!?」
「俺には "視えてる" 」
楽はヒョイと交わすと、青年の前に着地する。
「殺しちゃいけないらしいから、防御しろ」
そして、楽は勢い良く拳を振るう。
ドォン!!
凄まじい衝撃波と音が鳴り響く中、青年を守るように老人が楽の拳を受け止めていた。
「なんだコイツ……危険だ……殺せ……!!」
「その様だ……若い命は摘みたくないのじゃが……」
今度は、老人が楽に向けて拳を放つ。
しかし、
「だから、"視えてる" っつーの」
老人の拳を、楽はヒョイと交わした。
「な、何が起きている……? 楽には……何が視えているんだ……!?」
困惑する睦月、そしてシスター。最早、誰にも止められない状況、異能教徒からしても波乱と化した戦場を止めたのは、一人の男だった。
「はい、そこまで」
「お前は……!」
「やあ、君も中々危ないね。祓魔院は危険な子を扱っているようだ。あんまり無茶したらダメだぞ」
楽にそう告げると、男は異能教徒二人を連れてその場から消え去ってしまった。慌てて駆け付ける睦月。
「大丈夫か!?」
「アイツ……どこかで見たことある……」
「ああ、異能教徒を連れて行った帽子の男か?」
淡い記憶、楽が異能に興味を示した最初の事件。
「彼は、異能探偵局の夏目と言う男だ。探偵局や異能警察の方にも通報は入ってたみたいだな。俺たちで時間稼ぎをしている間に、捕獲に成功してくれたようだ」
「異能探偵局……夏目……」
そう呟くと、抑え切れない鼓動の鳴り響く胸を掴んで、楽はニヤッと笑みを浮かべた。




