9話 記憶
二宮は、行方の言葉が気になり、全く眠れずにいた。
「スパイって……誰なのよ……」
ぐるぐると廻る思考は止まることを知らず、ずっと二宮の頭の中を巡らせていた。
「あー! もう、考えても分からないことを考えていたって仕方ない!! 私に出来ることは……!!」
二宮は思い切りベッドから起き上がると、適当なノートの白紙を開き、シャーペンを手に取った。
「私は行方くんみたいに頭が良いわけじゃない……。私に出来ることは、しっかり状況判断して、自分に出来ることを精一杯やること……!!」
そして、ノートに向かって乱雑に書き始めた。
まず、最初に出会した犯罪者。フードを被った取引担当の少年、『ジュース』。彼の異能力は恐らく、自身の身体向上の異能。でなければ、跳躍や壁の破壊は出来ない。
そして、次に出会した白髪の男、『キキョウ』。彼の花の異能は、相手の異能を無力化する。
最後に現れたのは、仮面の男。恐らくは瞬間移動の異能を持っている。夏目の場合、印に対してワープを行うが、仮面の男の場合はどのような条件に寄るかは不明。
そして、少し見た程度だが、書類に載っていた面々は、特に異能力者と言うわけではなさそうだった。
次に、異能探偵局が交戦に出られる人員。
まずは春木班、春木春臣。異能は『トランス』。自身のあらゆる箇所を変身させることが可能。以前見た時は、拳を岩に変えて戦っていた。恐らくだが、二宮の炎を防ぐ防御も可能。
次いで、春木班、ラム。異能は『メデューサ』。見た者を石にしてしまう危険な異能。背後を突かれない限りは無敵に思えるが、どれくらいの人数を石化させられるかは不明。
次に、夏目班、夏目夏人。異能は『ワープ』。印を付けた場所にワープすることが可能。交戦的とは思えないが、以前見た時は、自分の入っていた檻にそのまま閉じ込めることもしていた。あまり目立って表に出ないが、底は知れない。何故なら、行方が並々ならぬ信頼を置いてるからだ。
次いで、夏目班、行方行秋。無能力者。優れた身体能力は無いにせよ、『異能探偵局の頭脳』と呼ばれる程、頭のキレる現役東大生。異能科学を学んでおり、自身の発明により、異能攻撃の対処が出来る武器、ボックスを扱う。
そして自分、二宮二乃。異能は『火炎』。出来る行動は三パターン。まず、手や足から炎を出して空中・高速移動。次に、前方に向かって高火力の火炎放射。最後に、自身に炎を溜め、一気に爆破させる爆炎。
しかし、これらをまとめて改めて感じるのである――――。
「私にはトリッキーな技が何も使えない……!」
今までの異能探偵局の戦闘、そして犯罪者たちを見ている限り、頭脳戦になることが多い。そして、三嶋や二宮のようにナンバーが高位で、純粋な火力が直結する異能は、簡単に防がれてしまうのだ。
「これが本当の戦い……。犯罪者と戦うこと……」
二宮は、正直ナメていた節があった。No.2の実力、高火力があれば、犯罪者をバンバン捕まえて、すぐにヒーローと呼ばれるのではないかと。しかし、現実は甘くはなかった。高校生の今が一番、異能力の発達しており、中でもNo.2を誇る自分ですら、大人の異能力者や、無能力者である行方に驚かされる日々。
二宮は痛感していたのだ。
「異能の力だけじゃ超えられない壁……」
朝日が差し込む中、二宮は机の上で寝てしまっていた。
「ねえ、二乃。貴女はどんな異能が欲しい?」
二宮の夢に現れたのは、かつての母親だった。そして、抱かれているのは、異能発現前の二宮二乃。
「ママみたいな炎を出せる異能! あ、でも、パパみたいに空を飛べる異能もいいな〜!」
二宮の母は、手から炎を出す異能力者。父は、空中浮遊の出来る異能力者だった。二人とも、そこまで力が強い訳ではなく、私生活に多少の楽ができる程度で、戦闘向きではなかった。
異能は、両親のどちらかの異能が強化されて遺伝されるか、両方の異能が組み合わさるか、はたまた覚醒遺伝で、祖父母の代から発現するか、そのどれかだった。
「わあ……炎だ……!」
二宮は、暫くすると手から小さな炎を発現させた。
「あら、私と同じ火の異能なのね!」
「うん! 私も嬉しい!」
そんな温かい空間の中で、辺りは一変する。
「ママ……ママ……!!」
辺り一面は火の海地獄。幼少期の二宮の収まらない『火炎』が出火原因で自分の家を燃やしてしまったのである。
「ママ……!!」
火の海の中で、二宮は母を見つける。しかし、既に肺には煙が充満し、酸素も底をつき、二宮の母は立てなくなってしまっていた。これが、異能発現してから暫く経った現在、一番に注視されている『成長してしまった子供の抑え切れない異能暴走による被害』であった。珍しいことではないが、科学班は、この事態の対処をする為、急を要していた。
「二乃……聞いて……絶対にこの異能を悪事に使ったらダメよ……。約束して……貴女の異能は、誰かを守る為の力なのよ……」
気が付くと、二宮は涙を零し夢から覚めていた。母からの最期の言葉。それ以降、暫くの記憶が二宮にはなかった。
「また……この夢……」
辺りは既に夕方になっていた。そんな中、突如として二宮の携帯は鳴り響く。
着信相手は、行方だった。
「もしもし……」
「二宮、今から出られるか」
「え……大丈夫だけど……」
「そうか、では迎えに行くから、十分後に家の前で待っていてくれ」
そう言うと、プツリと電話は切られてしまった。
「なんなのよ……こんな気分の時に……」
二宮はフラフラと支度をし、家の前で待った。
暫くして、バイクを走らせる行方が現れた。
「乗ってくれ」
行方は表情を変えないが、なんとなく二宮には、一抹の不安感が胸を締めていた。何も言わずに行方の後部座席に跨ると、確認した行方はバイクを走らせる。
辿り着いた先は、夕日の綺麗な橋だった。夕日の光が川にキラキラと映し出されていた。
「何……ここ……」
「二宮、今からここに、スパイが来る」
その瞬間、二宮は背筋がゾッとなるのを感じた。半ば半信半疑ではあるが、行方の言葉に嘘はないことが肌で感じて分かっていたからだ。
そして、暫くするとコツコツと一人の男が現れる。
「待ってました」
「急に呼び出してどうしたの? 行秋くん……?」
現れたのは、行方たちの上司、夏目夏人だった。