episode12. 愛情、親情
後は父さんが大切で、お袋が大切で。
父さんの背中も、お袋の腕の中も。
きっと、永遠に続く幸福だと思っていた。
でも、失うのは一瞬で。儚くて。
なんで僕だけ生きているのだろう。
なんでこの瞳だけは残り続けるのだろう。
考えれば考えるほど、辛くなった。
幸せを考えるほど、辛くなった。
泣いて、辛い記憶は流れても、この瞳だけは消えなかった。
辛さを超えていく度、愛しさ、悲しさも増して。
例え、誰かが僕の記憶を1億で買うと言っても
僕はこの記憶を選ぶ。
例え、誰かがこの瞳を100億で買うと言っても
僕は
この瞳を
死んでも守るだろう。
__________
「......っ」
「お、お袋たちが...落とされた日....、っ」
「………っ」
「ぼくが、僕が連れてってくれって...頼んだんだ。......村の子が、あそこから見える景色がとっても綺麗だって話してた...から………っ」
シオンさんは俯いて声を震わせる。
零れ落ちる涙は、宝石にならずにはらはらとただ沈む。
「バル、トの..涙が、盗られた目も...っ、」
「僕が...っ、あんな夜中に外に行こうなんて行ったから、っ......」
「......」
「全部、全部.僕が悪くて......っ」
泣いたまま、シオンさんはしゃがみ込んだ。
「ごめんなさい....」
何に対して、誰に対してそう言ったのかはわからない。
しゃがみ込み、腕の中に伏せられたシオンさんの顔。
籠った声で、すすり泣く。
「……」
僕よりも年上のはずなのに、僕より大人なはずなのに。
今だけは、幼子のように見える。
思わず伸ばした右手が、シオンさんの肩に
触れるより早く、他の手が伸びてきた。
「………」
バルトさんが、シオンさんの頭に触れる。
小さい子供を慰めるように撫でるバルトさん。
「......え、」
シオンさんが顔を上げる。
潤んだ瞳には、赤髪の彼が映っている。
「……」
バルトさんが撫でる手を下ろす。
すると、
「っだ!...え、......は?」
バルトさんは手刀でシオンさんの頭を叩いた。
「......え」
「...うわ...…」
「...わー…」
「なにすんだ、バ、ル...ト...」
シオンさんは再び涙目になりながら、バルトさんを見る。
すると、目を見開いた。
バルトさんはしゃがんでいるシオンさんを見ているから、僕から表情は見えないけれど
「....っ」
泣いていた。
肩が震え、落ちる雫が、下にいるシオンさんの頬を伝う。
「......ばか…」
「……」
「なんで自分のせいだなんて言うんだよ.......っ、シオンのばか、っ」
「......え、」
静かに泣き、静かに怒る。
いつものバルトさんとは、かけ離れていた。
「…」
「ここまで着いてきたのは俺だし......あの夜も、俺がただお前に着いていったんだ」
「それに」
「......それに...」
バルトさんは顔を上げ、涙を拭う。
「…小さいころ、村の人が話してたのを聞いたことがある。」
「とても仲が良かった家族が、崖から落ちたって。
…家族がいない俺にとっては、どうでもよかった。羨ましかったけど。」
「......そこの両親が、とてもいい人で、力仕事も、なんでも、快く手伝ってくれた人だったんだって。」
「......へ、」
「…」
「その人たちがいなくなって、みんな悲しくなったんだって。」
僕も、みんなも、目を見開いた。
「......え、」
「誰にも慕われて、いなくなったら悲しんでくれる人がいて、きっとその二人は、世界一幸せ者なんだ」
潤んだ二色の瞳から、静かに雫が零れる。
「でも......」
「…その、世界一幸せ者に、世界一愛された子供は....」
「きっと....」
「…...宇宙一、幸せ者なんだなって」
「...羨ましかったな」
「......」
薄く輝く紫と、金色に輝く黄色。
ふたつの瞳は、より輝きを増したように見えた。
「……」
細まる蜂蜜色の瞳。
「お前の両親は、孤独じゃなかったよ」
「.......っ、うん...っ!」
もう一度、バルトさんはシオンさんの頭を撫でる。
「お前も、孤独じゃ、ないんだぞ」
「......う、ん...っ」
僕にはわからない感情。
僕にはわからない心情。
「………」
でも、これは
きっと
「...ありがとう」
「……」
「こちらこそ。」
素敵な
愛情。
__________
「…バルトさんはなんで騎士になったの?」
レナトのパン屋に寄った時、そんなことを問われたことがある。
「ん?んー.......」
「…大切な人を守る為。かな……」
「えー!それって王様?王子様?」
「…ん?」
子供らしい瞳がこちらを見つめる。
「……」
「…小さなころの、俺の英雄、だな」
__________
「シオンさんは、なんで騎士に?」
ある日、エメラルドを持つ少年にこんなことを聞かれた。
「...なんで...?」
「......ぽくないから」
「……」
たまに、こいつの思考は読めない。
どうにも、アインと似てるところがあるから。
「.....大切な人を、守るためだな」
「...恋人?」
「……」
どうにも、この年頃の奴はなんでも色恋沙汰に結び付ける。
何故だろう。
「…小さい頃の、僕の、英雄。」
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「......俺さ、シオンの為に騎士になったんだよ」
「......え、」
シオンとの目線を合わせるように、同じようにしゃがみ込む。
「......涙が奪われたとき....」
「お前が、俺を庇って蹴り飛ばされたんだよな、….」
”バルトに手えだすな!"
「今考えたら、…..あんな小さな体で、あんなデカい図体のやつに歯向かって、怖いはず...ないのに....」
「俺のこと守って....」
「怪我だってしただろうにさ...」
「お前......」
「嬉しかったんだ。」
「……」
「…ありがとう。」
「....ずっと、ずっとひとりだった。」
「うん、…..」
「御伽噺を言じてる、って莫迦にされて、でも、お前だけは僕の話...いっつもにこにこして聞いてくれて…」
「…うん......」
「うれしかったの。」
「...うん、っ」
まるで幼子のように涙を流すシオンの手を緩く握る。
「僕も、バルトを、今度こそ守るって...騎士に、なって......」
「俺も、お前に守られた自分が情けなくて、今度は...って、騎士になった。」
「.......ありがとう」
「...うん、!」
変な顔、と微笑むシオン。
どうにも怒る気にはなれなくて
お前もだよ、なんて
二人で笑った。
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薄暗い城の中、若草色の騎士は靴を鳴らし城内を散歩していた。
「……」
夜空に浮かぶ満月は瞳を照らす。
月光で輝く瞳。
「…シオン、怒るかなあ…」
整った顔は、いつもよりも無を表している。
「宝石狩りは、俺が手引きしたって...」
「言ったら......」
彼の細長い手は、緑のペンダントに添えられた。




