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9 勢力

 大森一家の拠点が襲撃され、組員が無残に殺されたという情報は、瞬く間に裏社会を駆け巡った。

 噂は様々。

 「まさか……本当に黒楓会がやったのか?」

 「一晩で壊滅? そんなの普通じゃねぇ……」

 「いや、殺された連中の遺体には、黒楓会のカードが置かれてたらしい。」

 「ヤバいな……もう千葉どころか、市原まで黒楓会に歯向かう奴なんていなくなるんじゃねぇか?」

 どんな噂も、一つの共通点だけは揺るがなかった——黒楓会がやったということ。  

 その影響はすぐに現れた。

 これまで黒楓会のシマで好き勝手動いていた輩たちが、一気に姿を消した。

 夜の街をうろつく半グレ、シマを狙っていた連中、チンピラまがいの商売人——

 明らかに、動きが鈍った。

 黒楓会が敵に回せば、どうなるか——それを、裏社会に知らしめた。

 だが、問題はそれだけでは済まなかった。  黒楓会の影響力が増すにつれ、もう一つの厄介な"目"がこちらに向けられていた。

 ——警察。

 街では、パトカーの巡回が増え、不審者への職務質問が活発になった。

 裏社会に顔が利くバーの店主も、ぼそりと漏らしていた。

 「最近、刑事がやたら嗅ぎ回ってる。黒楓会の動きを探ってるって話だ。」

 不穏な要素を取り除いたはずが、新たな問題を呼び込んだ。


 楓、鬼塚、佐竹、そして数名のメンバーが事務所に集まっていた。

 「ご親族への対応は済ませやした。慰謝料は以前と同じく、たっぷり払わせてもらいやした。」

 死んだ仲間の家族への対応——それも佐竹の役目だった。

 極道の世界に生きる者は、いずれ死ぬ。

 その後始末をするのは、生き残った者の義務だ。

 佐竹は慣れた様子で続ける。

 「大森一家のシマは、大半がうちの管理下に入りやしたが……人手が足りねぇんで、全部は抱えきれやせんでした。今後は、徐々に人員を補充しながら縄張りを固めていくつもりで。」

 楓は無言で頷いた。

 「続いて、警察の動きですが……まだ嗅ぎ回っていやすが、それ以上踏み込んではきていやせんね。」

 一通りの報告を終えた佐竹は、ちらりと楓を見た。

 楓は目を閉じ、数秒後、静かに口を開いた。

 「——三河会って、何者だ?」

 その問いに、事務所内の空気が張り詰める。

 三河会——

 楓だけでなく、鬼塚や他のメンバーも気になっていた。

 鬼塚が煙を吐き出しながら、佐竹に視線を向ける。

 「名前ぐらいは聞いたことあるが、詳しいことは知らねぇ……。」

 楓はいくら頭が切れるとはいえ、まだ学生だ。

 裏社会の知識は、実戦の中で学び始めたばかり。

 鬼塚や他のメンバーも、元はただの暴走族だった。

 組織としての力を持ち始めたとはいえ、"本物の極道"の世界についての知識は、まだ限られている。

 佐竹は一瞬黙り、ゆっくりと椅子の背にもたれかかる。

 「……話が長くなりやすが。」

 そう前置きして、懐からタバコを取り出し、火を点けた。



 「まずは関東圏の話からするか……関東には、三つの組織がシマを分けて仕切ってる。三代目斎藤会、湘北連合、そして三河会だ。」

 ——湘北連合。

 その名を聞いた途端、鬼塚の表情がわずかに動いた。

 佐竹が続ける。

 「三代目斎藤会は、群馬を拠点にした組織だ。元を辿れば江戸時代から続く由緒ある組だが、何度も内紛を繰り返し、今は有能な若い跡目が継いで、ようやく内部をまとめたところだ。」

 有能な若者——その言葉に、楓は興味を引かれた。

 極道の世界で、上に立つのは大抵、年を重ねた者たち。若者は下っ端が常だ。

 楓のような例外が、他にもいるとは。

 「湘北連合は、横浜を拠点にしてる。元は暴走族の集まりだ……鬼塚、お前が一番よく知ってるだろ?」

 「ああ……族なら、その名を知らねぇヤツはいねぇ。」

 佐竹は続ける。

 「伝説の暴走族・スピリットの成れの果てだ。

 十年ほど前、その総番長、鬼獅子と呼ばれる男が、とんでもねぇ勢いで湘北の暴走族を統一した。

 今でこそ極道になってるが、元は族の頂点に立ったヤツだ。」

 鬼塚は椅子にもたれ、記憶を呼び起こすように言った。

 「俺がガキの頃、鎌倉600人乱闘事件ってのがあった。」

 楓が目を細めた。

 「鎌倉600人乱闘事件?」

 「湘北連合——いや、当時はまだスピリットだった頃の話だ。

 関東各地の暴走族が集まり、鎌倉で大規模な乱闘が起きた。

 噂じゃ、鬼獅子と十数人の手下で600人に挑み、しかも敵の総長を討ち取ったって話だが……」

 鬼塚は肩をすくめた。

 「真実がどれほどかは知らねぇ。ただ、鬼獅子の腕が超一流だったのは間違いねぇ。」

 十数人対600人。

 もしこれが本当なら、湘北連合の一人ひとりの戦闘力は桁違いだ。

 「最後は、最も厄介な三河会。」

 佐竹が、タバコの灰を指で弾いだ。

 「本部は茨城にある。北から千葉に勢力を伸ばし、地元の勢力をジワジワと吸収して子分組にする陰湿な連中だ。大森一家もその一つだったらしい。」

 「聞いた感じじゃ、大したことねぇように思えるが……?」

 「問題はそこじゃねぇ。」

 佐竹がタバコを深く吸い込み、煙をゆっくりと吐き出した。

 「三河会の会長——三河雅。そのもう一つの顔は……"茨城県議員"だ。」

 「……政府の人間だと?!」



大洗駅前——


 駅前広場には、大勢の民衆が集まり、舞台上の政治家らしき人物の演説に耳を傾けていた。

 30代か40代か判然としない男。スーツを着こなし、胸には大きく 「県民の未来を守る」 と書かれた宣伝バッジ。

 清潔感のある髪型に、どこまでも誠実そうな笑顔——

 誰が見ても 「正義の政治家」 という印象を受ける。

 「——私は断じて許しません!」

 演説台に立つその男は、力強く拳を握りしめながら続けた。

 「暴力団などという反社会的組織を、茨城県から一掃することを誓います!!」

 熱のこもった演説に、民衆は湧き上がる。

 「おおーっ!」

 「そうだ!」「頼むぞ、三河先生!」

 次々と応援の声が飛び交い、拍手が広がる。

 「皆さんとともに、この街を守り抜きます!!」

 男はゆっくりと頷き、満面の笑みを浮かべながら手を振った。

 その後ろには、大きな宣伝用車。

 車体には 「三河 雅」 の名とともに、誠実そうな笑顔の写真が大きくプリントされていた。

 演説を終えた三河雅は、ゆっくりと車へ向かい、支援者たちに笑顔で手を振りながら乗り込んだ。

 その時、後部座席から控えめな声がかかった。

 「三河会長……」

 三河は相変わらず柔和な笑みを浮かべたまま。

 外では、まだ熱狂的な支持者たちが手を振っている。

 「神奈川方面が少々、厄介なことになっています。」

 一瞬、車内の空気が変わる。

 「……ほう?」

 三河はは窓越しに軽く手を上げ、穏やかな笑顔を崩さない。

 だが——

 その目は、まったく笑っていなかった。

 「昨夜から、神奈川県内の監視拠点が一斉に沈黙しました。今朝確認の者を向かわせましたが……情報員21名全員、行方不明です。」

 部下が慎重に言葉を選びながら報告する。

 小さく、車内に沈黙が落ちた。

 「……それと、千葉県内の大森一家がやられました。」

 「大森一家? 何だね、それは。」

 「……は、大森一家は千葉の地元勢力です。約半年前に、うちの子分組になりました。情報によりますと、縄張り争いで、同じく千葉の地元勢力——黒楓会に敗北したとのことです。」

 「使えないですね。」

 冷たく突き放すような声だった。

 「そっちはいい。後でいくらでも対処できるからね。それより、神奈川の件、詳しく聞かせてもらおうか。」



 家に戻ると、母がリビングから。

 「楓、最近帰りが遅いわね。何かあったの?」

 楓は靴を脱ぎながら

 「ああ、隣町でバイトしてて。ほら、父さん、新しい仕事はまだだろ?」

 「そうだけど……もう少しで進学受験でしょ? 進路は決まったの?」

 「大丈夫だよ。こう見えても、成績だけは自信あるから。」

 苦笑いしながら答えると、母はホッとしたように微笑んだ。

 「晩ご飯はバイト先で食べたから。」

 そう言いながら、楓は自分の部屋へと向かった。

 ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。

 ——今後を考えないと。

 まだ解決していない問題は山ほどある。  一番の課題は、黒楓会の戦力不足。

 鬼塚の突破力は優秀だが、頼りすぎるのは危険だ。

 もし彼がいない状況になった時、戦局を維持できるか——それが問題だ。

 それに、三河会。

 いつ、どんな形で仕掛けてくるかわからない以上、早めに対策を練る必要がある。

 あとは、自分自身。

 進路については気にしていないが、自身の戦闘力も鍛えておかないと。

 縄張りを拡大するなら、人員の補強も必要になる。

 佐竹と鬼塚以外に、忠誠心があり、かつ有能な人材がいればだな。


 幸い、天は黒楓会に時間を与えた。

 湘北連合との抗争に忙殺される三河会は、しばしの間、千葉に手を伸ばす余裕を失っていた。

 その間に、黒楓会はじっくりと足元を固めていく。

 縄張りを整え、人員を補充し、組織としての基盤を強化する時間を得た。

 そして——

 楓は高校へ進学した。

 だが、その選択は誰もが予想しないものだった。

 学年トップの成績を誇る楓が選んだのは、県内屈指のヤンキー高校——若林高校。

 千葉でも名の知れた不良の巣窟。

 地元の暴走族や半グレ上がりが集まり、学校というより縄張りのような場所。

 誰もが疑問に思った。

 なぜ、こんな学校に——?

 だが、楓には明確な目的があった。

 黒楓会をさらに拡大し、三河会との衝突に備えるために——

 楓は、若林高校の門をくぐった。



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