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81 信頼

 廃棄品回収工場の奥――。

 清水はワンボックスから降り立つと、廃車に押し潰された車体を見やり、口の端を歪めた。

 「……ひでぇな」

 車内に取り残された葉山会の者たちは、既に絶命していた。

 その無惨な光景を前に、清水の声音には同情とも冷笑ともつかぬ響きが混じっていた。

 「てめぇら……よくもこんな真似を!」

 残った葉山会の若衆が怒声を上げる。

 よく見れば、頭上には巨大なクレーンが聳えており、その先にはまだ錆び付いたワイヤーが垂れている。

 ――今しがた落ちてきた廃車は、あれで吊り上げられていたのだ。

 「クソッ……仕組みやがったな」

 血走った目で清水を睨みつけ、刀を抜き放った。

 その背後で、葉山自身も静かに姿を現す。

 怒りに震える瞳が、暗がりの中で爛々と光った。

 「黒楓会のガキが……! ただじゃ済まさんぞ!」

 葉山たちが動こうとした、その瞬間――。

 工場の闇を裂くように、周囲からぞろぞろと影が現れた。

 柏弘大を先頭に、鴨川拠点の若衆たちが姿を現す。

 「おい、おっさん」

 柏は煙草をくわえたままニヤリと笑い、わざとらしく肩を回した。

 「――よくも俺たちの飲み会を邪魔してくれたな。……大した度胸じゃねぇか」

 その背後で、若衆たちが刀やナイフ、釘バットを構える。

 明かりに鈍く光る刃と鉄が、ひとり残らず戦闘態勢を示していた。

 気づけば、葉山会は圧倒的に不利な立場に追い込まれていた。

 鴨川拠点でワンボックスに弾き飛ばされた負傷者の手当をしている者を除けば、追撃に出た二台の車に乗ってきたのは十二名だけ。

 更に、その十二名のうち六人は、つい先ほど廃車の直撃で一瞬にして潰えた。

 残されたのは、会長は山を含めてわずか六人。――そして、今や完全に包囲されている。

 暗闇の中から現れた柏弘大と鴨川拠点の若衆たちは、この土地に精通する地元の連中だ。

 葉山は、いつの間にか自分たちが狩られる側になったことを、ようやく理解した。

 「……仕方がねぇ、今回は俺たちの負けだ。俺たちは鴨川から撤収する――それでいいな?」

 葉山の声は苛立ちと焦りを押し隠したものだった。

 柏は鼻で笑い、仲間たちに視線を走らせる。

 「おいおい、なに言ってんだおっさん。寝言は寝てから言えや。散々暴れやがって……このまま無事に帰れるとでも思ってんのか?」

 「貴様ら……この俺に手を出すつもりか? 俺は葉山会の会長だぞ!」

 「葉山だろうが檜山だろうが関係ねぇ。――仮にも俺たちは黒楓会の一員だ。黒楓会に手ぇ出した以上、覚悟はできてんだろうな?」

 「……生意気なガキどもめ。人数が多いからって、葉山会を甘く見りゃ――痛い目を見るのはそっちだぞ!」

 葉山は低く唸るように吐き捨て、刀を構えた。

 その動きに呼応するように、部下たちも一斉に刃を抜き放つ。

 「やれェッ!」

 葉山の号令と同時に、刃の閃きが四方から降る。

 葉山も柏へ一直線。柏は逆手に握ったナイフで受け、

 ガキィィン――火花。葉山は重い踏み込みで間合いを潰し、上段から斬圧を叩きつける。

 柏は半歩の抜きで力を逃がし、肘や手首の継ぎ目だけを短く刺していく。

 一撃必殺ではなく、機能を削る連打。葉山の肩が一度、二度と跳ねた。

 周囲では黒楓会の若衆と葉山会が乱戦に沈む。

 押し合い、掴み合い、金属音が重なり、砂埃が舞う――。

 葉山会の二人が、会長と柏の攻防を見て取るや、左右から同時に斬りかかった。

 「清水ッ!」

 柏が叫ぶ。

 「任せろッス」

 返事は短く、それだけだった。

 渦の中で、ただ一人、異様な軌道で滑る影。

 両手にナイフ、口には火の残るタバコ。清水だ。

 体を斜めに倒したまま低く走り、視線が追いつく前に位置を変える。

 一人目――背後から手首を刈り、腋下へ一閃。刃が骨を避け、確実に動きを止める。

 倒れる音より早く、次の標的へと影は移っていた。

 二人目――低く潜り込み、肋の隙間へ浅く刃を走らせ、呼吸を奪う。

 薄闇の中、タバコの熾きとナイフの刃が交互に点滅する。

 まるで、夜気に浮かぶ蛍火が、次々と獲物の位置を印していくかのようだった。

 清水の刃が二人を沈めた瞬間――

 「――ッ!」

 葉山の目が見開かれた。

 戦況も悪化していた。いくら練度が高いとは言え、若衆たちは数で押さえ込まれ、正面と左右からの攻撃は受けられても、背後からの奇襲までは防げない。

 このままじゃ、全滅も時間の問題だ

 「……ええい、仕方ねぇ!」

 葉山は柏との間合いを一気に外すと、懐へ手を突っ込み――。

 次の瞬間、鋭い破裂音が場を裂いた。

 ――バァァンッ!

 砂埃に沈む工場が、一瞬で凍り付く。

 黒楓会の若衆も、葉山会の残党も、誰もがその音に反射的に動きを止めた。

 「動くんじゃねぇッ!」

 葉山の手には、黒光りする拳銃が握られていた。

 銃口が揺れ、照準は柏と清水を交互に舐める。

 先ほどまでの怒声とは違い、低く、冷徹に響く声。

 「刀や数じゃどうにもならねぇなら……最後にモノを言うのは、これよ」

 柏は拳銃を振り回す葉山を見て、呆れたようにため息をついた。

 「おいおっさん、それは筋が通らねぇだろ。ヤクザ同士の喧嘩に鉄砲持ち出すなんざ、恥ずかしくねぇのかよ」

 「黙れ! 銃だろうが刃物だろうが、殺したもん勝ちだ! 文句があるなら地獄で言え!」

 葉山は柏に銃口を向け、引き金へ指をかける。

 「そうかよ……なら、こっちも遠慮はいらねぇ。やれ」

 柏が低く呟いた瞬間――

 ズガァァンッ!!

 空から落ちてきた廃車が、轟音とともに葉山を直撃する。

 車体は押し潰され、地響きが工場全体を震わせた。

 本来なら生かして捕らえたかった。だから二台目はあえて潰さなかった。……だが、こうなった以上は、この場で葬るしかない。

 「……アバヨ」

 柏は冷酷に吐き捨て、鉄屑の下で動かなくなった葉山を見下ろした。

 血の匂いと砂埃の中、残った葉山会の三人は震える手で武器を放り出した。

 もはや抗う意思はなく、地に額を擦りつけるようにして命乞いをする。

 「どうするんスか?」

 清水が問う。

 柏は茶髪を無造作にかき乱し、怠そうに吐き捨てた。

 「……てめぇら、まだ拠点に残ってる仲間を連れて、さっさと消え失せろ」

 「あ、ありがとうございます!」

 三人は地面に額を擦りつけるように頭を下げ、互いに背を押し合うようにして逃げ出した。

 残されたのは、血と埃と、柏の吐き捨てた煙草の煙だけだった。

 「寛大ッスね、弘大さん」

 「っるせ」

 柏は廃棄品回収工場をぐるりと見渡しながら

 「ここを片付けろ。それから本部長様に――"鴨川はいま敵襲を受けてる"って伝えろ」

 「"受けてる"ってことにしちまうんスか?」

 「ああ、そうだ……手ぇ空いてると知れたら、すぐ他んところに回されちまう。」

 柏は煙草を咥え直し、ニヤリと笑った。

 「んで――この後は勝利の祝いちゅーことで、二次会いくぞ!」



 ――それが、鴨川拠点で起きたすべてだった。

 柏の報告を聞いた楓、佐竹、矢崎の三人は、それぞれ微妙に表情を変えた。

 もちろん、最後の「二次会」まで正直に言うわけもなく、柏は言葉を選んで誤魔化した。

 楓は返事をせず、ただしばらくの間、静かに沈黙を落とす。

 ――読めない。怒っているのか、それとも面白がっているのか。

 やがて楓は椅子を引き、何事もなかったように立ち上がった。

 無言のまま部屋を出ていく背中を、柏たちは呆然と目で追った。

 訳が分からない。だが、それでも会長の後を追うしかなかった。

 楓は部屋の外に立ち、しばし周辺を興味深そうに眺めていた。

 やがて振り返り、柏に問いかける。

 「……なぜ、その時、拠点の中に誰もいないと分かった?」

 「はい、少々お待ちを」

 柏は若衆へ振り向き、短く命じた。

 「お前ら、中に入れ」

 若衆十人がぞろぞろと部屋に戻っていく。

 柏は楓たちを少し離れた場所へと案内し、指先で拠点の建物を示した。

 「会長、こちらです」

 楓は視線を向け、一瞬だけ唖然とした。

だがすぐに、堪えきれず笑い声を漏らした。

 「……なるほど、そういうことか」

 後ろの佐竹も意味を察し、口元に笑みを浮かべる。

 ただ矢崎だけは首を傾げ、しばし考え込んでいた。やがて、はっと顔を上げる。

 「あっ……人影ですね!」

 窓越しに二人ほどの影が、窓辺に寄りかかっているのが遠目にも見える。

 柏が頷いた。

 「その通りです。あの部屋は広くありません。十人もいれば、必ず誰かは窓際に立つことになる。……ましてや十四人も詰め込まれていたら、なおさらです」

 楓は改めて、柏弘大という青年を見定めた。

 ――もし自分が鴨川拠点を攻めるなら、葉山と同じく待ち伏せを敷くだろう。だが、それならこいつには即座に見破られる。

 見た目は軽くチャラついているが、危地にあっても細部を拾い、地の利を徹底して使う。将器の片鱗はある。

 しかも――能力の割に欲がない。出世だの野心だのに囚われていない分、扱いやすい。

 ――この男、使える。


 部屋に戻り、楓は鴨川衆に向き直った。

 「柏弘大。――あんた、本部で働かないか?」

 その一言に、柏と清水たちは顔を見合わせた。

 視線を交わし合い、互いの反応を探る。だが、柏の顔には迷いの色が浮かんでいた。

 楓は何も言わず、その答えをただ待っている。

 ――行きたいか、と問われれば、答えは「行きたい」だ。

 男なら誰だって、一度は外の広い世界で挑んでみたいと思う。まして、玄野楓のような若き天才の傍らに立てば、その先に広がる未来は無限大に見える。

 しかし同時に、柏にとって仲間たちと過ごすこの田舎の日々も、捨てがたいものだった。

 不器用ながら笑い合い、馬鹿をやり、酒を酌み交わしてきた日常――それは柏にとって、何ものにも代えがたい宝だった。

 やがて、柏が断ろうと口を開きかけた瞬間――清水が先に叫んだ。 

 「弘大さん! 正直言って……あんたの才能じゃ、こんな田舎でイキってるだけじゃ勿体ねぇッス!

 もっと広ぇ舞台があるはずだ!」

 清水の声が熱を帯び、場を揺らした。

 「弘大さん……俺は、あんたの足手まといなんかになりたくねぇッス!

 もし俺らのせいで、あんたがここに縛られるくらいなら――そんな未来、俺は絶対に許さねぇッス!」

 「俺もだ!」

 「兄貴、行ってきてください!」

 他の若衆も次々に背を押す。

 柏の目頭が熱くなる。

 「お前ら……」

 声を絞り出すように楓へと振り向く。

 「会長、お願いがあるんですけど……こいつらも一緒に本部へ連れてってもいいですか?」

 楓はわずかに微笑み、静かに頷いた。

 「もちろん。それがあんたにとって大事なものならな」

 「……あ、ありがとうございます! お前ら、俺と一緒に来るか?」

 その言葉に、清水らは一斉に顔を輝かせた。

 「ったり前ッス!弘大さんが行くなら、どこへでもついていくッス!」

 「俺も俺も!」

 「外すなよ、俺も連れてってくれ!」

 柏は涙ぐみ、顔を覆った。

 「ち、チクショウ……お前ら……泣かせやがって……許さねぇぞ!」

 口では悪態をつきながらも、その声音には仲間への愛情が滲んでいた。

 隣で楓、佐竹、矢崎の三人は黙って見守り、わずかに笑みを交わし合う。

 佐竹が静かに呟いた。

 「……急ぎ住所の手配が必要ですね。……いやぁ、こういう熱ぇ若い衆はいいもんで」

 一呼吸の間。

 次の瞬間、清水が足を踏み鳴らし、場を一気に沸かせた。

 「よーし野郎ども――宴だ! 今日も吐くまで飲みやがれッ!」

 「やっぱそうなるんかい!」

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