8 皆殺
その時——
スッ……ドスッ!!
黒楓会の二人が背後から静かに忍び寄り、鋭い刃を一閃させる。
「ぐっ……!?」
抵抗する間もなく、刃が深々と突き刺さった。
声を発することもできず、血を吐きながらその場に崩れ落ちた。
——ピンポン。
鬼塚はベルを鳴らした。
数秒後、拠点の中から、不機嫌そうな声。
「なんだよ、忘れ物か?ったく、面倒くせぇ……!」
ガチャ——
扉が開いた瞬間——
「お邪魔するぜ!!」
鬼塚が勢いよくドアを蹴り開ける。
「なっ——!?」
室内の大森一家の組員がドアに押されたまま倒れ込んだ。
その隙を突き、周りに潜んでいた黒楓会のメンバーが一斉に突入する。
「やれ!!」
一階奥、異変に気づいた大森一家の組員たちが慌てて立ち上がる。
「なにっ……!?」
「襲撃か!!」
——だが、すでに遅い。
黒楓会のメンバーが一気に奥へとなだれ込み、手にした刃や鉄パイプが火花を散らすように振るわれる。
ドガッ!!
鈍い音とともに、一人が殴られ、壁に叩きつけられた。
「チッ……迎え撃て!!」
大森一家の幹部が怒鳴る。
拠点内は、一瞬で戦場と化した。
鬼塚は真正面から突っ込むと、目の前の組員の顔面を狙い、拳を振り抜く。
バキッ!!
鈍い音が響き、男がのけ反った。
「がっ……!!」
そのまま後退した組員の肩を掴み、鬼塚はさらに膝を打ち込む。
「ッラァ!!」
体が折れ曲がり、組員は呻き声を漏らしながら床に崩れ落ちた。
だが、鬼塚は立ち止まらない。
別の男が棍棒を振り下ろしてくるのをギリギリで避け、すかさず蹴りを叩き込む。
「テメェ……!!」
組員が怯んだ一瞬、鬼塚は躊躇なく拳を突き出した。
鉄拳が直撃し、男が血を吐きながら吹き飛ぶ。
鬼塚の戦い方は、豪快かつ荒々しい。
だが、それでいて確実に相手を潰す一撃の重さがあった。
「突っ込め!! 叩き潰せ!!」
鬼塚が吠える。
黒楓会のメンバーが、一気に拠点内へとなだれ込んだ。
楓と合流した矢崎も、戦場と化した拠点の中へ足を踏み入れた。
床にはうめき声を上げる者、意識を失い動かない者が転がっている。
矢崎は周囲を見渡し、眉をひそめた。
「……幹部クラスはいねぇようです。」
「上か。」
楓は無言で頷く。
二階
奥の部屋には、島野を含めた5人の幹部がいた。
ドンッ!!
階下から響く衝撃音に、幹部の一人が慌ててドアの外を確認する。
「くそ……何でここがバレる!?」
歯を噛みしめる島野。
この拠点の場所を知るのは、信頼できる身内だけのはず——
「……裏切り者か!?」
別の幹部が苛立ち混じりに叫ぶ。
「いや、そんなはずは……!」
「今はそれより、迎え撃つしかねぇ!!」
ドンドンドンッ!!
階下から駆け上がってくる足音が響く。
「くそっ、来やがったか……!!」
廊下の奥、幹部二名が銃を構え、迎撃の体勢を取る。
バン! バン!
鋭い銃声が廊下に響いた。
「銃だ!! 気をつけろ!!」
黒楓会のメンバーが叫ぶ。
だが、一瞬の遅れ——
「ぐっ……!!」
二人が撃たれ、壁際に倒れ込む。
「テメェらァァァ!!」
鬼塚が怒りで叫び、拳を固く握る。
その頃——
二階の奥の部屋では、島野と残った二人の幹部が窓を開け、逃げる準備をしていた。
「一体何者だ……!!」
「おそらく黒楓会ですね」
「よくもっ……!」
「お頭、早く!!」
幹部が急かし、三人はそのまま二階から飛び降りた——
「——ッ!!」
着地の衝撃で、島野の足が激しくねじれる。
「いっ、痛ぇ……!」
「お頭!!」
残りの二人が慌てて島野を支え、駐車場の車へ向かって走る。
島野は歯を食いしばり、顔を歪めた。
——まだ何も仕掛けていないのに、まさか黒楓会の方が先に動くとは。
「……クソッ……この借り……百倍にして返してやる……!!」
——だが。
「……そこまでだ。」
低く、冷えた声が響く。
目の前の闇から、佐竹と数名の黒楓会のメンバーが姿を現した。
バン! バン!!
幹部二人が立て続けに引き金を引く。
「チッ……!!」
鬼塚は倒れ込んだ大森一家の組員を引き寄せ、そのまま盾にする。
ドンッ!!
次の瞬間、発射された弾丸が、その男の背中にめり込んだ。
血が弾け飛び、呻き声と共に体が痙攣する。
「くたばれ……!!」
倒れかけた盾を前に突き飛ばし、撃とうとした幹部の視界を奪う。
「ヤロウ……!!」
幹部は反射的に体勢を崩す。
その隙を逃さず——
「オラァァァァ!!!」
バキッ!!
鬼のような拳が、一人の幹部の顔面を吹き飛ばす。
「ぐっ……!!」
鼻骨が砕け、血が飛び散る。
もう一人が銃口を向ける——
だが
「……遅ぇよ。」
ドゴッ!!
鬼塚の蹴りが、もう一人の腹に突き刺さる。
「ぐぉ……!!」
幹部は痙攣しながら崩れ落ち、沈黙した。
鬼塚は血に濡れた拳を軽く振り、荒く息を吐く。
楓は倒れ込んだ負傷者のもとへ歩み寄り、静かに問いかけた。
「……怪我は?」
隣で応急処置をしている子分が、険しい表情で答えた。
「一人は肩をやられましたが、命に別状はありません……ですが、もう一人は……」
楓の視線が、もう一人の男へと向かう。
彼の服は鮮血に染まり、床にも広がっていた。
——心臓を撃たれたか。
楓は即座に指示を出す。
「病院へ運べ。急げ。」
しかし、瀕死の男はかすかに首を振った。
その時——
鬼塚が戻ってきた。
血のついた拳を握り締めたまま、無言で負傷者の前に膝をつき、その手を握る。
「バカ野郎……」
鬼塚の手は、わずかに震えていた。
「てめぇ、まだ死ぬんじゃねぇぞ……!」
男は微かに口元を動かし、薄く笑った。
「……あんたが……ついてりゃ……黒楓会は……」
次の言葉を紡ぐ前に、力が抜けた。
——動かなかった。
「……おい」
鬼塚が呼びかける。
「おい……!!」
だが、もう返事はなかった。
鬼塚の呼吸が乱れ、肩が震えた。
楓は静かに目を閉じた。
初めて、仲間が目の前で死んだ。
楓にとっても、鬼塚にとっても、それは衝撃だった。
今までの争いで、血を見ることには慣れていた。
だが、"仲間"が倒れるのを目の当たりにするのは、また別の話だ。
——これが、極道の世界。
今度倒れたのは子分。
次は鬼塚か、佐竹か。
あるいは、自分自身かもしれない。
だが——
誰がどう反応しようと、楓には迷いを見せることは許されない。
黒楓会のトップとして、指揮を取る者が揺らいでいては、組織は崩れる。
楓は無言で鬼塚の肩に手を置いた。
鬼塚は歯を食いしばり、頭を下げた。
こみ上げる怒りと喪失感を押し殺しながら、大きく息を吐く。
その間に、子分たちは残存の大森一家のメンバーを縛り上げ、一階のリビングに集めていた。
まもなく、佐竹たちも、島野と二人の幹部を連れて戻ってきた。
「チッ……」
鬼塚は島野を鋭く睨みつける。
佐竹は、倒れた子分に視線を落とし、すぐ状況を把握した。
そして、鬼塚の背中を軽く叩く。
「……これが、こちらの世界だ。」
数々の修羅場をくぐってきた佐竹は、まるで若い頃の自分を見ているようだった。
仲間の屍を越えて、生き延びてきた。
だからこそ、仲間を、子分を守るために手を汚してきた。
今回の経験も、鬼塚にとって、大きな成長のきっかけとなるだろう。
子分たちが島野たちを床に押しつける。
楓が、ゆっくりと前へ歩み出た。
島野は血走った目で叫び続ける。
「貴様ら……こんな真似をして、俺の背後にいる大物が黙ってるとでも思ってるのか!?」
楓は冷めた目で見下ろした。
「大物、か」
島野は鼻を鳴らし、楓を睨みつける。
「ふん……貴様らのトップを呼べ。雑魚と話してる暇はない。」
楓は微動だにせず
「俺が、黒楓会の会長——玄野楓だ。」
「……なに?」
島野の表情が強張る。
一瞬、冗談かと思った。 しかし、周囲の反応を見れば、それが事実だとすぐに理解した。
……このガキが……?
島野の目が、大きく見開かれる。まるで信じられないものを見るような表情。
だが——次の瞬間、嘲るような笑みを浮かべた。
「言っておくぞ……俺たちの後ろ盾は、"三河会" だ。」
——三河会。
佐竹の表情が、一瞬だけ不自然に揺らぐ。楓は、それを見逃さなかった。
確かに以前、佐竹もその名を口にしていた。
島野は楓の反応を見て、確信したかのように薄く笑う。
「貴様らがどれほど肝が据わっていようがな……三河会に楯突くってのは、"自分の墓を掘る"ってことだぜ。」
言葉を切り、島野はさらに挑発するように言った。
「わかったら、さっさと離せ……今なら、まだ——」
楓は、島野の言葉を遮るように口を開いた。
「全員殺せ。」
——一瞬、時間が止まる。
島野を含め、その場にいた黒楓会、大森一家の面々は、一瞬、言葉の意味を完全には理解しきれずにいた。
異様な沈黙が落ちる。
最初に動いたのは——鬼塚だった。
まるで何かを決心したかのように、冷たい視線で島野を睨む。
「……うちの子分を殺ったツケ、たっぷり払ってもらうぜ。」
「正気か、貴様ら——!?」
島野が叫び、身をよじる。
「待て! 金だ、金はいくらでもやる!」
佐竹も動いた。
「……しゃあねぇな。」
淡々とした声とともに、刃が閃く。
「やめろ、話し合——」
「悪く思うな。」
冷え切った声が響く。
刹那——拠点内は、修羅の場と化した。
鋭い刃が閃き、鈍い衝撃音とともに呻き声が上がる。
叫び、悲鳴、肉を裂く音。
逃げようとした者も、容赦なく仕留められた。
数分後——
その場には、まるで地獄のような光景が広がっていた。
床には大森一家の屍が転がる。
血の匂いが充満し、空気が重くなる。
楓は、周囲を見渡し、ポケットから一枚のカードを取り出した。
黒楓会の名を刻んだ黒い金属のカード。それを、静かに島野の胸の上へ落とす。
パタン——
楓はそのまま振り返り、一言だけ呟いた。
「行くぞ。」
誰も、逆らわなかった。
——黒楓会は、再び闇の中へ消えていった。