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 「……やはり、そうでしたか」

 佐竹が低く呟く。

 楓は頷き、静かに言葉を継いだ。

 「青龍幇の者が現れたと知ったときから、そう考えていた。だからあえて、事務所で偽の情報を流したんだ。

 そして拠点が襲撃されたと聞いた瞬間、確信に変わった」

 「なるほど……ばらまいた餌に、見事に食いつきやしたね」

 「ああ。それに――」

 楓は目を細めた。

 「前田先生が、まだ奴らに捕まっていないことも分かった」

 「確かに……前田拓也がすでに捕まってたら、奴らが娘さんを狙う道理はねぇでさ。」

 「そういうことだったんですね……

 さすが楓さん。こんな短時間で状況を読み切って、しかも先回りして手を打ってるなんて……もう、恐ろしいとしか言えません」

 矢崎が感服したように息を漏らす。

 「待てよ……今市原拠点は大丈夫ってことは、俺らが気づく前に、楓さんはもう慎吾に動きを指示してたんですね?」

 楓は何も言わずにただ静かに微笑んだ。

 どんな問題があろうと関係ない。楓が「大丈夫」と言ったら――それだけで、矢崎たちは迷いなく安心できる。

 信じていい。いや、絶対に信じる。それが、彼らにとっての玄野楓という存在だ。


 一方、市原拠点。

 元は大森一家の拠点だったが、一家が無惨に皆殺しにされて以降は"事故物件"扱いとなり、手を出す不動産業者も現れなかった。

 そのため、佐竹が黒楓会の名義で、破格の価格で買い取った。

 街の中心からは少し外れており、周囲には博物館と雑木林、そして畑が広がっている。

 博物館は夜間営業しておらず、警備員すらいない。

 周囲に人の気配はほとんどなく、1キロほど先に数軒の一戸建てがぽつんとあるだけだ。

 そんな深夜の市原拠点――そこだけがぽつりと浮かぶように、今も室内のライトが灯っている。

 静寂を破るように、窓の内側からテレビの大きな音声が漏れ響いていた。

 やけに広い敷地には、3台の車が、まるで忘れられたかのように静かに停まっている。

 そんな中――遠くから2台のワンボックスカーがゆっくりと敷地内に入ってくる。

 エンジンが止まり、ドアが静かに開くと、それぞれの車から7人ずつ、計14人の男たちが姿を現した。

 全員が黒い覆面で顔を隠し、手には拳銃や短機関銃を携え、無言のまま、音ひとつ立てずに建物へと接近していく。

 リーダーの男が手信号を送ると、五人が背後へと回り込み、二人が敷地のゲートを監視、さらに一人が給電装置へと向かった。

 その動きには一切の無駄がなく、全員が熟練の手並みを見せていた。

 やがてリーダーの男が小さく頷く。

 その合図と同時に、給電装置の前にいた男がブレーカーを一気に引き下ろした。

 次の瞬間――建物のライトがふっと消え、テレビの音も唐突に途絶えた。

 男たちは、銃を構えたまま、黒楓会市原拠点の者が給電装置を確認しに出てくるのを待ち構えていた。

 しかし――妙だ。

 一分が経過しても、中からは誰一人として現れない。

 扉が開く気配すらなく、テレビの音が消えた後、建物全体がまるで死んだように沈黙している。

 生き物の気配が、まるでない。

 「……まずい! 罠だ――!」

 リーダーの男がふっと気づき、鋭く声を上げた。

 その声とともに――

 パァーンッ!

 ドゥドゥドゥドゥドゥッ!

 乾いた銃声が夜空を裂き、立て続けに閃光が瞬いた。

 銃口から迸る火花が、暗闇に包まれた敷地を一瞬だけ照らし出す。

 刹那――覆面の男たちのうち五人が、蜂の巣のように撃ち抜かれた。

 肉体が跳ね、血煙が霧のように宙に舞う。

 「くっ……!」

 ようやく驚愕から我に返った残りの男たちは、慌てて周囲の車や植え込みに身を投げ、必死に掩体へと隠れる。

 「囲まれた……!」

 「クソッ、撤退するぞ!」

 「でもターゲットはまだ――!」

 「チッ、この状況じゃ、もうここにいねぇ。……釣られたのさ、俺たちぁ!」


 建物の外――一本の樹の陰に、佐藤慎吾の姿があった。

 トランシーバーを持ち上げ、低い声で指示を飛ばす。

 「奴らの車のタイヤを撃て。絶対に逃がすなよ」

 耳に当てた無線からの返答を待たず、すぐさま別の指示を送る。

 「てっつ、後の二人を始末しろ」

 『了解』

 直後――

 ドゥドゥドゥッ! パパパッ! パパパパパッ!

 「うあっ――!」

 背後に回っていた覆面の二人が撃ち抜かれ、血を撒き散らしながら地面に倒れ込む。

 黒楓会の火力は圧倒的だった。しかも、地形的にも有利に立っている。

 深夜の闇に火花が弾け、その一瞬で射撃位置がなんとなく見えるものの、周囲の樹木が絶好の掩体となっており、覆面の男たちの弾はなかなか敵に届かない。

 「このままじゃ、まずい……! 一旦中に入るぞ!」

 覆面の一人がそう叫ぶと、他の者たちが即座に援護射撃を開始し、その間に二人がドアへ突進。

 ドォン、と鈍い音を立ててドアを蹴破り、全員が建物内へと突入していった。

 その光景を見て、佐藤慎吾は笑みを浮かべた。

 建物の中へ逃げ込んだ時点で、奴らはもう袋のネズミだ。



 千葉市稲毛区――静まり返った住宅街の一角。

 楓は、自室のベッドの前に立っていた。

布団の中には、小さな女の子が静かに眠っている。

 「遥ちゃん、さっき寝ついたばかりなの。このまま寝かせてあげて」

 主婦が囁いた。少女を起こさないよう、声は抑えられていた。

 楓は一瞥し、静かに頷いた。

 二人は足音を立てぬよう、リビングへと戻る。

 そして主婦は、張り詰めたような面持ちで問いかけた。

 「楓……何があったの?まさか、危ないことに巻き込まれてるんじゃ……」

 「心配ないよ、母さん。前田先生は今夜どうしても帰れなくてさ。だから、遥ちゃんを一人にしておくのが心配で、うちで預かることにしたんだ。」

 「そうなの? でも、親戚とかはいないの?」

 「ああ、先生の親戚はみんな秋田にいるらしいよ。それに、一晩だけだし、明日には戻るってさ。」

 楓は落ち着いた声で答えた。

 「……そうなのね。」

 主婦は納得したような、しきれないような顔で小さく頷いた。

 「それじゃ、俺はまだバイト中だから。」

 楓がそう言って立ち上がると、主婦が心配そうに声をかけた。

 「こんな時間に? お父さんも新しい仕事を始めたって言ってたし、そんなに必死にバイトしなくてもいいのよ。……また中学の頃みたいに暮らせるんだから。」

 その言葉に、楓はふと顔を伏せ、複雑な表情を浮かべた。

 中学時代か――。

 毎日、イジメられ、金を奪われ、尊厳を踏みにじられる日々だった。

 あの頃だけは、絶対に戻りたくない。

 確かに、今の人生には常に危険がつきまとう。

 だが、それでも楽しい。

 信頼できる部下がいて、築き上げた地位があり、手に入れた権力がある。

 こちらの世界でこそ、自分は生きている実感を持てる。

 ――そう、楓は確信していた。

 自分の才能が輝く場所は、ここしかない。


 ――優等生よりも、外道のほうが俺には、断然、似合っている。


 「ありがとう、母さん。でも……俺はね、今の生活の方が、自分らしいと思ってる。」


 家から少し離れた場所で、楓は車に乗り込んだ。

 一人で帰ってきた楓を見て、三人は疑問の視線を向けた。

 楓はシートに身を預けながら、淡々と言った。

 「前田遥は今夜、俺の家で寝かせてる。」

 「なるほど……」

 そのとき、佐藤慎吾から通信が入った。

 報告を聞き終え、楓は口を開いた。

 「慎吾、よくやった。」

 『ありがたきお言葉です』

 「中には踏み込むな。逃げ道を塞げ。向こうも増援を呼ぶに違いない。すでに"影"を向かわせてある。俺たちも今すぐ向かう。」

 『承知しました!』


 約十分後――君津拠点を襲撃していた覆面の陽動部隊が、市原拠点に向かってきた。

 一台のワンボックスカーが、拠点と博物館の中間地点に差し掛かったそのとき。

 パァーン――。

 郊外の夜を、一発の銃声が破った。

 フロントガラスに鋭いヒビが走り、運転席の覆面の男は、悲鳴を上げる暇もなく絶命した。頭をハンドルに叩きつけ、クラクションの甲高い音が響き渡る。

 ピーーーー……。

 制御を失った車はそのまま畑に突っ込み、車体を揺らしながら停まった。

 直後、車内から5人の男たちが飛び出す。

 しかし、その瞬間。

 パンッ!

 もう一発の銃声が鳴り、先頭の男の頭が弾け飛んだ。返り血が夜気に舞い、男の体は崩れ落ちるように土へ沈んだ。

 「スナイパーだ、隠れろ!」

 「くそっ、待ち伏せされたか……!」

 「まさか黒楓会の対応がここまで早いとは。完全に一本取られた……」

 「若頭はまだ建物の中にいる……こりゃ、相当まずいぞ……!」

 救援どころか――自分たちですら、この場から抜け出せそうにない。

 スナイパーは、もちろん"影"の者たちだ。この一本道の両端――東と西にそれぞれ一人ずつ配置され、敵の増援を阻止する役目を担っている。

 その時、さらに3台の車が、遠くからこちらへと走ってきた。

 うち2台は速度を落とすことなく建物の方へと直進し、残る1台は畑の中に突っ込んだ覆面たちの車に向かって進んでいく。

 だが、今回スナイパーは引き金を引かなかった。

 ナンバープレートを確認すると、いずれも千葉ナンバー。

 この3台の車は、近隣に待機していた黒楓会の構成員たちが指示を受けて駆けつけた増援だった。

 「武器を捨てて大人しく降参しろ――!」

 車から降りた黒楓会の構成員たちが銃を構え、車の陰に身を潜める覆面の男たちを包囲しながら、鋭く言い放った。

 見えない位置にはスナイパー、正面には十人以上の黒楓会の若衆――もはや逃げ場はない。

 覆面の男たちは絶望した。しかし、黒楓会の手に落ちるくらいなら、死んだほうがマシだ――そう悟った四人は、互いに目を合わせた。

 そして、まるで示し合わせたかのように一斉に掩体から身を乗り出し、最後の反撃に出た。

 「うおおおおっ!」

 パパッ、パパパパッ、ドゥドゥドゥ――!

 次の瞬間、銃声が炸裂し、彼らの身体は容赦なく弾丸に貫かれた。

 血飛沫を散らしながら、四つの影が地面へと叩きつけられる。

 無残な最期――それは彼ら自身が選んだ、覚悟の死だった。


 建物内――。

 七人の覆面たちは、窓の隙間から近づいてくる黒楓会の増援を目にし、もはや退路が断たれたことを悟った。

 「……万事休すか。これが、黒楓会……いや、玄野楓の力ってわけか」

 リーダーの男が苦笑交じりに呟いた。

 「……済まねぇな、武藤さん。結局、あんたの仇も討てなかった」

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