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50 激突

 楓一行は迅速に木箱を積み込み、4台のワンボックスカーに分乗させた。

 武器の量は予想以上だったが、何とか全車両にギリギリ収まる。

 南房総から千葉市まで、最短でも1時間はかかる。

 本部には佐藤、龍崎、矢崎が留守を預かっており、事前に防衛策も打ってある。

 ――通常なら、不安はない。

 だが楓は、胸の奥に微かな違和感を覚えていた。

 今回は――一体誰だ?

 極刀会も湘北連合も、すでに目を張っていたが、どちらにも不審な動きはなかった。

 ……とすれば、やはり三河会か。

 なら、指揮を執っているのは――誰だ?

 三河会四柱・犬飼武文は先日、影小隊によって確かに始末されたはずだった。

 しかし――その遺体は、どこにもなかった。

 もし奴はまだ生きているとしたら……今回、表向きの襲撃は恐らく陽動で、裏の一手は別にあるに違いない。



 千葉市内。

 山本源が率いる三台の車両は、迷いなく黒楓会本部へと直進していた。

 迎え撃つ黒楓会側も、既に動いていた。

 予定通り、正面の防衛には龍崎勝が若衆十数人を率いて立ちふさがる。

 他の若衆は別働隊として周辺で待機している。

 幾多の修羅場を潜り抜けてきた黒楓会の者たちは、今や地元のヤクザなどとは比べものにならないほどの実行力と戦闘力を備えていた。

 事務所内では、佐藤守が冷静に指揮を執っている。

 元情報員らしい整然とした判断で、各隊の配置と連携を細かく調整していた。

 一方、影小隊の隊員たちは建物の屋上や周辺のビルに分散し、敵の奇襲や側面攻撃の可能性に備えて警戒を続けている。

 山本たちの車列が黒楓会本部に滑り込んだ瞬間、三台の車から、計二十人の男たちが降り立った。その人数は、黒楓会とほぼ同数だった。

 余計な言葉を交わすこともなく、幹部は幹部と、若衆は若衆とぶつかり合い、現場は瞬く間に混乱の渦に沈んだ。

 しかしさすが四柱と言うべきか――修行を重ねた龍崎に対し、山本は一歩も引くことなく、むしろ拳と木刀をぶつけ合いながら、挑発してみせる。

 「おい、あの鬼塚はどこだ。てめぇじゃ歯が立たねぇんだよ!」

 鬼塚大地――黒楓会の看板とも言える武闘派。実力も気性も破格で、その名を知らぬ者はいない。

 対する龍崎勝は、最近黒楓会に加わった新参者。常に無口で控えめな姿勢を貫いており、まだ世間にはその名が大きく知られてはいなかった。

 「玄野は、そこのビルにいるのか? あぁん?」

 しかし龍崎は応じない。ただ黙々と技を繰り出し、山本の攻撃を受け流していく。

 「チッ……口が硬ぇな。なら、力づくで吐かせてやらぁ」

 一方その頃、本部内では佐藤が監視モニターを前に、影小隊の報告を聞き取っていた。

 『南市街、敵影なし。』

 『東側、異常ありません。』

 『船橋方向も、現在のところ静かです。』

 「分かった。引き続き警戒を頼む」

 佐藤は、事前に練られた作戦を忠実に遂行していた。

 正面から押し寄せる敵を迎撃しつつ、他の方面からの奇襲にも目を光らせる。

 全体の戦況を把握しながら、隙なく指揮を振るっていた。

 『ほ、報告です! 龍崎さん以外、正面はもう……敵部隊、連携が異常に取れてます!』

 「なんだと……?」

 佐藤はモニター越しに、戦場の様子をじっと見つめていた。

 白黒で粗く歪んだ監視映像――まるでモザイクのような画面の中で、敵の動きははっきりと読み取れた。

 二、三人ずつがペアになり、互いに背中を預け合いながら、隙のない連携で攻撃を繰り出している。

 ……どうやら、連中は集団戦に特化した部隊のようだ。

 そして、龍崎と対峙している大柄な男――その威圧感は、曖昧な映像越しでも痛いほど伝わってくる。

 情報によれば、敵は成田方面から来た。

 極刀会でも湘北連合でもないとすれば、残る可能性は――三河会。

 佐藤は即座に三河会の資料ファイルを引き出し、ページをめくっていく。

 そして、ある一枚の写真の前で、手が止まった。

 佐藤はモニターの映像と、手元の資料とを交互に見比べていた。

 ――背格好、動き、そして何より、あの圧倒的な威圧感。

 ページを繰る手が止まる。

 「……こいつか」

 一枚の写真――そこに写っていたのは、三河会四柱の一人、山本源。屈強な体格と、サングラス越しに見せる不敵な笑みは、まさに映像の男と一致していた。

 「まさか、犬飼のあとに、もう一人の四柱が来るとはな……」

 佐藤の眉がわずかにひそみ、資料へと鋭い視線を落とした。ページをめくる指先にも、焦りと警戒がにじんでいた。

 ――山本 源。元は茨城の地元組織を率いていたが、三河会に敗れ、併合されたという。

 その後は三河会の精鋭部隊の一つとして数々の作戦で成果を上げ、やがてリーダーである山本自身が"四柱"に名を連ねるに至った。

 道理で、部下の戦闘員たちがこれほどの実力を持っているわけだ。

 佐藤は即座に楓に連絡を入れた。

 『なるほど……また"四柱"か。俺たちが戻るまで持ち堪えてくれ、何か変な動きがあったら、すぐに報告を』

 「畏まりました」

 『――ところで、犬飼の死体や死亡情報は確認できたか?』

 「それが、まだです」

 『……そうか、分かった。』

 楓は――犬飼武文が、まだ生きていると思っているが、他の黒楓会の者たちは半信半疑だった。確かに、影小隊が始末したはずの男が生きているとは考えにくい。それでも、楓の勘は、これまで一度も外れたことがなかった。だからこそ、誰も異を唱えられなかった。

 通話を終えるや否や、佐藤は部下に声を飛ばした。

 「Aチーム、正面の敵を後ろから挟み撃ちにしろ!」

 『はい!』

 10人の黒楓会小隊が、近隣のビルから姿を現した。タイミングを計ったかのように、山本たちの背後に襲いかかる。

 正面で圧され気味だった黒楓会の面々は、仲間の加勢により再び士気を取り戻し、反撃へと転じた。

 龍崎と交戦中の山本は、不敵に笑みを浮かべた。

 「フン、やっぱり伏兵か……玄野らしい手だ」

 モニターの前で戦況を監視している佐藤のところに、無線が割り込む。

 『佐藤さん! 大変です! 一台の車が、こちらに向かって高速で突っ込んできています!』

 「一台だけか?」

 『はい! 一台だけです!』

 佐藤は一瞬、言葉を失った。

 車が一台だけなら、事前に察知するのが困難だ。

 「……分かった。引き続き警戒しろ」

 戦場に滑り込んできた一台の車から、七人の男たちが飛び出した。無言のまま混戦の中へと加勢し、瞬く間に三河会側の劣勢を押し返す。

 しかし、その数分後――

 楓の指示を受けたBチームが姿を現し、形勢は再び逆転。さらにもう一台の車が乱入してきて、三河会が再び主導権を奪い返す。

 この時点で、黒楓会35人、三河会34人。

 やむを得ずに、黒楓会は最後の別働隊も投入した

 一方その頃、激闘の中心では――

 「小僧、やるじゃねぇか」

 山本源が、余裕の笑みを浮かべながら言った。

 「俺とここまでやり合える奴は、なかなかいねぇぜ」

 対する龍崎は、わずかに呼吸が乱れていた。

 「名前を教えろ」

 「……龍崎勝だ」

 「龍崎、か。覚えたぞ。俺は山本源。……よく覚えとけ」

 その瞬間――

 またしてもタイヤが地面をこすり、ギリギリのブレーキ音を響かせながら、一台の車が戦場へ滑り込んできた。

 「……また増援か」

 龍崎が目を細めた。

 これで、山本が成田から連れてきた四十人全員が出揃った。

 

 高速道路を走る車内。

 緊迫した空気の中、佐竹が険しい表情で口を開いた。

 「このままじゃ、埒が明かねぇ……」

 運転席の鬼塚が舌打ちする。

 「一体どんだけの人数を投入してやがるんだ、あの野郎」

 佐藤からの報告を通じて、楓たちは随時、戦況を把握していた。

 佐竹と鬼塚が焦りを見せる中、楓は後部座席で無言のまま、じっと前方を見据えていた。

 思考を巡らせながら、静かに状況を整理していく。

 ――山本のやり口は、戦略というより戦術。

 全体の戦局を見据えるより、一点突破型の強襲に近い。

 徹底的に叩き潰すためだけに、全兵力を集中させるスタイル。

 しかし――

 ここまで戦闘が白熱しているのに、犬飼はまだ姿を見せない。

 まさか、本当に――死んだのか?

 楓も、珍しく自分の勘を疑った。

 いずれにせよ、本部まではあと30分。どれだけ伏兵が潜んでいようと、大将を討ち取ればすべてが終わる。


 現在の黒楓会は総勢約八十名。

 先日の戦闘で負傷した者や、三つの拠点に駐在している者を除けば、実働兵力は五十人ほど。

 その五十人をすべて投入して、ようやく山本率いる四十人と拮抗している状況だった。

 それでも、戦況は三河会側が優勢だった。

 だが、山本は苛立っていた。

 この四十人が揃っていて、なお決定打を打てない――そんなはずではなかった。

 彼は、黒楓会の戦力を過小評価していた。あるいは、自身の部隊の力を過信していたのかもしれない。

 並の勢力であれば、強襲は第二波の時点ですでに圧倒的な優勢を取り、第三波、つまり、三十人前後を投入した時点で、ほとんどの拠点は陥落するはずだった。

 それにもかかわらず、今回はこのざまだ。

 黒楓会の会長・玄野楓の姿すら拝めていない。その事実が、山本の神経を逆撫でしていた。

 それに、目の前の龍崎――意外にも粘り強く、なかなか倒しきれない。

 山本の戦術は、常に自らが先頭に立ち、その豪腕で、敵の陣形を引き裂き、戦局を一気に傾ける。

 しかし今回は、ここで足止めされている。

 山本は周囲をざっと見渡し、舌打ち混じりに呟いた。

 「……これ以上は無理っか」

 そして、声を張り上げる。

 「野郎ども、引き上げるぞ!」

 四柱である山本源は、確かに純粋な武闘派だが、決して愚かではない。

 落とせないと判断すれば、一瞬の迷いもなく、即座に撤退を指示した。

 山本は再び龍崎の方を見て、不敵に笑った。

 「小僧、次は全力でこいよ」

 「……!」

 龍崎は一瞬、目を見開いた。

 確かに今の彼は、九条の指導で"ある制限"をかけている、それに気づかれたとは。

 その時、佐藤から通信が入った。

 龍崎は無言で携帯を耳に当てる。

 『会長たちはもうすぐ着く。……足止めしてくれ。奴らを逃がすな』

 通話が終わるより早く、目の前の男――山本源が嗤った。

 まるでそのやりとりを見透かしていたかのように。

 「できるならやってみろ、小僧」

 龍崎は静かに息を吸い、木刀を構え直した。

 その時

 まるで事前に示し合わせていたかのように、山本の部下たちが一斉に交戦相手との距離を取り、迷いなく撤退の動きを見せた。

 「……なっ!?」

 龍崎はその統率の取れた動きに、一瞬だけ驚いた。

 「よそ見すんじゃねぇ、おりゃあッ!」

 その隙を逃すまいと、山本が拳を振り下ろした。

 龍崎は咄嗟に木刀でそれを受け止めたが、その一撃の重みに数メートル押し飛ばされた。

 「……ちっ」

 山本は即座に距離を取ると、数人の黒楓会若衆へと体当たりするように突き進み、強引に通路をこじ開ける。

 その背を追おうとした龍崎だったが、味方の入り乱れた混戦の中で、すぐに動けずにいた。


 遠く離れた高層ビルの屋上。

 犬飼武文は双眼鏡を構え、戦場を無言で見下ろしていた。

 やがて、小さく舌打ちする。

 「……ったく、使えねぇ。玄野は何をしてやがる」

 ふと犬飼の目が細まった。

 「……待てよ。まさか玄野が、そこにいねぇのか?」

 独り言のように呟いたあと、鼻で笑う。

 「運が良い野郎だ、山本。だがな――玄野がそこにいたら、今夜てめぇら全員、二度と陽の下は拝めなかったぜ」

 犬飼はくわえていたタバコを指で弾き、床に落とす。

 そのまま、重く靴で踏み潰した。

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