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4 奇襲

古川組事務所前


 ここまでは、すべてが楓の計画通りだった。

 鬼塚は時計をちらりと見て、低く呟いた。

 「……やるぞ」

 仲間たちは無言で頷いた。

 全員、特攻服は着ておれず、バイクも置いてきた。

 一見すると、ただの不良にしか見えない。

 事務所の前、見張りが一人。

 異変に気づいた男が、警戒するようにこちらを見た。

 「……なんだ、お前ら?」

 ——その瞬間。

 バキッ!!

 鬼塚の肘が、見張りの顎を鋭く捉える。

 鈍い音が響き、男はそのまま崩れ落ちた。

 次の瞬間、鬼塚が低く号令をかける。

 「行くぞ!!」

 鬼塚を先頭に、十数人の仲間たちが一気に突入した。

 鉄製のドアを蹴破り、建物内へと雪崩れ込んだ。



三階・古川組事務所


 酒の入ったグラスが、カチンと小さく音を立てる。

 古川誠、佐竹、大城の3人が、余裕の表情で座っていた。

 「……ん?」

 佐竹が違和感に気づき、顔を上げた。

 下の階で、何かが崩れるような音がした。

 「おい、大城、今の——」


 ドンッ!!

 ガシャーン!!


 下の階で何かが倒れる音、扉が蹴破られる音が響く。

 佐竹は瞬時に危険を察知し、携帯を手に取りながら窓へと向かった。

 そこには——

 倒れた見張りと、ビルに突入する十数人の影。

 佐竹の顔が一瞬で険しくなる。

 「クソッ、襲撃か!?」

 即座に携帯を開き、主力部隊へ連絡を入れた。

 「おい、今どこにいる!!」

 佐竹の怒気を含んだ声が、車内に響く。

 「え? 佐竹さん? いま船橋の——」

 「罠だ!!戻れ、今すぐに!!」

 ハンドルを握る男の顔が凍る。

 「何!?」

 「いいから戻れ!! 事務所が狙われてる!!」

 「……はァ!? クソッ!!」

 車内が騒然とする。

 即座に急旋回し、全速力で戻ろうとするが——

 (チッ……間に合うかよ……!!)

 すでに東京近郊まで移動していた彼らにとって、戻るのに最低でも30分はかかる。


 「佐竹! どうなってやがる!?」

 古川が苛立った表情で、銃を手に取りながら怒鳴る。

 「組長! 事務所が襲撃されやした!! 十人以上……いや、それ以上かもしれません! かなりヤバい状況です!!」

 「バカが……一体誰が……まさか……」

 佐竹がすぐに続けた。

 「特攻服は着ていませんが……おそらく《悪覇連棒》です!」

 古川はガシャンと机を叩き、銃を乱暴に引き寄せる。

 「チッ……こざかしい真似しやがって……!!」


 ドンッ!!


 鉄製のドアが蹴り破られ、鬼塚を先頭に十数人の族たちがなだれ込む。

 「……来やがったか」

 佐竹が即座に背後の棚に手を伸ばし、仕込みのナイフを抜いた。

 「くそっ、迎え撃て!!」

 佐竹の声と同時に、大城が鉄パイプを掴み、構えた。

 「コソコソしやがって!!」

 大城が目の前の族の一人に鉄パイプを振り下ろす。

 しかし——鬼塚たちは一瞬の隙も見せずに突っ込んできた。

 「甘ぇんだよッ!!」

 バキッ!!

 鬼塚の膝蹴りが佐竹の腹に突き刺さる。

 「ぐぅ……っ!」

 佐竹は一歩後退しながらも、すぐさまナイフを振るう。

 だが、鬼塚は紙一重でかわし、すかさず鋭いカウンターを叩き込む。

 「……チッ、やるじゃねぇか」

 口元の血を拭いながら、佐竹は鋭い目つきで鬼塚を睨む。

 頭脳派の佐竹だが、腕も立つ。

 しかし、目の前の鬼塚もまた、一騎当千の猛者だ。

 鬼塚は表情ひとつ変えず、さらに前に出る。

 周囲では族たちが次々と襲いかかり、大城も防戦一方に追い込まれていた。

 「クソ……!」

 大城は渾身の力で鉄パイプを振り回し、数人の族を蹴散らす。

 だが、相手は十数人——数が違いすぎる。

 「……おらぁ!!」

 背後から飛びかかった族の一人が、大城の腕を掴み、そのまま押し倒す。

 さらにもう一人が膝を抑えつけ、もがく大城を床にねじ伏せる。

 「クソガキどもがァ……!!」

 大城は必死にもがくが、多勢に無勢。

 佐竹も鬼塚との殴り合いを続けるが、次第に押され始めていた。

 「そろそろ終わりだな……!」

 鬼塚の拳が、佐竹の顔面を捉える。

 ガツッ!!

 「ぐっ……!」

 佐竹の体がぐらつく。

 次の瞬間、族の一人が背後から飛び蹴りを叩き込み、ついに佐竹も床に崩れ落ちた。

 「動くんじゃねぇ」

 低く唸る声。

 鬼塚が振り向くと、そこには銃を構えた古川が立っていた。

 「……ずいぶんと好き勝手やってくれたなァ」

 族たちの動きが一瞬止まる。

 古川はニヤリと笑い、銃口を鬼塚の額に向ける。

 「どうした? さっきまでの威勢はよォ……ほら、命乞いの一つでもしてみろや?」

 鬼塚は無言で睨みつける。

 「オイオイ、何だそのツラは? まさか、まだ勝てると思ってんのか?」

 古川はじりじりと間合いを詰めながら、引き金に指をかける。

 その瞬間——

 鬼塚の体が弾かれたように動いた。

 バキィッ!!

 鋭い蹴りが古川の手首を捉え、銃が宙を舞う。

 あまりにも速く、反応すら許さない一撃だった。

 「……なっ!?」

 古川の目が驚愕に見開かれる。

 銃は床に転がり、鬼塚はすかさずそれを蹴り飛ばした。

 ドゴッ!!

 次に、鬼塚の拳が古川の顔面を直撃する。

 古川の体が後ろに吹き飛び、机に激突し、そのまま崩れ落ちた。

 「ぐ……っ!」

 呻く古川を見下ろしながら、鬼塚は宣言した。

 「終わりだ」


 三人を縛り上げると、鬼塚はトランシーバーを取り出し、軽く息をついた。

 「作戦成功だ」

 『ご苦労』

 その短い返答に、佐竹は鋭い目を向ける。

 やはり……背後で指示を出している奴がいるか。

 鬼塚がここまで計算して動くとは思えない。

 この襲撃の裏には、もっと冷静で狡猾な黒幕がいる。

 沈黙が続く中、佐竹は口を開く。

 「おめぇら……一体誰の差し金だ? まさか三河会か?」

 鬼塚も、背後にいる人物の正体は知らない。

 だが、わざわざ素直に話す理由もない。

 鼻で笑い、肩をすくめると、あえて軽く言い放つ。

 「さぁな……テメェには関係ねぇよ」

 佐竹は眉を寄せる。

 「その反応……やっぱおめぇもわかってねぇようだ。」

 「……チッ」

 「うまいことやりやがったな。俺らを挑発して主力を引き離し、その間に組長を落とす……初めから狙いはそこだったわけか」

 その時——

 「へー、そこまで読んでいたとは」

 若い男性の声が響く。

 鬼塚たちが一斉に振り向く。

 暗闇の中、ゆっくりと姿を現したのは、一人の少年だった。

 痩せた体つきに、乱れのない学生服。

 黒髪は短く整えられ、整然とした顔立ち。

 だが、その瞳には深い闇のように。

 この混沌とした暴力の場に、一切の動揺を見せることなく、ただ静かに立っていた。

 まるで、すべてを掌の上で転がしているかのように——。

 「……は?」

 驚きと困惑の色が広がる。

 確かに声は若かった。

 だが、まさか現れたのが学生服を着た少年 だったとは——。

 (……こいつらの反応……まさか、こいつが?)

 てっきり、裏で動いているのは別の組織だと思っていた。

 だが、目の前に立っているのは ただの学生 にしか見えない。

 鬼塚たちも、一瞬言葉を失った。

 楓はそんな彼らを見渡しながら、ゆっくりと縛られた三人へ視線を止めた。


 「俺は、殺すと言ったな」


 静寂が張り詰めた空間に、楓の静かな声が響く。

 鬼塚はまだ言葉が出ない。

 驚きの色は、彼の瞳から完全には消えていなかった。

 「まぁいい」

 楓は目を細めた。

 古川組の縄張りを掌握するには、内部に詳しい人間が必要だ、試してみるか。

 楓は、隅に蹴り飛ばされていた銃を拾い上げ、ゆっくりと古川の頭に突きつける。

 「決めろ」

 楓の声は、氷のように冷ややかだった。

 「俺は寛大だ、誰か一人差し出せば、残りは助けてやる。……で、誰?」

  古川は一瞬怯むが、すぐに薄ら笑いを浮かべ、強がるように肩を揺らした。

 隣にいた大城が、焦りながら声を上げる。

 「お、俺じゃねぇ! 俺は組ができた時からずっと尽くしてきた……組長! 佐竹だ! こいつが適任だ!」

 佐竹は組に入って日が浅いが、頭脳が抜群ですぐに幹部に上り詰めた。

 「そ、そうだ……佐竹、お前だ。……悪いな、これが命令だ」

 佐竹は、信じがたいものを見るように古川を見つめた。

 「佐竹、お前が死ねば済むんだ。組のために死ねるんだから、誇りに思えよ……」

 古川はニヤリと笑った。

 「組長……!」

 佐竹は奥歯をギリッと噛みしめた。

 隣では、大城がさらに追い討ちをかけるように言う。

 「そ、そうだ佐竹……お前なら納得できるだろ! 俺たちのために、潔く——」

  佐竹は短く息を吐き、苦笑した。

 ……義理を通すっか、それが極道だ。

 この組に拾われ、のし上がり、ここまで来た。

 例え間違った人についていったとしても、例え理不尽な命令であろうと、それに従うのが掟。

 極道の世界では、義こそがすべてだ。

 佐竹は静かに目を閉じ、ゆっくりと頷いた

 「分かった……」

 そして、目を開く。

 「……俺がやる」

 古川は満足げに笑った。

 ——しかし。


 パンッ!!


 乾いた銃声が響く。

 古川の顔に驚愕の色が浮かぶ。

 次の瞬間——彼の頭が、弾けるように後ろへ跳ねた。

 血と脳漿が飛び散り、彼の体が椅子ごと崩れ落ちる。

 張り詰めた静寂が支配する。

 続いて——


 パンッ!!


 大城の胸元にも、一発。

 彼の体が大きく揺れ、口を開きかけたが、そのまま崩れ落ちた。

 異様な沈黙

 佐竹は、あまりの光景に思考が追いつかない。

 「な……」

 楓は、ゆっくりと銃を下ろし、拳銃をじっと見つめる。

 初めての銃撃——だが、あまりにも自然な動きだった。

 ただ、反動で指の間に鈍い痛みが残る。

 二発の銃声が鳴り響いた後、室内には静寂が訪れた。

 血の匂いが漂い、壁や床に飛び散った赤と白の飛沫が、現実のものとは思えない光景を作り出している。

 「……うっ……」

 族の若者の一人が、喉の奥からこみ上げるものを堪えきれず、その場に蹲る。

 別の者は、青ざめた顔をしながら壁にもたれかかり、震える手で口元を覆った。

 「っ……!」

 鉄の匂いが鼻を刺し、脳に染み込んでくる。

 ここにいる誰もが、こんな場面を見たことがなかった。

 喧嘩や殴り合いには慣れている。

 だが、これは違う——

 人が、本当に"終わる"瞬間。

 「……嘘だろ……」

 ゴクリと唾を飲み込む音が、やけに大きく響く。

  そして——

 「っ……!」

 驚きを隠せないのは、鬼塚も同じだった。

 普段、どれだけ強がっていようと、これほど鮮烈な"殺し"を目の当たりにするのは初めてだった。

 この光景には、さすがの鬼塚も言葉を失った。

 「……な、んだ……」

 ようやく絞り出した言葉は、かすれていた。

 ——あのガキ、本当に撃ちやがった。

 しかも、まったく迷いもなく。

 鬼塚の中で、何かがひっくり返る感覚がある。

 「……おいおい……」

 血と脳漿が飛び散った床を見つめ、呆然と呟く。

 楓は冷静に視線を佐竹へと向け、淡々と口を開いた。

 「……あんたの忠義は、もう果たした」

 佐竹は、信じられないという表情のまま、楓を凝視する。

 「あ……」

 かすれた声が漏れる。

 楓は一歩、ゆっくりと佐竹へ近づく。

 「これからは、俺に尽くせ」

 静かに、だが圧倒的な威圧感を持った言葉。

 銃を持ったまま、微動だにせずこちらを見下ろす少年。

 その黒い瞳には、果ての見えない闇が広がっている。

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