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35 清算

 3日が経った。事態は楓の読み通りに進み、極刀会は神経を張り詰め続けた末に、次第に平常心を失っていった。

 組員同士の言い争いが絶えず、夜の静けさの中にも、荒れた声が微かに漏れ聞こえる。

 「連絡はまだか?」

 「はい、あれ以来、まったく音沙汰がありません」

 「おのれ三河会め……一体、何をやってやがる……!」

 「報告です!黒楓会がまた外で集まっています!」

 「またかよ」

 「しかしなんで攻めてこねぇんだ……!」

 部屋のあちこちで声が飛び交い、空気は次第に荒れ始めていた。

 外へ送り込んだ連絡員や見張りも、出てまもなく連絡が途絶える。なぜなら、黒楓会の影小隊が、確実に彼らを攫っているのだ。

 長い一夜が明けた。

 朝方、ついに我慢の限界を迎えた極刀会の幹部ひとりが、数人の若衆を引き連れて外へ飛び出し、黒楓会に襲撃を仕掛けてきた。

 しかし、あまりにも人数の差が大きすぎた。彼らはあっという間に鎮圧され、幹部は拘束。若衆は痛めつけられたうえ、そのまま追い返された。

 中に取り残された極刀会の者たちは、日に日に絶望に沈んでいった。

 四日目には、数人の若衆が手を挙げて投降。

 五日目には、降参を主張する者たちと、最後まで戦うと言い張る者たちの間で衝突が起き、混乱の末に幹部二人も投降した。

 そして、六日目。


 ある少年が、大勢の者を率いて、黒楓会の包囲網を突破し、極刀会の本部へと突入した。

 外の騒ぎに気づき、極刀会の者たちが慌てて様子を伺う。

 「何事だ!?」

 「援軍です! 援軍が来ました!!」

 「何!? 三河会か!? ……遅い、だが助かった!」

 目に見えるほど憔悴していた岩本健三が、目を大きく見開き、希望を掴んだように叫ぶ。

 「それが……援軍の中に、九条師範代の姿が確認されました」

 「九条が? 今までどこへ行っていたんだ。」

 その時、二台の車が、激戦の渦中を強引に突き抜け、そのまま極刀会本部の正面へと突入した。

 車から降りてきたのは、まるで雑誌のモデルのような少年だった。

 金色のハーフフレームが、その整いすぎた顔立ちを引き立てる。

 どこか中性的で、女性のようにも見えるその横顔は、街ですれ違えば誰もが振り返るほどの美貌を備えていた。

 だが、その瞳だけは冷えきっていた。感情を封じた氷のような眼差しが、周囲の空気を一瞬で静める。

 黒楓会の包囲網は、彼の到着と同時に再び閉じられる。そして、さきほどまで最前線で戦っていた九条も、少年の一歩後ろに控える形で立っていた。

 その少年こそ、先代極刀会会長・岩本健二と、アネゴ優子の息子――白川優樹である。

 彼の後に続くように、もう一台の車からも数人が姿を現した。

 刈り上げたショートヘアに金色の丸ピアス、身長180センチを超える大男・近藤。

 そして元生徒会の面々たちが、それぞれ無言で本部の前に立ちはだかった。

 屋敷から、岩本健三とその手下たちが姿を現した。

 「これはどういうことだ、九条先生」

 岩本が声を荒げる。

 だが、九条はただ無言で彼を見つめ、答える気配を見せなかった。

 代わりに、少年が一歩、前へと踏み出す。

 「お久しぶりです、叔父貴」

 「叔父貴……? ……お前は……」

 岩本が顔をしかめる。

 少年の顔に視線を這わせながら、頭の奥で何かが引っかかっていた。

 その目元、声の響き、雰囲気……何かに似ている。いや、似すぎている。唯一の違いは、その瞳の奥に宿る、氷のように冷たい怒りだった。

 ――白川優子。

 ふっと、その名が頭の奥に浮かんだ瞬間、背筋を冷たいものが走った。

 「……!!」

 岩本健三は口を大きく開いたまま、声すら発することができなかった。まるで世界が止まったかのように、あたりには凍りついたような静寂が満ちていた。

 どれほどの時間が過ぎたのか、数秒か、数分か、それとももっと長かったのか。

 ようやく岩本は、我に返った。

 「ゆ、優樹くんだったのか……大きくなったな。ちょうどいい、今敵がいる。話は後だ、まずは奴らを――」

 「叔父貴」

 白川の一言が、岩本の言葉を遮った。

 「な、なんだ……?」

 岩本がわずかに目を細め、警戒の色を浮かべる。

 白川は無言で眼鏡を指先で押し上げる。

 「先に済ませるのは、こっちの話だ。」

 「……何の話だ?」

 「もう十四年だ。父と母の仇を、今ここで討たせてもらう。」

 「な、何を言ってる!? お前の父は病死だぞ!」

 岩本は、怒りとも焦りともつかない声で続けた。

 「仇だなんて……そんな話、九条先生まで本気で信じてるのか!?」

 九条は黙したまま岩本を見つめ、やがて小さくため息をついた。

 「見苦しいぞ、健三。自分がやったことにすら向き合えんで、それでも極道を名乗るつもりか。」

 岩本健二の死に関して、噂は以前から絶えなかった。病死というには不自然な点が多く、関係者の間では、ひそかに囁かれていた。それでも健三は、一貫して否定し続けてきた。

 周囲の者たちも疑念を抱きながら、あえて問い質すことはしなかった。なぜなら、"現会長"である健三の言葉を覆すことは、すなわち、粛清の対象となる危険を孕んでいたからだ。

 「ふざけるな……!」

 岩本の声が低く唸り

 「お前の父は、病で死んだんだ! それ以外に何がある! 今さら仇だと……貴様、何を吹き込まれた!?」

 周囲の者たちは、誰を信じていいのか判断しかねていた。互いに視線を交わしながらも、誰一人として声を発する者はいない。

 その沈黙に、岩本の表情が歪んだ。目の奥には怒りと混乱が交錯し、声には苛立ちがにじみ出ていた。

 「俺だと? 笑わせるな。証拠はあるのか? 誰が見た!?

 ただのガキが、十四年も前の妄想を持ち出して、人を裁こうってのか!」

 「……俺が証明する。」

 岩本の背後から、一人の男が前に出た。

 かつて岩本が信頼を寄せ、常に側に置いてきた幹部の一人である。

 「加藤、てめぇ……何を言いやがる!」

 岩本が怒声を上げる。しかし加藤と呼ばれる男の足は止まらなかった。

 「会長……いや、岩本健三。俺はずっと、健二さんの死因を疑っていた。この十数年、あんたのそばで証拠を集めてきたんだ……!」

 加藤の声は震えていたが、その瞳は確信に満ちていた。

 「俺は……今回、どうせ黒楓会に殺されるなら、その前にあんたを殺すつもりで、最後まで残っていた。

 だけどまさか、優樹くんが来るとは思わなかった……

 健二さんは……あんたに毒を盛られて殺された!」

 「このぉ……デタラメをぬかしやがって! こいつは裏切り者に違いねぇ! 殺せ! 奴を殺せッ!」

 岩本が怒鳴りつけるように命じた。だがその声を聞いても、彼に従っていたはずの手下たちは、誰ひとりとして動かなかった。

 その場に、重苦しい沈黙が落ちる。

 「てめぇら……なぜ動かん!? なんだその目は……!」

 岩本の声に怒気が混じる。その表情は次第に歪み、怒りから、焦り、そして見えない不安へと変わっていく。

 「まだ分からんか、健三。貴様はもう、極刀会会長たる資格はない。」

 九条の低い声が響いた。

 「おのれ……! いったい誰が、今の極刀会をここまで立て直したと思ってやがる!

 この俺だ! この俺こそが、極刀会の会長に相応しい! この――」

 言葉の途中で、岩本の動きがぴたりと止まった。

 胸元に妙な異物感を覚え、視線を下に落とす。そこには、突き出た一本の刀が、彼の身体を貫通していた。

 「……おっ……が……っ」

 背後から、その柄を握っていたのは、白川優樹だった。

 「……もう喋んな。このクズが」

 その声は、これまでの白川とはまるで別人のようだった。目には血のような怒りが満ち、顔は憎しみに歪み、そしてその声は、喉の奥から絞り出すような低さと、氷のような冷たさを帯びていた。

 岩本は信じられぬものを見るような目で、自らの胸に触れた。指先に触れたのは、止まることなくこぼれ落ちる、温かく粘つく血だった。

 「……っく、は……!」

 咳き込むと同時に、口の端から赤黒い血が噴き出す。その膝が折れかけた刹那、白川が、無言で刀を引き抜いた。

 そのまま、もう一太刀。

 そして、さらに斬って、斬って、斬りつけた。

 振り下ろすたび、血飛沫が舞う。

 岩本の体は最初こそ呻き声を漏らしたが、三度目の斬撃を受けたあたりから、すでに何も言わなくなった。

 白川は止まらなかった。

 もはや斬撃ではなく、処刑だった。

 周囲の誰もが息を飲み、ただ静かにその光景を見つめていた。

 ようやく白川が動きを止めたとき、岩本健三は血まみれで床に崩れ落ち、二度と動くことはなかった。

 しばらくして、白川の荒い息がようやく落ち着いた。

 彼は無言のまま、足元に転がる岩本の死体を見下ろす。その表情には、静かな悲しみがにじんでいた。

 この瞬間を、十四年も待ち続けていたのだ。

 やがて、白川が発狂したかのように笑い出した。乾いた、どこか壊れたような笑い声が、静まり返った空気の中に響き渡る。

 時刻は、午前零時ちょうど。

 楓が言っていたとおり、一ヶ月の猶予を、一日も違えることなく――

 白川優樹は、約束通りに復讐を果たしたのだった。


 岩本健三が倒れた今、次期会長の座は、当然のように先代会長の遺児、白川優樹に引き継がれることとなった。

 その血筋に加え、九条や加藤といった腹心たちの全面的な支持もあり、極刀会の者たちは、もはや彼を認めざるを得なかった。

 そんなときだった。

 本部の正面扉の向こうから、静かな拍手の音が響いた。

 「これはこれは、実に面白いものを見せてもらった。」

 扉が開き、玄野楓が姿を現した。

 その後ろには、鬼塚、龍崎、佐藤、矢崎をはじめとする黒楓会の幹部たち、そして整然と並ぶ若衆の一団。

 空気が、再び張り詰めた。

 元生徒会の面々が、玄野楓の姿を見つけた途端、怒りに満ちた表情を浮かべた。

 特に、かつて三度も叩きのめされた金髪の男は、歯をギリリと噛みしめ、殺気を隠そうともしない。

 近藤もまた、かつて龍崎に一度叩き伏せられており、複雑な顔つきで睨みつけていた。

 そんな彼らを一瞥もしないまま、楓は白川に声をかけた。

 「おめでとうと言うべきか、極刀会会長……白川くん。」

 「おかげさまで、私は自分のものを取り戻せた、礼を言っておこう。」

 白川は、いつもの爽やかな笑顔を浮かべて答えた。

 表向き、楓と白川は水と油。その実、二人の関係を知っている者は、黒楓会の幹部たちと九条だけである。

 「上等だ、コラァ! 今度こそぶっ殺してやるッ!」

 元生徒会の一人が、怒気を爆発させるように楓へと叫んだ。

 その瞬間、白川がふっと目を細め、静かに視線を向ける。氷のような眼差しが突き刺さり、怒りに燃えていた男は、感電したようにビクリと肩を震わせた。

 「か、会長……」

 その視線は言葉こそなかったが、はっきりと伝えていた、"ここは君が出る場じゃない。"っと。

 楓はまったく気にした様子もなく、にやりと笑った。

 「お祝いってわけでもないが……」

 そう言って、目で佐藤に合図を送る。

 佐藤が無言で指を鳴らすと、すぐに十数人の男たちが、腕を縛られたまま引き立てられてきた。

 「ここ最近、うちで預かってた客人たちだ。返してやるよ。」

 彼らは、ここ数日で捕らえられていた極刀会の幹部や見張りたちだった。

 白川が手を軽く上げると、それだけで手下たちは動き出し、楓に引き渡された男たちを受け取った。

 「さすがだね、黒楓会の会長。寛大なことだ。お礼に、私が自ら挨拶に伺うよ、近いうちに。」

 まるで宣戦布告のようなその言葉。

 「楽しみにしとくよ。」

 楓は微笑んでそう返すと、くるりと踵を返し、仲間たちに一言だけ放った。

 「行くぞ。」

 その言葉とともに、黒楓会の一行は静かにその場を後にした。

 ここまで、すべてが楓の計画通りに、極刀会は完全に乗っ取られた。


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0時ピタリとか、そりゃ笑うわw すんごw
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