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3 始動

 金曜日の深夜。


 夜の闇を切り裂くように、暴走族たちのバイクの爆音が響き渡る。

 千葉市の外れ、工場地帯を抜けた寂れた路地。

 「オラァ! 逃げんな、クソガキども!!」

 怒号とともに、数台の黒塗りのセダンが猛スピードでバイクの集団を追いかけていた。

 フルスモークの窓の奥には、ヤクザ特有の冷たい視線が光る。

 「族の時代は終わりだって言ったろォ?」

 「この街は、俺ら古川組のシマなんだよォ!」

 スピーカー越しに響く、嘲笑混じりの声。

 ——だが、逃げる暴走族の中に、"異質な存在"がいた。

 一際目立つ黒のロング特攻服をなびかせ、180cmの巨体をバイクにまたがらせる男。

 アイパーで固められた額、鋭い目つき、無造作に伸ばした襟足。

 黒い特攻服の背中には、「悪覇連棒」の巨大な刺繍。

 その下には「千葉最凶」の文字が金糸で刻まれていた。


 暴走族『悪覇連棒』の総長——

 鬼塚大地おにづか だいち


 喧嘩の腕は折り紙付き。何十人を相手にしても、怯むことすらない。

 だが、今は逃げ回っている。

 「チッ……やっぱ古川組か。クソッタレが!」

 鬼塚は歯を食いしばりながら、バイクのハンドルを握りしめる。

 背後には、古川組が差し向けた暴走族狩りのチンピラども。

 「総長! このままじゃヤベェっすよ!」

 「振り切れねぇ!」

 仲間たちの焦りと絶望が入り混じった叫びが飛び交う。

 鬼塚たちのバイクの咆哮が夜の路地に響き渡る中、その様子を静かに見つめる影があった。

 楓は、工場跡の鉄骨の陰に身を潜め、じっと様子を伺っていた。

 情報通りだ。

 井上のメモ帳に記されていた通り、古川組の暴走族狩りは金曜日の深夜に行われる。

 そして、今まさに目の前で、行われている。

 ヤクザの車に追われ、逃げ惑う暴走族たち。

 鬼塚を筆頭に、数台のバイクが必死に振り切ろうとするが、追手との距離はまったく離せない。

 楓は見ていた。

 やはり、勝ち目はないか。

 暴走族とヤクザの力の差は歴然としている。

 武器の有無、組織力、資金力――どれをとっても圧倒的に不利だ。

 このままでは、鬼塚たちは全滅するだろう。

 本来なら、公衆電話を使って連絡を取るつもりだった。

 だが、運が良いことに、路地の片隅に転がる壊れたバイクのそばで、落ちているトランシーバーを見つけた。

 楓はそれを拾い上げ、電源を入れる。

 チャンネルを合わせると、雑音混じりの無線が、バイクに乗る暴走族たちの怒声や指示を拾っていた。

 「クソッ、どうする!? 」

 「このままじゃ全滅だぞ!」

 焦りと絶望が滲んだ声。

 楓はトランシーバーを握りしめる。

 ちょうどいいタイミング。

 ゆっくりと息を整え、無線のボタンを押した。

 「二手に分かれろ」

 「誰だ!?」

 「なんだこの無線!? どこのどいつだ!」

 突然の通信に、暴走族たちがざわめく。

 「時間がない。勝ちたきゃ、俺の言う通りにしろ」

 「は? 何言ってんだテメェ!」

 「総長、どうしますか!? こいつ、敵かもしれねぇぞ!」

 無線越しに交わされる混乱した声。だが、その中で低く響く声が割って入った。

 鬼塚はトランシーバーを睨んだ、だが、迷っている時間はない。

 「……今は、乗るしかねぇ、で、どうすりゃいいんだ、名も知らねぇヤツよ」

 楓は冷静な声で言った。

 「あんたがリーダーだな。しっかり奴らを引きつけろ。三人は二丁目の川向こうに回せ。」

 「は!? そんなことして意味あるのか!?」

 「いいからやれ。」

 選択肢はない、逃げ道もない、イチかバチか、やるしかない。

 「テメェ、名前は?」

 「名前なんざどうでもいい。動け」

 「……チッ、全員、言う通りにしろ!」

 鬼塚が叫ぶと、暴走族たちはすぐに動いた。バイクの一団が二手に分かれ、鬼塚らはそのまま直進し、三人は側道へ向かった。

 「奴らを引きつけたまま、川の手前で急旋回しろ。」

 「……わかったぁ」

 鬼塚は歯を食いしばり、アクセルを全開にする。バイクの排気音が、街に響き渡った。

 「総長、指定位置に着きました!」

 「よし、次は?」

 楓はトランシーバーを握りしめたまま、じっと闇を見つめる。

 遠く、エンジンの唸りが近づいてくる。

 ——かかったな

 「ライトを消せ。バイクが引き返ったら、一斉に点灯しろ」

 「了解!」

 数秒後——

 暗い路地の奥から、ヤクザの車がバイクを追い、一直線に突っ込んでくる。

 川の手前で、鬼塚たちは急旋回し、全速力で逆走した。

 「追え! 逃がすな!!」

 「今だ!」

 その瞬間、川の向こう側で 強烈なハイビームの光が一斉に点灯した。

 「うわっ!?」

 「なんだこれ!?」

 「くそっ……! どこだ!?」

 「道が見えねぇ!」

 「ブレーキ……! う、うわぁああ!!」

 視界を奪われた運転手が、反射的にハンドルを切る。

 しかし


 ——ドンッ!!


 「……!?」

 先頭の車が、そのまま川へと転落した。水しぶきが闇の中に舞い上がる。

 「クソッ……!!」

 「……止まれ、止まれ!!」

 残りの二台は急ブレーキをかけ、ギリギリのところで停止した。タイヤが軋み、アスファルトに焦げた匂いが立ち込める。

 車のドアが乱暴に開き、ヤクザたちが飛び出してくる。

 その顔には、怒りと苛立ちが滲んでいた。

 「てめぇら……!」

 「いい度胸してんじゃねえか……!」

 だが、もう遅い。

 鬼塚たちはすでに加速し、闇の中へと消えていた。

 「……なるほどな。なかなか面白ぇヤツじゃねぇか」

 鬼塚は笑いながら呟いた。そう思った瞬間、トランシーバーからのノイズが途絶えた。

 鬼塚は眉をひそめ、試しにもう一度呼びかけた。

 「オイ、テメェ、まだ聞いてんのか?」

 しかし、返答はない。

 「……消えたか」

 鬼塚は舌打ちする。

 一体、何者だ?

 仲間たちは興奮気味に騒ぎ始めた。

 「すげぇ! まさかヤクザどもをハメるとは……!」

 「マジで誰だったんだ、今のヤツ?」

 「さぁな……」

 トランシーバーの通信距離を考えりゃ、そんな遠くにはいねぇはずだ。それに、こっちの状況を完全に把握していた……

 鬼塚はトランシーバーを見つめながら、無意識に周囲を見回した。

 ——だが、そこに "あの声" の主の姿はなかった。

 まるで最初から存在していなかったかのように。

 とはいえ、今は深く考えている場合じゃない。

 まだ古川組の残党は残っている。ここで油を売っている場合じゃない。

 「行くぞ、テメェら!」

 鬼塚は考えを振り切り、仲間たちを促す。

 「ここに長居するな!」

 暴走族たちは次々にバイクのエンジンを吹かし、夜の闇へと消えていった。



 一方——


 楓は、路地裏の影に身を潜め、暴走族たちが去っていくのをじっと見届けていた。

 思った以上に扱いやすい。

 指示通りに動き、危機を脱する冷静さもある。それがわかっただけでも、十分な収穫だ。

 楓はポケットから、先程拾ったトランシーバーを取り出した、雑音混じりの電波が、まだ微かに通信を拾っている。

 これさえあれば、次の一手が打てる。

 楓は静かにその場を立ち去った。



 翌朝——千葉市内、古川組の事務所。


 薄暗い照明の下、重厚な木製の机の上には、灰皿と酒瓶が雑に置かれていた。

 「バッカタレがァ!!!」

 室内に怒号が響き渡る。

 事務所の奥で煙草をふかしながら座っていたのは、古川誠ふるかわ まこと

 古川組の組長であり、長年この街の裏社会を支配してきた男だった。

 短く刈り込んだ髪に、厳つい顔。

 スーツの上着を脱ぎ捨て、ワイシャツの袖をまくった腕には、びっしりと彫られた刺青が覗いていた。

 机を拳で叩くと、灰皿がガタリと揺れた。

 「族狩りに行って、逆にやられて帰ってくるとは、どういうことだ?」

 目の前に立たされているのは、昨夜の暴走族狩りに参加した部下たちだった。

 川に突っ込んだ運転手はまだ病院だが、ここにいる連中も顔色が悪い。

 古川は煙を吐き出し、煙草を灰皿に押し付けると、鋭い目を向けた。

 「テメェら、何チンタラしてやがる!!」

 怒鳴りながら、机の上の酒瓶を掴み、床に叩きつけた。

 ガシャンッ!!

 ガラスの破片が飛び散り、部下たちはビクリと肩を震わせる。

 「族ごときがァ、俺ら古川組に勝てるわけねぇんだよ! それなのに!」

 誰も口を開けない。

 「クソが……こんなマヌケな話があるかよ……」

 古川は深く座り直し、組の幹部を見やった。

 「このまま舐められて終わると思うなよ……今夜、確実にケリをつける。」

 部下たちは無言で頷くしかなかった。

 「族どもをまとめてブチ殺して、二度と逆らえねぇようにしてやる。」

 古川は冷笑しながら、新たな煙草に火をつけた。


 ビルの向こう側。

 土曜日授業はないため、日中でも自由に動ける。

 楓は喫茶店に入り、窓側の席に腰を下ろし、テーブルにノートと教科書を広げた。

 「ご注文は?」

 「アイスコーヒーをお願いします」

 適当に注文し、ペンを走らせる。だが、ノートに視線を落としながらも、意識は別の場所にあった。

 ——窓の外。

 向かいにそびえる古川組の事務所ビル。

 調べるまでもない、この街の人間なら誰でも知っている場所だ。

 黒塗りの高級車が数台停まり、組員たちが頻繁に出入りしている。

 やはり、動きがある。

 古川組の反応は、楓の読み通りだった。

 チンピラは理性よりも感情で動く生き物だ。昨夜の屈辱を晴らすため、すぐに報復を企むのは想定済み。

 となれば——次の一手は……

 楓は静かに目を閉じ、いくつかのパターンを頭の中で描いた。

 事務所内は騒がしく、時折怒鳴り声が漏れ聞こえてくる。どうやら、内部は相当荒れているようだ。

 楓は無表情のまま、アイスコーヒーのストローを軽く噛んだ。

 通常、ヤクザの事務所には見張りが立つ。だが、学生服を着た中学生が、教科書を開いて勉強している姿を不審に思う者はいない。

 だからこそ、この場所は最適だった。

 「……今夜だな。」

 楓はアイスコーヒーの氷が溶けていくのを眺めながら、確信した。組員たちの動きが、明らかに慌ただしくなっている。

 ストローを口から離し、無言で席を立つ。会計を済ませ、喫茶店を出た。


 楓は電車に乗り込み、千葉市内から少し離れた駅で降りた。閑散とした商店街を抜け、公園の片隅にある公衆電話へ向かった。

 周囲を確認し、ゆっくりと10桁の番号を慎重に押し、耳を当てた。数回の呼び出し音の後——

 『……あァ?誰だ?』

 低く、ぶっきらぼうな声。


 鬼塚大地。


 楓は静かに息を整え、口を開いた。

 「俺だ」

 受話器の向こうで、一瞬の沈黙。

 だが、すぐに興味を引かれたような笑い声が返ってきた。

 『やっぱ来たか……で、テメェは一体誰だ?』

 楓は淡々と告げる。

 「なぁ、あんた、古川組を叩き潰したいか?」

 「……何が言いてぇ?」

 「今夜、奴らが動く」

 やはりか。鬼塚は心の中で呟いた。

 だが、口にしたのは——

 「チッ……わかりきったことを」

 昨日の仕返しが来るのは目に見えている。

 かといって、逃げる選択肢はない。そんなことをすれば、総長としての面子が潰れる。

 「……分かってないな」

 「……あん?」

 楓は薄く笑い、計画を語り終えた。

 「後は——乗るかどうか、あんた次第だ。」

 受話器の向こうが静かになる。

 数十秒の沈黙。

 鬼塚は拳を握りしめ、低く問いかけた。

 「……テメェ、いったい何者だ?」

 「すぐに分かる」

 それだけ言うと、楓は返事を待たずに通話を切った。



深夜——


 古川組の事務所では、組長・古川誠と幹部二人が残り、酒を飲みながら部下たちの報告を待っていた。

 一方、十数人の組員たちは、車4台に分乗し、暴走族狩りのために街を走り回っていた。

 だが——

 「……おかしい」

 すでに一時間も探している。

 「今、駅前通りを流してます」

 「裏道にもいねぇ」

 ——だが、肝心の暴走族の姿がまったく見当たらない。

 「くそっ、どこに隠れやがった……!」

 焦燥感が広がり始める。

 夜の街を探し回っても、族の影すら見えない。

 まるで街から忽然と姿を消したかのように。

 「ビビって隠れたか?」

 「チッ……逃げ足だけは速ぇってか?」

 最初は余裕を見せていた組員たちも、次第に苛立ちを隠せなくなってきた。

 すると——

 無線から、新たな報告が入る。

 『……船橋で、“悪覇連棒”の奴らを見かけたって情報が入った』

 「船橋だと?」

 地元でいくら探しても見つからなかった暴走族が、まさか隣の市に逃げていたとは。

 「チッ……やっぱビビってトンズラこいたか」

 短気なヤクザたちは、これで完全にカッとなった。

 組長へ電話で報告した後——

 「よし、全員船橋に向かえ!!」

 命令とともに、4台の車がエンジンを唸らせ、夜の街を突っ切るように走り去っていく。


 「組長、これ……罠の可能性はねぇんですか?」

 酒を片手に座っていた古川誠の前で、幹部の一人・佐竹が慎重な口調で問いかけた。

 「……は?」

 古川は煙草を咥えながら佐竹を見やる。

 「昨夜のことを考えると、族どもがただ逃げ回るとは思えねぇです。転落した車の件も……あれ、本当に事故だったんすかね?」

 佐竹は低く言いながら、ちらりともう一人の幹部・大城を見た。

 だが、大城は鼻で笑い、無造作に酒をあおった。

 「何言ってんだよ、佐竹。アイツらにそこまでアタマが回るわけねぇだろ」

 「でもよ……もしガキどもが船橋で待ち構えていたら?」

 佐竹の表情には警戒の色がにじんでいた。

 「……」

 古川はゆっくりと煙を吐き出した。

 しばしの沈黙の後——

 「ハッ……おもしれぇ」

 不敵に笑い、煙草の灰を落とした。

 「万が一罠だったら……ガキどもに、本物のヤクザの怖さを思い知らせてやらぁ」

 大城がにやりと笑った。

 「違いねぇ」

 佐竹はまだ腑に落ちない様子だったが、古川は意に介さず、酒をあおった。


船橋市


 夜の静寂を引き裂くように、けたたましいマフラー音が響き渡る。

 特攻服を羽織った暴走族4人が、バイクを並べて疾走していた。

 エンジンを吹かし、蛇行しながら、まるでわざと目立つように街を駆け抜ける。

 「……これだけ派手にやりゃ、さすがに連中も気づくはずだ」

 リーダー格の男——矢崎が、ヘルメット越しに声を上げた。

 「余裕っすよ、矢崎さん! 俺らの爆音に気づかねぇアホはいねぇっす!」

 後ろを走る男が笑いながら叫ぶ。

 「にしても……緊張すんな。ヤクザ相手に囮やるとはな」

 別の男がぼそりと呟く。

 「バカ言え。こんなおもしれぇことぁ、そうそうねぇぞ?」

 矢崎はニヤリと笑う。

 その時——

 矢崎はバックミラーをちらりと確認した。

 「……来たか」

 黒塗りのセダン4台が、交差点の向こうから一直線に向かってくる。

 「いたぞ、オラァ!!」

 「たった4匹かよ。ナメてんのか?」

 「チッ……油断するな! 佐竹さんが罠かもしれねぇって言ってたぞ」

 「おう、わかってる」

 矢崎はハンドルをぐっと握りしめる。

 「いいか、絶対に捕まんなよ!!」

 「了解ッス!!」

 エンジンが一斉に唸りを上げ、バイクが加速する。

 千葉とは逆方向、東京方面へと疾走していった。



千葉市・古川組事務所ビル近く


 佐竹の疑念は正しかった。

 だが、彼の想像を超えていたのは——

 真の狙いが、組長・古川誠その人だったことだ。

 事務所周辺の暗がりに、暴走族《悪覇連棒》の主力メンバーが潜んでいる。

 彼らは指示通り、特攻服を脱ぎ、バイクも使っていない。

 全員が緊張した面持ちで、建物の出入りを見張っていた。

 「……総長、そろそろ動きますか?」

 建物の陰に身を潜めた若い族の一人が、小声で鬼塚に尋ねる。

 「まだだ。」

 古川組の主力が、もう少し遠くまで行くのを待つ。

 「本当にやるんですか、総長?」

 もう一人が、不安げに鬼塚を見た。

 これは、単なる小競り合いではない。

 相手はヤクザ、しかも組長本人を狙うなど、普通の暴走族なら絶対にやらない無謀な策だ。

 鬼塚は答えず、数時間前の通話を思い出す——。


 「なぁ、あんた、古川組を叩き潰したいか?」

 「……何が言いてぇ?」

 「今夜、奴らが動く」

 「チッ……わかりきったことを」

 「分かってないな」

 「……あん?」

 「今夜がチャンスだ、古川組を一気に潰せるチャンス」

 「ほう……そんで? 俺らに何をさせる気だ?」


 「古川組の組長を殺せ」


 鬼塚は目を大きく見開いた。できるかどうかは別として——

 「……俺らを捨て駒にする気か?」

 そんな真似をしたら、ただで済むはずがない。

 「違うな。あんたらには"俺の組織"に入ってもらう」

 鬼塚の表情が揺れる。

 「……テメェの組織?」

 古川組に手を出すほどの組織なら、それなりの実力を持っているはずだ。

 「あんたも分かってるはずだ。暴走族の時代は、もう終わりかけてる」

 受話器越しに鬼塚の呼吸が変わった。

 最近、あちこちで族狩りが起きている。それが何よりの証拠だ。

 鬼塚の手が、無意識に握りしめられた。

 「あんたはそれでいいのか?」

 「…………」

 鬼塚は、すぐには答えなかった。

 だが、楓の言葉は、確実に彼の胸を刺した。

 憧れていた伝説の暴走族スピリット

 いつしかバイクを捨て、ヤクザへと成り果てた。

 分かってたさ……こんなことは、とっくにな。

 だが、それを口にすることはできない。

 自分は《悪覇連棒》の総長。

 仲間たちの前で、そんな迷いを見せるわけにはいかない。

 「変わりたきゃ、俺と共に来い。

 狩られたくなきゃ、狩人になれ」

 その言葉が、鬼塚の魂まで響き渡る。

 頭の中で、今までの"暴走"の日々がよぎる。

 誇りと憧れ。

 仲間と共に自由に走る。

 このままじゃ、"族"はいずれ時代に捨てられ、仲間もバラバラになる。

 だが……こいつが言ってた組織は信用できるのか?

 鬼塚は探るように問いかける。

 「……フン、言いてぇことは分かった。で、俺がどうやってテメェを信じる?」

 楓は笑った。

 ——力を示せってことか。

 「決まりだな。今夜は……」

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