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17 真相

 事務所に戻ると、矢崎がワクワクした様子で問いかけてきた。

 「楓さん、下剤の効果どうでした?」

 「ああ、おかげで、先輩方にたっぷりご奉仕できたよ。」

 楓は、生徒会の惨状を淡々と語る。

 「うわー、エグいっすね……。」

 矢崎は苦笑しながらも、楓さんに喧嘩を売るとこうなるんだな……と、生徒会の連中に同情すら覚えた。

 あれは、一生のトラウマに違いない。

 ——その時、事務所の扉が開いた。

 「重義さん、おかえりなさい!」

 矢崎が立ち上がる。

 佐竹は軽く頷き、楓の方へと視線を向けた。

 「楓さん、ご報告がありやす。花子さんからの連絡で、今夜、取引が入りやす。」

 「今夜?」

 楓は目を細め、頭の中で状況を整理する。

 今夜取引があるということは、花子さんはすでに供給源と接触済みということか。

 時間から考えて、おそらく今日の午後に取引が成立した。

 午後……まさか——!?

 生徒会に構っていたその隙に……?

 道理で、白川は姿を見せなかったわけだ。

 一本、やられた。

 もしそうなら、自分の正体はすでに露見している可能性が高い。

 生徒会の茶番は、単なる陽動だった。

 目的は、自分の注意を引きつけることだった。

 楓は静かに息を吐き、目を閉じる。

 少しの沈黙のあと——。

 楓は、自分の分析を佐竹と矢崎に伝えた。

 「俺が花子さんを見張ってさえいれば……くそっ……。」

 矢崎が悔しそうに唇を噛む。

 だが、佐竹は首を横に振り、低く呟いた。

 「問題はそこじゃねぇ。まさか楓さんまでも欺くとは……白川家の坊ちゃん、なかなかのやり手でさ」

 「白川家の坊ちゃん?」

 楓は眉をひそめる。

 「ええ、前から気にしてたんですが、やはり白川家の血筋でした。」

 確かに——。

 佐竹は以前、一度白川優樹の名前を聞いたとき、何かを思い出したような素振りを見せていた。

 だが、千葉県の極道勢力はすでに頭に叩き込んでいる。

 「白川家」なる組織は、どこにも存在しないはずだ。

 楓の表情を察したのか、佐竹は続けた。

 「正確に言やぁ、極刀会の人間ってとこだな。」

 「……極刀会?」

 楓はさらに混乱した。

 極刀会の会長は岩本 健三。

 組織の主力メンバーを調べたこともあるが、その中に「白川」という名前はなかったはずだ。

 「昔、極刀会の会長は岩本 健二——今の会長・岩本 健三の兄だった。」

 佐竹の語る口調は、どこか遠い記憶をたどるようだった。

 「兄の健二は筋が通った男でさ。あれこそ、"任侠"と呼ぶに相応しい人間だった。」

 極道の世界で『筋が通る』とは、理不尽な暴力ではなく、義理と人情を重んじること。だが、今の極刀会に、その影はない。

 楓は無言で続きを促した。

 「……当時、極刀会の"アネゴ"の旧姓は、白川だった。何ゆえかは知らんが、岩本優樹は母親の姓を名乗っていやす。」

 佐竹が低く言い放った。

 「なるほど! 極刀会の連中か。だから楓さんを狙うんですね。」

 矢崎が興奮気味に声を上げた。

 理屈は合っている。

 白川——いや、岩本 優樹は、極刀会の人間。

 だからこそ、自分に敵意を向けるのも納得がいく。

 ——だが、それだけか?

 白川の自分への恨みは、単なる学生同士の小競り合いなんかじゃない。

 そこには、もっと深い、何か別のものがある。

 楓は、無言のまま考えを巡らせる。

 ——そういう繋がりがあったとはな。

 しかし、何かが引っかかる。

 さっきの会話の中で、何か違和感を感じた。

 まるで、重要なピースが抜け落ちているような感覚。

 ——すごく、重要なことを。



 白川優樹

 いや、岩本優樹はどうしても、理解できなかった。

 なぜ、たかが一年生の玄野 楓に、何度も仕掛けても返り討ちにされるのか。

 この2年間をかけて、ようやく若林高校の生徒たちを支配下に置いた。

 本来なら、新入生が加わり、生徒会長として、裏番として、完全に全校を掌握できるはずだった。

 だが、その均衡は崩れた。

 龍崎に、儀式に反抗した短髪の一年生。

 確かに実力はあるが、脅威ではない。

 最も目障りなのは——新入生代表の玄野 楓。

 入学早々、一年生をまとめ上げ、自分に対抗できる勢力を作り上げた。

 その影響力は瞬く間に広がり、自分の支配を揺るがす存在へと成長した。

 何度潰そうとしても、跳ね返される。

 仕掛けた策は悉く無効化され、気づけば 自分の側が損害を受けている。

 「返り討ち」などという生易しい言葉では済まされない。

 支配の根幹が揺らぎ、積み上げてきた威厳が確実に削り取られていく。

 「このままじゃ、いつまで経っても、"ヤツ"への復讐は果たせない。」



 「佐竹、もう一度聞く。白川優樹は本当に極刀会の人間か?」

 「は、間違いねぇはずです。」

 楓は目を細める。

 「だったら、なぜ極刀会は、花子さんからアイスを買うのか?」

 「!!」

 佐竹と矢崎が、息を呑んだ。

 最も基本的な矛盾に、今まで気づいていなかった。

 「それは……」

 二人が顔を見合わせる。

 楓は瞬時に、いくつかの可能性を思い浮かべた。

 もし白川が供給源だったなら、直接花子に「黒楓会には売るな」と命令すればいい。

 もし白川が黒楓会を利用し、極刀会を牽制しようとしているのなら、白川は何かの理由で極刀会と敵対しているはずだ。

 「た、確かに……頭がこんがらがってきやしたねぇ。」

 「途中までは、すっごく順調だったのにな。」

 矢崎の何気ない一言に、楓の思考がピタリと止まる。

 ——順調。

 確かに、ここまでの展開は順調だった。

 いや……違う。

 まるで、最初から"順調"だと思わせるように仕組まれていたかのように。

 「!!」

 楓がふっと立ち上がり、目を見開いた。

 「ど、どうしたんですか楓さん?」

 矢崎が戸惑いながら声をかける。

 楓の頭の中で、バラバラだったピースが一気に組み上がる。

 「……俺も、白川も利用されていた。」

 「えっ?!」

 矢崎が驚いた声を上げる。

 「供給源はやはり白川じゃなかった。」

 楓の声には、焦りと確信が混じっていた。

 「矢崎、車を用意しろ。急げ!」

 「はい!」

 矢崎が即座に動く。

 「佐竹、鬼塚はどこだ?」

 「鬼塚は栄町の新規ビジネスを……」

 「すぐに連絡を入れろ。最速で成田空港に向かわせろ。」

 「は!」

 佐竹も即座に携帯を取り出し、鬼塚へと指示を送る。

 クソ、なんで今まで気づかなかったんだ——。

 楓は奥歯を噛みしめる。

 全てが繋がった。

 

 楓と佐竹は、車に乗り込んだ。

 「若林高校へ。」

 「了解っ!」

 エンジンが唸り、車が勢いよく発進する。

 「一体、どうしたんですかぇ?」

 佐竹が焦りを滲ませた声で尋ねる。

 楓は険しい顔のまま、頭の中で状況を整理していく。

 ——最初から、自分の身分はバレていた。

 麻薬を密売する人間が、裏社会の情報を知らないはずがない。

 それなら当然、入学の時点で、すでに黒楓会の会長・玄野 楓の存在も把握していたはずだ。

 だが、"あの人"は、白川の正体を知らなかった。

 "あの人"の年齢を考えれば、白川の母親の旧姓や、昔の極刀会の事情などを知るはずがない。

 だからこそ、学校内では、自分と生徒会の衝突を煽り、白川との対立を仕組んだ。

 裏社会では、花子さんを利用し、黒楓会 vs 極刀会の構図を作ろうとした。

 そして、すべての元凶が白川にあると思わせるよう、巧妙に誘導したのだろう。

 ——大した演技だ。

 しかし、"あの人"には一つ、大きな誤算があった。

 白川は、すでに極刀会と敵対関係にあった。

 もし白川がアイスの供給源だったなら、極刀会との取引など、成立するはずがない。

 "あの人"は、その事実を知らなかった。

 だからこそ、自分は違和感を覚えた。

 ——昨日。

 白川はクラスで堂々とこう言った。

 『明日放課後、生徒会室まで来てくれないか。君にやってもらいたいことがある。』

 そして、その場に"あの人"もいた。

 いたからこそ、今日の自分と生徒会の対峙を知っていた。

 知っていたからこそ、今日の午後、花子さんと接触した。

 しかも、市場に出回っている粗悪品ではなく、ここまで精製度の高いアイスを作れる人間。

 知識も、技術も、設備も、すべて揃っている。

 この学校で、それが可能なのは、ただ一人——

 クラスの担任、化学の先生、前田 拓也。


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