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14 暗流

 報告を聞いた楓は、珍しく驚いた表情を浮かべた。

 「分かった。任務は中止だ。後は俺がやる。」

 若林を調査するには、自分の方が圧倒的に動きやすい。

 楓は冷静に考えを巡らせ、すぐに指示を出した。

 「佐竹、花子さんに連絡を入れろ。前回の二倍の量を用意してほしいとな。」

 佐竹の顔がわずかに曇る。

 「しかし……値段が。」

 「いいんだ。」

 楓は迷いなく言い切る。

 「それだけの量を準備するには、背後にいるやつのしっぽを掴めるはずだ。」

 「……分かりやした。」



 「悪ぃな、一歩出遅れたみてぇだな。」

 携帯の向こうから、貪欲な声が響く。

 「極刀会が全部かっさらってったぜ。」

 チッ。

 さすがの佐竹も、舌を打った。たった今、入荷しただろうが。

 この男は、八街市の極刀会と千葉の黒楓会、双方と取引をしている。

 そして、それぞれに「相手が先に買い取った」と言い訳しながら、無理やり値段を吊り上げる。

 その結果、極刀会と黒楓会の間では、小競り合いが絶えず起こっていた。

 「まぁ、俺らも長い付き合いだ。向こうよりちぃっと多く出してくれりゃあ、融通は利かせてやるよ。」

 責任を全部相手になすりつける——いつものやり口だ。

 「いくらで。」

 「へっへっへ、一口4万。」

 ふざけんな。

 今の市場では、小売り価格ですら4万が上限。

 それを仕入れ値にしろというのか。

 隣の楓が無言で頷くのを見て、佐竹が静かに答えた。

 「分かりやした。いつものルートで。」

 通話を切り、いつも冷静な佐竹が、怒りで顔を真っ赤にした。

 「長ぇ付き合いだと? どの口が言いやがるんで。」

 「佐竹、いいこと教えてやる。」

 楓は人畜無害な笑顔で

 「……?」

 「死人に口なし。」



 翌日、学校の廊下。

 「なぁ、玄野、お前は龍崎をどう思う?」

 山田が窓にもたれかかりながら問いかける。

 「悪いやつじゃないよ。でなきゃ、入学式で一緒に戦うはずがない。」

 「そりゃそーだけどさ。でも、アイツ、クラスの行動に全然参加しねぇんだけどよ。」

 「したよ。」

 「え?」

 「先日の生徒会の件。あれ、偶然通り過ぎただけだと思うか?」

 「ん~~言われてみれば……」

 山田は腕を組んで考え込む。

 楓も確信があるわけではない。しかし、勘がそう告げていた。

 その時——

 「あ、玄野くん、山田くん、ちょっと頼みがあるんだけど、いいかい?」

 前田先生が、廊下の向こうから二人に声をかけた。

 「はい。」

 「ういーす。」

 「三階の理科室にある器材を、職員室まで運んでほしいんだ。午後の授業で使うものだから。」

 「分かりました。」

 「カギはかけていないから、運び終わったらドアを軽く閉めておいてね。」

 そう言い残し、前田先生は職員室へと戻っていった。

 「理科室か……地味に重そうだな。」

 山田がぼやきながら、楓とともに階段を上がっていく。

 理科室の廊下は静かだった。

 昼休みの終わりが近づいているが、ここまで来る生徒はほとんどいない。

 「さてと、サクッと終わらせるか。」

 山田が理科室のドアを押す。

 ——ギィ……

 鈍い音を立てて、扉が開いた。

 薄暗い室内には、実験器材が並んでいる。

 「なんか、昼間でも暗ぇな。玄野、先に中入ってくれ。俺、台車持ってくるわ。」

 「……ああ。」

 楓はゆっくりと足を踏み入れた。

 山田が出ようとした瞬間、静まり返った廊下から複数の足音が響いた。

 「……ったく、やってらんねぇ。」

 「お前、会長に聞かれたら殺されっぞ。」

 どこかで聞き覚えのある声——会長?生徒会の連中か!

 楓は即座に山田の腕を掴み、静かにしろと目で合図を送った。

 二人は慌ててロッカーの中に身を隠した。

 「まずい……こんなところであいつらと鉢合わせしたら……」

 山田が小声で呟く。

 ——罠か?

 一瞬疑念がよぎったが、外から聞こえる会話を耳にし、楓の警戒はすぐに別の確信へと変わった。

 「おっ、ドアが開いてる。」

 「ちゃんと閉めろって言ったじゃん。」

 「俺じゃねぇし。」

 声の調子、足音の響きからして、少なくとも四人はいる。

 何の目的で理科室に?

 ——ガサガサ

 何か物音が続いた後、ライターの着火音が鳴り、小さな光が灯った。

 「……これ、あれだろ?」

 「おお! これがアイスか!」

 ——!!

 その言葉を聞き、楓は驚きを隠せなかった。

 まさか、生徒会がこの件に関わっているとは——。

 山田は状況が理解できていない様子だったが、それでも息を潜め、静かに外の様子を伺っている。

 「こうして炙ると——」

 スモーキング。

 ガラスパイプをライターで炙り、白い煙が上がる。

 生徒会の連中は、それを交互に吸い込む。

 ——スゥ……

 喉の奥まで煙を流し込み、しばらく息を止める。

 数秒後、静かに肺の中の煙を吐き出した。

 「……っはぁ。」

 一人が、うっとりとした顔で天井を仰ぐ。

 次の瞬間、仲間たちの顔にも、次々と陶酔した笑みが広がった。

 楓はロッカーの隙間から、その光景を目に焼き付けた。

 「……やっぱこれ、最高だわ。」

 片方の手で頬をさすりながら、男が気だるげに呟く。

 もう一人は肩を震わせ、ニヤニヤと笑いながら指をピクピクと動かしている。

 「おいおい、これしかねぇのかよ?」

 急激に昂ったテンションのまま、一人が乱暴に袋を振る。

 残りの粉を確認すると、急に不満そうな顔になった。

 「バカ言え、これだって貴重なんだぞ。いくらすると思ってんだよ?」

 「お前、タダでもらってるくせに、よく言うぜ。」

 「それはそれだろ。でもよ、これが最後らしいぜ。最近、急に大口で買い込んだやつがいるらしい。」

 ——黒楓会のことだ。

 楓の頭の中で、点と点がつながる。

 「……クソッ、なんで俺らが我慢しなきゃなんねぇんだ。」

 「ムカつくよな。こうなりゃ、一年どもでストレス発散でもするか。」

 「ま、会長が喜んだら、また回してくれるかもしれんしな。」

 生徒会の連中がククッと笑い、足音が再び響く。

 ——やがて、理科室のドアが閉まった。


 さらに五分ほど待ってから、楓と山田は静かにロッカーから抜け出した。

 「なぁ、どう思う? あれ……。」

 山田は険しい顔で囁く。

 楓は無言のまましゃがみ込み、床を慎重に探った。

 「どう見ても薬だよな。」

 映画やドラマでよく見るやつ——山田はそう言いたげだった。

 床には、微かだが黒く焦げた粉がこぼれ落ちている。

 楓は爪先でそれを擦り、指先を鼻の下に持っていく。

 ——薄いアーモンドの匂い。

 新型覚醒剤、アイスに違いない。

 「おい、やばいって嗅ぐな。」

 さっき、ただでもらったって言ってた。

 供給源はやはりこの学校にある。

 しかも、生徒会に関わっている可能性が高い。

 となれば——生徒会長・白川優樹本人が何かを知っているはず。

 思った以上に繋がったな……。

 「山田、まだ誰にも言うな。」

 「……え?」

 「下手に騒げば、危険な目に遭うかもしれん。」

 「……まあ、言っても誰も信じてくれねぇだろうしな。」

 「とりあえず、早めに器材を運んでここを離れる方がいい。」

 ここまで情報を押さえた。——あとは、どう仕掛けるかだ。



 週末を迎え、楓は久々にのんびりとした時間を過ごしていた。

 この一週間——入学式以来、毎日のように何かしらのトラブルに巻き込まれていた。

 夕方、稲毛海岸の砂浜を歩きながら、楓は静かに海を眺める。

 夕陽が空をオレンジ色に染め、潮風が心地よく肌を撫でる。

 海の向こうには、うっすらと富士山の輪郭が浮かんでいた。

 楓は、すべてを忘れたかのように、ただ海を見つめ続ける。

 ——この海が好きだった。

 幼い頃から、どこまでも続く水平線を見つめるのが好きだった。

 静かな水面の下に、暗流が渦巻いている。

 それはまるで、自分自身のように。

 そんなひととき——

 「心地よい風だな。」

 突然の声に、楓は眉をひそめる。

 不快に思いながらも、無視を決め込む。

 しかし——

 「富士山も見える。」

 男の声は、まるで独り言のように響く。

 周囲には楓とその声の主しかいない。

 「お前さん——"あそこ"に登る気はねぇのか?」

 その言葉に、楓はようやく声の主に目を向けた。


 30代前半ほどの年齢。

 タイトな青シャツ越しに筋肉の厚みが見える。

 片手をポケットに突っ込み、もう片方の手で風になびくスーツの上衣を肩に掛けていた。

 彫りの深い顔立ち、引き締まった輪郭。

 自信に満ちた口元。

 約180センチの長身。

 ——そして、目立つ金髪のロン毛。

 楓は目を細め、相手を品定めする。

 明らかに"こちら側"の人間——だが、露骨な敵意は感じない。

 慎重に測るべき相手か、それとも……。

 楓の漆黒の瞳が、一層冷えた光を帯びる。

 「そんな怖い顔すんな。」

 男は、まるで楓の内心を見透かしたように笑った。

 楓は一瞬、驚きの色を滲ませる。

 自分は感情を表に出さないことには自信があった。

 ——それなのに、この男は、たった一瞥でそれを見破った。

 「ここにゃ、とんでもねぇガキがいるって話を聞いてな。わざわざ確かめに来たが——」

 男は口元に笑みを浮かべたまま、続ける。

 「その目……ガキなんざ可愛いもんじゃねぇ。本物のバケモンだ。」

 楓は、静かに男を睨みつける。

 「……随分と物好きだな。」

 男はくくっと笑う。

 「お前さん、雅のワンコを追い返したそうじゃねぇか。いい度胸してるな。」

 ——雅?

 どこかで聞いたことのある名前だ。

 楓の脳裏に、一つの名前が浮かぶ。

 三河会の会長、三河 雅。

 大森一家の事件の後、三河会の者たちが何度も黒楓会に接触してきた。

 ただ戦いを仕掛けてきたわけではなく——

 「俺たちと組めば、お互いに悪い話じゃねぇ。」

 そう、交渉を持ちかけてきた。

 いや、あれは"手を組む"なんて甘い話じゃない。

 要するに、「俺たち三河会の傘下に入れ」

 当然、楓はすべて断った。

 しかし妙なことに、これだけ誘いを断り続けているにもかかわらず、三河会は一度も黒楓会に仕掛けてこなかった。

 まるで、見えない何かが、それを阻止しているかのように。

 それに、この男、大した情報力だ。

 楓の身分だけでなく、黒楓会の動きまでも把握しているとは。

 楓は考えを巡らせながら、静かに口を開いた。

 「俺は、誰の下につく気はない。」

 楓はふっと視線を富士山の方向へ向ける。

 「どうせなら、"あそこ"に向かって、自分の足でどこまで登れるかを試さないと……俺が自分を許せない。」

 「——よく言った。」

 潮風が吹き抜ける中、男は肩にかけたスーツの上衣を軽く払う。

 そして、ゆっくりと背を向けながら、はっきりとした声で言い残した。

 「今のは忘れるな。」

 波の音にかき消されぬように、静かに響く。

 「この獅子倉英司が、テッペンで待ってるぜ。」

 獅子倉英司、又の名は、鬼獅子。

 伝説の暴走族スピリット、今は湘北連合——その総番長の名。

 獅子倉はそれ以上何も言わず、波打ち際の砂を踏みしめながら歩き去る。

 

 少し離れた場所。

 夕陽に染まる稲毛海岸を背に、車の前で三人の男が遠巻きにその様子を見つめていた。

 「英司のやつ、まーた格好つけやがって。」

 不機嫌そうにぼやいたのは、太い巨体に丸坊主頭の男。

 ——湘北連合・機動隊隊長、亀和田かめわだ ごう

 「昔から、ルーキーの前ではああいう調子ですね。」

 そう淡々と呟いたのは、睡眠不足のようなクマの浮いた目に、痩せこけた体の男。  ——湘北連合・総参謀長、猿飛さるとび 隼人はやと

 「今ごろ心の中で、『俺様ちょうカッケー!』って叫んでるに違いねぇ。」

 豪快に笑ったのは、筋肉が爆発しそうなほど膨れ上がった巨漢。

 ——湘北連合・エース、熊谷くまがい 隆志たかし

 3人とも、スピリットの時代からの古参メンバー。

 長年、獅子倉英司と共に戦ってきた猛者たち。

 「しかし、英司がわざわざ千葉までこのガキに会いに来るとはな……。」

 亀和田が腕を組みながら、興味深そうに楓のほうを眺める。

 「どう思う、猿?」

 猿と呼ばれた総参謀長は、湘北連合の頭脳であり、冷徹に戦略を張り巡らせる策士。

 「……確かに、黒楓会はまだ若い。そこまで利用価値があるとは思えねぇんですがね。しかし英司さんは"勘"が鋭い。これまで、何度も当ててきました。今回も……何かを感じ取ったんでしょう。」

 熊谷がタバコに火をつけながら。

 「"鬼獅子"の勘が働いたか……戻ってきたな。」

 獅子倉英司が、どこか満足げな顔で仲間たちの元へ歩いてくる。

 「おい、見ただろ? 俺の完璧なキメっぷりをよ。」

 三人は顔を見合わせ、ふっと爆笑した。

 「な、何だよそのリアクションは。」

 獅子倉がわけがわからないといった顔をする。

 「帰るよ、英司さん。」






 




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英二さん草w
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