4 宿屋の主人から誘われ、
宿屋の主人から誘われ、マルガリータとヴァレリーは食堂で開かれた宴会に参加することになりました。日が沈んでから、一日の仕事を終えた大人たちがどんどん食堂に集まります。
「元気だせ、おっさん」
「お嬢ちゃん、かわいそうな目に遭ったなあ」
ヴァレリーとマルゴの噂は既に町中に広まっているらしく、誰も彼も二人の背中を叩いては励ましてくれるのです。ヴァレリーは苦笑いしていましたが、マルガリータは少し嬉しい気分でした。
宿屋の主人が、お酒を持ってきながらヴァレリーに言います。
「今夜は俺のおごりだ。好きなだけ飲んで、長旅に備えるといい」
「ありがたいけれど、自分たちの飲み食いする分は払うよ」
「遠慮するな、今ある金は旅のためにとっておけ」
主人は、ホリールカ(強いお酒)の杯をヴァレリーの前に、マルガリータにはコンポート(甘い飲み物)を用意してくれました。
「北極星に会ったら、ついでに俺をホテル王にしてもらってくれ」
マルガリータは思わず笑いました。ヴァレリーをそっと見ると、彼も笑いながら酒に口をつけています。
「わかった。頼んでみるよ」
「はいはいはい! あたしも、叶えてほしい願いごとがあるの」
日に焼けた若い女の人が、元気よく会話に割り込みます。
「あたしは、外国を旅してみたいの。レゲンダよりうんと遠く離れた、暖かい南の国へ。食べたことのない料理をお腹いっぱい食べて、知らない人と友達になって」
「おいらは、自分の牧場がほしいな。牛や豚や馬を何十頭も育てて、大金持ちになるんだ」
「願うとしたら、やっぱり宝石や黄金がぎっしりつまった大きな箱だろ。それを金に換えれば、どんな願いでも叶えられる」
「物を頼むのもありなの? だったらわたしは、無限にスープが湧き出てくるお鍋がほしいわ」
口々に願いを言うお客たちの前に、宴会の料理が並べられます。焼きたてのパンに、揚げ物に、サラダに、シチュー。どれも町の人々のごちそうでした。
宿屋の主人が、マルガリータに笑いかけます。
「そういう訳だから、今夜は腹いっぱい食べていきな。これからはまともな飯にありつけるかも分からないからな」
「ちょっとあんた、お嬢ちゃんを脅かしたらだめよ」
マルガリータは、熱々の揚げ物を切り分けて口に入れました。
「おいしい……」
「うちのチキンカツは絶品だろう! 隣町からも食べに来る人がいるくらいだからね。どんどんお食べ、マルゴちゃん」
マルゴ。そう呼ばれると、亡くなった母ロダを思い出します。ロダもよく、マルガリータのことを「マルゴ」と呼んだものでした。
食堂は賑やかで、お城で摂る食事とは全く雰囲気が違います。いつもマルガリータは、ダリヤ妃や弟たちと一緒に食事をしましたが、食事中に会話をすることはありませんでした。食べながら話すのははしたないことだと厳しく躾けられていたのです。一方で、弟たちは母親と楽しく話しながら食べていても、咎められることはありません。
けれど今は、おかみさんや、さっき願いごとを明るく語った女の人が絶えず話しかけてくるのです。マルガリータは相づちを打つばかりでしたが、不思議といつもより食事が楽しいと思えるのでした。
「でもさ、マルゴちゃん。北極星や他の七人は、一体どこにいるの?」
おかみさんが尋ねます。マルガリータはちょうど口に入れたばかりのじゃがいもを飲み込んでから、おずおずと答えました。
「まだ、分からないんです。手がかりがあるだけで……」
「手がかり?」
マルガリータは、部屋にあの花束を取りに行きました。
「これ……もしかしたら、このお花が咲いているところに、北極星様や魔術師様たちがいらっしゃるかもしれなくて」
皆が立ち上がって花束をのぞきこみます。
「見たこともない花だ」
「ああ。この町には生えてねえな」
「わあ、きらきら光ってる!」
彼らは花束を手にとってじっくり眺め回しましたが、誰一人花の名前や咲いている場所は知らないようです。
「あ、でも、知ってそうな奴がいるよ」
さきほど牧場がほしいと言った青年が、のんびりとそう言いました。マルガリータとヴァレリーがさっと彼に顔を向けると、青年は教えてくれました。
「隣町の、グレブっていう爺さんが、花に詳しいんだ。畑の他に、花も育てているんだよ。若い頃にあちこち旅をしたって話していたし、その花のことも知ってるかもしれない」
ヴァレリーはマルガリータに笑いかけました。
「向かう場所が決まったな」
「ええ」
その時、黄金や宝石がほしいと言った男がすっくと立ち上がり、杯を掲げて叫びました。
「二人の門出に乾杯! 北極星に乾杯! 大公様に乾杯!」
マルガリータたちも自分の杯を持ち、唱和しました。宴会は、まだまだ続くようでした。