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北極星の贈り物  作者: 六福亭
第一章 偽りの魔術師
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5 夕べあんなにお酒を飲んだというのに、

 夕べあんなにお酒を飲んだというのに、ヴァレリーは少しも具合が悪そうなそぶりを見せません。マルガリータよりも早起きし、宿屋の周りを散歩してきたようでした。


 マルガリータは、昨日見つけた古い服を着て、食堂でおかみさんからパンを袋いっぱいにもらいました。

「どれも、日保ちがするパンだからね」

「ありがとうございます……」

「気をつけて行ってくるんだよ。旅が終わったら、もう一度ここへ寄って、土産話を聞かせておくれ」

 おかみさんはマルガリータを抱きしめてくれました。乳母のインハを思い出します。彼女も無事に逃げることができたでしょうか。

「お世話になりました」

 マルガリータとヴァレリーは、宿屋の夫婦に手を振って出発しました。まだ早朝ですが、畑で町の人たちが働いています。昨夜食堂で一緒に食卓を囲んだ人もいて、マルガリータたちに気がつくと声援を送ってくれました。


 歩きながら、ヴァレリーが確認します。

「まずは、隣町のグレブという花に詳しい者を探します。それでいいでしょうか」

「はい」

「先に聞いておきますが、もしその男が何も知らなかったら、次はどうしますか?」

「えっと……」

 そこまで考えていなかったマルガリータは、言葉に詰まりました。

「ヴァレリーは、どうしたらいいと思いますか?」

 彼はきょとんとした顔で、肩をすくめてみせました。

「わしは、姫様の言うことに従いますよ」

 つまり、自分で考えろとマルガリータに言っているのです。マルガリータは迷いながら答えました。

「……また、別の町で手がかりを探します。それで、いいでしょうか?」

「いいですよ。どうやって探しますか?」

「食堂みたいに人が集まるところに行って、花を見たことがないか聞きます」

「誰も知らないと言ったら?」

「また、次の町へ行きます」

「そこでも手がかりが見つからなかったら?」

 ヴァレリーは、意地悪を言っているのでしょうか?

「それでも、違うところで手がかりを探します!」

 マルガリータはほとんどやけになって言いました。ヴァレリーが笑みを浮かべます。

「失礼しました。姫様がどこまで本気か、知りたかったんです」

「わたしはずっと本気です!」

 マルガリータは頰を膨らませ、ヴァレリーを睨みました。

「どのみち、帰るところもないのですから、進むしかないでしょう?」

 それから、ヴァレリーの返事を待たず、ずんずんと歩いていきました。


 グレブという老人の庭は、実に見事な眺めでした。百を超えるのではないかと思えるほどたくさんの花が、貝殻を埋めて囲った花壇の中で咲き誇っています。赤や白、青、ピンク……散らばった花びらは宝石のような朝露をのせて、きらきら輝いていました。


 グレブ本人は、花壇から少し離れた野菜の畑にいました。せっせと地面を耕していましたが、マルガリータたちが近づいてくるといぶかしげに顔を上げました。

 ヴァレリーがまず声をかけます。

「こんにちは、グレブさん。わしはヴァレリーで、この子は娘のマルゴ。あなたに聞きたいことがあってやってきたんだ」

 グレブは日よけ帽子を取って挨拶を返しました。

「こんにちは。あてにしてくれて嬉しいが、わしに分かるのは花と野菜の育て方だけだよ」

「その、花のことが知りたいんだ」

 マルガリータは鞄から花束を取り出し、ヴァレリーに渡しました。グレブの目が大きくなりました。

「この中の一本でも、見たことがある花はないか?」

 グレブは花束をそっと受け取り、顔を近づけました。慎重な手つきで花束をひっくり返したり逆さまにしたりして、考え込んでいるようです。彼の灰色の瞳がきらきら輝いていることにマルガリータは気がつきました。

「……これは、どこで手に入れたんだね?」

「それは、秘密だ」

「いくら出せば譲ってくれる?」

 ヴァレリーはマルガリータを見ました。マルガリータは小さな声でグレブに言います。

「ごめんなさい。この花束は、誰にもあげられません。大切なものなんです」

「そうか……」

 グレブはため息をつきました。

「いや、失礼した。あまりに珍しく、見事な花束だったから、ほしくなってしまって」

「見覚えは?」

「一本だけ、昔旅した町で咲いているのを見たことがある」

 二人は声をそろえて聞きました。

「どこで!?」

「ベスパという火山のふもとの、大きな町だ。花は山の中で見つけたっけな」

 ヴァレリーが地図を取り出しました。ベスパという文字は、ケドルや都から北東の方角にありました。そう離れていないようです。

「ありがとうございます!」

 すっかり嬉しくなったマルガリータは、お礼を言ってグレブの両手を握りました。ヴァレリーが冷静に尋ねます。

「ベスパはどんな町なんだ?」

「火山が何年かおきに噴火する、恐ろしい町だ。わしが行った時は、運良く山が眠っている時期だったらしいが。それに……」

 グレブは声を潜め、二人に忠告しました。

「娘さんにはちと危険すぎる場所だぞ。何故なら、太古より、火を操る恐ろしい魔術師が町を支配しているらしい……」


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