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いつかといわずにさっさと滅べばいい。  作者: しゃぎら〜く&緇真やいち
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3話②「こんな世界さっさと滅べばいい」

3話②

空が青色からオレンジ色へと変わっていく頃。

今日もジクウとアステリスは、手を繋いで歩いていた。

アステリスは、ジクウに色々話しかけていた。しかし、商店街に来た途端、アステリスは突然黙る。


「じ、ジクウ。騎士団長さんだ……。今日は、話しかけないの?」


アステリスは、頬を染め、期待の眼差しでジクウを見る。ジクウは、ため息をつき、「はいはい」と、適当に返事をする。


「なあ、アステリス」

「なあに?」

「昨日は俺の事からかってたけど、お前こそ、好きなら告ったら?」

「へ!?え、あ、あの……」

「なんだよ。俺の勘違いだった?好きじゃないのか?」

「あ、う……すきだよ!大好き!!」

「ほーらみろ。なら、告白しろよ」

「こ、こくはくなんて……!話したこともないのに!それに、ボクは多分、ダメ、だめだよ……弱っちい男だもん……」

「うぅーん。いい加減、俺の後ろに隠れるのやめなって。いや、辞めるのは騎士おじを選ぶことだな。あいつ、絶対ロリショタコンだぜ。アステリスが大きくなったら浮気する。やめとけ、やめとけ」

「ろりしょたこん……?いつも言うけど、それなに……?」

「なんでもねぇ。アステリスくんには早い母国語だ。とにかく、やめとけ。お……ほら、路地裏入ってたぞ。追うか?」


ジクウが聞くと、アステリスは興奮気味にこくこくと頷く。2人は急いで路地裏に入った。

しかし、特に何かするわけでなく、路地裏を介して商店街を抜けていったようだった。

騎士団長に気付かれないように、2人で物陰に隠れて様子を見つつ、ついて行く。


「おはなやさん……?」

「あいつ、まさか……」


そして、着いた場所は、花屋の管理する花畑だ。ジクウは、なんとなく嫌な予感がした。


「アルピー」


騎士団長が、花畑でしゃがむ少女に、優しい声で呼びかけた。街で女性に囲まれた時でさえ、発しない彼の声色だ。そして、彼女の宝石のような青い瞳が彼を見上げる。


「ルーカディア様……」


それはアルピーの方もだ。ジクウが13年生きて一度も見た事のない表情。

花も恥じらう程に頬を赤く染め、宝石のような瞳は潤んで宝石そのもののように輝きを増している。


「君に伝えないといけないことがあるんだ」

「はい。なんでしょう?」



見つめ合う2人の甘い声色に、ジクウの心拍数が上がる。これから、嫌なことが起こる。そんな予感がする。

そしてその答え合わせをするように、騎士団長が口を開いた。


「アルピー。私は、君を愛している」


それは、ジクウにとって、予想通りの言葉だった。

「……っ!!?」

アステリスは驚き、ジクウの服を強く掴む。アステリスの顔を見ると、目を大きく見開き、唇を震わせていた。


男の愛の告白にアルピーは、数秒俯いていた。そして、ゆっくりと顔を上げる。その表情は、とても穏やかで、綺麗なものになっていた。


「嬉しいです。でも、ルーカディア様は騎士団長です。花屋の私など、お傍においてはいけない方です。だから……」


「そんなことは無い!私にとって君は、この世界の何よりも魅力的で素敵な人なんだ!だから、私が守る!王の次に君に忠誠を誓う!絶対に幸せにする!結婚して欲しい。私の、妻になってくれ!」


「ふぇ!?」


アルピーは、顔を真っ赤にして慌てふためく。顔を手で覆い隠し、再び俯いたようだ。しかし、すぐに落ち着きを取り戻したのか「ありがとうございます」と呟く。そして、再び黙ってしまった。


「アルピー、返事を聞かせてくれないか?」


顔を隠していた手を下ろし、顔をあげて彼の方を向く。

彼女の表情を一言で表すなら『幸せ』だろう。潤んだ宝石の瞳を細め、頬を赤く染め、口角を上げている。


「私も……ルーカディア様をお慕いしております」


アルピーは、一歩ずつ騎士団長に近づき、手を取った。そして騎士を上目遣いに見上げる。


「嬉しい、夢みたい……ルーカディア様と、両想いだったなんて」


アルピーの告白を聞き、ジクウの心臓は高鳴る。ふと気づくと、ジクウの視界がぼやけていた。

それに頭がぼうっとして、手の感覚が遠い。


「あ、あれ……?」


思いっきり目を瞑り、再び開く。その時にはもう、騎士団長は、アルピーを抱きしめた。アルピーも、騎士団長に抱きつく。そして2人の影が重なった瞬間、祝福するかのように、花達は揺れ、光輝いている。


「あーあ……俺、終わった」


ジクウの目から溢れた涙が、足元に咲いていた一輪の花に落ちる。風に揺られた花弁が一片散っては宙を舞い、茜空へと溶けてゆく。


「行こう。アステリス……。……アステリス?」


アステリスは呆然とした顔で2人を見ている。その光の消えた瞳に映るのは、幸せな2人の姿だけだった。


「アステリス……見るな」


ジクウは彼の目を覆うように、小さな身体を抱きしめる。震えていたのはアステリスか、自分か。もうわからなかった。


「夕飯の時間だよ。行こっか……」

「うん……」


アステリスは、ジクウの服をギュッと掴んだ。


◆◆◆◆


いつもの広場へ夕飯を食べに向かう途中、

2人は手を繋いだまま、何も話さなかった。

ジクウは空を見上げ、アステリスは虚ろな目で俯きながら歩く。繋がれた手だけが、無音の会話であった。

広場に着くと、相変わらず賑やかな町民達の姿が見えた。


ジクウは肉の焼き串1本とスープをトレーにのせる。アステリスは鍋の中の具材をなるべく避けながら注いだスープだけをトレーに乗せて、席につく。

「……いただきます」

「……ます」

お互い無言のまま食事に手をつける。しかしなんだか上手く喉を通らない。ジクウの大好物である串焼き肉なのに、味がしない。


隣に座るアステリスの方を見る。彼はスプーン片手に持ったまま、沈みかけの夕陽が乗ったスープを見つめている。

そのまま彼は口を開いた。


「ねぇ……ボク、団長のこと、嫌いになれないよ……」

「……そうかよ」


ジクウは顔をそらした。

アステリスの声が、風に流れていくのをただ聞いていた。

アステリスはわずかに浮くスープの具材をひとくちで片付けるとスプーンをゆっくりと置く。そして小さな両手で器を持ち上げて一気に飲み干した。


「今日のスープ、味しない……」

「だろうな……」

「こんな世界、滅んじゃえばいいのに……」

「俺も、そう思うよ……」


2人は涙を拭くこともなく、冷めきったスープと、味のしない食事を最後まで口に運んだ。そして、すぐに食器を片付けては再び2人手を繋いでアステリスの住む孤児院へと歩き出す。


◇◇◇


アステリスの住む孤児院へ行くには、花屋の前を通るのが近道だった。でも今日はそれが嫌だった。

少し遠回りがしたいので商店街を通ることにした。

商店街では沢山の人々が行き交っている。普段から賑やかではあるが、今夜は特段笑い声と音楽が溢れていた。

まるで誰もが今日という日を祝っているかのように陽気なのだ。その賑わいの中を小さな2つの影は静かに歩いた。お互いお酒が飲める成人の歳であったら、こんな目を腫らした夜はアステリスとジョッキを片手に気の利いた言葉を交わしあっていただろう。

ジクウはそんなことを考えながら歩いていた。

昼間働いていた騎士団の兵達も、酒場で楽しそうに酒を飲み、笑い合っている。


そして、この遠回りは無駄だったようだ。

この商店街で1番どんちゃん騒ぎを起こしている集団。そしてその中心。アルピーと騎士団長の姿を見つけ、ジクウの胸は再び締め付けられる。アステリスも2人を見つけたようで、ジクウの手を強く握りだした。


酒場はいつも盛り上がっているが、今夜の盛り上がり具合は祝宴だ。

本日の主役である2人は揃って花かんむりを頭に飾っていた。

アルピーは、どこか照れくさそうに笑顔を浮かべる騎士団長の顔を見て愛おしげに微笑みを浮かべている。


ジクウは、彼女の笑顔が好きだ。7年前にその笑顔に心を奪われてから、ずっと。だからこそ、彼女に幸せになって欲しいと思う。しかし同時に、それ以上の笑顔が自分に向けられる可能性がもう無いことに胸を締め付けられた。


「アステリス。辛いなら、もう見るな。今日は走って帰ろ」

「うん……」

「おぶってやるよ。ほら、乗れ」


ジクウが屈むと、アステリスは素直に背中に掴まった。そして、ジクウは彼をおぶって酒場のテラスの死角を使ってこっそり歩き出す。

見つかればきっとおめでたい報告をされるに違いない。なんだか今日は強がれるほど失恋した現実に耐えられる余裕がないのだ。

あぁ、今すぐ耳を塞いでしまいたい。しかし現実は容赦なく、ジクウの耳へ背後の酒場人々の声が入ってゆく。


「美男美女でお似合いだな!おめでとう!」

「幸せにな!!」


そんな声の中で、1人の男の声だけがハッキリと聞こえた。


「前から思ってたんだよな!騎士団長に相応しいのは綺麗な女!その中でもアルピーちゃんが一番だって!だってさ!見た目も品もあるし!中身も良さそうだし!

団長が選ぶなら、やっぱり女の中の女でしょ~?」


その声を聞くとアステリスはジクウの背中に顔を押し付けて泣き始めた。

湿る背中を感じつつ、ジクウは何も言わずに今すぐこの場を離れることに集中する。

しかし、騎士団長の声が聞こえた。


「アルピー……君だけを愛している」


アステリスの小さくすすり泣く声が一旦止まった。


◆◆◆◆

人気のない木陰で、ジクウとアステリスは身を寄せ合っていた。アステリスの嗚咽の他に言葉はなく、ただ互いの体温だけが心を繋ぎとめていた。


「アステリス……」

「じっぐう……!じぃぐ……!!」


アステリスが泣き叫ぶ。その声と共に彼の身体から、黒い霧が漏れ出す。この世界では強い負の感情は黒い霧となって可視化できることがある。それは“心の悲鳴”を、誰の目にも見える形であらわにするこの世界の現象だ。

ジクウはその霧を手で払いのけるように、アステリスの身体を強く抱きしめた。


「すぎだっだ!ぼぐも……ルーカディア様のごと……!!ぼぐも……けっこん、したがっだ……!」


アステリスの涙と鼻水で服が濡れる。

しかし、ジクウは気にせずに彼を抱きしめ続ける。

震えた喉から溢れ出したそのどれもが、アステリスの“心が願っていた幸せ”の断片だった。


「うん。辛かったな」


ジクウはその身体を更に強く抱きしめ、それ以上何も言わなかった。

ただ、彼の涙が止まるまで、ずっと小さな背中を撫で続けた。


「ジクウ、ありがとう……」


数分後。アステリスは落ち着きを取り戻したのか、ジクウの背中に手を回し、ギュッと強く抱きしめては顔を押しつける。


「アステリス。もう帰ろっか」

「うん……でも、今日も礼拝堂について来て……」



ジクウは、困った表情をする。普段であれば「仕方がないな」と言って付き合う。だが、ジクウも帰って泣きたい気分だ。今すぐ1人になって、声を殺して泣きたい。

弱ってるアステリスを拒まないために、心を押し殺して微笑んでいる自分が少し嫌だった。


「……ごめんな。ちょっと疲れてるんだ。また今度な?」

「……ダメ」

「うぅ……。わかったよ……」


わがままなアステリスの潤んだ瞳に、ジクウはあっさり折れる。そして、アステリスと共に、礼拝堂に向かった。


◇◇◇◇


礼拝堂の天井を見上げると、満月の光がステンドグラスを染めていた。

今夜は、いつもより神聖な空気が満ちている。

2人は出入口のそばに立ったままそれを眺めていた。


「……綺麗だね」

「そうだな」

「ボク、この光景が好きなんだよ。だから、満月の夜には寝室を抜け出して、ここで眠くなるまでリデスティア様にお祈りを捧げてるの」

「……そっか」


アステリスはジクウの手を引き、祭壇の前へと進む。そして、上らないままシンボルの前で立ち止まる。


「あの時もそうだった。ルーカディア様がまだ、ただの兵士で騎士団長の補佐をしているだけだった頃——」


アステリスの細い声は、祭壇の前に響く祈りのようだった。


「……ボク、あの人に森で助けられてから、ずっと好きだったんだ。だから、騎士団長への昇格試験の日にも、ここで祈った。“上手くいきますように”って」


そよ風が通り、彼の白い髪がふわりと穏やかに靡く。


「遠征の前日にも、無事に帰ってきますようにって、毎回、毎回……泣きながら、ここにいた。」


アステリスは、羽のような足取りで祭壇へ上がる。シンボルの前で手を組み、跪いては祈るような姿勢をとっていた。

ジクウは何も言わずに、アステリスの背中を見ながら話を聞く。



「それである日、騎士団長さんがまた遠征へ行くって聞いたから不安で不安でお祈りをしに来たんだ。騎士団長さんが、無事で帰ってこれますようにって。その時、突然声が聞こえてきたんだ。『お前に力を貸してやろう』って」


「……そりゃあ、悪魔の囁きかもな。耳を貸さない方がいいぜ」


「ううん。そんなこと言っちゃダメだよ。礼拝中にどこからか声が聞こえて、ありがたいお告げをされたってことはよくあるし。あれはボクもリデスティア様の声だと思う」


ごくり、とジクウは息をのんだ。


「それでね、その日からボクはなんだか変なんだ。時々意識が遠のくし、頭痛がする。それでいつの間にか意識がなくて、目が覚めた時にはだいたいジクウの腕の中だったりする」


アステリスは、祈る体制のまま目を瞑り、静かに語り続ける。ジクウは、ただ黙って聞くことしかできなかった。

すると、彼は突然ジクウの方を向いた。その瞳は大きく開いている。


「それで、気づいたの。ジクウは、ボクの知らないボクを知ってる。ボクの姿をした、ボクじゃない誰かの記憶を持ってる」


「……ッ!?」

ジクウは、息を詰まらせた。

胸が締めつけられ、思わず視線を何も無い床へと逃がす。


「ジクウは時々、不思議な顔をするときがあった。まるで、ボクを疑うような変な顔。……ねぇ、教えて。ボクに何が起こっているの?ジクウは、ボクの何を知ってるの?」


アステリスは、ジクウに縋るように問いかける。

ジクウは、言葉が出なかった。アステリスは、ジクウの返答を待つ。沈黙。風の吹く音が流れる。


「……俺は——」


その言葉を遮るように、アステリスの身体が、びくんと跳ねた。

誤字修正(2025/04/16 01:33:08)

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