第一話 ①
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広大な大地・アノスア。
この世界では、自然、ヒューマン族、モンスターが、互いに争いあいながらも、共存している。
そんな世界アスノアにある広い草原を、忙しく駆け抜ける一人の少年の姿があった。
「はぁっ……はぁっ……」
ボロボロに傷んだ革製のベストを着て、腰に短剣を携え、息を切らしながら彼は必死に走る。
「早く帰らなきゃ……あいつに文句言われる!」
そう呟きながら、少年は走り続ける。
だが、突如として、その足を止めることになる。なぜなら、少年の目の前にいきなり巨大なドラゴンが現れたのだ。
その鱗は薄い桃色の可愛らしい色なのだが、少年の頭部よりも2倍ほど大きな牙や爪を持ち、こちらを見下ろし、睨む鋭い眼光には、恐怖を感じさせるものがあった。
「あー!?もう!!なんでこんなところにドラゴンがいるんだよ!!」
焦りと苛立ちと恐怖が混ざり、泣きそうな顔になりながらも、少年は腰にある短剣に手をかける。
そして、そのまま一気に抜き、構える。
『グルルルッ……』
すると、ドラゴンもそれに反応するかのように、牙を剥き出しにして威嚇してくる。その唸り声は大地をわずかばかり揺らすほどのもので、少年の小さな身体を震わせるのだった。
「ごめんな!今構ってる場合じゃねぇんだ!ご飯なら、その辺の雑魚モンスターでも食えって!」
そう言って少年は走り出す。ただのヒューマン族の少年が短剣を振るったとて、勝算などないのは一目瞭然。
少年は背を向け、全力で距離を取ろうとするも、大きな羽で扇ぐ騒がしい音が背後から絶え間ない。
絶対に鋭い眼光のドラゴンが迫ってきている。ただ、身体が重いのだろうか、思ったよりも遅い。しかし、逃げ切ることは出来ないだろう。火でも吹かれたら、もう終わりだ。
「ちくしょう……こんなところで死にたくねえって……!いや、いっそのこと頑張って国まで連れてって騎士団達と戦わせようか……?」
そう思った瞬間だった。
突然、雲を掻き分けたように空から眩しい光が差し込む。それはドラゴンの頭上にのみ小雨のように降り注いだかと思うと、ドラゴンの姿はみるみる消えていく。
やがて光の小雨はあがり、静かな風の音が大地に戻った。
「へ……?どこいった?」
わけのわからない出来事に呆然としていた少年だったが、特に気にすることなく、再び走り始めた。
◆
「ただいまアステリス」
走っていた少年は足を止めると、自身の膝に手を当て、息を切らしながら言う。
草原の小さな野花達の前で、しゃがむ髪の長い少年に話しかけたのだ。
「おかえりなさい、ジクウ」
長髪の少年、アステリスは笑顔で答える。しかしその瞳は、どこか虚ろげであった。
「うん。あのさ、今日は久しぶりにオーガ族の街に行ってきたんだけど……」
「ふぅん。それで?何か変わったことはあった?」
「ううん、いつも通りだよ。相変わらず、オーガ族の奴らは俺達を見下してやがったよ」
「そっか。まあ仕方ないよね……ボク達ヒューマン族が弱いのが悪いんだし……」
アステリスの声色は明らかに落ち込んでいる。普段から共に行動している幼馴染のジクウには気になる事だった。
「なんだよ。元気ないな?なんか嫌なことでもあったのか?」
肩に手を置き、心配そうに顔を覗いてくる少年ジクウに対し、アステリスは首を横に振る。
「大丈夫。なんでもないよ」
「あ、わかった。さてはアステリス、失恋したんだろ!」
「ち、違うもん!!」
両腕を鳥のようにばたつかせ、わかりやすく頬を赤く染めて否定するアステリスを見て、予想通りな反応にジクウは満足そうに笑った。
「冗談だって。お前がそこまで元気ないなんて珍しいなって思ってさ。んで?結局どうなんだ?」
「だから本当に何でもないってば……」
「ふーん……じゃあ、"騎士団長"さんに直接、聞いてきちゃおっかな〜!」
大きく口を歪ませ意地悪そうな笑みを浮かべるジクウに対して、アステリスはさらに顔を赤く染めた。
「もうっ!!ジクウの馬鹿!マヌケ!馬鹿!絶対、ダメだからね!?もしそんなことしたら、ぜ、ぜっ、絶交だから!!」
「はいはい。んじゃそろそろ逢う魔時になるな。国に帰ろうぜ」
「あ、うん……!おなかすいた!帰ろ!」
少年・ジクウの手を取って歩き始めるアステリス。
こうして、二人の少年は手を繋ぎながら、ヒノン国の東門がある石垣の塀が見える方へと向かう。
◆
澄んだ水色だった空の色が淡くなりはじめた頃、2人はやっと目的の場所に着く。
「おー!ガキンチョ2人!無事帰ってきたか!」
東門が見えてきたところで、門番をしている大柄の男性が声をかけてきた。
「おっさん、ただいま」
「おじさん、ただいま!」
「おう!今日も元気だな!お兄さんって呼べ!」
門番の男性は二人の頭を撫でると、門を開き、2人を中へと招き入れる。
そして少し歩けばすぐに辿り着く故郷の町に帰ってくるなり、アステリスは足を止めてしまう。
ジクウは「どうした?」と問いかけるが、彼はジクウの背後にまわっては俯いて何も答えなかった。
「おい、何やってんだ。置いてくぞ?」
「待って……騎士団長さん、いる……」
アステリスの火照るような視線の先、少し遠くを真っ直ぐを見る。たしかにそこには騎士団長の男が立っていた。
高い背丈に、ツンツンとした短髪。かと思いきやサラサラの尻尾髪。つり上がってもタレれてもいない細めの瞳に、スラッと伸びた鼻筋。そして、キリリと引き締まった口元。がっしりした肩幅に、程よい腕の筋肉。そいつはヒノン国の騎士団の長を務める、ルーカディアという名前の男である。
「おお、ジクウじゃないか。おかえり。どうだった?オーガ族の街に今日、ちゃんと行ってくれたんだろう?」
ジクウと目が合った途端、爽やかな笑顔で話しかけてくる騎士団長。そして、ジクウの後ろに隠れるアステリスの顔色は熱を帯びながら優れていなかった。
『ど、どうしよう……。騎士団長さんだぁ……かっこいいね……』
アステリスは、ジクウの背後から騎士団長をチラリと見上げると、ジクウにだけ聞こえる小声で話す。アステリスのそんな反応に、ジクウはなんだか苛立って舌打ちをする。
「あん?んだよ、クエストならちゃんとやってきたよ。ほら、ブツだ」
ジクウは懐から革製の袋を取り出し、騎士団長に雑に投げ渡す。騎士団長はしっかり受け取ると、すぐに中身を確認した。
「偉いな。確かに、俺が依頼した仕事をこなしてくれたようだ」
騎士団長は白い歯を見せて笑うと、ジクウの頭に手を伸ばす。しかし、彼の手が触れる寸前に、ジクウはサッと身を引いて避ける。
「やめろ」
冷たい目つきで騎士団長を見上げて睨むジクウ。だが、子どもに睨まれたところで、騎士団長は微笑みを返すだけだった。
「はは、相変わらず国で一番の可愛くない子どもだ。さて、それでは約束通り褒美をあげよう」
「さっさと出せ。今のセクハラ代も追加しとけよ」
「分かった分かった」
ジクウに言われ、騎士団長は町民の目につかない路地裏の奥へと入る。足を止めたかと思うと手招きをされたので、ジクウはアステリスの手を引いて同じく入った。そして騎士団長は、鎧の上に羽織ったマントの下から、大きな麻袋を一つ取り出す。それは目視だけで重力を感じさせるように膨れた袋で、受け取るとジャラリと音がした。
「ほら、報酬金だよ。オーガ族の街からここまで、結構な距離があっただろう?往復で金貨10枚。ブツで40枚。合計金貨50枚」
「ごっ……!?金貨が、こんなにっすか!?」
あまりの大金に、ジクウは思わず素で驚いてしまった。この国の平均的な月収の金貨20枚前後でさえ、貯金がなければ少し生活に困るくらいなので、金貨50枚は割と大金だったりする。
そんな大金が、子どもに与えられたのだ。
「そうだ。これは、ジクウにしか頼めないから、当然の報酬だ。……命知らずの大人なんて沢山いるし、金で動くやつだってたくさんいる。だが、そういう奴ほど裏切るし信用出来ない。やはり、身体の小さくて体力がある子どもである上に、冷静で慎重かつ勇敢……いや、希死念慮なジクウに頼むのが一番安心出来る。それに子どもはこんな少ないお金でも喜ぶ。やはり、子どもはいいな」
騎士団長の言葉を聞いて、ジクウは眉間にシワを寄せた。
「希死念慮って……別に、俺は死にたいわけじゃねぇよ」
「ジクウ?どうしたの?大丈夫?」
心配そうな表情を浮かべるアステリスを見て、ジクウはハッとする。
「あ、あぁ。なんでもねーよ。んじゃ、ありがたくいただくぜ。じゃあな、ロリショタコンの変態騎士団長さん」
「変態?おいおい、酷い言われようだ。俺は紳士だぞ。純粋に、純粋な子どもが好きなだけだ」
苦笑いする騎士団長だったが、すぐに真剣な顔に戻る。
「気をつけろ、ジクウ。お前がどう勇敢で生意気であれ、君は子どもだ。大人には敵わないだろ。力ずくでその大金を盗まれて、わんわん泣いても遅いぞ。もしかしたら、殺される可能性だってある。例えば、そこで盗み聞きしているやつだったりな……」
騎士団長が視線を向けた先は、今いる路地裏のさらに奥の方だ。そちらに目をやると、確かに暗闇の物陰からこちらを見ている男がいた。薄汚れた布切れのような服を纏い、ボサついた髪の毛は伸び放題で、髭も不潔感を漂わせている。その見た目だけで、この男がろくでもない人間だということは分かる。しかし、ジクウはその男の素性を知っており、慌てて止める。
「や、やめろ、騎士おじ!あれ、俺の兄だ!」
「ええっ!?お兄さん!?」
騎士団長が驚くと同時に、不審な男は肩を「ひっ」と裏返った声を出してはビクッと震わせた。そして、男は猫背にしてコクコクと頷くように頭を下げながら近寄ってくる。
「あ、どうも……お久しぶりです……ジクウの兄です……すみません……夕飯だから呼びに来たんですけど……弟が何か、騎士団長サンに迷惑かけたのかと思って……盗み聞きしちゃって……ほんと、すいません……」
「あっ、いえ。お久しぶりです。こちらこそ、すまなかった。てっきり見た目だけで、盗み聞きしている盗賊かと勘違いをした」
「あっ、いいんです……こちらこそ、不審な見た目でスイマセン……」
ジクウの兄は消え入りそうな声でペコペコと頭を下げるが、長い前髪の隙間から見える無精髭の口元は薄気味悪く笑っていた。
「そういうことだ。騎士おじ。それに、俺は貴重品を盗まれる程馬鹿じゃねぇよ。そこらのガキと一緒にすんな」
「おっ、おう……。そっか、ジクウのお兄さんだったか……。今はご実家で隠居されてると聞いていたが、こんなにお姿が変わられていたなんて……。まぁ、そういうこともあるよな。またいつでも声をかけてくれ。では」
騎士団長が別れを告げると、路地裏を出ていく。その大きな後ろ姿を、アステリスは愛おしそうに眺めていた。
「いいなぁ……ジクウ、騎士団長さんとお話できて」
「は?言語同じだから、思ったことを声に出すだけだろ」
「そういうことじゃないんだよ……いいもん。ジクウにだって、あとで同じこと言ってやるもんね」
アステリスはそう言うと、頬膨らませる。ジクウは彼に鼻で笑い、兄の背後を歩き始めた。
◆
日が暮れて夕飯時になると、町の広場から賑やかな声が聞こえてくる。たくさんのテーブルやイスが並ぶ広場に着くと、夕飯の支度をしていた大人達が笑顔でジクウを迎えた。
「おかえりなさい、ジクウくん」
「おかえり、ジクウくん」
「おかえり、ジクウ。今日はお疲れさま」
「……ただいま」
ジクウは、ぶっきらぼうに返事をする。しかし、心の中では、温かい気持ちになっていた。
そして、長机に並べられた大皿に盛り付けられた種類豊富な料理の中から、食べたい料理を選んで食べる量だけ食器に盛り付けると、テーブルと椅子の空いた席を見つけ、アステリスと兄の間に挟まれるようにして座る。
このヒノン国にある小さな町、アニカ町では夕飯時になると広場で町民が集まり、バイキング形式で炊き出しの食事を楽しむ習慣があった。それは、このアニカ町の町長でもあるジクウの父親が3年前に始めたものだった。
最初は、孤児院やホームレス、家族で訪れる住人で18名ほどしか参加していなかった。だが、だんだんと他の町からも夕飯時にはアニカ町にやってくるようになり、今では100人以上のヒューマン族が、ここで食事を共にしている。そして、ジクウはこの光景が大好きなのだ。
(やっぱり、ここにいると落ち着くな。ちょっと前まで寂れた町だったけど、毎晩祭りみたいになるとは思わなかった)
賑わう光景を見ながら、ジクウは温かいスープを飲み干す。
このアニカ町で生まれ育ったジクウにとって、この町全体が自分の家のようなものだった。だからこそ、彼の目には町の人達の表情が眩しく映った。
そんなことを考えながら、ジクウはふと、隣にいるアステリスを見つめた。彼はなんだか嬉しそうな顔で、スープをスプーンですくって口に運んでいた。
ジクウに見られていることに気づいたアステリスは、一旦首をかしげ不思議そうにしたが、「ご飯おいしいね!」と言って無邪気な笑顔を見せる。
「相変わらず、スープばっかりだな。細いんだからもっと肉食えよ」
「ボク、知ってる。それ、セクハラって言うんでしょ?ジクウがいっつも、騎士団長さんに言ってる言葉」
「え?……ははっ、ちげーよ。変態と一緒にすんな。俺は、本当にお前を心配してるんだぜ?」
「うん、分かってるよ。ありがとう、ジクウ」
アステリスは再び微笑み、ジクウも少し照れくさそうな顔になる。すると今度は、隣に座るボサボサの兄に声をかけられる。
「そういえばさ、騎士団長さんに何を頼まれたの?なんか、報酬がすごい額だったけど」
「ああ、ちょっとした手伝いだよ。何でも屋みたいなもんだ。兄さんがこの前、オーガ族について教えてくれたおかげで、何事もなく終わったぜ」
「へぇ~、我が天才弟とはいえ、どうなるかと思ったけど、無事で良かったよ。それに、アステリスきゅんは、朝からジクウの帰り待ってたなんて優しいね」
「えっ!?あ、はい!騎士団長さんの頼みなら、断れないですよね!」
突然話を振られ、慌てふためくアステリスだったが、すぐに笑みを浮かべ、適当な返事を元気よく答えた。
ジクウは苦笑いしながら、炭火焼きされた肉の塊を口に運ぶ。
当たりを見渡すと、いつもの光景。楽しそうに雑談する大人達。はしゃぎ回る子ども達。しかし、ジクウには違和感を感じていた。
「……なんで、ずっと平和でいられるんだ?」
ジクウのぽつりと呟いた言葉を聞いた瞬間、アステリスの顔つきが変わる。
その表情は、なんだか先ほどまでの和やかな雰囲気とは程遠いものだった。
「どういう意味かな、ジクウ」
「そのまんまの意味だよ。生まれた時からずっと、気になってたんだ。俺は、こういう時間が好きだけどよ……どうしてみんなこうやって笑ってられんのか分からねぇんだよ。最後にあった戦争が終わった日と、このヒューマン族の国ができてから今年で100年目だろ?外では未だに戦争してる国があんのに、ヒノン国だけ100年もそういうのが一切ねえんだよな」
「それは……」
アステリスの小さな声を遮るように、ジクウは自分の考えについて語り始める。
「この世界にはヒューマン族より、強い奴がいっぱいいる。ヒノン国の外に出れば、ヒューマン族に嫌がらせする種族だっている。過去にヒューマン族に虐げられていたような、かつての雑魚モンスターだって、進化して今では強くなってる。
ヒノン国も、耕作に最適な土地をたくさん持っている。資源だって豊富だ。それなのに、俺たちは他の種族に襲われることなく毎日食うもんがあって、寝床もあって、平和に暮らしてる。ありがたい幸せだけど、なんかおかしいだろ。
今戦争してる国だって、ヒューマン族よりも強い種族同士だし、食料とか土地を奪ったり守ったりするためにやり合ってんのに。
なんで、ヒノン国は襲われたりしないんだよって思うんだ」
ジクウは疑問を真剣な眼差しで訴える。そしてアステリスは目を逸らすことなく、ジクウの瞳をじっと見据えていた。
「……そうだね。でもそれは、今がその時じゃないからなのかも。騎士団でもジクウと同じ疑問を持った人がいるみたいだよ。この100年間、“襲うにはまだ早すぎる”とか、“もう少し発展できると他種族に期待されてるのかも”って、この前、騎士団の人達が会話してるの聞いたよ」
「へぇ。そういうことなら、国やヒューマン族が弱いまま成長しなければこの先も平和であり続けられるか?」
「ううん。そんな選択肢はきっとないよ。この平穏な国に騎士団があって、毎日訓練しているのはね、いざ襲われたりして戦争が始まったときに富や国民を守るため、すぐに戦えるようにする為だよ。だから備えない選択肢は無い。このまま訓練して強くなったり、人口が増えて国を発展させたりしているうちに、いつかきっと目をつけられるんだ。平和なのは今だけで、いずれヒューマン族の国やこの町だって襲われるかもしれない。むしろヒューマン族の方から仕掛ける日だって来るかもしれない。ずっと平和なんてことは、きっとないんだ」
「……そっか。今だけのありがたい時間なんだな」
ジクウは頬杖をついて、小さくため息をつく。
「ジクウは平和が気に入らないの?刺激が欲しいってやつ?」
「そういうわけじゃねぇよ。ちょっと気になっただけ。たしかに、今の力の差じゃあっけなく蹂躙できるからこそ、やつらはヒノン国が成長できる時間を与えてるって説あるな。つまり、機をうかがって今は放置されているかもしれないってことか…… いや、でも支配してから成長させる手はあると思うんだけどな……?もしかしてよりヒューマン族に絶望を与えるために敢えて……?あ〜!なんか訳わかんなくなってきた!……もうどうでもいいや」
ジクウは頭を掻き、深呼吸をして、平和の理由について考えるのをやめることにした。
アステリスもこくりと頷き、微笑む。
「うん、きっと考えなくてもいいと思うよ。今はこの平和に感謝しよう。ボクはこれからも、ずっと楽しいのがいいなぁ……」
「アステリスくん。残念ながら、楽しい時間なんてすぐ終わっちゃうもんだぜ?辛い時間があるから、楽しく感じるんじゃねぇか」
「なにそれ。なんか今日は大人っぽいこと言うんだね!ずっと思ってたけど、ジクウはたまにおじさんみたい」
「うるせぇ!ピチピチの13歳だよ!」
二人は顔を合わせて笑った後、再び食事に手をつける。そして食べ終わった後には、広場にいる住人と世間話をした。夜が少しふずつ深くなるにつれて人々はそれぞれの家に帰っていく。ジクウは会場の片付けが終わった頃合いを見て、アステリスを彼の住む孤児院まで兄と共に送る。
その後、兄弟は寄り道せずに家に帰った。先に帰宅していた両親は、 とっくに寝室で眠ったようで、玄関のあかり以外は消えていた。
「おやすみなさい、ジクウ」
「ああ、おやすみ」
兄が自室にこもったので、風呂を済ませジクウも自室のベッドで横になる。
ジクウは天井を見つめながら、今日一日の出来事を振り返る。しかし、その前に眠気に襲われ、そのまま眠りについた。
その夜、眠っている間に声が聞こえた気がした。
――平穏を疑うのは、悪です。異物は、最悪に変わる前に取り除かなくては。
――だから、お前は、もう要らない。