わたぼこる/1654682400.np
「まさかお二人が、破局を迎えるとは――」
「――思ってもみませんでしたね、部長」
ここは学食。例のディスクリ……量子教授の誘いに応じた俺たちは、理数光学研究室に頻繁に出入りするようになった。
これで大学職員に学食で見つかっても、肩身の狭い思いをしなくて済むようになったわけで――
「えっ!? はぁぁっ? な、なななな、何の話? ねえ、一体何の話ーー!?」
お下げ髪が2本に増えたスレンダーな女性が、いたいけな後輩達につかみかかった。
「ちょっと、さより!?」「なにやってるの!?」
居合わせた地味子の友人ふたりが、あわてて止めてくれているが、すごい馬力だった。
「やめろ地味子、強制終了だ!」
背後から羽交い締めにする、じたばたじたばたなんのはなしぃでぇすぅかぁ~、ええいあばれるな!
「どうした慌てて、何の話って違崎の話に決まってるだろうが!」
「違崎君? あの圧倒的見習社員が一体どうしたって言うんですかぁ!?」
髪に付けた大きな髪留めが揺れる。
向かって左が黒いサイコロ(サイの目は無い)、右が普通のサイコロ(サイの目が数字で書かれている)。
§
それは、構内掲示板を撮ったスマホ。
『内定者速報 ヴォストーク食品工業 物理学科5回生 違崎海流』
そう、後輩連中が言ってたのは、俺と違崎のことだ。
たしかにいつもつるんで、学食に来てたからな。見習い以前から、なかば社員扱いしてたし。
不名誉なウワサも……甘んじて受けよう。
「非常にふざけてますね、大先輩?」
スマホの小さな画面でも、違崎の('ヱ')がよくわかる。
「ああ、この顔はないな。なあ模型部長?」
たしかに――内定者プロフィール写真にコレをチョイスされるあたり、職員連中から相当うらまれてんだろうな。
「いや……写真もふざけてるけど……」
と言いよどむ牛霊正路御前大学模型部部長、図会くん(21)が、まるで親の敵のように、スマホをみつめている。
「どうした、俺のスマホに恨みでも?」
「いえ滅相もありません。失礼しました。えっとその……なんていうか、コレだけの大企業から一体どうやって、あの違崎先輩が内定を取り付けたのかと思って……つい」
「あー、君も今年から就活か……すまん、ウチのヴァカが」
俺はすかさず、スマホを回収した。
「なによ、さより、知らなかったの?」
「構内中、このウワサでもちきりよ?」
俺と違崎の破局がウワサのメインなのか?
……冗談じゃ無くて? 冗談じゃねーぞ!?
「知らなかったわよ。違崎君、何も言ってなかったし……並プロちゃんは知ってた、この事?」
サイコロに話しかける鱵ふつう3回生(21)。
彼女は弊社に内定してるというか、すでにウチの正式な客員だ。
――パカリ。
黒い髪飾りの方が割れて、中から小さな半透明が顔と銃口を突き出す。
キュイキュイ。
顔の向きに連動した銃口が、左右に振られる。
「じゃあ、ヒープダイン社のショールームも、さみしくなりそうですよね……」
模型部副部長、依々縞さん(19)が、しんみりしたことを言う。
そういや遠出したとき、一緒にゲームショップ行ったりしてたから、結構なつかれてたのかもな。
「小苗ちゃんってば、違崎君なんかのために……ぐす」
ウワサの真相が〝仲良し凸凹コンビ解消(俺とふつうのことではない)〟とわかって、挙動が安定する地味なふつうさん。
彼女は実名こそ〝ふつう〟だが、こう見えて実は全然普通では無い。
あまりそうは見えないが、どう控えめに言っても天才なのだ。あと良いとこのお嬢だし。
「……というわけで、お・す・す・め・の有望株が、今ここに、居・る・ん・で・す・けどぉー?」
何その猫なで声?
そういうのは君の部長にしてやったら、良いんじゃ無いのか?
ウチの客員社員は、最近取扱注意なんだぞ。気をつけてくれ。
「――にゃーん」
あれ? いまなんか。
「にゃにゃーん」
それは今日はメイド服で無く、普通のミニスカにパーカーという格好の依々縞後輩から聞こえてきた。
=^_^=
「わ、キモ!」「おじさんみたい!」
「うーん、学長に似てないか?」
「か、かわいいじゃないですかぁ!」
デッキテーブルに置かれたのは、リュック型のペットケージ。
中からコッチを見ているのはシワシワで、なんか毛が無い子猫だった。
「これって、すっごい希少な猫ちゃんよね」
地味子の友人A(すらっとしてて髪が長い方)が、そんなことを言った。
「わ、30万円越えてるじゃない!」
友人B(ややグラマーで髪が短い方)が、すかさず検索。
「最近のペット市場はうなぎ登りで、なかなか買い手が見つからなくてですね――パカリ」
ケージの蓋を開け、シワシワ子猫を持ち上げる副部長ちゃん。
ちなみに俺や地味子は模型部員では無い。
弊社製品で有る小型ロボット(並プロちゃん)のフィギュアを作りたいと言ってきたので、ソレを承諾して以来、付き合いがあるのだ。
「やっぱり、おじさんみたい!」
「そうね、35歳係長感が……醸し出されてるわね、子猫なのに」
友人A、Bが毛の無い子猫の頭を、ソッとなでる。
「か、かわいいじゃないですかぁ!」
両手をニギニギした地味子も、にじり寄っていく。
「小苗ー」
珍しいらしい子猫を持ちながら突然、自分の名を呼ぶ後輩に一瞬、戦慄が走る。
「――お父さんー、知り合いからー、子猫を預かったんだがー、面倒を見てやってくれないかー――」
仮の名とは言え、自分の名前を付けたのかと思ったけど、違ったようでひと安心。
おそらく、依々縞氏の声色を、まねてる……のか?
語尾を伸ばすー、副部長ちゃんがー、こんなことをー、付け足した。
「それでもしよかったらー、市場価格の30%でー、もらってくれる人をー、学校で探してこーい……なんていうんですぅよー?」
いやあ、アナタは他の猫みたいに、ひっかいたりしないんですねー、にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃっ~♪
つうか地味子うるせえよ、なんだよオマエまで、その猫なで声。
まったく、約30万の70%引きなら10万弱――俺には関係の無い話だな、あんまりかわいくねえしな。
それにもうヒープダインは並プロちゃん達、超精密機器をたくさん飼ってるわけで。
「30%ってOFFが?」
「それとも、猫ちゃんお迎え費用が30%?」
「お迎え費用ですね。13万円即決って言ってましたが、先輩方はこの子に興味ありますかー?」
――にゃぁん?
「「ないわね」」
サッと、毛の無い猫から距離を取る友人A、B。
まあそうだろうな。
「……ですよねー」
詳細わからんが、おそらくは知人の伝手で大事に飼ってもらいたいとか、そういう話だろう。しょんぼりする副部長ちゃん。
現飼い主の思惑もあるのだろうが、この大学で羽振りが良い奴なんて、ウチの客員くらいのもんだ。
=^_^=
「おい、連れてくるのはかまわんが、今日こそ10号機のセッティングしないと、〝綺麗な・大騒ぎ〟に殴られるぞ……俺が」
LMというのは、この間、知り合ったスピントロニクスの権威だ。
外見はせいぜい12,3歳にしか見えない美少女だが、縮地ばりの体術と神速の鉄塊を繰り出す凄腕だ。
この界隈では、怪人化した一里塚教授(ディスクリート量子)と渡り合う実力がねえと、量子物理学者を名乗りづらくなってきた。
俺にもそういう怪人じみた装備や能力が、使えるかもしれないんだが――
演算複合体からの直接的な接触が無いから、まだ詳しいことは聞けてない。
接触と言えば、並プロちゃんが話題になるにつれて、ヒープダイン社への問い合わせや取材が格段に増えた。
ゼロが10になったところで微々たるモノだが、日々成果があるとやりがいも出るってもんだ。
近々、地味子も論文が掲載される手はずになっているし、ヒープダイン社はコレから大躍進を遂げる機運に恵まれている。
こんな時に、あのバカが居ないというのは……なんか物足りない。
ここ一週間ばかり、まるで連絡取れねえし。今日捕まらなかったら、違崎の自宅アパートに全員で押しかけるか。
「〝おから〟ちゃんの事は、並プロちゃんに言ってくださーい」
む。ソレもそうか。
「並プロちゃん、ちょっといいかー?」
「はーい、千木先生。おはようございますですわ」
いつの間にか作業台の上にいた、黒い箱が開いた。
今日は質素な作りのワンピースに、ひまわり型のポシェット。
チョットそこまでお出かけ、という装い。
「はい、おはよう。で、今日は根を詰めてやらないといけないことがあるから、猫の相手は出来ないけど大丈夫?」
「〝おから〟の事でしたら何の心配もございませんでしてよ。ウチの子は年の割に大人しいですから」
そうなのだ。子猫を即決したのはなんと並プロちゃん。
ずっと小動物に興味があったらしいんだけど、抜け毛とか気になって(自分が精密機器だから)躊躇してたところに、毛の無い猫がいたら、そりゃ即決するだろう。
ソレで無くてもMR実行部は、引き金の軽さが玉に瑕なのだから。
「うん、じゃあ〝電影部〟と〝検算部〟と〝主幹部の本体〟を使うから、よろしく頼むよ」
§
今日やらないといけないってのは10号機で有る巨大サイコロのことだ。
ヒープダイン社の懐具合を不憫に思ったLM女史が厚意で、例の〝量子エラー浸透対応量子光源チップ(量子デバイスチップ)〟の不備を修正してくれる事になった。
そのために本日夕方、先方様がわざわざ話を聞きに来てくれる手はずになっている。
付き合ってくれるかはわからんが、前回みたいな楽しい宴会も企画した。
ただし、先方様から出された条件が一つあって。
このたびのご厚意で、逆にまるごと無駄になる〝修正前の量子デバイスチップ〟を最大限使った並プロちゃんを、設計して欲しいというのだ。
なんでそんなことをと一瞬怪訝に思ったが、1500万を節約できる対価としては、無いに等しい些末な問題だ。
全ての入出力経路を繋ぐのは俺で、実際のデータ処理は完全に地味子博士の管轄になる。
このチップ自体に、恣意的な処理を隠すことは出来ない。本当に学術的興味なのだろう。
本来の9号機がフルスペックで稼働するなら、仮組み中の10号機に何を乗せようが性能低下に繋がる。
だが、髪留め代わりに連れ回してもらった10号機を見て、その汎用性に気がついた。
仮に〝MR実行部〟を二つ髪留めにして、地味子に連れて歩いてもらった場合を想像したらスグわかる。
協力するにしろ反発するにしろ、外界からの入力を別の量子ノードで処理すること(同時性)には、まだ見ぬ可能性が秘められている。その検証のためには、並プロちゃんの構成に不必要な特化機能の方が向いているかもしれない。
よし、機体のコンセプトは決まった。
§
「どう、地味子さん。なんか考えついた?」
いま必要とされているのは、並プロちゃん達の構成や維持に無関係の機能だ。
にゃにゃーん♪
玄関先で〝子猫が呼んでいる。だが、ここは我慢だ集中しろ。
いま行っても並プロちゃん(母猫)に追い払われてしまう。
「い、いえまだ。……あ、〝おから〟ちゃんの餌やり機能なんてどうかしら? 詰め込めば一食分くらいになるでしょう?」
「何バカ言ってんだ!」「で、ですよね――」
にゃあにゃああん♪
玄関先で子猫が――かわいい。
「――最高じゃ無いか、猫餌やり機能! まさに今の俺たちに必要な機能だろう!?」
そんな訳があるか。
けど、本当にネタが無くて、そういうときはいくら俺の器用さと地味子の天才がタッグを組んでも、どうにもならない。
§
「にゃにゃぁん♪」
「な、なんだね、この地球外生命体は?」
「あら、リィーサさんのことが好きみたいですよ?」
LMちゃんは、本日、長袖Tシャツにジーンズという、とても市民ナイズされた格好でやってきた。
「そ、そうかね? 君は私のことが好きなのかね?」
人間小さいモノから好かれれば、悪い気はしないモノだ。
地味子から手渡された〝子猫〟を、どう扱えば良いのかわからず、ただ抱えている。
「ではコチラがデバイスチップに、必要な諸元データになります」
コレは、ほぼ機械的に算出されたデータで、特に間違えることの無いものだ。
軽く補足し、了承を得た。
「さて、本題に入ろう。新型機とやらは……出来ているのかね?」
こころなしか声のトーンが下がり、周りの空気が冷えた気がした。
〝おから〟がソファーの上に逃げ出し、MR実行部が周囲を警戒する。
はは、並プロちゃん、俺たちは守ってくれないのか。
「しゃあない。腹を括るか」
完成させたばかりの『給餌部』を取りに、片付け途中だった作業台へむかう。
ピンポォーーン♪
「模型部総勢8名、参上いたしましたぁ♪」
「緋加次ー、きたぞぉー♪ うひゃっ、地球外生命体が居るっ!」
「ガヤガヤガヤガヤ」
ドカドカドカドカ。
うーわ一気に増えたな。LMちゃんは教授の関係者って事で問題ないだろ。
いま、問題なのは――チキッ♪
「コレは一体何だ? 個別の物理機能はドコに搭載されているというのかね――金平プロセッサー?」
「発案者は私で――」
ヒュゥヴォゥォン――神速で構えられる鉄塊。地味子が黙った。
ふたりのアゴを的確に捉えた鳥足みたいな鉄菱が、わさわさと蠢いている。
それはLMの怒りだか失望だかを、表しているようで――――
「あれ? みんなどうしたの黙っちゃって、そもそもコレ何のパーティ? 僕聞いてないんだけど?」
ここしばらく聞いてなかった、軽薄な声が冷えた室内に木霊する。
「(オマエ違崎、ここ一週間どこ行ってたんだ!?)」
ヘラヘラした顔で寄ってきた奴を、小声で怒鳴りつけてやった。
全く心配掛けやがって!
「あれ、このあいだの小さい子だ。今日は一緒にゲーム大会やろうよ」
小さい子と言われた幼女(通称、綺麗な・大騒ぎ)が息を止めた瞬間。
違崎が――留年生にして圧倒的見習社員であるアイツが――ひょい。
「これって、僕がバイトに出かける前に作ってた、新しい並プロちゃんでしょ? 機能なら、ちゃんと付いてるじゃ無いですか」
バイトだぁ? 聞いてねーぞ! またメールしたつもりで忘れやがったな。
「……その機体に一体、何の物理機能が搭載されてるって言うんだ?」
自虐的だが認めるしかない。今はこの場をどうにか取りなしたい。
情けないが社会人だし、自分のまいた種だ。
「なにって、サイコロ機能ですよ」
中に入ってた餌を全部、手に取ってフタをする。
くるりと回転させた筐体には確かに数字が振ってあるが、ソレは仮組みしたときに造形部――並プロちゃん達の美意識担当の造形部が気を利かせてデザインしてくれただけだ。
ごろりごろろろっごとん。
「ちゃんと転がすと、ランダムに1から6の数字が出るじゃ無いですか?」
あ、コイツ、俺たちをかばうつもりなんかねえ。本気でサイコロ機能スゲーって思ってるだけだ。
「スゲー、サイコロだとう? 違崎ぃ……あ、量子乱数なら!」
「そうですよ緋加次代表! ハードウェア乱数生成器なら修正前の光源チップの性能を確実に、むしろ最大に生かせます!」
どたどたどたがっしゃん――やるぞ地味子!
がしゃがしゃどたどたん――だれが地味子ですか!
俺たちは客の全てをほったらかし、L字リビングの角に簡易的なクリーンルームを作って、中に閉じこもった。
「(ひょえわぁ~~! な、なんだコイツぅ~、宇宙外生命体が居るぅ~、ちょっとまってなんで追っかけてくるのさぁ~!?)」
なんか違崎の断末魔が聞こえてくるが、どうでも良い。どれどころではない。
1時間後完成した並プロちゃん10号機は――
みんなで用意してくれた食卓前での、お披露目となった。
「これが最新型並プロちゃん、〝混沌部〟だ。」
ただ転がすだけで、真の乱数が生成される。
タッチパネルで必要な数値の範囲を指定も出来るし――
「ただただ偏りの無い、正確に無秩序な値を取るだけの物理機能を搭載した――――――いかがでしょうか?」
構造としては〝人造原子模型型原子演算回路〟の〝人造原子模型〟の部分を、メインに捉え直しただけだ。
乱数発生の元となる〝物理的ノイズ〟に、修正前の〝光源チップ〟を使用することができた。
つまり今回の注文には、正にうってつけで――――
「……」
LM女史で有る幼女は質問に対して返答はせず、猫を抱えたまま違崎のズボンをひっ掴んだ。
「……こいつはいくらだ?」
その顔は大真面目で、模型部員達もその迫力に声も出さない。
ひょっとしたら面白がって、見てるだけなのかもしらんが。
教授も思うところでもあるのか、今日はLMちゃんに近寄らずに、ずっと放っといてる。
そういや、あの視線……あの顔つき。前に量子物理学を題材にしたB級映画をみんなで見たときにも見たぞ。
なんか、「おどろおどろしいモノと、かわいらしいモノが混在する必要は本当にあるのか!?」って言って、着ぐるみ型クリーチャーが出てくる度に叫んでたっけ。
…………LMちゃんが抱いてる〝子猫〟か。
なるほど……教授よけに使えそうだ――
「あーうぅん? だめですね。コイツなんてウチの立派で半端な、圧倒的見習社員なんで」
全くもって、不可解かつ不本意でしか無いが、違崎が事態解決の糸口になったのは確かで――局所的に評価できないことも無い。
ひとまず、新型機のお披露目は成功と考えて良いのか?
確かに使い方によっては、〝真の乱数発生器〟はいろんな応用が出来るからな。
「ウチでみっちり鍛えてやらないと、とても使い物には――」
奴にはヴォストーク食品工業の内定が出ている。
「そんなこ――!」
違崎が減らず口を挟もうと口を開けたから、キツく睨み付けてやった。
「――そうです、非売品です。あでも、出向という形でなら、ご相談には応じますけれど……」
まて地味子、状況が全く掴めん。商売っ気は、この場をやり過ごしてからにしろ!
「あーそうそう、非売品で思い出した。緋加次、コレやる」
教授が、遠くから投げてよこしたのは不格好な――電卓がガムテで貼り付けられた……弁当箱か?
「なんすかコレ?」
「オマエ言ってただろう、ウチの最初期のAIに興味があるって、ソレが〝わたボ狐狸A6FEPβ〟だ」
「えええ、これが〝わたボ狐狸〟さん!?」
弁当箱+電卓は、まさかの〝わたボ狐狸〟さんだった。
電卓部分が、プログラムできる関数電卓だったところがせめて……AIっぽい。
「サーバールームが手狭になって、廃棄処分になってたのをもらってきたぞ」
うっわ、あっぶねー。何でも話を通しておくもんだな。危機一髪だったらしい。
§
その後の宴会は、相当盛り上がった。
LMちゃんも〝おから〟と違崎の奴を相当気に入って、又遊びに来ると約束してくれたし。
多分、発注した修正チップは郵送じゃ無くて、LMちゃんが配達してくれるんじゃ無かろうか。
そうだ、違崎の大内定の真相がわかった。
結論としてはデマだった。
大学職員「一度、会社説明会にいらしてくださいませんか?」
違崎「僕はイイですよ、もうヴォストーク食品で働くので(バイトで)」
というような単なるすれ違いだった。
並プロちゃんスナックを提案してくれたヴォストーク食品工業の社員が、たまたま居合わせた違崎を紹介された経緯がある。そのせいで話に信憑性が出たことが、全ての原因。
つねづね、違崎が俺や地味子と会えたことは、ヤツにとって幸運だったとばかり思ってきたけど。
今日のことで、多少考えを改める必要が有ると思えてきた。
よくよく考えたら、あいつがいなかったら俺はヘタしたら、とうの昔に会社を畳んで田舎に帰ってたかも知れないのだ。
それ以前に、会社を立ち上げる程の精神的なタフさを身につけられたのは、落ちこぼれが俺の肩にのしかかってくれていたからかもしれないとさえ思う。
結果的に俺は、並プロちゃんと出会えた。
地味子は、俺の原子回路に出会えた。
それも、量子教授の差し金だったことを考えると、操られてる気もするけど。
その全てに違崎が関わっていたのは、紛れもない事実だ。
連絡を怠ったことに対して……ボコるのはやめておくか。
宴会の後片付けくらいにしといてやる。
§
プルルレリッ――♪
「はい金平……どうした、部長君」
ちょっとした商談の帰り、突然の模型部部長からの通話。
「大先輩。大変お待たせしましたが、模型部全員で熟考を重ねた結果、ようやく並プロちゃん達の製品カテゴリが決まりました」
「えっと、部長君。それ何の話だっけ? すまん忘れた」
「製品というカテゴライズでは、並プロちゃん達が不憫と進言したら、素敵な呼び名を宿題にされたと、ウチの副部長が申しておりましたが?」
「あーあーあー、そういや並プロちゃん達の素敵な呼び方、考えてくれるようにいったかも」
「それで――〝なみがたき〟っていうのはどうでしょうか?」
「ナミガタキ?」
「並盛りの並に、型番の型、最後に機械の機で――並型機です。並列にして横並びの勇。完膚無きまでのストロング・スタンダード・スタイルの体現といった、コアイメージを含んでいます」
「〝製品〟と変わらない気もするけど……並盛りの並に、型番の型、最後に機械の機で――並型機ねえ」
大型中型小型と……特選大盛り大盛り並盛りを足して、ファジィ推論した感じ?
あと何か有るかグレード表現……松竹梅?
――――ヴヴヴ♪
ん?
実演するのに連れてきた〝混沌部(サイの目が有る)〟が、震えた気がする。
カバンに付けたアラミド繊維製の巾着から、巨大サイコロを取り出す。
ヴォーン――――『横になった2』の数字が、『親指を立てたマーク』に変形した。
「お、並プロちゃんは、気に入った?」
基本的に並プロちゃん達は、出力される表現の違いはあれど、全機体で1個の人格を構成している。
『……コチラが弊社の並型機となります。個別の機能ユニットを搭載可能ですが、本体性能に優劣は一切ございません。』
みたいなことになるわけか。売り口上としちゃ……悪くないかも。
「よし採用だ。製品……じゃなくて並型機のパンフレットに使わせてもらうよ♪」
「「「「「「「「「やったぁぁぁぁぁぁx採用fり――――ブッツン!」」」」」」」」」
大歓声後……通話が切れた。
模型部総出で通話してきたらしい。
『親指を立てたマーク』が、今度は『傘のマーク』に変形する。
ゴロゴロロォ――――雨が降りそうだから家路を急ぐ。
量子光源チップは、LMちゃんが今後も格安で融通してくれそうなことを言っていた。
彼女の側でも小ロットの実験用チップを必要とする場合があり、その全てに――実費で――便乗させてもらう形だ。
並プロちゃんの〝並型機〟化は、群体ロボットを製造ラインに乗せる段階で考えなければいけなかった問題でもある。
当然、俺一人の一存では決められない。
なにせ並プロちゃん達の増殖を、俺と地味子の〝個別の技術力〟を必要とせずに、全て自動化するという話にも繋がるのだ。
まだ見ぬ13号機までは、プロトタイプ扱いにするとしても、完成は二年後だろ……郊外に自社工場を持つなら……ピピピ、ピピピ、プッ♪
「俺だけど、あした早めに来てくれるか? 俺たちの今後について、とても……とても大事な話があるんだ!」
「ぅるにゅhfわぁx採用fり――――ブッツン!」
謎の奇声後……通話が切れた。
なんだ地味子の奴、慌てて。
まあいいや明日で。
業務提携先が不自然なのは、いま始まったことではない。
§
「まずは業務提携先を、納得させなきゃな――プレゼン資料を作るか」
帰宅後、軍用コンソール(型落ち)と、弁当箱みたいなのを接続する。
エディタを立ち上げたら〝主幹部〟と〝わたボ狐狸〟さんから、催促のメッセージが飛んできた――コンマ以下で。
完
取り急ぎ最終ハッピーエンドです。
最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。