にじゅうさん/1633435800.dat
巨大質量が――ヒュォォォッ――俺たちを平等に引きつける。
「「「ぎゃぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁxっ!!!」」」
いま俺たちは、コンビニやスーパーの電飾看板よりも高いところから――落下中だ。
このまま地面に激突し、人生が終了するまで十秒もない。
「や、止めときゃ良かった!」
それでもあのまま、あの場所(HD社)にとどまるよりはマシだったけど。
原付でダイブするより恐ろしい目に、確かに俺は有ったのだ。
悪夢の様に、嫌な気持ちだけが強烈に残っている。
冷や汗で全身が包まれる。コレは落下中の恐怖によるモノだけではない。
今際の際に際し、加速していく思考。
辺りを見渡す余裕まである。
四階だった部分からは、剥がれたタイルがバラバラとこぼれ落ち、塵や噴煙が風に流されていく。
勘違いや映像的なトリックでは無く、本当に一階分消失している。
薄れていた前回の記憶が――「っくっ!?」――脳裏に鮮明によみがえった。
もうすぐ地面に落ちて終わりだが、それでも――四方から撃ち込まれたミサイルに粉砕されたあげく、達磨落としに潰される――よりは幾らかマシだろう。
「うぉぉぉぉぉぉぉわぁぁぁぁぁぁああx――――」
「ふぎゃklにrgゅるりょ$jるぁ――――」
二人が見ている映像は、並プロちゃんが旨いこと視界を調整してくれているはず。
でも、それだって最低でも2階分の高さはある。怖くないわけがない。
コイツ等、俺の言うこと真に受けて、よくもこんな危険に身を投じたもんだな。
――――キュラッ!
一瞬の抵抗。ソレは空気抵抗なんて優しいモノでは無く。
確実にタイヤが空中でグリップした。
目の前を浮かび上がる足場。
ソレは配送ドローンだった。
落下速度が最高速になる前に、まずは重力を殺したのだ。
さっき並プロちゃん一式を、跳ね上げたのはコイツだったらしい。
俺たちを一瞬支えた最大出力が、ドローン機体を上空へすっ飛ばす。
――――バゴンドカッ!!!
打撃音に続く、ぐわっしゃぁんという破壊音。
見上げれば金属棒(実体のある立体映像)がベランダから飛び出し、ドローンを粉砕していた。
来た。教授がHD社に居る。
ドゴッギュルルッ――――再びタイヤが何かを踏みつける。
地面に落ちるには、まだ早い。
ギャリリリィィィィーーーーーーッ!?
原付バイクは何かの上を――斜めに滑り降りていく。
叫ぶ違崎、俺も叫ぶ。地味子は声も出せない。
足下から黒光りする鉄柱が生えた。
コレは――建築用のクレーン車か?
一週間くらい前から、近所の駐車場を占拠してたのが確かに居た。
コンビニに行くのに通り抜けられなくて、ムカついたっけ。
――――プィプププピー♪
視界が朱に染まる。
ロックオン照射の警告表示だ。
さっき思い出した悪夢の中で俺たちは、警告直後に必ず木っ端微塵にされてた。
マンション五階(現四階)のベランダ。HD社をふたたび見上げる。
バッシュルルルルルルルルッーーーーーー♪
四階フロアを、まるごと全部吹っ飛ばしたロケット弾。
恐らく、普通じゃない威力を秘めた特別製が、ベランダから発射された。
噴煙の向こう、手すりから身を乗り出す白衣。
搭載された誘導装置が、原付バイクのエンジンを正確に追ってくる。
ロケット弾(いや、小型とは言えホーミング機能付きの、これは立派な誘導ミサイルだ)を、こんなゲーム機一つでたたき落とす自信はねえけど、チャンスがあるだけめっけもんだ。
たしか、緊急時ロックオンカーソルの出し方は――前回の巨大重機戦で覚えた。
そう、謎アプリは謎のままだが、6号機の物理的機能である〝光音響力学アレイ(仮)〟が使用可能だ。
地味子が並プロちゃんに搭載した〝緊急時戦術プロトコル〟の発現によるモノで目下一切合切解析中だが、今は使えりゃそれでイイ。
「EW特科部、たのむぞ!」
ゲーム機のアタッチメントを改造して作ったサイコロホルダーは、しっかりと緑色のサイコロを背面につなぎ止めている。
そして、首からネックストラップでつり下がる、もう一つ。
その四角い黒箱を見なくても、作動中ランプが凄まじくチカチカしているのがわかる。
ケーブルで繋がれた攻撃機能と射撃管制機能が、アプリを介してリンクしているのだ。
ゲーム画面の中でも『6』と『7』のアイコンが交互にゆっくりと点滅してる。
〝光音響力学アレイ(仮)〟ってのはひとことで言うなら、〝亀裂を生じさせる原理〟だ。
根幹となる基礎理論は地味子に聞いたが、完全には理解できていない。
ソレでもとにかく、あのロケット弾の近接信管を物理機能で壊さないと、こっちが壊れる。
航行システムに使われてる熱光学処理系チップか、直接、航行AIをクラック(物理)するんでもイイ。
『シーイング:良好(7/10) 有効射程200㍍』
シーイングてのが、大気中の揺らぎ。
アプリ表示に寄れば、この攻撃機能は有視界、つまり天候に左右されるっぽい。
QTE(画面に表示されたボタンを即座に押す事でクリアできるゲーム)の要領で、照準を真っ白い棒にあわせる。
大まかな照準以外は、すべて画面に表示されるボタンをタイミング良く押すだけ。
タイミングは結構シビアで、失敗すると再入力するボタン数が増える。
簡単だけど難しい――ゲームとしちゃ結構いい線いってるかもな!
『シーイング:不良(2/10) 有効射程20㍍』
急激に視界が悪くなった。
射程がいくらあったところで実際の有効作動範囲はとても小さいから、届きさえするなら問題ない。
重要なのは精度で、その誤差を埋めるための演算を――並プロちゃんが頑張っている。
演算上のボトルネックである不確定要素には、俺がQTEで対処する。
この場合の不確定要素は……ビル風っていうか……フロア丸ごと食われた余波との戦いだ。
ボタンを押すたび短くなる有効射程。
十回程度の演算補正で、真っ白い棒の先端をつかんだ。
トリガーを半押しする。
その中心、小さな『+』から黄色い球形が広がってく。
アレは、なんか危ない影響を受けるって話だから、バイクに届く前に――
トリガーを全部引いた。
影響に巻き込まれる距離(球状内)だが、仕方ねえ。
――――ボッシュ!
白煙が止まり減速する、誘導ミサイル。
先端部分はミラーコーティングされた半球状。
細長い胴体中央には六角柱の本体が、食べ残した焼き鳥のようにくっ付いてる。
推進力を失った焼き鳥が、空気抵抗を受けて失速――――ロックオン照射を告げていたアラームが消えた。
ヒュルルルゴガッ――――ヒュボボボボボボガガガァァァァァァァァンッ!
追撃していた誘導ミサイル2発目が1発目に激突。
二発のミサイルが攻撃力(当たり判定)に変わった。
「ぐわぁ!」
――むき出しの手や顔に、ぶち当たる!
耳を劈くような轟音も熱も破片も、まだ生きてる証拠だ。
「うぉわぁ!」「きゃぁぁ!」
二人もちゃんと生きてる!
コンビニ看板のオレンジ色が、視界の隅を駆け上った。もう地面に落ちる。
脳内物質によるクロックアップも時間切れらしい。
こりゃ死ぬな、間違いなく。
原付ダイブなんてやめときゃ良かったが、もう遅い。
――――ゴアァァン!
爆発は続き、視界が無数の破片で埋め尽くされる。
ギュキュリッ――――バイクのタイヤがグリップを失った。
足場の鉄柱が黄色に変わる。
旋回する俺たち。
目の前を街路樹や、山積みの建築資材や、工事車両が流れていく。
っきゃぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
ううわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
うるせえと思ったけど、こりゃ一番うるせえのは――――うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
――俺の声だ。
前にもこんな事無かったか?
もうわからねえ――――ゴガッシャン!
建築用クレーンの荷台(?)に激突し、投げだされる原付バイク。
どっちが上か下かももうわからねえし、俺はメット無しで地面に叩きつけられた。
痛かったのは一瞬で。
鈍い。ただひたすら鈍い。
でも、この感覚に覚えはある。
なんだっけ?
筋肉痛か――それとも寝違えて首筋を痛めた時の痛みか?
そんな重い感覚で全身が覆われている。
首を動かそうとすると、こむら返りが首筋を襲う。
息を吸っても、肺を寝違えた様な痛みが駆け回る。
鈍く重く、脳裏は取り返しが付かない焦燥感にさいなまれる。
到底元通りにはならない形状変化に対する後悔だ。
ただただ、地面を見つめる。
配管やタイヤやコンクリブロック、靴やメットなんかが散乱している。
シュドドドドォォォォォォォォ――――ッ!
ヒールの先から噴射。
地上に降り立つ白衣。
手にしていたロケット砲を投げ捨て、カツコツコツカツ歩いてくる。
「どうした緋加次。ココがオマエの墓石記号か? QIDコード見せてみろ――――」
あーダメだな。残っ念ー♪
向けられる十字キー。
一面のオレンジ色。
この後のことは、俺は覚えていない。
░
全身の感覚が無く、かろうじて動いたのは左手だけだ。
ゲーム機はどっかいった。
首から提げた〝サイの目がないサイコロ〟を必死につかむ。
ソレは、鏡面仕上げのサイコロだった。
血みどろの手に掴まれても、どういうわけか血痕ひとつ付かない。
綺麗に周囲を反射している。
映し出された鏡の世界に、なぜか俺は居ない。
遠くの方の植え込みに突き刺さるバイクは、ちゃんと映り込んでいる。
そっちに駆け寄る工事現場作業員たちも、鏡面に反射している。
キュゥィィィ――カシカシカシン♪
箱が静かに、複雑に開く。
まるでバラの花――厚みがあるから松ぼっくりか、サボテンみたいだけど。
その開いたつぼみのような、開いた箱の真ん中。
突き出されたのは小さな押しボタン。
ソレには四角い図案が刻印されている。
『並』と書かれた極太のゴシック体。
地味子が並プロちゃんのコスプレをしたときの、ネクタイやタイピンにあしらわれていた漢字一文字のロゴマーク。
このサイコロは何だ?
MR実行部は、どこ行った!?
こんなサイコロは見たことがない。
夢だな。夢だ夢。
躊躇せずに、ボタンを押した。
ぐらり
首の動力がカットされ
頭を地面にぶつける
もう鈍さは感じない
ぶつけた反動で
目に血が流れ込んできたた
網なにもき声な石
なに籾えない
このあ殿ことは
おれはおぼえ丁ない
§
「――――――並――――列プ――ロジェクト[未設定]5847389Ttr:v0・001・0015999553/r13――――感あり。〝未設定〟の量子ネットワーク接続を確認。正常に起動を確認後、強制的に切断されましたぁ♪」
騒々しさで目覚めた目に飛び込んできたのは、半壊した自宅兼作業場。
だけど、さっきまで見てた夢よか、だいぶマシだった。
地味子も違崎も原チャリも全部無事だし、なにより俺の首が曲がってねえ。
つうか――なんで違崎のバイクが置いてある?
部屋の隅を正確に跳ね続ける金属棒が、目に入った。
ありゃあ、教授が回収して弾丸代わりにした、物理解像度の立体映像だろ。
なら教授は、まだココに来ていない。
けどなんか――バチッ、ゴン、ゴヂィッ、ヴァリッ♪
金属棒の破壊力が増してる気がする。
ぶつかる床や天井部分が白熱して今にも爆発しそうだし、荒れ狂う放電がノイズをまき散らし透明部分を拡大していく。
どうやら部屋のこの有様は、桁違いに高出力になった金属棒の仕業らしい。
なんで出力が増してるのかは、わからんが……。
ソファーから跳ね起きて、自分の体を叩いて確認する。
痛てえけど、ソレはいま叩いたからで、それ以上の痛みはない。
奥の部屋に駆け込む。
希少酒もホームサーバーヘの階段も、ちゃんと有る。
壊れてないし消えてないし、ボタンを押したらちゃんと中二階になってるサーバールームへの通路が開いた。
これも夢か? いや違う。唯一動いた左手で、鏡面仕上げの見たことのないサイコロをひっ掴んだのはついさっきだ。
通路側の小窓に駆け寄る。レース地のカーテンを開けると、見慣れた隣の建物の貯水タンクが見えた。階下を達磨落としにされてたら、この見え方にならない。
――――ヴッ♪
音にならない音。指の付け根が震える。
左手人差し指に、いつの間にか指輪がはまってた。
デザインは、教授のをマネして付けてる地味子の3Dマウスとほぼ同型。
『並』のマークがスタンダード感を強調している。
この明らかに並プロちゃん絡みの指輪を、誰かにもらった記憶は無い。
サーバールームの入り口に座り、遮光ゴーグルを掛ける。
「並プロちゃん、居る?」
「もちろん居ますわぁー。先生、どうかなさいまして?」
並プロちゃんの発声処理が、滞りなく行われている。
少なくとも今ココには、並プロちゃんが9体居る証拠だ。
「うん、コレさ。この指輪デバイスって、誰からもらったかわかる?」
手のひらを何度かひっくり返してみせた。
ヴォン――ジジジ。
遮光ゴーグルのフレーム横に付いた外部カメラの映像が、一瞬ぶれてから自動的に同期される。
「あら代表。フツウちゃんとペアリング――ですのぉ?」
イヒヒというニュアンスが語尾に張り付いてる。
さすが肉声。感情の機微を解像表現できているな。
「並プロちゃんも知らないのか。じゃ、プロパティ見てくれる?」
並プロちゃんの来歴にないって事は、ソレがオカルトか超常現象で有る証拠だ。
じゃなければ、あるひとつの仮説が浮かび上がる。
『5847389<未設定>Ttr:v0・001・0015999553/r13』
並プロちゃんがゴーグル映像に表示してくれたのは、指輪デバイスのベンダーID、つまり製造元だ。
それは見慣れた番号で、見間違えることはない。
それは並プロちゃんを表すノード番号。
ただし、そのリビジョンナンバーがおかしい。
俺たちヒープダイン社は、まだ9体の並プロちゃんしか制作していない。
全部でひとつの人格を構成する、〝並列プロジェクトⓇ〟。
物質的な端末としては7機体存在している。
「並プロちゃん、勝手に増えた?」
「失礼な。私わぁ、ラクトバチルス菌でわ御座いませんでしてよ!」
怒られた。何たら菌てのはベランダの鉢植えに地味子が突き刺した有機資材の名前と同じだ。
「タイムノード――私の睡眠中に擬似的な作業領域として、割り当てられる仮設の量子ネットワーク単位が御座いますけれど、ソレでしたら丁度、仮定13号機をつい先ほど記録いたしましたわぁ~♪」
タイムノードクラスの設計は俺がした。けど使い道が設計思想と、まるで違ってる。
使い道はすでに地味子博士の管轄だし、いまは気にしないでおく。あと、なんでか自慢げなのも放っておく。
「うーん。さっきまで量子教授に追っかけ回されて、何回も死んでたんだけどさ――並プロちゃん達は覚えてる?」
根本的なことを確認しておく。
「そんなの――覚えているに決まってるじゃありませんの」
「ははっ――――よし!」
乾いた笑いが口から漏れた。よし、事態は〝目下解明中〟だ。ソレなら良い。
並プロちゃんにまで、俺の夢の話を最初から説明する羽目にならなくて良かったー!
「――徹夜で遊んだ、『ひーぷだいん™ VS しんぎゅらんⓇ』の事ですわよね?」
まてまて台詞を足すな。徹夜で遊んだ? 謎アプリで?
視界隅の顔アイコンが、ぷるりと震え――チキッ♪
ソレは携帯ゲーム機の通知音。
反射的に腰のスコッシュから、ゲーム機を取り出した。
カシ――チキッ♪
起動したゲーム機のメニューから、ブリンクしている【セーブデータ管理】を選択する。
ソレはゲーム『ひーぷだいん™ VS しんぎゅらんⓇ』のセーブデータ。
表示された大量のサムネイルが、忘却していたゲームオーバーの記憶を甦らせる。
サァァァァァァァァァァァァ。
血の気が引いていくのがわかる。
セーブデータは42個有った。
4ページとちょっと。全部のサムネイルが、ソレが現実に起きたことだと言っている。
けど、誓って俺はゲームじゃねえ。
全身が鈍さで包まれていく。
「な、並プロちゃん、シ、『シーンデータを読み込みました』ってわかる?」
「何のことかしら? 昨日、フツウちゃん達がプレイしてたストラテジーRPGぃー?」
肉声による声色に、不自然はない。
セーブデータから直接、謎アプリを起動してみる――カチッ。
いけね。指輪だと、ゲーム機を掴んだときにグリップ部分を傷つける。
地味子や教授は、どうしてんだ?
俺も違崎も指輪なんて、しねえからな。
ピッ♪
どういうわけか謎アプリは起動しなかった。
『該当アプリは未インストールのため起動出来ません。
ストアからデジタルコピーを購入して下さい。』
なんて表示が出るだけで検索しても出てこない。
セーブデータだけが存在し、新着情報としてゲーム機のシステムに捉えられている。
くそ、どうする!?
限定ゲーム機に付いてきた開発アプリを介せば、セーブデータを直接見ることくらいは出来るだろうが。
俺はひとまず指輪をハズそうと、力を込め――外れない。
『並』ロゴに指を引っかけて力一杯引っ張ったら――。
シシシシ――――ッチ♪
ゲーム機の作動ランプが、虹色にまたたいた。
『現実行環境に_PID000・000・001が接続されました』
見慣れない識別IDのリンク確立を、ダイアログ(小)が知らせてくる。
『('_')¹³:やっとつながった!』
ダイレクトメッセージが視界の隅に表示された。
その顔アイコンには小さな数字が付いていて、それは13番目を意味していた。




