にじゅうに/1629561600.dat
『該当オブジェクト【138A5746TTT35r211】への接触警告』
目の前のコンクリ片に手を延ばしたら、途端に警告ダイアログがでた。
ココは地上、十数メートル。
周りは瓦礫と噴煙。
離れたとこには、逃げてく鳩が浮かんでる。
眼球と指先は、自由に動かせた。
力をこめると、首もどうにか曲げることが出来る。
「ふーっ」
ひとまず生きちゃいるが、どうしようもねえな。
足場が無けりゃ、たとえ動けても何も出来ねえ。
視界正面はマンション上階。
下を見れないのは、正直助かった。
見えてたら、こんな冷静じゃ居られなかっただろうからな。
深呼吸を二回。
マンション五階の高さから、いまにも落ちようとしてる人間の態度としちゃ立派なもんだろ。
警告表示をじっと見てたら、追加のポップアップガイドが飛び出た。
『【コンクリート片】
触れるとタイムラインの更新により、オートセーブされます。』
さっきまでの表示よりは、多少わかりやすくなったが――
オートセーブ……どういう意味だ?
意味はわかるが――わからん。
わからんが――俺のプレイヤーとして培われてきた感覚からすると、今の状況でオートセーブは無しだ。
まさに死にそうな今こそ『セーブ』にすがるべきかもしれないが、ゲーマーとしての勘が危険を告げてくる。
「(並プロちゃん! 居るのか?)」
返事は無く、声は何でか出なくて、ガイド表示がもう一個飛び出た。
『タイムライン表示中は、発声並びに音声認識機能は使用不可能です。』
〝発声〟が――使用不可能?
音声認識機能が使えないのは、ゲームアプリの都合だろうから、まあわかる。
けど【俺】は――ゲームじゃねぇぞ!?
「(違崎ー! 地味子ー!)」
アゴが動くだけで、言葉は出ない。
首を振って顔面を必死に蠢かせる。
ゴーグルを外そうとしたら、また警告が出た。
『現実行環境への再接続が不可能になりますが、VRHMDデバイスを外してもよろしいですか?』
よろしいですかと訊かれたら――なんか怖い。
遮光ゴーグル外すのは一番最後だ。
外したが最後、時間停止が解除されて地面に落ちて――即死なんて事になりそうだし。
そもそも、外したら二度と装着できそうにない。危ないところだった。
首を回して周囲をチラ見するが――やっぱり体はろくに動かねえ。
指先に全神経を集中させる――グリグリグリン、クリック♪
左手でゲーム機を掴んでいたのは、めっけもんだった。
プレイヤーがカーソルを動かせなけりゃ、即ゲームオーバーだからな。
いま最優先すべきは【セーブ機能】の確認だ。
簡易ARグラスでもある〝遮光ゴーグル〟に表示されてる映像は、『ヒープダイン™ VS しんぎゅらんⓇ』によるものだ。
ゴーグルを通した視界とゲーム機からの映像が、合成表示されている。
視界最下部に横たわるのは、タイムライン表示。
動画再生中によく見るヤツだ。
横棒の最後に表示された長さは、【03:00:00】。
現在の再生箇所は、【02:23:11】。
残りの再生時間は……約37秒。
ブルブル震える⏸を解除したとしても、その間くらいは生きていられそうではある。
――違うな。むしろ37秒後に、俺ぁ死ぬのか?
……ポーズ解除も最後だ。
ゴーグルをハズして外の状態を肉眼で確認するのは、その更に後、それこそ死ぬ間際でイイ。
「(そもそも、何なんだよ! 演算複合体ってぇのはぁ!?)」
声にならない声をだす。
俺は量子教授の襲撃に遭い、地上5階のヒープダイン社から吹っ飛ばされた。
怪人じみた蟹挟み攻撃か、ひょっとしたら手製のガス爆弾みたいなモノでだ。
すっげームカつきゃーするが、彼女が恩師であることに変わりは無い。
教授はありとあらゆる方面に対して破天荒だが、決して悪人では無かったのだ。
ついさっき正体を現すまでは規格外に面白いだけの人物で、あんな怪人まがいの大悪党には見えなかったし。
ディスクリート量子の名刺と同じく〝個別の情報統制〟により隠蔽されていたのだとしても何らかの、のっぴきならない理由があってしかるべきで。
万が一、『排他処理請負』という名刺の肩書きが全てだとしても、弁明くらいはきいてやる。
どうにかして俺が生き延びる事が、彼女の為にもなる。
携帯ゲーム機のパワーボタンで出るメニューから、セーブデータ管理画面に入れるはず。
――グリン、コココ、カコン♪
「(入った)」
『ヒープダイン™ VS しんぎゅらんⓇ SAVE DATA』
ゲームタイトル下にリストが並ぶ。
セーブデータは二個あった。
一つは二分前。コレはオートセーブ。
もう一つは、電気街巨大重機暴走事件、当日。コッチは手動でセーブされている。
俺が生きていようがいまいが、コレが夢だろうが現実だろうが、今ソレは重要じゃない。
もしも夢なら、生き延びてから目覚めりゃイイし。
現実だってんなら、なおさら生き延びて――そうだ、ゲーム機と希少酒の請求書を叩きつけてやらなきゃならなかった。もちろん社屋の賠償金もだ。
セーブデータにカーソルを合わせる。
コレがゲームなら、過去の二カ所に戻ってやり直しが出来そうだ。
地味子が大好きだと言ってくれたヒープダインを元に戻せるなら、俺だって戻したい。何より俺の命もかかってる。
「(それにしても……)」
ググググッ、ワグ、ワワワッ――――!
各種ダイアログの奥で、青色のアイコンがチラチラと見え隠れしている。
一度、タイムライン表示に戻す。
見た目は、普通の動画プレイヤー。
画面下に再生バーがあって、今はポーズがかけられた状態。
ただ、そのポーズボタンの挙動が異常だった。
このままほっといたら、この⏸ボタンは死ぬんじゃないかってくらいの、断末魔感。
画面の全部を占める程に肥大し、ブルブル震えて自己主張してる。
だれだよ、このGUI作ったのは――並プロちゃんだな……造形部である3号機の自画像が脳裏に浮かぶ。
もう一度、視線をさまよわせ「(並プロちゃん居ないのかっ!?)」と呼びかけるも、並プロちゃんはゲーム画面にもカメラ映像の中にも、どこにも居なかった。
おれはパワーボタンに指を置き、不測の事態に備えつつ――
ポーズを解除した。
――――ただし、レバーは左に入れっぱなしで。
爆発しそうだった『一時停止』が小さくなって消えた。
タイムラインが『巻き戻し』に切り替わる。
――――ッグワッワワグ♪
風をきるような効果音。
目の前に迫ってた【コンクリ片】が、遠のいていく。
駄目元で操作したレバー入力が、うまい事作動した。
セーブデータの存在を確認できた事が、一か八かの大勝負に打って出る勇気につながった――――ッグワッワワグ♪
戻ってく戻ってく――――あ、ちょっと待て!
視界の隅に、足の長いヤツが湧いて出た。
違崎だ。
例の【オートセーブされる警告】を背中に貼り付けている。
タイムラインは――【02:19:03】。
もっとだ、もどせもどせ。全部が元に戻るまで。
携帯ゲーム機の小さなレバーに、ぐっと力を込めた。
俺の体は、吹っ飛ばされる元の位置。つまり部屋内部へ引き寄せられていく。
マンションのベランダが、一気に迫った。
右側から寄ってくる違崎の顔が蒼白だ。
崩れたベランダの手すりが、違崎の体に吸い寄せられ、元通りになった。
鉄筋入りのコンクリを体で粉砕したら、そりゃ歯を食いしばりもする。
ひょっとしたら、さっきまでは気を失ってたのかもしれない。
そしてベランダ西側に、騒々しいのが姿を現した。
自走カートに、必死にしがみつく女性だ。
髪を振り乱し、メガネは無くなってて、胸元がはだけたりしてる。
良く言うならスレンダーな体格。ありゃ間違いなくウチの客員研究者だ。
ひとまずの無事に――無事かどうかはまだわからねえけど――俺の顔もほころぶ。
「なに笑ってんのよ!」
上下逆さまになって、今度はベランダの手すりにしがみつく客員研究者(業務提携先)。
ベランダに着地したカートから、何かを取り出し投げつけてきた!
「あっぶねっ! なにすんだ地味子!」
あまりのアグレッシブさに――声が出た。
地味子が投げたソレを、反射的にひっ掴んだ。
即座に鳴り響く警告音。
警告音はオートセーブによるモノで――画面の隅でセーブ中を表す、リングがクルクル回転してる。
セーブが終了する。
一瞬の間があって、オートセーブした箇所から、再スタートするタイムライン。
――――ドガァァァッァァァァァン!!!
うっわっ!?
どーすんだよコレ、もうちょっとで、元通りに巻き戻せたのに!
アイツらの顔を見て、ホッとしてレバーから手を放したのが敗因だ。
全部が、もう一回、外に吹き飛ばされた。
吹き飛ばされながら、さっき地味子が投げてよこしたモノを見た。
ソレはケーブルを尻尾みたいにはやした、MR実行部だった。
「はは、最後に並プロちゃんと話せて良かった――なんか言え」
開いた黒い箱は何も言わず、安全強襲ライフルを俺に向けてぶっ放した。
⚠
『シーンデータを読み込みました』
は? なんかそんな声が聞こえた気がしたが、今はソレどころでは無い。
真っ暗な玄関先に、教授が立っていたからだ。
ヒールのままズカズカと入り込み――――チキッ♪
応接セットの俺たちに、銃口のない立方体装置を突きつける。
俺は、破天荒量子物理学者に向かって、両手を挙げた。
俺に倣う、違崎と地味子――キュイッ!
並プロちゃんの機械腕が上がる音も聞こえた。
安全強襲ライフルを構えたのが、見なくてもわかる。
「待ってくれ量子教授。いや――ディスクリート量子!」
俺は立ち上がり、シリアス顔の破天荒量子物理学者に向かって、先手を取った。
訝しむ、白衣の女性。
「デバッガを渡してもらおうか?」
俺は、まだ聞いてもいない事を覚えていた。
白衣姿の破天荒が静止する。
「うん? 緋加次……オマエ」
白衣の袖から飛び出した、片眼鏡タイプのARグラスを、一瞬で装着。
そのグラスごしに、凝視された。
「どーしたんすか?」
「なにか面白いモノでも、ありましたか?」
寄ってくる見習社員と客員研究者。
このふたりに、さっき教授に攻撃されたときの記憶があるようには見えない。
「てめえー、金平緋加次! ハッタリなんざ、三分早いわぁーーーーーーーーっ!」
激高する物理学教授。フルネームで怒られたのは久々だ。
なんか知らんが俺の顔をじっくり見ると、ハッタリを見破れるらしい。
ヂッ――――ゴッバァァァァァァァァァァアアゴゴゴガガバゴンがぁぁん!
再び大爆発する、リビング兼ヒープダイン社。
爆発の瞬間、後ろに飛び退く教授の手が小さく光ってた。
3Dマウスにもなるリングで、ARグラスへのコマンドを指示したんだろう。
怪人化する素振りも無かった。
今度は、ゲームアプリを起動して無かったから、怪人化しなかったのかも。
本当に改造怪人に、変身するわけじゃねーだろーしな。
いやまて――今度? 今度って何だ? なんだっけ?
さっきまで覚えていた、カニ怪人と化した破天荒物理学者のシルエット。
縁取りされたゲーム機のプレイ画面が、脳裏から消えていく。
「えーっと――なんか言え」
地上五階の空中に放り出された俺は、手にした黒い箱に話しかける。
黒い箱はさも当然のように、安全強襲ライフルを俺に向けてぶっ放した。
⚠
「あれ? いつの間にか、起動してる」
何でか持ってた携帯ゲーム機の画面を見た。
『ヒープダイン™ VS しんぎゅらんⓇ』
それは重機襲撃事件以降、どれだけ探しても見つからなかった必殺のゲームアプリ。
「ほんとだ、僕も起動しよ」
違崎が目の前を横切り、自分の荷物を置いた作業台へ歩いて行く。
STARTボタンを押し、表示されたゲーム画面を見つめた。
表示されてるのはゲーム機背面カメラ映像に、何個かのダイアログやアイコンが重なっただけのモノだ。
何の気はなしに、コントロールレバーを操作する。
巨大重機を倒したロックオンカーソルじゃなくて、動画再生の時にでるバー表示みたいなのが、下に出た。
――キュルキュルルルッ♪
再生タイムラインが【00:32:08】のあたりから、倍速になった。
すると不可解な現象が起きた。
目の前を違崎が、凄まじい勢いで行ったり来たりをし始めたのだ。
いやいやいやいや、怖いもの知らずの必殺アプリにだって、出来ない事はある。
いくら実体と見まがう臨場感があっても、ゲーム機に表示出来るのは映像でしかない。
光学的レトリックが物理法則に介入し、時間を早回しすることなんてありえない。
巨大建造物や敵の航空母艦を破壊しろってんなら、いくらでもこなすだろうけど――
――キュルルッ、ぎk、キュル、ぐわsルルルッ♪
けど――違崎は間違いなく、倍速で動いている。
パントマイムやダンスの達人でも、こんな動きは不可能だ。
振り返ると、地味子まで、倍速で俺に文句を言っている。
早すぎてなんて言ってるかは、聞こえないけどわかる。
「ズルい! 自分だけそんな面白そうなモノ、独り占めして」とかなんとか言ってる。
5号機、6号機は地味子の設計製作で、俺はノータッチだろーが。
軍事転用可能な機能特化型ロボット。
ソレを定格稼働中に使える神アプリ。
オマエがもう、神なんじゃねーの?
時間を操作するアプリなんて、明らかに普通じゃねー!
L1ボタンを押した。
通常速度で再生される違崎と地味子。
こっちの画面をのぞき込む違崎に、俺の肩が触れた。
『【違崎 海流】
触れるとタイムラインの更新により、オートセーブされます。』
なんかの警告が出た。
即座に鳴り響く警告音。
「「うわっ!?」」
俺から飛び退くふたり。
警告音はオートセーブによるモノで――画面隅でセーブ中を表すリングが、クルクル回転して消えた。
「ケーブル繋いだだけですよ!? こ、壊してないよね?」
「壊れたかも。アプリがコピーされないわよ……?」
いつの間にか有線ケーブルで繋がれたゲーム機を構え、俺を見つめるふたり。
この携帯ゲーム機は有線で接続した場合、同じアプリがコピーされる仕組みになっている。
「(おかしーな)」
あれ? 声が出ねえ。何故か脳裏に浮かぶ大爆発。
そんな事をやっていたら、又ヤツが――
破天荒量子物理学者が――
玄関口から――――
✦
「おい違崎、俺は今――なんて言った?」
背中をつたう汗。
記憶があやふやになっていく。
まるで夢の中で――夢を見ているようだ。
「『いいか、わすれるな。五分以内に原チャリで時速50㎞で空中に飛び出せ』って言ってましたよ? ――いまやってる映画かなんかの話ですよね?」
青い顔の見習社員が、すがるような目を向ける。
「いいや、映画の話じゃねーぞ。そう俺が言ったんなら十中八九、ソレしか生き残る道がねえ――はず」
俺は『ひーぷだいん VS しんぎゅらん』アプリを操作し、ターゲットアイコンを表示させる。
MAP表示されてるのは、この辺の地図。
オレンジ色の三角を頭に載せた……蟹?
蟹っていうか……蟹頭人間みたいなシルエットが、コッチに近づいてくる。
カーソルを載せると、『玄関以外から脱出せよ! パーフェクトクリア条件/初速50㎞/h以上』なんて、やりこみ条件がポップアップした。
「マジかーー!!」
並プロちゃんが「マジですわぁー♪」なんて呑気な相づちを返す。
天を仰ぐ俺。客員研究者が身をこわばらせたのがわかった。
HvSは出自不明の謎アプリだが、ソレを使用可能にしたのは並プロちゃん達で、並プロちゃん達を設計製作したのは、他でもない地味子客員研究員だ。
稼働状態経過による解析不能領域増大。その発露が謎アプリなのだとしても、その性能を裏付ける論理は彼女の中で確立している。
「でででも違崎君の原付は、地下駐車場に置いてあるのよね?」
ガクガクと大きくうなづく原付オーナー。
夢の中とはいえ、こんな突拍子もない事を、コレだけスンナリと聞き入れるのは――やっぱり夢だからなんだろう。
「大丈夫、並プロちゃん手はずは?」
俺は玄関ドアを開け、ストッパーをかけた。
「チリバツですわぁー♪」
答えたのは、玄関先まで付いてきた自走カート。
キュルルルゥーーゥゥゥン♪
玄関から入ってきたのは、無人のバッテリー型バイク。
カウルに貼られた並プロちゃんステッカーが、少し痛い。
ウゥゥゥン、キュ――!
器用にハンドルを動かし、自立している。
エンジンキーにはケーブルが接続され、シート上空30センチに浮かぶ配送用ドローンに繋がっている。
ドローンの網籠に収納されてるのは、黒い箱。
サイの目は無いがサイコロ型。レーザー彫金で並プロちゃんイラストをぶっ放す、ちょっとニヒルなトリガーハッピー♪
緊急時制動用の車載プログラムをハッキングしたのは、並列プロジェクト™7号機である『MR実行部』だった。
「とぶ、ぶぶぶ? こここここ、これで?」
俺だけじゃ無く、並プロちゃん達まで飛ぶ算段を進めた事に、動揺を隠せない見習社員。
「スグ忘れちまうから手短に言うが、教授が来る。そしてコッチを殺す勢いで攻撃してくるぞ。残念だが本当だ」
ガチャリッ!
俺は後ろ手に、玄関の鍵を掛けた。
ピピッ――カシカシッガゴン。気休めだが、厳重にロックしておく。
「じゃ、じゃあ非常階段で逃げましょう。ね、代表?」
「ムリだ。全ての経路を――試した。ヤツはダメな恩師だが……敵に回すと高性能でやっかいだ。全部先回りされるっていうか――された」
ゲーム機を操作し、41個にもなるセーブデータ画面を見せた。
大抵は爆発してるサムネイル。けど中には、一面血みどろ(たぶん俺たち)とか倒壊するビルなんかが映り込んでるのもあった。
粉砕された並プロちゃん一式に手を伸ばす俺――の襟首を鬼気迫る表情でつかむディスクリート量子なんてのもある。
「じゃ、じゃー、防災ハッチから下に逃げるのは?」
「地味子の配送用ドローン一台潰してもイイなら……試してみてもイイが?」
「は、はい。いまコッチに二機来てるので、一つくらいかまいません!」
俺は、おぼろげになっていく記憶を頼りに、中継機能付きのモバイルルーターを結束バンドでドローンに取り付けた。
「で、出来た……ぞ!」
手先の器用さは見る影もない。
膝も肘も気を抜くとカタカタ暴れ出す。
刻一刻と死が迫る実感だけが募っていく。
「並プロちゃん、頼む」
「はぁーい。下へ参りまーすぅ♪」
カチャ、ガラララ――――ガッシャン!
配送ドローンの小さな機械腕が、器用に防災ハッチを開いた。
寸足らずなハシゴが下に伸び、ドローンは階下に消えた。
その直後――――――――――――バッシュルルルルルルルルルルルルルルルルゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
まるでロケット砲みたいな長い音。
ボッヒュッルッ――――――ドドドドゴゴゴゴガガガガアアアアアアア――――――!!!!!!!!!!
ベランダだけじゃなく、東窓、トイレの明り取り、玄関ドアのスコープに至るまで。
全部の空が、赤く燃え上がった!
――――――――ギュギギギギギギギッィィィィィィィッ――――――全部の空を噴煙が覆い尽くした頃。
ドドドドドドドドズズズズズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥぅン!!!!!!!!!!!!!!!!
俺たちは跳ね上がり、落下した。
とっさに原付バッテリーバイクにしがみ付いてなかったら、死んでたかもしれん。
噴煙の晴れたスキマに、さっきまで見えてなかった看板が見え隠れしている。
たぶん下の階が、ワンフロアまるごと消失した。
「あー、【フロアイーター】ってそういう――」
そう、ヤツは俺達が階下に逃げ込んだとみるや、ロケット砲&解体用設備を使って、一階分まるごと〝達磨落とし〟にしやがったのだ。
遠くからとどく阿鼻叫喚。
けたたましく鳴り響くサイレン音は、廊下の多機能警報装置が震度5以上の揺れを感知したからだろうか。
「大丈夫。たぶんだけど死人は出ねえ……ハズ」
ゲーム画面、右上を見た。
『死傷者/0人
残機 /3人』
「――ただ俺たちは、その中に入ってねーんだ」
「こ、ここここここ、コレ量子教授がやったって言うんですかぁ!?」
しがみ付くな地味子。もう俺だって、いろいろ許容量突破してんだ。
「先輩、いくら何でも信じられませんよ。はは」
そう言うな後輩。俺だって、全部信じてるわけじゃねえ。
並プロちゃんが強制的に、安全強襲ライフルでリセットしてくれなかったらとっくに、夢だと思って諦めてる。
『シーンデータを読み込みました』っていう天の声も、いつまでも続く保障はない。
「とにかく俺は飛ぶぞ? 時速50㎞で外へ飛び出すしか道がねえっつうか、それ以外は全部試した――」
「「――試した?」」
「――らしい」
「「――らしい!?」」
カツーン、コツーン。カツーン、コツーン――――
緋ィーーーーーー加ァーーーーーー次ィーーーーーー!!!
「な、ななな、何か聞こえてこない?」
「な、ななな、何言ってるの違崎君はもう、気のせいに決まってるでしょーーっ!?」
違崎には、S2のVRHMDゴーグルを付けさせた。
ゲーム用のヤツだが、ウチじゃ一番高級なヤツだ。
コレで違崎には、ベランダの先が精々5メートルの高さに見えるはず。ソレだって怖いが、ハンドルを切ることくらいは出来るだろう。
その辺のセッティングは全部、並プロちゃん任せだ。
地味子がホワイトボードの電動アームと協力して、残りの並プロちゃん一式を自走カートに積み込んだ。
持って行けるのは、各自のゲーム機とコンソールとスマホだけ。
と思ったらシート下のメットボックスには、まだ少しスキマがあった。
俺と地味子は玄関先まで駆けていく。
ショーケースから俺たちそっくりのフィギュアをとりだした。
どすん!
違崎はホワイトボードを、ベランダの手すりに立てかけた。
違崎のメットは地味子に少しブカブカだったけど、無いよかマシだ。きつめにベルトを締めてやる。
VRグラスも付けさせた。並プロちゃんに、ショックの少ない映像を流してもらおう。
数分前のセーブデータとオートセーブ。
並プロちゃんの強制リセットと、俺のタイムライン操作。
行ったり来たりしてるウチに、何度かコイツらが再起不能になるのを目撃した……気がする。もう記憶の彼方だが、悲しさと強烈な後悔が心に残ってる。
おぼろげな記憶。それでも確かな気持ちがあった。
二度目があるなら躊躇しない、
『演算複合体 しんぎゅらんⓇ
牛霊正路御前大学担当官
排他処理請負
ディスクリート量子』
ピカピカのプラスチック製の名刺を、ふたりに見せた。
そして、ヤツの芸名のちょっと上を、指さす。
「教授の『排他処理請負』って肩書きは思ってたよか、ダテじゃねえ。能力も高けりゃ、組織力もある。コレは、本当に最後のチャンスなんだよ!」
俺だって死地に赴こうとしているわけで、自分でも血の気が引いてるのがわかる。膝もガックガクだ。
「じゃぁ~@gjfhんgんぅ~っ――――生きて逃げ延びられたらっ……結婚してっ!!」
原付パイロットの腹に抱きつく、業務提携求婚者。
「おし、結婚してやる! 生きてりゃめっけもんだ、オマケに地味子が付いてくるなら上出来ってもんだろ!」
後ろから必死にしがみ付く手を、上から強く握ってやる。
「じゃ、じゃあ先輩。僕とも――――結婚してください!」
俺たちに挟まれた原付操縦者が血迷った。
「お、オマエは何を言ってるんだっ!?」
「そうよ、あ、あげないわよ。こ、コレはアタシのですからねっ!?」
ココまで逼迫した状況じゃなかったら、地味子のツンデレ台詞に感慨も深かったんだろうが。
「そしたら僕だけ、命賭け損じゃないすかー!」
「――まったく仕方ないわね。私が結婚してあげる❤」
ナビ代わりの手乗りお嬢様。
そのコスチュームが、純白に変化した!
なんでか違崎の普段着までもが、純白のタキシードにチェンジ!
「うーんぅ? じゃ、じゃあ並プロちゃんでイイヤもう。カワイイし……ホントは量子教授みたいな〝おっぱい〟と結婚したかったけど」
「違崎クン――浮気は許さなくてよ?」
ガムテでバイクのコンパネに取り付けられてるのは朱色の箱。
その箱に座る半透明な、純白お嬢様の両目が赤く明滅した。
ボガンボガン!
玄関ドアの緊急時開閉用のサーボが焼き切れた。
ガッチャアァァァァンッ!
ドアが外れかかり、通路側の手すりに立てかかった。
「なんだこりゃじゃまだなっ! うぉーい、来ぃーたぁーぞぉーおー?」
フロアまるごと吹っ飛ばす相手に、二重式電磁ロックは通用しない。
「おさきに参りますわー! ダーリンも急がないと、体に大穴が開くわよー?」
自走カートがホワイトボードを乗り越え、何も無い空中にダイブ!
並プロちゃん一式が落ちていく。
鈍る決心。みんなで息を呑む。
そのとき自走カートが一瞬、飛び上がった……また落ちたけど。
並プロちゃんが――たぶん――なんかの策を弄してくれてる。
大けがは免れないとしても、このままむざむざフロアごとかき消されるよりは、ましな気がしてきた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
キョキョキョキョキョキョッ――――違崎は原付のスロットルを、全開にした。
地味子は違崎に抱きつく形で、俺の体をシートに固定してくれている。
――チキッ♪
再び、『ヒープダイン™ VS しんぎゅらんⓇ』を起動した。
〝カニ怪人〟である『ディスクリート量子』から、なんとしても背後を守らないといけない。
背中から撃たれたらソレで終わりだからだ。
ちなみに、なんで〝カニ怪人〟なのかは忘れた。
「緋ィーー加ァーー次ィーーくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーん!」
バッガンッ――吹き飛ぶ玄関ドア。
ヴィィィィィィィィ――――――――ウゥウゥウゥウゥウゥウゥゥゥン!
リビングを駆け抜け、俺たちは空中に躍り出た。




