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並(なみ)プロちゃんとわたボコる、原子回路設計(QCD)アライアンス  作者: スサノワ
りびじょん

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21/27

にじゅういち/1629284400.dat

 オレンジ色の巨大ワタボコる。

 肥大した角棒の先端が、俺の中心を今にも貫こうとしている、


「るにゅわぁーー!」

 なんか、カワイイ声が俺の前に立ち塞がった。


 ソレは、実物大(なみ)プロちゃん主幹部。

 よし、実体映像にゃ、実体映像だ。


 あの〝ワタボコ〟がどれほど高度な論理回路を集積していたとしても、小説を読んで〝おすね毛様〟なんてヘンな語彙(ワード)に食いつくほどの複雑さ(・・・)を獲得してるとは思えねえ。


「ふるにゅあーー!」

 かたや、量子ネットワーク(かわいい)。


 ヴァジュジョリリャ――!

 かたや、自律型(オフライン)空間探査(サーベイング)プログラム(敵性わたぼこるモジュール)。


 VS(ヴァーサス)――実体映像による、おそらくは量子演算単位のぶつかり合い。

「よし行け! (なみ)プロちゃ――――」

 論理演算を行う以上、より複雑な方が汎用性は高い(・・・・・・)


 バッシシュギュリュリリリュッ――――――――!

 閃光装置(ストロボ)と化す、二機の実体映像。

「「「まぶしっ!!!」」」


「ふーにゃるりーれー♪」

 (なみ)プロちゃんは、紙装甲だった。


 得てして、システムの堅牢性は複雑度に反比例する(・・・・・・・・・)


 まるで落書き(キュビズム)みたいに頂点数(なめらかさ)を減らした(なみ)プロちゃんが、よろよろとコッチに戻ってくる。

(なみ)プロちゃん!」

 俺は手を延ばす。映像をつかめはしないけど、彼女は俺を守ったせいで機能不全(バグ)に陥っているのだ。


 量子教授の手元、立体十字キーの形状は、オレンジ色の金属棒を放つごとに突起が少なくなっている。

 合計で三発使用され、ヒープダイン社応接室(リビング)はほとんど空っぽだ。


 上階に居る人たちが空中に浮かんでて、シュールなんてもんじゃなかったけど、ソレは物質的な影響を受けてない証拠だ。


 蒸発したかのように見える断面を触ろうとしても、触れない。

 床も壁もソファーも、ちゃんとあるのだ。


 コレで狙われてんのがヒープダイン社(おれたち)じゃなかったら、一生眺めてられそうなくらい面白い光景だった。


 立体十字キーの突起が残弾数(・・・)と考えると、全部で5発。本体部分も入れるなら6発。

 推定残弾数は2発か3発。

 直撃さえ食らわなければ、勝機もあるのかもしれない。


 そもそも、アレに当たったとしても、生身の体に実害があるとは思えない。

 せいぜい体に、大穴が開いたように見える程度の事だろう。

 目に当たれば、像を結ぶ事が出来なくなる危険性もあるが――ソレだって対処法はある。


 違崎(ちがさき)も、そう考えたのか――果敢にもフライパンで特攻。

 欠けた十字キー先端。雌のカブトムシの角みたいになったそれで、膝、肩、肘を突かれ、うずくまる留年生。


(なみ)プロちゃん、コッチだ!」

 留年生(ちがさき)の活躍で、なんとかホワイトボードに隠れられた。

 このホワイトボードは、電動アームを収納するラックがボード下に設置されていて、全身を隠すことが出来る。

 そういう用途で導入したわけでは無かったが、オフィス向けバリケードとしてとても優秀だった。

 どういうわけかオレンジ線(ワタボコ)の攻撃にさらされても、溶けなかったし。

 よく見れば、大穴だらけで見晴らしが良くなった室内の所々に、同じように透明化せずに残っているモノがあった。

 それは液晶画面だったり、スイッチパネルだったりで、宙に浮かんでいるようにみえる。


「てんてい、こわして、こわして、わたしを、こわして」

 俺にぴったりと寄り添う(なみ)プロちゃんが、片言(カタコト)だ。

 「てんてい」ってのは、先生って言いたいんだろう。


 駆け込んできた地味子(ふつう)が、ノーパソを開く。

「なんだその(バツ)マーク……ひょっとして深刻なバグ?」

 見せられた画面の中、(なみ)プロちゃん3号機の『造形部³(アイコン)』にバツが付いてた。


「いえ、コチラの実体映像に演算能力はありませんから、見た目が壊れても影響はありません。……おそらく――美意識に特化した自我――を保てなくなっているだけかと……」

 つまり、自身の姿を受け止めきれなくなっているのだ。


 「この(なみ)プロちゃんも、嫌いじゃ無いけどな!」と空手チョップを食らわせてやる。

 この空間投影映像の強制破棄は、ゲーム中の投影平面で経験済みだ。天気雨の時や黄昏時なんかに、光線の関係上映像が乱れる事があるのだ。


 ――ぱりん♪

 音を立てて壺みたいに割れる、箱型(ボクセルタイプ)(なみ)プロちゃん。

 シシシッ――同じ場所に、あたらしい(なみ)プロちゃんが再描画された。


「ふー、あぶなかったですわー。あのオレンジ色は空間リソース(・・・・・・)を根こそぎ奪うんですの。壊れたキャッシュデータを更新することもままならなくて、どうなることかと。ふーっ」

 (そで)でひたいを拭うツインテールお嬢様(映像)。


「「空間リソース!?」」

 地味子(ふつう)と俺の声が重なる。

 キャッシュデータ?

 現実空間に一時保存すんの?


 ――何だその、パワーワード。

 (なみ)プロちゃん達から、いままでそんな言葉、聞いた事ねえぞ。


「あ、そういや違崎(オマエ)、レポートまだ提出されとらんぞ。どうなっとる? ああん?」

「だ、だだだ、大体できてます。ふっ子ちゃんに、添削(あかペン)入れてもらったから――今日の夕方には……」

 ケロリとした顔で起き上がった留年生が、担当講師に弁明している。

 ――だから人をフッ素化合物みたく、呼ばないでくださ――


「そんな場合じゃねーだろ――」

 とか言いつつ、そんな場合じゃ無いのは、俺もだった(・・・・・)

 特区まるごとグラボって考えた、違崎(ちがさき)の金融工学の話と合わせると――なんか、すっげー引っかかる。

 考え事してる余裕なんて無いが、あとちょっとで腑に落ちそうな――


 物理系(リザーバ)コンピューティングっていう概念がある。

 実体のある物理現象をノイズソースとして超効率化を図る、比較的あたらしいニューラルネット構築法だ。


 (なみ)プロちゃんが発したパワーワード、〝空間リソース(・・・・・・)〟ってのは、ソレと同じイメージを含んでいる。


 強化学習いらずの第六感型(やまかん)って意味では――並列プロジェクト(なみプロちゃん)9号機『検算部』にも一部、通じるところがある。


「――ふつうちゃん! 今すぐ、作戦部とEW特科部を解放して!」

 作業台の脚にしがみつく地味子(ふつう)が、首を左右に振る。

「や、やっぱりダメー! 基礎に亀裂でも入れたら、損害賠償で破産しちゃう。私、この会社、大好きなのぉー!」


 地味子(ふつう)の手には黒光りする、太めのアイスの棒みたいなの。

 俺の手にも握られているのは、バタフライナイフ型の電子錠。

 コレが有ればイリーガルな(なみ)プロちゃん、ひいては都市型戦闘において絶大な攻撃力を封印解除できる。


 教授襲来という不測の事態に地味子(ふつう)が投げてよこしたのだが、いざ戦闘となると二の足を踏むのはやむをえまい。相手は生身の人間で、しかも自社社屋内だ。


 (なみ)プロちゃんがホワイトボードの電動アームを使って、自走カートから例の〝封印ボックス〟を取り出す。

 (なみ)プロちゃんはヤル気だった。

 決断せねばなるまい。

 俺の会社、いや俺たちのヒープダイン社を大好きと言ってくれた地味子(ふつう)の気持ちは嬉しいが――


地味子(ふつう)! 俺の部屋――いや、このマンション一棟まるごと――買えるか!?」

「はぁあっ!? 何言ってんの突然――それほど都会じゃないですけど――ひそひそ――6億は下りませんよ!?」

 声を潜め、返答する地味子(ふつう)


「俺が出せるのは500いや800万、違崎(ちがさき)は?」

「はい、今日の夕方までには必ず提出します――3万円でーす!」

 正座させられた留年生が、コッチの話も聞いていたらしく……話に加わる。


「財形全部解約して、実家の生前分与、今日の公開レートは61円だから……ぶつぶつぶつぶつ――2億3千万しかでません。藤坪さんに丸投げしたら、そこそこ有利に取引できそうですけど、それでも一億五千万円くらい足りません!」

 〝しか(・・)〟ってなんだよ。

 ソレだけあったら俺、絶対、量子回路も会社も作ってねえぞ。

 投稿作家(フレームオーサー)は趣味でやるかもだけど、更新頻度は間違いなく月一だ。


 よし。俺は地味子(ふつう)(なみ)プロちゃん(映像)の顔をしっかりと見つめてから――決死の覚悟で飛び出した。


「教授ーー!」

「なんだぁ! 夜逃げの相談かぁー! そんなことしてっとオマエの会社、全部無くなっちまうぞぉーー!」

 ――――――――ヴァリッバリバリゴゴバゴガガガン――――――ヴァジュリラジュギュニュル♪


 気色の悪いワタボコ効果音に、俺は()いつくばった。


 ――コンッ、カララァン♪

 何かが落っこちた音。

 やっぱり、映像のくせに実体がある。

 本当にわずかな質量だけど――ワタボコには実体がある。


 顔を上げると、リビング奥のクローゼットから私室までが、半壊してた。

 ぐっ、コレ本当に戻らなかったら――一生恨んでやるからな!

 たとえ映像とわかってても、この臨場感は今すぐにでも卒倒しかねない程、強烈だった!


 小型冷蔵庫の上、箱買いした希少酒(モルト)の山が粉粉に砕け散ってる。

 っていうか、被弾部分が片っ端から透明になってるから、中の液体が手品みたいに空中に浮いていた。


 半地下のホームサーバーに続く階段も崩れたっていうか、サーバーごと溶けて無くなってた。

 サーバーの中の一基に隠した、耐火金庫ごとだ。

 書きかけのままほっといた手書きの論文に、個人を証明する書類や、この間取った特許関連の重要書類までもが全部吹っ飛んだ!


 俺個人の荷物が全部パーじゃねーか!

 たとえ映像とわかってても、この臨場感は泣き崩れそうになるほど、耐えがたかった!


「やい量子(りょうこ)教授、いや――――ディスクリート量子(りょうこ)!」


「バカオマエ! 芸名で呼ぶなっ! はっずかしーだろーぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 ディスクリート量子はトリガーは引かず、近くにあったゲーム機満載のチェストをちから一杯粉砕した。


「うるっせー! よく聞けっ、一億五千万いや――――一億四千とんで九百九十七万円貸してくれっ!」


「は? 緋加次(ひかじ)、オマエ――――何言ってんだ?」

 素に戻った美人量子物理学博士が、銃口を下ろす。

 よし、食いついた。


「最悪、この建物がどうなってもイイってんなら、アンタを蹴散らす用意があるって言ってんだよ!」

 突き出した拳を景気よく、花火のように開いて見せて挑発する。


「ほほう、このアタシを蹴散らす? こんな通信テスト(・・・・・)コマンド一個(・・・・・・)、処理できないオマエらが? ははっ、いーいーだーろーうー!!」

 彼女(ヤツ)はダメな恩師で実は悪党だったが――嘘はつかない。


「損害は全て〝演算複合体〟が持つ。ご存分に往生しろやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!」

 今までで最大幅のオレンジ線。


 ギュヴァリィン――ジュジジジジッ――――ガガガゴョリリャ――――――――!


「あっぶねぇっーーーーーーーーーー!」

 横っ飛びに避けた。

 敵性ワタボコるの正体は、何の事はない。

 単純なPING(ピン)コマンドだったらしい。

 それは、〝ネットワークの向こうに何があるのか〟を知るための、最も基本的な命令プログラム。


「きゃぁぁぁぁーーーーーーーーーー!」

 ただちょっと違ってたのは、実行環境が現実世界(・・・・)だったってだけだ。


 敵性ワタボコるモジュールが不気味な音を立てるたびに、自宅兼作業場(ヒープダイン)が大穴だらけになっていく。

 床天井も残ってるトコが少なくなって、柱も上下が繋がってねえ。

 なんで落ちてこないのか不思議で仕方が無い。

 その臨場感は、俺たちを疲弊させていく。


「な、(なみ)プロちゃん、大丈……夫――――ニヘラ」

 (なみ)プロちゃん一式に飛びついた違崎(ちがさき)が、ふと頭上の光景を目にして――頬を緩ませた。


「どうした、違崎(ちがさき)?」

 つられて俺も、見えない(・・・・)天井を見た。

 上階のお料理教室の女性たちが、不思議そうにコッチを見下ろしてる。

 もし透明に見えてるんだとしたら、俺たちと見つめ合ってる余裕なんか無いはずだ。

 ひょっとしたら、揺れとかノイズとかは、発生してんのかもしれねえ。


 あ――見たらいけないモノが見えた。

 いやいや、そんな場合じゃねー。俺は不屈の精神で視線をそらした。


「よし言質は取った! (なみ)プロちゃん、今の教授の音声、別名で保存(ディープコピー)しとけ! 壊れたゲーム機もとっておきのモルトも、一切合切請求してやる!」

 俺は、電子錠を開いて――


「ぎゃっ!?」

 地味子(ふつう)の声がした。


地味子(ふつう)どうした!?」

 返事がない。

 つうか、さっきまで彼女がいた部分は、すっぱりと消失していた。


 どさりっ!

 なにか重いモノが、床に落ちる音がする。

 マズイマズイ。


地味子(ふつう)違崎(ちがさき)! 無事かっ!?」

 返事がねえ。違崎(ちがさき)違崎(ちがさき)がいた床も見えない。

 無事なのは、(なみ)プロちゃんと俺とホワイトボード位しか無くなった。


 階下のオフィス連中がコッチを見上げている。

 落ち着け。コレは映像。ただのVR映像だろ。

 ただちょっと、特区ばりの実体感を伴ってるだけだ。


 冷えた汗が滝のように落ちていく。

 いまヒープダイン社は、風前の灯火だった。


 すっかり見晴らしが良くなった自宅兼作業場(ショールーム)に、不敵な面構えで不適に立つのは――ミニスカ白衣、ただ一人になった。




緋加次(ひかじ)君! 3・2・1――」

 虚を突いた(なみ)プロちゃんの声。

 えっと確か、軽く左に回して待機、カウントゼロで――咄嗟に電子錠を差し込み右へ回した。


 ――――ガチリッ!

 シュシュッ、小さな排気音。

 ケースの蓋が自動的に開かれ、中から黄色と緑のサイコロ(サイの目はない)が姿を現した。


 あたりはすっかり空中で。

 周りの足場は、ホワイトボードの影だけだ。

 俺は高所恐怖症じゃ無ぇーけど、怖えー。


「ふ、地味子(ふつう)、返事しろ! (なみ)プロちゃん、みんな無事か!?」

 返事は無い。

 ケースの中から現れたサイコロをつかみ、アナログ式のヤイヤラーを必死に回した。


 いま大事なのは、とにかく(なみ)プロちゃんが「教授に勝てる」って言った事だ。

 そのあとスグにふにゃるりれってたけど、勝算はあるはず。


 サイコロを有線ケーブルで接続してると――


「ばりばりばりばりぃぃぃぃぃぃぐぎゅるばるらぁぁぁぁぁぁぁぁ♪」

 ――教授が攻撃を再開――口で言ってんじゃねーか!

 一瞬あせった。やはり残弾はそれほど、残ってないっぽい。


 敵が、敵性ワタボコるモジュールを、温存しはじめた。

 勝算はある。有るに決まってる。

 あの巨大重機と比べたら、教授なんて軽い軽い。


「もう、弾切れすか?」

 ホワイトボードの影から、向こうをチラ見する。

 来た。オレンジ色の金属棒。

 ――――ヴヴォヴヴォォヴヴォォ、ゴgッ!

 ソレは先端を巨大化させずに、元の太さのまま、まっすぐに突き出てきた。


 ――――バゴッン!

()ってぇぇ――――!?」

 映像じゃネエ?

 ホワイトボードを襲うかなり強い衝撃。

 どうなってる?


 俺の頭までもかすめた金属棒(オレンジいろ)がシュルリと、〝十字マシン(デバッガ)〟に――ポキュム♪

 一瞬で銃口に吸い込まれ――ガチャリッ♪

 立方体が一個分復活した。


「んだそれ、イカサマじゃんか!」

 ヴヴォン――――ヴヴォヴヴォォヴヴォォ、ゴgッ!

 ゴツガチャ――ゴツガチャ――ゴツgdガチャリッ♪

 ホワイトボードを何度も打ちつけ、何度も回収されるワタボコモジュール。


 やろうと思えば電源が持つかぎり、無尽蔵に撃てんのか。


 くそう。いまさら手を上げて出てったところで、事態は良くならねえだろう。

 そもそも、一番最初にソレやったしな。


 下をのぞき込んだら、オフィス中の人間が窓の外に群がってる。

 とうとう現実世界(そと)にも、大きな影響が出たか。


 けど――もう、どうしようもねー。

 周囲を見渡す余裕も無い。もう打つ手は無くなった。


 (ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィ――――――――ッ♪)

 なんか遠くで警告音みたいなのが、鳴り続けてる気がする。


 脳裏をかすめる一面の――赤色。

('_')(並プロⓇ):システムオーバーレイ、システムオーバーレイ、システム――』

 カワイイ声も聞こえる気がしないでもない。


 ――チキッ♪

 ソレは携帯ゲーム機の通知音(ノーティス)


 反射的に腰のスコッシュから、ゲーム機を取り出す。


 カシ――チキッ♪

 起動したメニューから、赤外線カメラを起動した。

 コレはエアコンの効きが悪くなったときに、涼しいところを見つけようってんで入れたヤツだ。


 ゲーム機で床を見る。平面があった。

 見えないが、やっぱり壁も床もちゃんとある。

 透明にされた部分との温度差は無く、境目は判別できない。


 次に、遮光ゴーグルをかけた。

 ゲーム機が自動的に映像をリンクさせる。


 左右に首とゲーム機を振る。

 けど何度周囲を見渡しても、地味子(ふつう)違崎(ちがさき)体温(すがた)はドコにも無かった。


 くそ、どうなってる。地味子(ふつう)違崎(ちがさき)(なみ)プロちゃん!? 返事しろ!


『アップデート完了しました。Ver1・002』

 返事は無く、表示されるダイアログ。

 さっきの通知音(ノーティス)は、コレだったらしい。

 邪魔なソイツをクリックして消す。


 ――――ヴゥオォォォォン♪

 表示されたのは、見慣れたゲーム会社のロゴマーク。

 おい、いま遊んでる暇ねえんだけど。


『並列プロジェクトⓇPRESENTS

 ひーぷだいん™ VS しんぎゅらんⓇ』

 次に表示されたのは、なんかのゲームタイトル。


 ひらがな部分が、ものすごい楽しそうに自己主張し(とびはね)てる。


 ソレは――巨大重機を迎撃した、(なみ)プロちゃん謹製のゲームアプリ。

 あのあと、隠しファイルとシステム領域の全部を探しても、一切の痕跡すら発見できなかったのに。


 言われるままにSTARTボタンを押す――ヴォン♪

 輝度が自動的に調整され、物の正確な輪郭が強調された。

 大穴は空いたままだけど視界は良好、かなり周囲の状況を判別しやすくなった。


『ターゲットを選定してください。』

 新しく出現したポップアップウインドウに従う。


 ホワイトボードの向こうへ狙いを定める。

『BOSS CHARACTER

 /DISCREET RYOUKO』


 ぜんぜん〝慎重で控えめ(ディスクリート)〟なんかじゃない、破天荒な体型が縁取られた。

 ロックオンカーソルが縁取り(アウトライン)を中央に捉える。


『敵性検出しました。

 種別/ぱらどきしかる・あんのうん

 「該当プログラム名を検索しますか?」』

 平坦な声で(なみ)プロちゃんも聞いてくる。


 〝L1(OK)〟を軽く押す。

 縁取られた輪郭線が、膨張し収縮する。


『こういきがたしんぎゅらんⓇ

 【ふろあいーたー】』

 こういきがた……広域型か?

 まるでカニみたいに変形したフォルムに、付けられた注釈。


 カニの形にも、表示された文字にも見覚えは無い。


 敵の名は【ふろあいーたー】。

 ボスである【ディスクリート量子】とは違うのか?


 なんでもイイな。

 コレがゲームで、倒し方をガイド機能(チュートリアル)が教えてくれるなら、まったく問題ねえ。


 次に表示されたのは、壁や床や天井を走る複合配線経路。

 安全のために全ての回路に併設される、緊急用通信ケーブル。

 ソレが次々と、長く伸びるニッパーみたいなので、断線させられていく。

 切断される度に画面隅の赤いゲージが増え、緑色のゲージが減っていくから、(ヤツ)の攻撃が成功していることを表しているようだ……大ピンチじゃんか。


 そのニッパーみたいなのから伸びる、長い腕(ライン)をさかのぼる。

 それは、ホワイトボードの向こうに収束した。それは、仁王立ちのカニ。

 ディスクリート量子と【フロアイーター】のシルエットが混ざって、まるでカニ怪人だ。


『危険作動可能まで――残り10秒』

 封止してある都市ガスのバルブが開けられる。

 ――――シュシュシュゥーー。

 ビル解体にも使用される汎用経路に流れていく(・・・・・)、青色のエリア。


緋加次(ひかじ)ー!」

 心なしか、泡立つように聞こえる叫び声。

 そういや、この人(すでに人じゃ無いかもだけど)、食べるのは苦手で下手なわりに――カニが好物だったっけな。



 ――――ドッゴガァアァンッ!!!

 カニ怪人が、巨大なハサミを床に突き立てた!


 フェイクである実体映像を実現するため、現実に行われる破壊工作。

 MR実行部(ななごうき)のような機能を、【ふろあいーたー】は持っていた。


 ヂッ――――ゴッバァァァァァァァァァァアアゴゴゴガガバゴンがぁぁん!

 爆発する、リビング兼ヒープダイン社。


 次々に現れるダイアログを消し、嘘かホントかわからなくなった、縁取り(アウトライン)を探――――


   ✦


 気づけば、ビルの外に放り出されていた。

 どうなってる!?

 コレはゲーム画面なのか!?


 だが、顔に感じる爆風や体で感じる浮遊感は、生身が感じてるモノだ。

 しかも目の前に、ひと抱えはあるコンクリ片が迫っている。


 アレの直撃を食らっても、このまま落ちても。

 どっちにしろ助からんだろ。


 吹飛ばされた衝撃のせいか、体は全く動かない。

 いや、かろうじて指先が動く――――クリッ、カカカッ♪

 悔し紛れの、でたらめなコマンド入力が通った!


 ギュゥゥゥゥゥゥゥゥッ――――――――ピタリ!

 一瞬、コレがゲームで回線がラグッてんのかと思った。


 俺は空中に縫い付けられた――ように見える。

 目の前に迫っていたコンクリ片が静止している――ようにしか見えない。


 輪郭がぼやけて見えるのは、高速で移動しているからか。

 モーションブラーでもかかってるんだろう。


 じっと見てたら輪郭のぼけがなくなり、鮮明なコンクリ片になった。

 複合合金製の耐熱鉄骨には、インテリジェント建材規格の配線経路も、内蔵されている。


 高速通信環境用のファイバケーブルから、レーザー光が……明滅していた(・・・・・・)


 時間が止まってる――わけじゃないのか?

 生身の俺は死んで――ねえだろうな?


 視界中央下で、『(ポーズ)マーク』がブルブルしてる。

 何かに耐えるような挙動。


 どうも『タイムライン表示』を押してしまったらしい。

 これはまだ習ってない機能だった。

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