じゅうきゅう/1626069600.dat
ヴジョニュジャギュニュリルラ――――『わたボ狐狸A6FEPβ(異質生命体感)』と目が合った。
わたぼこる糸くずは、ホームサーバーと量子エディタの機能を使って表示させている。
コレをオフにすると、並プロちゃんは何らかの長考に入り――――ふーにゃーるれりれー♪
と、実行中のタスクを放り出したり、耐えたとしても動作が不安定になる。
けど、処理映像の再生ウインドウを閉じるとケロリとして、「先生、また手がお留守になってますわよ?」なんて執筆の催促をするから、並プロちゃんの演算リソースが底を突いてる感じでも無い。
『先進的齟齬頒布図』、ひいては『先進的齟齬』を解析できる限界は、糸くず表示まで。
その状態を追跡ログ開始すると、糸くずは画面からすっぽ抜けて――――解析不可能。
〝検算部〟の性能を、設計通りのスペックまで高めることが出来れば、この先を調べることも出来そうではある。
だが現状、「ギリギリ……無理っぽいな……やっぱり再設計急がねえと」
再設計てのは〝検算部〟に使った、〝量子デバイスチップ〟のことだ。
当初の設計通りにまで性能を引き上げるには、正式商品名『量子エラ-浸透対応量子光源チップ』の修正が必要になる。
「そうですね。私からの修正箇所もありますし、もう少しテストしたい所ですけど……」
いまは画面共有をオフにしてるから地味子のノートPCの画面は、縮小表示になっている。
でも、並プロちゃん達のリソースモニターは特徴的で、小さくなった画面の中でも大まかな状態が見て取れた。
「ハード上の改良点はシステムAIの補佐ちゃん任せで、3時間も有れば必要なセッティングが割り出せる……」
すでに起動成功している検算部に設計担当がしてやれることは、〝量子デバイスチップ〟の微調整だけだ。
ソレは機械的なモノで、科学者やエンジニアとしての才能とか器用さとかは、あんまり必要ない。
カチリ♪
並プロちゃん専用リソースモニターを開いた。
右上に小さな並プロちゃんが居て、かなり微笑ましい。
そして、各CPUコア群ごとに更に小さな並プロちゃん頭が全部で9個居て――――そうとうワチャワチャしてた。
その量子ネットワーク単位も表している顔アイコンには、見たことがないのも混じってた。
特に、『(<◎>)₅』と『(▼_▼)₆』。
作戦担当/作戦部の目玉アイコンと、破壊工作担当/EW特科部の非合法ぽいアイコン。
それ以外は、前髪が長かったり、絵筆を持ってたり、カメラを構えてたりするだけで、基本的にはいつもの並プロちゃん顔だった、
⚠
「んー、んーんー? んむむむーーーー?」
並プロちゃん周りのツールは、まだ操作方法すら、よくわかってない。
地味子博士お手製だからか、恐ろしく高性能かと思えば、壊滅的に操作系が雑だったりして……興味深くはある。
「なに面白い顔し・て・る・ん・すか? 仕事中~で~す~よぉ~?」
ふざけた声の違崎をチラリと確認したが、案の定、口角を上げ寄り目、鼻を指で押し上げていた。
悩む俺たちの気を紛らわせようとでも、考えたんだろうが。
見え透いた顔芸は無視して、解析作業を進める。
そもそもが、ヤツはイケメンだ。顔と性根だけは立派なもんなんで、ソコまで面白くならん。
カチカチ――――ヒュパパパパッ♪
必要な情報をリストアップする。
並プロちゃんが手にした小箱から、パネルをワサッと広げるアニメーションがとてもカワイイ――ので即座にオフにした。負荷もかかるしな。
『ぶんごう,np::panalgori.qst……/分散合意シンクロアナライザ』
『たいりょう,np::enqcp_mdinst.qst……/耐量子計算暗号通信プロトコル・モジュールインストーラー』
『えらった,np::qeranlys_svc.qst……/量子エラー正誤分布パターン解析サービス』
『きんきゅう,np::urgsttgptl,qst……/緊急時戦術プロトコル・ホストスケジューラー』
演算単位が大きなのは、この四つ。
意外な事に、『わたぼこる.np』の占有率は下から数えた方が早い位で、とても低かった。
全ての稼働状態は実行中で有り、異常を示す表示はない。
ただ『緊急時戦術プロトコル』の状態が、時折〝中断〟されてるのが気になった。
地味子の領分は、正直さっぱり分からん。
そっと、鱵ふつう博士の様子をうかがう。
ぐぬぬ――――苦悩の表情が張り付いてた。
オマエは顔芸しなくていいぞ。違崎よか、よっぽど面白くて正直、俺が仕事にならなくなる。
ぐにゅにゅ――――やめろ。タコ口はやめろ。
どうも解析作業が、難航しているようだ。
天才である彼女にだって、わからないことはある。
いま並プロちゃんをポンコツにしている原因が、〝先進性齟齬〟という概念の複雑さなのだとしたら――――俺にはお手上げだ。
うーん……例の並プロちゃんの〝睡眠状態(未解明)〟と、関係はありそうだけどなー。
「並プロちゃんもメモリ管理周りで要望有るなら、いまのうちに出してちょうだぁーい――にゅにゅ~♪」
『('_')¹:「わかりましたわー♪」』
地味子のノートPCから、並プロちゃんがしゃべりだした。
『('○')¹:「それじゃあ緋加次君――にゅにゅ~♪」』
そして、俺の軍用ノートPCからも、並プロちゃんがしゃべりだした。
タコ口になったアイコンの発声と同時に、台詞が入力されていく。
主幹部に、地味子との同期機能は搭載されていない……はずだけど?
オフにしたはずのアニメーションも、勝手に再開。
『('_')¹:「例の廉価版の設計図に変更は御座いましてー?」』
リソースモニター右上に居た並プロちゃんのイラストが、真ん中まで歩いてきて質問を投げかける。
いいねいいね、そういう芸が細かいのは好きだ。
好きだが――他ならぬキミの解析中にされると、各種パラメータに影響が出ないとも限らないわけで。
設定メニューの深いところにあった、動的装飾機能を一括でオフにした。
ふう、全ての並プロちゃんの待機モーションが停止する。
タコ口も無事、引っ込む。
よーし、落ち着いたか? さーやるぞ。
2回目のパーツ注文は、出来るだけ早く出したい。
だが出来ることなら、色々と流用できるモノは流用して、コストも抑えたい。
並プロちゃんが言ってた〝廉価版の設計図〟というのは、その辺の話で。
並プロちゃんは、とてもかしこい。
その上、気がきいてて、研究対象としても最高にエキサイティングだけど――金がかかるのが玉にキズだ。
「あー、廉価版もあったか。今日中に詰めるか、んーっと……契約はどんなだったか……」
LM女史(【スピントロニクス/量子メモリや例外的に物体中の磁場コントロールなどを行う学問】の第一人者らしい)制作による、市販されてない量子パーツ。
女史の主な取引先は、地味子の実家の家業みたいに、先進的な中小企業と思われる。
「法務上は、ハーフヴィークス社が以前発売した超マイクロHDDに使用した特注パーツ請負に関する契約と同等の、技術的提携形態になります」
「そこまで本格的なコトになってたのか。んじゃ、だいじょぶかー?」
「ええ、書類上の取り引き相手は100%偽装会社になりますが、ヒープダイン社の特許資産が守られます。ただしコチラも事実上、該当パーツの発注は彼女に独占されるコトになりますが」
念のため、画面共有をオンにして『黒塗りだらけの参考資料』に目を通した。
代表者の写真を確認。それは知らない人物で、わたぼこられもしなかった。
『わたぼこるモジュール』は謎のままだが、外敵である〝しんぎゅらんⓇ〟関係者であるかどうかのチェックには、使えるかも知れない。
〝並プロちゃん〟とウチのホームサーバー上の〝補佐ちゃん〟が居ないと使えないけど、大体みんな自宅兼作業場に集まるから問題ないしな。
「事実上……すっげー高いけど他で作れないことを考えたら、破格なんだっけ?」
特化型製品開発用途であるため、彼女以外の選択肢がそもそも無い。
〝量子超越性〟に唯一届いた俺たちみたいな、独占状態。
先方にうま味があるなら、信用もできるか。
「よし、検算部に使用するハイエンドチップと、廉価版に流用可能なエコノミーチップを共用化すっか♪」
この先、廉価版原子回路型量子コンピュータを設計するに当たり、いろいろと共用できるような形にして、廉価版製品の市販価格を、極力下げたいという――悩ましい問題への対応を進めるコトにする。
「やっぱりソレ、前倒しでやるんですか? 当初の予定では、三回目のパーツ発注までに間に合わせるって話……だったんじゃ?」
「なあに、ハイエンドチップを完成させる片手間で、せいぜい並プロちゃん達の30分の一の性能が出せりゃいーんだ♪」
簡単簡単――――おしゃれなノートPCの向こうから、業務提携先がジットりした視線を向けてきた。
「わかりましたわぁー♪ じゃあ、コンパチチップの設計が終了次第、私たちも調整開始いたしますねぇー♪」
並プロちゃんも、こう言ってる。
簡単簡単――サッ――俺は必死に――ササッ――能面みたいな――サササッ――真顔から――ササササッ――顔を背け――サササササッ――続ける。
すると能面を避けた視線の先で――――がたがたがた、ゴトン。
「なんだ違崎、うるせーぞ?」
よーし、ナイスだ見習い。話題を変えて、この場はやり過ごす。
「えーでも、並プロちゃんの調子が悪いんでしょー?」
見習社員が、玄関先に止めてあった自走カートを、引っ張ってきた。
「違崎君……そのカートで、何するの?」
諦めた顔で立ち上がり、違崎を手伝おうとする業務提携先。
彼女は基本的にとても優しい。ソレは並プロちゃん達の人格設計を見てもわかる。
「何か邪魔されてて調子悪いなら、また全部コレに載せてあげたら――調子が戻ると思って」
俺たちの白熱する議論に、自分も何か手伝いたいと考えたのか。
見習い兼後輩1|(正確にはややイケメン)は、モノは知らんし軽薄で短慮だが、根が素直なのが評価できる。
現状:映像再生――――ふーにゃーるれりれー♪
※解析処理を始めると、並プロちゃんの挙動が怪しくなる。
ふにゃるれりれってしまう現状を考えたら、違崎の考えはもっともだ。
並プロちゃんの性能は上がっていて、それでも演算処理が追いつかないというのなら、並プロちゃん達を繋いでいるネットワークに障害が発生していると考えるのは、すこぶる正しい。
この素直さは、俺だけじゃなくて、たぶん地味子も好ましく思っている。
カチカチ♪
頭ごなしに批判せず、並プロちゃんの量子ネットワーク状態を確認する。
いまの問題点は、外的要因によるモノではない。
鱵ふつう博士の領分である、人格構成上の……むしろ高性能さが招いた不具合だと、睨んでいる。
「お、また来た」
ヴジョグニョ――――俺が見ているリソースモニター画面に興味があるのか、ワサワサと糸くずが浸食してきた。
とおもったら――ガキンッ♪
ウインドウ上部のメニューバーにぶつかって、糸くずがはじき返された!
末端も先端も自由自在で、止める方法がなかった『わたぼこる』。
その挙動を、初めて制限できた。
でも、金属質な効果音はどこから出たんだ?
量子エディタにも、処理映像再生ウインドウにも、そんな音源は搭載されてない。
本当に謎すぎて並プロちゃん、もしくは、しんぎゅらんⓇは研究対象して底なしだった。
――ガキンッ♪
――ゴキンッ♪
――ギュキンッ♪
わたぼこるは、その後も何度もメニューバーに突進し続けた。
コレは、わたぼこる攻略のまさに、糸口をつかんだと言えよう。
メニューバーにあたり判定があるなら、メニューバーを複製して取り囲んでもイイし――――おらぁ!
俺はタイミングを合わせて、ウインドウを横にずらした。
すると――ボガァァァン♪
昇り竜のように画面外へ消えていった糸くずが、画面端で爆発。
何に、ぶつかったんだよ?
再びリソースモニター画面を画面中央に戻すと――
『@²』
様子をうかがうように、画面下でとぐろを巻く、糸くず。
今度はなぜか、小さな数字を引き連れている。
「「ゲームみたい♪」」
ああもう、よって来んな!
ゲームバカか。いや、俺も含めてゲームバカだった。
けどオマエ等だって、〝量子コンピュータとソレに載せる人造人格〟の開発中に起こるアクシデントとして、『わたぼこる』も『@²』も常識の範疇を超えてるコトくらい、わかんだろ。
決して手放しで、面白がってる場合じゃない――
「僕にも、ヤらしてくださいよ」
その手には、俺のと同型の携帯ゲーム機。
違崎の青色のカーソルが、俺の画面に飛び込んできた。
見習社員のQIDも、地味子程ではないが権限を与えてある。
共有画面に、自由に参加できるくらいには。
「ズルい! 違崎君がヤルなら私もっ!」
場合じゃない――つってんだろーが!
オレンジ色のマルチカーソルが、もう一個増えた。
「かーばやろーう! こりゃ俺んだ。俺が見つけたんだ!」
俺が『@²』をひっ掴んで、画面端へと引っ張った。
ウインドウ同様に『わたぼこる』も『@²』も、つかんで動かすことが可能だ。
ただ、つかむ端からスルスルと逃げ出すが――ボガァァァン♪
だから画面端の何に、ぶつかってんだっつの。
『――――@³』
「あ、数字が3になった。こりゃ――!?」
カーソルで真ん中あたりをつかんだ。
「――3匹目って事かしら!?」
地味子も参戦。暴れまくる片方の末端を、器用につかむ。
やっぱり、ゲームうめーなコイツ。
「だよね、次は4になるんじゃ!?」
違崎も参戦。
凄まじい動きを見せていた反対側の末端を、何度目かでつかむことが出来た。
ギュッ――スルスル――ギュギュヴルッ――スルスル――ギュギュムヴォリュッ♪
ノイズ混じりのイヤな音が、押さえるカーソルが増えるたびに増していく。
だから、この効果音、どこから出てんだよ!
ギュギギィィィィイィィィー!
三人分のマルチカーソルでクリックされると、『@³』が逃げ出さなくなった。
そのかわりに今度は、糸くずの〝太さ〟が増大し始めた。
拡大された糸くずの重さで、たるんでいく糸くず。
再び生物的な――ウゾウゾ――ヴルヴル――ウジャウジャとした、のびチジミ、ねじれる動き!
ブルルッ、ブンルルルゥ――しまいには三次元ベクトル曲線(立体的な挙動)を描き――――コツ、コツン♪
ウゾヴルグジャワラが画面奥から、画面の外に居る俺たちを狙うように、液晶画面をたたき始めた。
「「「うひぃっ!?」」」
コレは、地味子じゃねーけど、本当に――――「「「気色悪っ!」」」
俺たちは、あまりのおぞましさに、カーソルから手を放してしまった。
スッポーーーーーーンッ♪
再びの昇り竜――――ガッキィィィィンッ♪
その勢いは――――ぶち当たったメニューバーを押し上げた。
ウインドウは縦に拡大され、デスクトップ上辺にぶつかって――ボガァァァン♪
爆発して、居なくなる糸くず。
拡大されたウインドウは、リソースモニター画面だ。
縦のサイズが、量子ネットワーク通信量を表している。
『10メガ量子ビット毎秒』という膨大な演算単位は変わらず、2%の占有率。
分散型CPUである量子コンピュータ×33コアの、個別動作状態にも変化はな――――
――――――――グイィィィィィィィィィィィィン♪
リソースモニター端に並ぶ、CPUコアグループごとの稼働率。
そのなかのひとつ、検算部の稼働率が一気に100%に達した。
100%を超えてもまだ上昇を続け、輪のような稼働率を違う色で上書きしていく。
『100メガ量子ビット毎秒』
量子ネットワーク通信量の単位が一桁上がり、見た目の余白が出来た。
毎秒ごとの通信量を、山の稜線か高波みたいに描き出していた、ネットワーク稼働状態が、平地かさざ波みたいに小さくなった。
だが実際には、帯域占有率が、2%から一気に10%近くなったわけで、ジワジワと右肩上がりに登り続けている。
俺たちは、まだ片付け途中で配線だらけの並プロちゃん一式を見た。
サイコロどもに、特に変化は見られない。
グワ――――――――!
俺たちのよそ見を狙うかのように、瞬間的に通信単位が膨れあがった。
気づいたときには、超高速通信環境の理論値上限いっぱい。
こんなのは、帯域飽和型のサイバー攻撃でもされなきゃ、ありえねえ。
「コレってまさか――攻撃されてるのか!?」
「ええっ!? だ、誰に?」
「二人とも何言ってるんですか!? 誰ってそりゃあ、〝しんぎゅらんⓇ〟だか〝先進的齟齬〟からに決まってるじゃないですかぁー?」
もっともだ。
そう、違崎は根が素直だ。
今日はどうにも、コイツに負けっぱなしで虫が好かんが、認めざるを得ない。
いま俺たち(並プロちゃんⓇ一式+ヒープダイン™)は、攻撃されていた。
⚠
「観測不可能性並びに、量子エラ-浸透機構に異常なし。耐量子暗号へのハッキングはされていません」
検算部によるエラー補正は、完全ではないが一応作動してるようだ。
そして、まだ40%の未実装部分が残る耐量子計算暗号を狙われ、盗聴解読されているワケでもないと。
それでも閉域網であるはずの並プロちゃん達に、ネットワーク側からの介入がある。
「よし、超高速通信環境切るぞ。オマエ等のスマホもシャットダウンしてくれ」
『超高速通信環境』ってのは、シグナルレッドのSUVロゴで有名な〝超高速通信環境社〟提供の、開発者向け超高速通信環境だ。
博士号か三年に一度の論文発表が有れば格安で、世界最高品質の大容量超高速通信環境が使い放題になるアレだ。
格安と言っても、それなりの金額はするが、俺や地味子みたいな量子コンピューター開発者で重度のゲーマーなら、コレ以外の選択肢はない。
違崎の提案どおりに、並プロちゃん達には自走カートに格納されてもらった。
念のため無停電電源装置対応独立コンセントに繋いだし。バッテリーもチャージ満タンだ。
「じゃあ、補佐ちゃん。家屋内通信セキュリティ最大、広域LANだけじゃなくイントラネットも全てカットだ」
俺のスマホに表示される、カウントダウン。
「あと10秒。照明も落ちるから、気をつけろよー」
ちなみに、ウチの通信セキュリティを最大にすると、簡易的だが電波暗室代わりにもなる。
盗聴機の類いも一切、外部との通信が不可能になる。
もし、ヒープダインに攻撃を仕掛けてきてる相手が、ソーシャルエンジニアリングを行っているとしても、今から復旧するまでの間は、一切介入できなくなる寸法だ。
ピピピピピィィィィィィィィィ――――――――ブツン。
何かが切れるような音を立てて、バックアップサーバーが緊急停止する。
パチパチパチパチカタタタタタ――――――――バチン。
そして、南西側から落ちていく照明。最後にメイン電源が自動的に落ちた。
かなり薄暗くなった。
「うわっ、なんかこわいっすね」
「な、何言ってるの、な、情けないわね」
「さーて。鬼でも何でも――何も出ないよかマシだ♪」
俺の軍用コンソールの『ネットワーク接続が切れました』を皮切りにした、オフライン通知の滝。
すべてのダイアログが消えて残ったのは、折れ線グラフみたいな糸くず。
可動部分が極端に減ったカクカクした動きの糸くずが、重力に惹かれるまま、画面下に落ちていった。
ホームサーバーの電源ごと落とす、隠しモード。
こんな緊急事態がなかったら、退去時まで使わなかっただろう。
不可解だろうが何だろうがネットワークを経由している以上、一網打尽で動作不能に陥るはず。
まあ、わたぼこるモジュールは、俺たちの外敵を探るための機構であって、敵自体ではないんだが。
あの生物的な挙動を見せられると、生理的な拒絶感が酷くて、もう、しんぎゅらんⓇと同一視し始めてるところが有る。
「代表、帯域占有率、落ちてきましたよ」
並プロちゃん一式の有線ノード接続があるから、システム全体ではゼロにならない。
それでも、いま発生してる問題を切り分けるのに、全ネットワーク切断は有効なのだ。
部屋の主電源を落としてから約3分。
「うーむ不発か。ネットワークに不審な動きはねぇー」
何も変化はない。俺たちがされてる攻撃の手口さえつかめりゃ、あとは天才がどうにでもしてくれるんだが――
「並プロちゃーん。調子はどーお?」
自走カートに話しかける違崎。
「ちょっと、肌寒い感じがしないことも、なくもありませんでしてよ?」
肌寒い? あと煮え切らねえ言い回しが、半端な高性能AIぽくて、すこし不安になる。
いま自宅兼作業場にビルドインされた、各種の計測機器は停止している。
環境データは、並プロちゃんに届かない。
並プロちゃんが獲得できるデータ量は、半分程度になっているだろう。
「空調も止まったからな」
俺は、愛用の軍用コンソールを担いで、明るい東側の出窓にとりつく。
明かりを求めて出窓に群がる、蝶のような俺たち。
いや、高さが合わなくて、中腰でPCにかじりつくサマは――――カマキリ3兄妹か。
カマキリ次男坊が手にしてるのは携帯ゲーム機だが、立派に仕事中――――オマエ、新着ページ漁ってんなよ。
オフラインでも、直前にアクセスしたページの閲覧くらいは可能だ。
なんか面白い新作ゲームあったら、買わせるからな。
電源復旧とサーバー起動に一時間はかかるから、その間ソレで暇つぶししよう。
ガスは使えるし、戸棚の奥に隠しておいた〝うなぎパイ〟の出番だな。
しんぎゅらんⓇとプロゲラー(略)解析は、午後から再開。
よし、そうしよう。
薄暗くなった自宅兼作業場を振り返る。
窓の外から差し込むのは、まだ午前中の白っぽい日差し。
「よし不発だ。復旧するぞー」
なんか思いもよらねえトコから、真犯人が馬脚を現してくれることを期待したんだが、そう上手くはいかない。
「ぎゃー、危ない!」
急に地味子に腕をひったくられた。
「あぶねえっ! いくら軍用仕様だからって、落っことしたら壊れるだ――――」
俺の腕を抱えて、へたり込む地味子。
その見開かれた瞳の中。
何かの光が――――
「ん? なんか光ってる?」
顔を上げ、出窓を見た。
出窓の先には、街路樹に埋もれた団地やマンションなんかが有るだけだ。
近所のマンションのガラスでも反射してんのかと思ったけど――違った。
光源は一直線に出窓を突き抜ける――角棒。
その白い10センチ程度の断面は、なめらかな金属質。
45度回転してて、菱形の角棒に見える。
その側面には鉄筋みたいなゴツゴツした凹凸があって、なんだか背骨みたいに見えなくもない。
「な、ななななななななななっ!?」
何だコレは。出窓のガラスが割れてねえし!
並列プロジェクトに関わってから向こう、「何だこりゃ?」は口癖みたいになってるが。
「何だこりゃ?」
ソレは白い◇だった。
秒速で言ったら、30センチくらい。
地味に動きが速くて、窓の外に突き出てた部分が、どんどん進入してくる。
並プロちゃんの実体映像とは少し違うが、強烈なまでの解像度。
「ひっ、緋加次君!」
また出たな、地味子の緋加次呼びが。
「緋加次せんぱーい!」
おい見習い。オマエに緋加次呼びされるいわれはねえ。
二人に背中に抱きつかれ、矢表に立たされた。
焦った俺は、目の前に迫ってた白線を、反射的に――――
――――ポゥン♪
なんと、はじき返した。
ラケット代わりにしちまった軍用PCを確かめたけど、キズも焦げも変色も無い。
――――ポコス――ポコカカ――ポゥン♪
勢いが付いた謎の金属棒が、部屋の壁床天井を所せましと、反射し始めた。
その軌道はよく見るとギザギザしてて、ドット絵を拡大したみたいになってた。
「「「面白っ!」」」
その反射音(?)は、まさにポゥン♪
世界最初期ビデオゲームそっくりの、効果音。
糸くずが発する、気色悪い音じゃなくて助かったけど、この異様なまでの現実感は――一体なんだっ!?
驚いたことに、この白線にはあたり判定というか、触感があった。
ななめに積み上がってた雑誌をたたき落としたり、蛍光灯からさがるヒモを揺らしたりする程度の半実体があった。
だが、このリビングには、複合現実を実現するための整流ノズル付き立体空調管理システムや、部屋付きのロボットアームなんて配備されてない。
それは、つまり――
「実に面白れぇ――――とか言ってる場合かっ! 間違いなく特区からの攻撃じゃねーか!」