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じゅうきゅう/1626069600.dat

 ヴジョニュジャギュニュリルラ――――『わたボ狐狸A6FEP(ポートレート)β(異質生命体感)』と目が合った。


 わたぼこる糸くずは、ホームサーバーと量子エディタの機能を使って表示させている。

 コレをオフにすると、(なみ)プロちゃんは何らかの長考に入り――――ふーにゃーるれりれー♪

 と、実行中のタスクを放り出したり、耐えたとしても動作が不安定(きょどうふしん)になる。


 けど、処理映像の再生ウインドウを閉じるとケロリとして、「先生、また手がお留守になってますわよ?」なんて執筆の催促をするから、(なみ)プロちゃんの演算リソースが底を突いてる感じでも無い。


 『先進的齟齬(プログレッシブエラー)頒布図』、ひいては『先進的齟齬(プログレッシブエラー)』を解析できる限界は、糸くず表示(わたぼこる)まで。

 その状態を追跡ログ開始(トレース)すると、糸くずは画面からすっぽ抜けて――――解析不可能(にげられる)


 〝検算部(きゅうごうき)〟の性能を、設計通りのスペックまで高めることが出来れば、この先を調べることも出来そうではある。

 だが現状、「ギリギリ……無理っぽいな……やっぱり再設計急がねえと」

 再設計てのは〝検算部(きゅうごうき)〟に使った、〝量子デバイスチップ〟のことだ。

 当初の設計通りにまで性能を引き上げるには、正式商品名『量子エラ-浸透(QEP)対応量子光源チップ』の修正が必要になる。


「そうですね。私からの修正箇所もありますし、もう少しテストしたい所ですけど……」

 いまは画面共有をオフにしてるから地味子(ふつう)のノートPCの画面は、縮小表示(サムネイル)になっている。

 でも、(なみ)プロちゃん達のリソースモニターは特徴的で、小さくなった画面の中でも大まかな状態が見て取れた。


「ハード上の改良点はシステムAIの補佐ちゃん任せで、3時間も有れば必要なセッティングが割り出せる……」

 すでに起動成功している検算部に設計担当(おれ)がしてやれることは、〝量子デバイスチップ〟の微調整(ブラッシュアップ)だけだ。

 ソレは機械的なモノで、科学者やエンジニアとしての才能とか器用さとかは、あんまり必要ない。


 カチリ♪

 (なみ)プロちゃん専用リソースモニターを開いた。

 右上に小さな(なみ)プロちゃんが居て、かなり微笑ましい。


 そして、各CPUコア(グループ)ごとに更に小さな(なみ)プロちゃん(ヘッド)が全部で9個居て――――そうとうワチャワチャしてた。


 その量子ネットワーク単位(ノード)も表している顔アイコンには、見たことがないのも混じってた。

 特に、『(<◎>)₅』と『(▼_▼)₆』。

 作戦担当/作戦部(ごごうき)の目玉アイコンと、破壊工作担当/EW特科部(ろくごうき)非合法ぽい(イリーガル)アイコン。


 それ以外は、前髪が長かったり、絵筆を持ってたり、カメラを構えてたりするだけで、基本的にはいつもの(なみ)プロちゃん顔だった、


      ⚠


「んー、んーんー? んむむむーーーー?」

 (なみ)プロちゃん周りのツールは、まだ操作方法すら、よくわかってない。

 地味子(ふつう)博士お手製だからか、恐ろしく高性能かと思えば、壊滅的に操作系が雑だったりして……興味深くはある。


「なに面白い顔し・て・る・ん・すか? 仕事中~で~す~よぉ~?」

 ふざけた声の違崎(ヤツ)をチラリと確認したが、案の定、口角を上げ寄り目、鼻を指で押し上げていた。


 悩む俺たちの気を紛らわせようとでも、考えたんだろうが。

 見え透いた顔芸は無視して、解析作業を進める。

 そもそもが、ヤツはイケメンだ。顔と性根だけは立派なもんなんで、ソコまで面白くならん。


 カチカチ――――ヒュパパパパッ♪

 必要な情報をリストアップする。

 (なみ)プロちゃんが手にした小箱から、パネルをワサッと広げるアニメーションがとてもカワイイ――ので即座にオフにした。負荷もかかるしな。


『ぶんごう,np::panalgori.qst……/分散合意シンクロアナライザ』

『たいりょう,np::enqcp_mdinst.qst……/耐量子計算暗号通信プロトコル・モジュールインストーラー』

『えらった,np::qeranlys_svc.qst……/量子エラー正誤分布パターン解析サービス』

『きんきゅう,np::urgsttgptl,qst……/緊急時戦術プロトコル・ホストスケジューラー』


 演算単位が大きなのは、この四つ。

 意外な事に、『わたぼこる.np』の占有率は下から数えた方が早い位で、とても低かった。

 全ての稼働状態は実行中で有り、異常を示す表示はない。


 ただ『緊急時戦術プロトコル』の状態が、時折〝中断〟されてるのが気になった。

 地味子(ふつう)の領分は、正直さっぱり分からん。

 そっと、(さより)ふつう博士の様子をうかがう。


 ぐぬぬ――――苦悩の表情が張り付いてた。

 オマエは顔芸しなくていいぞ。違崎(ちがさき)よか、よっぽど面白くて正直、俺が仕事にならなくなる。


 ぐにゅにゅ――――やめろ。タコ(ぐち)はやめろ。

 どうも解析作業が、難航しているようだ。

 天才である彼女にだって、わからないことはある。


 いま(なみ)プロちゃんをポンコツにしている原因が、〝先進性齟齬(プログレッシブエラー)〟という概念の複雑さ(・・・・・・)なのだとしたら――――俺にはお手上げだ。

 うーん……例の(なみ)プロちゃんの〝睡眠状態(未解明)〟と、関係はありそうだけどなー。


(なみ)プロちゃんもメモリ管理周りで要望有るなら、いまのうちに出してちょうだぁーい――にゅにゅ~♪」

('_')(並プロⓇ)¹:「わかりましたわー♪」』

 地味子(ふつう)ノートPC(コンソール)から、(なみ)プロちゃんがしゃべりだした。


('○')(並プロⓇ)¹:「それじゃあ緋加次(ひかじ)君――にゅにゅ~♪」』

 そして、俺の軍用ノートPC(コンソール)からも、(なみ)プロちゃんがしゃべりだした。

 タコ(くち)になったアイコンの発声と同時に、台詞が入力されていく。

 主幹部(なみプロちゃん)に、地味子(ふつう)との同期機能は搭載されていない……はずだけど?


 オフにしたはずのアニメーションも、勝手に再開。

('_')(並プロⓇ)¹:「例の廉価版の設計図に変更は御座いましてー?」』

 リソースモニター右上に居た(なみ)プロちゃんのイラストが、真ん中まで歩いてきて質問を投げかける。

 いいねいいね、そういう芸が細かいのは好きだ。

 好きだが――他ならぬキミの解析中にされると、各種パラメータに影響が出ないとも限らないわけで。

 設定メニューの深いところにあった、動的装飾(アニメ)機能を一括でオフにした。


 ふう、全ての(なみ)プロちゃんの待機モーションが停止する。

 タコ(ぐち)も無事、引っ込む。

 よーし、落ち着いたか? さーやるぞ。


 2回目のパーツ注文は、出来るだけ早く出したい。

 だが出来ることなら、色々と流用できるモノは流用して、コストも抑えたい。

 (なみ)プロちゃんが言ってた〝廉価版の設計図〟というのは、その辺の話で。

 (なみ)プロちゃんは、とてもかしこい。

 その上、気がきいてて、研究対象としても最高にエキサイティングだけど――金がかかるのが玉にキズだ。


「あー、廉価版(ソッチ)もあったか。今日中に詰めるか、んーっと……契約はどんなだったか……」

 LM女史(【スピントロニクス/量子メモリや例外的に物体中の磁場コントロールなどを行う学問】の第一人者らしい)制作による、市販されてない量子パーツ。

 女史の主な取引先は、地味子(ふつう)の実家の家業みたいに、先進的な中小企業と思われる。


「法務上は、ハーフヴィークス社が以前発売した超マイクロHDDに使用した特注パーツ請負に関する契約と同等の、技術的提携形態になります」

「そこまで本格的なコトになってたのか。んじゃ、だいじょぶかー?」


「ええ、書類上の取り引き相手は100%偽装会社(ペーパーカンパニー)になりますが、ヒープダイン社の特許資産が守られます。ただしコチラも事実上、該当パーツの発注は彼女に独占されるコトになりますが」

 念のため、画面共有をオンにして『黒塗りだらけの参考資料』に目を通した。

 代表者の写真(ポートレート)を確認。それは知らない人物で、わたぼこられもしなかった。


 『わたぼこるモジュール』は謎のまま(ブラックボックス)だが、外敵である〝しんぎゅらんⓇ〟関係者であるかどうかのチェックには、使えるかも知れない。

 〝(なみ)プロちゃん〟とウチのホームサーバー上の〝補佐ちゃん〟が居ないと使えないけど、大体みんな自宅兼作業場(ショールーム)に集まるから問題ないしな。


「事実上……すっげー高いけど他で作れないことを考えたら、破格なんだっけ?」

 特化型製品開発用途であるため、彼女以外の選択肢がそもそも無い。

 〝量子超越性〟に唯一届いた俺たち(ヒープダイン)みたいな、独占状態。

 先方にうま味があるなら、信用もできるか。


「よし、検算部に使用するハイエンドチップと、廉価版に流用可能なエコノミーチップを共用(コンパチ)化すっか♪」

 この先、廉価版原子回路型量子コンピュータを設計するに当たり、いろいろと共用できるような形にして、廉価版製品の市販価格を、極力下げたいという――悩ましい問題への対応を進めるコトにする。


「やっぱりソレ、前倒しでやるんですか? 当初の予定では、三回目のパーツ発注までに間に合わせるって話……だったんじゃ?」

「なあに、ハイエンドチップを完成させる片手間で、せいぜい(なみ)プロちゃん達の30分の一の性能が出せりゃいーんだ♪」

 簡単簡単――――おしゃれなノートPCの向こうから、業務提携(アライアンス)(パートナー)がジットりした視線を向けてきた。


「わかりましたわぁー♪ じゃあ、コンパチチップの設計が終了次第、私たちも調整開始いたしますねぇー♪」

 (なみ)プロちゃんも、こう言ってる。

 簡単簡単――サッ――俺は必死に――ササッ――能面みたいな――サササッ――真顔から――ササササッ――顔を背け――サササササッ――続ける。


 すると能面(ふつう)を避けた視線の先で――――がたがたがた、ゴトン。


「なんだ違崎(ちがさき)、うるせーぞ?」

 よーし、ナイスだ見習い(イケメン)。話題を変えて、この場はやり過ごす。


「えーでも、(なみ)プロちゃんの調子が悪いんでしょー?」

 見習社員が、玄関先に止めてあった自走カートを、引っ張ってきた。


違崎(ちがさき)君……そのカートで、何するの?」

 諦めた顔で立ち上がり、違崎(ちがさき)を手伝おうとする業務提携(アライアンス)(パートナー)

 彼女は基本的にとても優しい。ソレは(なみ)プロちゃん達の人格設計(ひととなり)を見てもわかる。


「何か邪魔されてて調子悪いなら、また全部コレに載せてあげたら――調子が戻ると思って」

 俺たちの白熱する議論に、自分も何か手伝いたいと考えたのか。

 見習い兼後輩1|(正確にはやや(・・)イケメン)は、モノは知らんし軽薄で短慮だが、根が素直なのが評価できる。


 現状:映像再生――――ふーにゃーるれりれー♪

 ※解析処理を始める(わたぼこる)と、(なみ)プロちゃんの挙動が怪しくなる。


 ふにゃるれりれってしまう現状を考えたら、違崎(ちがさき)の考えはもっともだ。

 (なみ)プロちゃんの性能は上がっていて、それでも演算処理が追いつかないというのなら、(なみ)プロちゃん達を繋いでいるネットワークに障害が発生していると考えるのは、すこぶる正しい。


 この素直さは、俺だけじゃなくて、たぶん地味子(ふつう)も好ましく思っている。


 カチカチ♪

 頭ごなしに批判せず、(なみ)プロちゃんの量子ネットワーク状態を確認する。

 いまの問題点は、外的要因によるモノではない。

 (さより)ふつう博士の領分である、人格構成(プログラム)上の……むしろ高性能さが招いた不具合だと、睨んでいる。


「お、また来た」

 ヴジョグニョ――――俺が見ているリソースモニター画面に興味があるのか(・・・・・・・)、ワサワサと糸くずが浸食してきた。

 とおもったら――ガキンッ♪

 ウインドウ上部のメニューバーにぶつかって、糸くずがはじき返された!


 末端も先端も自由自在(フレキシブル)で、止める方法がなかった『わたぼこる(いとくず)』。

 その挙動を、初めて制限できた。


 でも、金属質な効果音はどこから出たんだ?

 量子エディタにも、処理映像再生ウインドウにも、そんな音源は搭載されてない。

 本当に謎すぎて(なみ)プロちゃん、もしくは、しんぎゅらんⓇは研究対象して底なしだった。


 ――ガキンッ♪

 ――ゴキンッ♪

 ――ギュキンッ♪

 わたぼこるは、その後も何度もメニューバーに突進し続けた。


 コレは、わたぼこる(プログレッシブエラー)攻略のまさに、糸口をつかんだ(・・・・・・・)と言えよう。

 メニューバーにあたり判定(コリジョン)があるなら、メニューバーを複製して取り囲んでもイイし――――おらぁ!

 俺はタイミングを合わせて、ウインドウを横にずらした(ドラッグ)


 すると――ボガァァァン♪

 昇り竜のように画面外へ消えていった糸くずが、画面端で爆発。

 何に、ぶつかったんだよ?


 再びリソースモニター画面(ウインドウ)を画面中央に戻すと――

 『@²』

 様子をうかがうように、画面下でとぐろを巻く、糸くず。

 今度はなぜか、小さな数字を引き連れている。


「「ゲームみたい♪」」

 ああもう、よって来んな!

 ゲームバカか。いや、俺も含めてゲームバカだった。


 けどオマエ等だって、〝量子コンピュータとソレに載せる人造人格〟の開発中に起こるアクシデントとして、『わたぼこる』も『@²(いとくずじじょう)』も常識の範疇を超えてるコトくらい、わかんだろ。

 決して手放しで、面白がってる場合じゃない――


「僕にも、ヤらしてくださいよ」

 その手には、俺のと同型(おそろ)の携帯ゲーム機。

 違崎(ちがさき)の青色のカーソルが、俺の画面に飛び込んできた。

 見習社員(ヤツ)のQIDも、地味子(ふつう)程ではないが権限を与えてある。

 共有画面に、自由に参加できるくらいには。


「ズルい! 違崎(ちがさき)君がヤルなら私もっ!」

 場合じゃない――つってんだろーが!

 オレンジ色のマルチカーソルが、もう一個増えた。


「かーばやろーう! こりゃ俺んだ。俺が見つけたんだ!」

 俺が『@²』をひっ掴んで、画面端へと引っ張った。

 ウインドウ同様に『わたぼこる』も『@²』も、つかんで動かすことが可能だ。

 ただ、つかむ端からスルスルと逃げ出すが――ボガァァァン♪


 だから画面端の何に、ぶつかってんだっつの。

『――――@³』

「あ、数字が3になった。こりゃ――!?」

 カーソルで真ん中あたりをつかんだ。


「――3匹目って事かしら!?」

 地味子(ふつう)も参戦。暴れまくる片方の末端を、器用につかむ。

 やっぱり、ゲームうめーなコイツ。


「だよね、次は4になるんじゃ!?」

 違崎(ちがさき)も参戦。

 凄まじい動きを見せていた反対側の末端を、何度目かでつかむことが出来た。


 ギュッ――スルスル――ギュギュヴルッ――スルスル――ギュギュムヴォリュッ♪

 ノイズ混じりのイヤな音が、押さえるカーソルが増えるたびに増していく。

 だから、この効果音、どこから出てんだよ!


 ギュギギィィィィイィィィー!

 三人分のマルチカーソルでクリックされると、『@³(わたぼこる)』が逃げ出さなくなった。

 そのかわりに今度は、糸くずの〝太さ〟が増大し始めた。

 拡大された糸くずの重さで、たるんでいく糸くず。

 再び生物的な――ウゾウゾ――ヴルヴル――ウジャウジャとした、のびチジミ、ねじれる動き!


 ブルルッ、ブンルルルゥ――しまいには三次元ベクトル曲線(立体的な(なわとびみたいな)挙動(うごき))を描き――――コツ、コツン♪

 ウゾヴルグジャワラが画面奥から、画面の外に居る俺たちを狙うように、液晶画面(・・・・)をたたき始めた。


「「「うひぃっ!?」」」

 コレは、地味子(ふつう)じゃねーけど、本当に――――「「「気色悪っ!」」」

 俺たちは、あまりのおぞましさに、カーソルから手を放してしまった。


 スッポーーーーーーンッ♪

 再びの昇り竜――――ガッキィィィィンッ♪

 その勢いは――――ぶち当たったメニューバーを押し上げた(・・・・・)


 ウインドウは縦に拡大され、デスクトップ上辺にぶつかって――ボガァァァン♪

 爆発して、居なくなる糸くず。


 拡大されたウインドウは、リソースモニター画面だ。

 縦のサイズが、量子ネットワーク通信量(スループット)を表している。


 『10メガ量子ビット毎秒(Mqbps)』という膨大な演算単位は変わらず、2%の占有率。

 分散型CPUである量子コンピュータ×(ごうけい)33コアの、個別動作状態にも変化はな――――


 ――――――――グイィィィィィィィィィィィィン♪

 リソースモニター端に並ぶ、CPUコアグループごとの稼働率。

 そのなかのひとつ、検算部(CPU9グループ)の稼働率が一気に100%に達した。

 100%を超えてもまだ上昇を続け、(ドーナツ)のような稼働率(グラフ)を違う色で上書きしていく。


『100メガ量子ビット毎秒(Mqbps)

 量子ネットワーク通信量(スループット)の単位が一桁上がり、見た目の余白(スペース)が出来た。

 毎秒ごとの通信量を、山の稜線か高波みたいに描き出していた、ネットワーク稼働状態が、平地かさざ波みたいに小さくなった。


 だが実際には、帯域占有率が、2%から一気に10%近くなったわけで、ジワジワと右肩上がりに登り続けている。


 俺たちは、まだ片付け途中で配線だらけの(なみ)プロちゃん一式を見た。

 サイコロどもに、特に変化は見られない。


 グワ――――――――!


 俺たちのよそ見(スキ)を狙うかのように、瞬間的に通信単位が膨れあがった。

 気づいたときには、超高速通信環境の理論値上限いっぱい。

 こんなのは、帯域飽和型のサイバー攻撃でもされなきゃ、ありえねえ。


「コレってまさか――攻撃されてるのか!?」

「ええっ!? だ、誰に?」


「二人とも何言ってるんですか!? 誰ってそりゃあ、〝しんぎゅらんⓇ〟だか〝先進的齟齬(プログレッシブエラー)〟からに決まってるじゃないですかぁー?」

 もっともだ。

 そう、違崎(コイツ)は根が素直だ。

 今日はどうにも、コイツに負けっぱなしで虫が好かんが、認めざるを得ない。


 いま俺たち((なみ)プロちゃんⓇ一式+ヒープダイン™)は、攻撃されていた。


      ⚠


観測不可能性(アンオブザーバブル)並びに、量子エラ-浸透(QEP)機構に異常なし。耐量子暗号へのハッキングはされていません」

 検算部によるエラー補正は、完全ではないが一応作動してるようだ。

 そして、まだ40%の未実装部分が残る耐量子計算暗号を狙われ、盗聴解読(ハッキング)されているワケでもないと。


 それでも閉域網クローズドネットワークであるはずの(なみ)プロちゃん達に、ネットワーク側からの介入がある。


「よし、超高速通信環境切るぞ。オマエ等のスマホもシャットダウンしてくれ」

 『超高速通信環境』ってのは、シグナルレッドのSUV(カー)ロゴで有名な〝超高速通信環境社〟提供の、開発者向け超高速通信環境だ。


 博士号か三年に一度の論文発表が有れば格安で、世界最高品質の大容量超高速通信環境が使い放題になるアレだ。

 格安と言っても、それなりの金額はするが、俺や地味子(ふつう)みたいな量子コンピューター開発者で重度のゲーマーなら、コレ以外の選択肢はない。


 違崎(ちがさき)の提案どおりに、(なみ)プロちゃん達には自走カートに格納されてもらった。

 念のため無停電電源装置(UPS)対応独立コンセントに繋いだし。バッテリーもチャージ満タンだ。


「じゃあ、補佐ちゃん。家屋内通信セキュリティ最大、広域LANだけじゃなくイントラネットも全てカットだ」

 俺のスマホに表示される、カウントダウン。


「あと10秒。照明も落ちるから、気をつけろよー」

 ちなみに、ウチの通信セキュリティを最大にすると、簡易的だが電波暗室代わりにもなる。

 盗聴機の類いも一切、外部との通信が不可能になる。

 もし、ヒープダインに攻撃を仕掛けてきてる相手が、ソーシャルエンジニアリングを行っているとしても、今から復旧するまでの間は、一切介入できなくなる寸法だ。


 ピピピピピィィィィィィィィィ――――――――ブツン。

 何かが切れるような音を立てて、バックアップサーバーが緊急停止する。

 パチパチパチパチカタタタタタ――――――――バチン。

 そして、南西側から落ちていく照明。最後にメイン電源が自動的に落ちた。


 かなり薄暗くなった。


「うわっ、なんかこわいっすね」

「な、何言ってるの、な、情けないわね」

「さーて。鬼でも何でも――何も出ないよかマシだ♪」


 俺の軍用コンソールの『ネットワーク接続が切れました』を皮切りにした、オフライン通知の滝。

 すべてのダイアログが消えて残ったのは、折れ線グラフみたいな糸くず(わたぼこる)


 可動部分が極端に減ったカクカクした動きの糸くずが、重力に惹かれるまま、画面下に落ちていった。

 ホームサーバーの電源ごと落とす、隠し(ファクトリー)モード(シャットダウン)

 こんな緊急事態がなかったら、退去時まで使わなかっただろう。


 不可解だろうが何だろうがネットワークを経由している以上、一網打尽で動作不能に陥るはず。

 まあ、わたぼこるモジュールは、俺たちの外敵を探るための機構(プログラム)であって、敵自体ではないんだが。

 あの生物的な挙動を見せられると、生理的な拒絶感が酷くて、もう、しんぎゅらんⓇと同一視し始めてるところが有る。


「代表、帯域占有率、落ちてきましたよ」

 (なみ)プロちゃん一式の有線ノード接続があるから、システム全体ではゼロにならない。

 それでも、いま発生してる問題を切り分けるのに、全ネットワーク切断は有効なのだ。


 部屋の主電源を落としてから約3分。

「うーむ不発か。ネットワークに不審な動きはねぇー」

 何も変化はない。俺たちがされてる攻撃の手口さえつかめりゃ、あとは天才(じみこ)がどうにでもしてくれるんだが――


(なみ)プロちゃーん。調子はどーお?」

 自走カートに話しかける違崎(ちがさき)


「ちょっと、肌寒い感じがしないことも、なくもありませんでしてよ?」

 肌寒い? あと煮え切らねえ言い回しが、半端な高性能(システム)AIぽくて、すこし不安になる。


 いま自宅兼作業場(ショールーム)にビルドインされた、各種の計測機器は停止している。

 環境(オープン)データは、(なみ)プロちゃんに届かない。

 (なみ)プロちゃんが獲得できるデータ量は、半分程度になっているだろう。


「空調も止まったからな」

 俺は、愛用の軍用コンソールを担いで、明るい東側の出窓にとりつく。


 明かりを求めて出窓に群がる、蝶のような俺たち。

 いや、高さが合わなくて、中腰でPC(コンソール)にかじりつくサマは――――カマキリ3兄妹か。

 カマキリ次男坊が手にしてるのは携帯ゲーム機だが、立派に仕事中――――オマエ、新着ページ漁ってんなよ。


 オフラインでも、直前にアクセスしたページの閲覧くらいは可能だ。

 なんか面白い新作ゲームあったら、買わせるからな。

 電源復旧とサーバー起動に一時間はかかるから、その間ソレで暇つぶししよう。


 ガスは使えるし、戸棚の奥に隠しておいた〝うなぎパイ〟の出番だな。

 しんぎゅらんⓇとプロゲラー(プログレッシブエ)(ラー))解析は、午後から再開。

 よし、そうしよう。


 薄暗くなった自宅兼作業場(ショールーム)を振り返る。

 窓の外から差し込むのは、まだ午前中の白っぽい日差し。

「よし不発だ。復旧するぞー」

 なんか思いもよらねえトコから、真犯人が馬脚を現してくれることを期待したんだが、そう上手くはいかない。


「ぎゃー、危ない!」

 急に地味子(ふつう)に腕をひったくられた。

「あぶねえっ! いくら軍用仕様(ミルスペック)だからって、落っことしたら壊れるだ――――」

 俺の腕を抱えて、へたり込む地味子(ふつう)


 その見開かれた瞳の中。

 何かの光が――――


「ん? なんか光ってる?」

 顔を上げ、出窓を見た。

 出窓の先には、街路樹に埋もれた団地やマンションなんかが有るだけだ。

 近所のマンションのガラスでも反射してんのかと思ったけど――違った。


 光源(・・)は一直線に出窓を突き抜ける――角棒。

 その白い10センチ程度の断面は、なめらかな金属質。


 45度回転してて、菱形の角棒に見える。

 その側面には鉄筋みたいなゴツゴツした凹凸があって、なんだか背骨みたいに見えなくもない。


「な、ななななななななななっ!?」

 何だコレは。出窓のガラスが割れてねえし!

 並列プロジェクトに関わってから向こう、「何だこりゃ?」は口癖みたいになってるが。


「何だこりゃ?」

 ソレは白い(ぼう)だった。

 秒速で言ったら、30センチくらい。

 地味に動きが速くて、窓の外に突き出てた部分が、どんどん進入してくる。


 (なみ)プロちゃんの実体映像とは少し違うが、強烈なまでの解像度。


「ひっ、緋加次(ひかじ)君!」

 また出たな、地味子(ふつう)緋加次(ひかじ)呼びが。

緋加次(ひかじ)せんぱーい!」

 おい見習い。オマエに緋加次(ひかじ)呼びされるいわれはねえ。


 二人に背中に抱きつかれ、矢表(やおもて)に立たされた。

 焦った俺は、目の前に迫ってた白線を、反射的に――――

 ――――ポゥン♪

 なんと、はじき返した。


 ラケット代わりにしちまった軍用PC(コンソール)を確かめたけど、キズも焦げも変色も無い。


 ――――ポコス――ポコカカ――ポゥン♪

 勢いが付いた謎の金属棒が、部屋の壁床天井を所せましと、反射し始めた。

 その軌道はよく見るとギザギザしてて、ドット絵を拡大したみたいになってた。


「「「面白っ!」」」

 その反射音(?)は、まさにポゥン♪

 世界最初期ビデオゲームそっくりの、効果音。


 糸くずが発する、気色悪い音じゃなくて助かったけど、この異様なまでの現実感は――一体なんだっ!?


 驚いたことに、この白線にはあたり判定というか、触感があった。

 ななめに積み上がってた雑誌をたたき落としたり、蛍光灯からさがるヒモを揺らしたりする程度の半実体があった。


 だが、このリビングには、複合(ミクスト)現実(リアリティ)を実現するための整流ノズル付き立体空調管理システムや、部屋付きのロボットアームなんて配備されてない。

 それは、つまり――


「実に面白れぇ――――とか言ってる場合かっ! 間違いなく特区からの攻撃(・・・・・・・)じゃねーか!」

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