じゅうはち/1625180400.dat
キュキュキューッ♪
悔し紛れに、謎の迷路を解くことにした。
スタートらしき高速道路からは、俺が青ペンで進入する。
キューキューキュッ♪
ゴールらしき星形の地点からは、地味子がピンク色で出発した。
「ちょっと珈琲ぃー先輩、邪魔」
くそう、懐に入られた。手が届かねえじゃねーか。
この天才女は友人の影に隠れて伏し目がち、一歩引いてるような大学生活を送っていたのだが。
俺と高性能演算分野、いや――並列プロジェクトⓇ開発運用における業務提携契約を結んで以降、急速に打ち解けた。
こうして違崎にクイズ(?)で負けた腹いせを、俺にするくらいには。
まあ俺だって、牛御大入学当初は学業以外のことに翻弄されて、全然余裕なんか無かったからな。
俺が、いろいろ吹っ切れて今の自然体になったのは、量子教授から違崎後輩の面倒を任されたことが大きい。
違崎後輩が入学当初に逃がした未修得単位が後を引き、とうとう卒業することはかなわなかったが、今年こそは……地味子のマネジ力で、無事卒業させてやりたいとは思っている。
弊社の水が合うなら、是非とも欲しい人材ではあるしな。AR電影部もなついてるし。
「えっと、何だよコレ……通れねーじゃねーか!?」
迷路は、〝事実上踏破不可能な自動生成ダンジョンで有名なクソゲー〟並の難易度だった。
ホワイトボードの端まで行って折り返し、地味子のペン先をかすめて――――結局元に戻ったり。
ピンク色側のスタート地点である、ゴールらしき星形の地点を確認する。
えーっと……巨大重機と遭遇した通路か……、違崎達と合流したゲームショップ前あたり……か?
そうすると、カメラ買った中古OA機器専門店が……コッチか――――キュキュキュー♪
――――ダンジョンの細道にペンを走らせてると、牛御大理数光学研究室――通称量子研で、ひたすら〝数理モデル化〟してた頃を思い出した。
基礎研究の合間に、研究対象外の事柄・物体・人物についての〝数理モデル化〟を執拗にやらされたのだ。
「そういや地味子は、量子研に籍はあるんだろ? 今も〝数理モデル〟やらされてんのか?」
大学のことはえてして違崎の単位修得話になってしまい、それほど会話してなかったから聞いてみた。
「あー、なんかやらされてるみたいですね。私も前に誘われましたけど、並列プロジェクト――で忙殺されてたので……ふふ」
笑ってごまかしてる。
「僕はたまに顔出したときに、やらされますよ~。……レポート提出に行くのヤダなあ」
オマエ、教授に目の敵にされてるからな。
ちなみに教授の本名は、量子ではない。
本名が一里塚日菜子だから研究室は本来、〝一里塚研究室〟となる。
ドアプレートにも『一里塚研究室』って書かれちゃいるが、学長や大学職員まで〝量子研〟って呼んでた。
名前の中から〝日+一+里〟で〝量〟。ソレに子を付けて〝量子〟というあだ名。
本人は、「名は体を表すものだ」と喜んで受け入れてたけど、俺たちは尊敬と畏怖をもってそう呼んでた。
「しかたねえから〝日記〟をよく提出してたな――俺の数理モデルだって言って」
「ソレ、有りなんすか? じゃあ、僕も日記にしたら良かった!」
「んー、たぶんオマエの日記は、捨象しすぎで不許可にされるぞ――――キュー♪」
「車掌……さん? 原付で通学してたらダメなんすか!?」
「抽象化するときー、いらない特徴を捨てるコトですよぉ――――キュキュー♪」
「行動と感情を羅列しただけじゃ、数理モデルにゃほど遠いって話――――っと出来た!」
――――ピタリ。
左上から迷路に進入した青色が、中央やや右下からぐるっと回り込んだピンク色とぶつかった。
描いた線画は、ほぼ同距離。
順路を構成する縦横無尽な正解ルートは、とんでもなく細かくて悪意すら感じた。
時間にして10分弱、どうにか迷路を解くことが出来た。
そして違崎はそれを、1分もかからずに解いたことになる。
チチッ♪
AR電影部が、電気街の地図をかさねた。
ソレは下地を消さない程度の半透明。
クォータービューで目印になる階層だけ描かれてるから、凄くわかりやすい。
俺たちの辿った順路が、浮かび上がる。
離れて見れば駐車場・イベント会場・打ち上げ会場・倉庫・N地点・パーツ受取地点・中古OA機器専門店が結ばれていた。
「たしかに電気街の地図だな。それでコイツは、一体何なんだ?」
「過去・現在・未来に渡って、私たち量子演算回路に介入しようとする謎の勢力の存在確率……というか犯行予告みたいなものかしるぁー?」
説明されたが、わからなさがレベルアップした。あと疑問形。
それでも応答無しされるよか、よっぽどマシだ。
並プロちゃんも自分の言葉を元に、まだ考えてる段階なのかもしれない。
「さっぱりわからんが……犯行予告とは物騒だな」
予告という行為は実は、実際に犯行を行うよりも質が悪い。
戦術ではなく戦略。立派に情報戦の最上位カテゴリだ。
「並プロちゃん、類似の概念は本当にひとつもないのかしら?」
量子コンピュータが、古今東西の文献を全文検索しても答えが出ない程度には、ややこしいコトなんだろう。
「……これ以上わぁ、一切の言語化が不可能ですわぁ~~ふーにゃーるれりれー♪」
ゲームオーバーみたいな語尾が、ダメですわーと言っている。
黒箱上の空間表示が霧散し、再び再構成された。
『('_') = 2』
再構成までのブラックアウト中、一瞬、表示されたのは残りのプレイヤー数か?
レトロゲームなら自機数はふつう3機。つまり主幹部の残機は2(66%)。
ソレでも俺たちは、『先進的齟齬頒布図』という難問を解かなきゃならない。
ちなみに並プロちゃんに残機制限は無い。バッテリー切れはあるけど。
……たぶん主幹部か造形部か、地味子が仕込んだ冗談だ。
「じゃあ、なんで迷路にして、俺たちに解かせた?」
「私たちの演算単位に悪影響を及ぼしていた、エラー発生頻度を有意……意味のある形へと変換したまでですわ~♪ フンフフーン♪」
MR実行部も時々やってた、スクリーンセーバー代わりのダンスを披露する主幹部。
〝半実体カーソル〟は純粋な光学的レトリックであり、空気に〝焼き付き〟は起こらない。
搭載されている光学装置や液晶パーツの問題に、自発的に対処してくれているのだ。かしこい。
「じゃあ頒布図ってのは、どういう意味だ?」
「散布図じゃないのよね? 迷路だし……」
「――――ふーにゃーるれりれー♪」
「――――ふーにゃーるれりれー♪」
並プロちゃんの残機が、一気にゼロになった。
目を回した主幹部が再起せずに、〝黒箱〟を閉じた。
「よし、アプローチを変えるぞ」
オレは軍用コンソールを、並プロちゃん達に繋いだ。
地味子も同じく〝検算部(仮組み)〟に繋がる分配HUBに、自分のノートPCを繋ぐ。
そして違崎後輩は祈りながら、出来あがったレポート入りのUSBメモリを、分配HUBに繋いだ。
コレは並プロちゃん解析に必要ない。単に地味子にダメ出ししてもらうために、提出しただけだ。
§
迷路の謎をひもとくために、並プロちゃんの頭の中を精査することにした。
地味子謹製の並列プロジェクト統括GUIをホームサーバーからインストール。
次に並プロちゃん開発環境から、必要な共有ファイルを量子エディタにコピー――
――ヴォーン♪
『('_')¹:こんにちわ先生♪ うふふ』
並プロちゃんがエディタ画面の隅に現れた。
口調と髪型と襟元のデザイン、そして頭の横にくっ付いた数字からソレが主幹部主体の、お嬢様キャラクタだとわかる。
黒い箱の方はどうなってるのかとホワイトボードを見たら、白い電動アームが黒い箱を放り投げた。
一瞬焦ったが、並プロちゃん達を充電するラックの上に無事着地した。
機械腕を伸ばし、自分で充電ケーブルを接続してる。
色々動いて目減りした分の充電をしてるのだ。かしこい。
『import glob
glob.glob('しんぎゅらん')』
〝しんぎゅらん〟を検索する。
口頭で指示を出してもイイのだが、正確を期するためエディタから入力した。
『しんぎゅらん 0/26』
該当項目はゼロ。
右側の全体数は、主幹部が発した言葉やトレース中の単語表示をひろっただけで、必要な情報ではないから除外された事を意味している。
次に地味子が、並プロちゃんのログをひらいた。
自動的に分割表示された実行画面には、当時の並プロちゃんの内部処理映像が映し出された。
あのゲーム画面みたいな〝リアルタイム処理映像〟だ。
走行中の並プロちゃんの視界である『パノラマ映像』に、各種の項目と数値化されたベクトルが表示されていく。
『おじさん→1・2m/s』『しょうねん↓1・8m/s』
『おんなのこ←1・1m/s』『おーえるさん→0・9m/s』
『ごみはこ_0m/s』『かんようしょくぶる↓0・1m/s』『たてかぶばふ↑0・2m/s』
簡単に言うならログは、並プロちゃんの頭の中を録画したモノだ。
「「よし、イイゾ――――♪」」
再生すると該当箇所で強制終了していたソレが、無事再生され続けている。
検算部は必要なスペックにこそ、まだ達していないが、立派に並列システムの高性能化を果たした。
――――ポコン♪
『New』の文字が出現したのは、最初にN地点で立ち止まったとき。
『<New>ふろぐれっじふえらー』
前にはなかった新しい項目。
問題の先進性齟齬が、出現した。
「この誤字に意味は――」
「ないです――ないわよね?」
『('_')¹:「ありませんわ~♪ 外的要因で演算量が増加した場合に顕著でしてよ?」』
なにこの人ごとみたいなの、自己言及するAIは時々面白い。
シシ、シ♪
小さな打鍵音。
『ぷろぐれっしぶえらー』
誤字が修正された。
ただし、新たに解析される部分に関してのみ、誤字が正される。
『しんぎゅらんⓇ』への唯一の手がかりである録画は、最優先で保全してある。
上書きは禁止し、ホームサーバーへのバックアップも二重にした。
シシ――クルクルクルクル。
ベクトル形式で新設されたソレが増大するタイミングで、解析中を表す〝処理待ち表示〟が出現。
『ぷろぐれっしぶえらー』の項目名も、高負荷状態を表す灰色に染まっている。
再生ウインドウが強制終了か――――!?
「ふーにゃーる――――」
作業台の上の黒い箱から、またもやゲームオーバーが聞こえてきた。
すかさず地味子が、回転する輪っかをクリックして止めた。
「ソレ、もらってイイか?」
地味子のオレンジ色のカーソルに、自分のマルチカーソルを重ねる。
「はい、どうぞ」
俺は、その解析処理をホームサーバーで〝部分実行〟した。
どんなに言語化困難な概念だろうと、それがベクトルデータで有るなら量子エディタの機能で視覚化することが可能だ。
なぜなら量子コンピューティングは、ベクトルデータを扱うことと同義だからだ。
その為の量子エディタであり、複雑系の記述は難しいことではない。
それにウチのシステムAI〝補佐ちゃん〟だって、一般的な開発環境としては最高峰のモノだし、高負荷で表示しきれない部分を手助けするくらいは可能だ――と思う。
すると――――グニョルラッ!
画面外から糸クズみたいなのが、すっ飛んできた。
「なんだコレ?」「わ、わかりません。代表、いま何しました?」
糸クズは再生中の処理映像の中を、ユラユラと漂い始めた。
「ウチのサーバー経由で、ベクトルデータを視覚化しただけだ」
「あれ? 何ですかその、糸くずみたいなの――――」
離れて画面をのぞき見してた違崎が、寄ってきた。
今まで処理映像を流れていたパラメータや演算式と比べたら、この謎の糸くずはずいぶんと視覚的で、確かに違崎向きではある。
漂う糸くずを、全員でずっと見ていたら、一カ所にまとまり始めた。
形作られる花のような形。花びらの数がスグに飽和する。
画面を二分していた曲線には末端があり――――ぐるぐるぐるると巻き取られた。
やがてソレは、灰色に染まっていく。
この灰色は量子状態が長時間におよび、エラーが頻発していることを示している。
「なんだか、綿埃みたいっすね?」
言い得て妙な違崎の横やり。
本当にソレは、薄汚れた手書きのクラウドマークみたいで……綿埃としか形容できなかった。
すると――――ポコン♪
『<New>わたぼこる』
という項目が作成され、謎のベクトルは数値化された。
「なんだコレ? わたぼこる?」
「並プロちゃん、なによ、わたぼこるって?」
『('_')¹:ぐぬぬ、か、カテゴライズの通りですわぁ~』
並プロちゃんは、高負荷に耐えている。
『わたぼこる』のプロパティをオレンジ色のカーソルが開く。
『【わたぼこる】
綿埃の動詞。プログレッシブエラーを例外的に数値化したもの。その状態を示す。』
処理映像の中でとぐろを巻く謎のベクトルは、まさに綿埃みたいで、ソレが形作られる過程は――確かに『わたぼこる』だ。
「なんか、僕がボコられるみたいで、イヤだなあ」
違崎の名前は海流だ。
まあ、今年卒業できなかったら間違いなくオマエは、量子教授にボコられるだろうが――
「コレ、モジュール化されてる?」
『('_')¹:はい先生♪』
お? 並プロちゃんが持ち直した?
「よし、じゃあコイツをトレース――」
『namip -m trace --count -r -T . わたぼこる.np』
――――ヴジャグニャッ!
糸くずを追跡ログ開始するとライン線形は現れたとき同様、生物的かつ重力を感じさせるような異様な動きを見せた。
――――スルスル、ニュロロロッ!
ばらけた曲線は唐突にすっぽ抜け、画面外へ逃げて行ってしまった。
「うっわ、気持ち悪っ、何ですか今の挙動!? 初めて見たんですけど!」
慌てて、出力された〝注釈付きリスト(追跡ログ結果)〟を確認したけど、何も記載されていなかった。
「地味子が初めて見るようなモンが、オレにわかるわけ無いだろ」
わたぼこってる両端が自由自在なのが、解析を難しくしている……玉結びに出来たら、ログくらいは残るか?
――――ダッカダカカカカッ!
地味子が、ノートPCに向かって削岩機みたいなタイピングを始めた。
――――ヴォッ。
俺は裏で開きっぱなしだった、執筆画面を呼び出す。
『わたぼこる』は執筆しながら解析できる程度の、生やさしい対象ではない。
執筆再開したいワケじゃなくて――執筆画面に設定したショートカットを使いたかったのだ。
シシシッ――――ヒュパ♪
あるAI読者プロフィールを、呼び出した。
ソコに映し出されているのは、『前髪が短い感じの眼鏡の女性』。
「珈琲代表、コチラどなた?」
並プロちゃんと殴り合いのデバッグ中じゃなかったのか?
地味子の声が平坦で、イヤな圧を感じる。
「れ、例のAI読者だよ。このところコメント付かなくて、心配してた――――」
「ああ、そういえばそんなこと言ってましたね――――『わたボ狐狸……?』」
「関係ねえとは思うが、なんか気になるだろ?」
『('_')¹:うふふ♪ 関係なくありませんわー』
「あ、ホントだ。たぶん関係なくないですよー」
ニヤつく並プロちゃんと違崎。
仲いいなオマエら。
それにしても、違崎に二連敗てのは、我慢ならんぞ。
地味子もそう思ったのか、解析コマンドを打ち込む手が(高速すぎて)見えなくなった。
――――――――ダッカダッカダカカカカカカカカカッ!
『わたボ狐狸A6FEPβ』
俺も『A6FEP』を検索してみるが、何も無い。
古い乗用車のダッシュボードパーツの型番とか色々出てくるが、どれも関連しているとは思えない。
βって事は開発中の人工知能なんだろうが――――
『わた+ボ+狐狸』を検索してみたが、何も無い。
『【狐狸】――狐と狸。妖怪。隠れて悪事を働く者の例え。』
辞書から羅列された、〝隠れて悪事を働く者の例え〟てのが気になるくらい。
AIは狐でも狸でも、オカルトでもない。
☆
「マジかーーーーーーッ!」
結論から言うなら、俺の小説の最古参読者AIである、『わたボ狐狸A6FEPβ』さんはクロだった。
画面に表示されてるのは、何の変哲もない、都心の数理学研究所からの注文書。
リンクを辿ると、『前髪が短い感じの眼鏡の女性』が代表者だった。
「ココですよ。よーく見てください」
違崎が俺のPCを、横から操作する。
ぐわー――――拡大される写真。
前髪が短い感じの眼鏡の女性の背後。ちょっとだけ見切れて映っている物の形を確認する。
ソレは『六角柱が屹立する小型基盤のイラスト』が描かれたパッケージ。
「「あっ!?」」
そうだ、弊社製品のボックスアートには俺が書いた〝人造原子模型型原子演算回路〟の外観図を、そのまま取り入れてある。
それが『わたボ狐狸A6FEPβ』さんの、プロフィール画像に映り込んでいると言うことは――
つまり、俺の小説を読みに日参してた『わたボ狐狸A6FEPβ』という読者AIは、俺が〝DRETσ型〟の制作者である金平緋加次だと、理解していたと考えた方が自然だった。
なんせ俺の小説は、その頃、閲覧数一桁で箸にも棒にもかからなかったからな――ほっといてくれ。
それにしても、見慣れたこの画像。
何で気づかなかった?
本当に、狐に化かされてたんじゃ……ないだろうな?
調べていくと、俺の〝DRETσ型〟を購入したのは、ほとんどが、ペーパーカンパニーだったコトが判明。
情報の精査は、並プロちゃんの高速演算が役に立ってくれた……するまでもなかったんだが。
当時はおろか、いまのいままで夢にも思わなかった。
俺渾身の初製品が、わずか二名によって、ほぼ独占されていたとは。
『前髪が短い感じの眼鏡の女性』の偽装会社による購入が、16個。
例の地味子の家の秘書である藤坪氏による購入が、8個。
残りの6個は、各国有数の大学や研究機関による購入。
そして、藤坪氏のバックボーンとなる企業名も判明した。
当時は本当に忙しくて、発送業務なんかは違崎にやらせてたくらいだから、仕方が無いんだが――
ハーフヴィークス社っていやあ、超マイクロHDD製造卸売業者だ。
俺の軍用PCにも使われる程の高性能が売りで、昨今のセキュリティ意識の高まりとともに台頭してきた会社だった。
半導体ストレージが主流となった今でも、サブ記憶装置としての需要が無くなることはない。
「地味子おまえ、本当にいいとこのお嬢だったんだなー」
ひょっとして主幹部がお上品なのも、その辺も関係してんのかも――
「ふっふーん。ソレほどでも――有ーりーまーせーんーけぇーどぉー?」
なにその、本気のドヤ顔。超鼻につくけど、少し笑った。
もうそんなのはネタにしてて、いまさら何言ってんのって話だな。
まあいい。俺は地味子がドコの誰だろうと、態度を改める気はさらさら無い。
むしろ逆に、俺が何の変哲もない鉄工所の次男坊だとバレても、今までと変わらぬご愛好を要求するつもりだしな。
「あれ? 先輩、また出てきたっすよ?」
また出てきたって、何が――――ほんとだ。また出てきてた。
さっき、トレースするなり逃げ出した〝わたぼこるモジュール(糸クズ)〟が、デスクトップの端に漂ってた。
「気持ち悪っ!」
わめくお嬢。気品さのかけらもなくて、安心する。
でもたしかに、〝わたボコモジュール〟の挙動は、気持ち悪かった。
並プロちゃんの処理映像を飛び回るのは不可解だが、まあ理解できる。
だが、糸くずはいま、処理映像を再現している再生ウィンドウの枠を越えて表示されていた。
お嬢のマルチカーソルが、糸くずに触ると――――スルスルスルーと画面中央に逃げていく。
そして――――グニョニュルラッ!
見る間に糸くずが偽装会社代表者の顔で、とぐろを巻いた。
『前髪が短い感じの眼鏡の女性』の顔が、グレーのモコモコで見えなくなった。
『わたぼこる』項目が、スグに灰色になる。
「並プロちゃん、どういうコトだ? また精力的に、わたぼこってるけど?」
返答はなく、見慣れない演算式と『New』を貼り付けた新規項目が、画面上を流れていく。
『ぱらどきしかる』
糸くずが回転する三角形になり――
『くりぷとぐらふぃー/あくてぃぶ』
正四面体表示になり――
『すてがのぐらふぃー/ぱっしぶ』
金平糖みたいになって――
『わたぼこる』
再びわたぼこった。
首から上を、わたぼこらせた女性の姿は、だまし絵かシュルレアリスムの絵画みたいにも見えたけど――――
カーソルを近づけると、トゲトゲしく威嚇したりして、なんだか異質な生物にも感じられた。




