じゅうよん/1622408400.dat
『('_'):お二人とも、あと60センチ程、離れていただけますかしら』
謎のN地点を不法占拠した〝主幹部〟からの要求は、並んで座る俺たちに〝離れろ〟というモノだった。
「あれ? 俺たちがあんまり仲良くしてるから、ヤキモチ焼いちゃった?」
いまは並プロちゃん達の口を軽くする事が先決だ。
会話の呼び水になるかはわからんが、違崎が言いそうな当たり障りのない言葉で場をつないでみる。
――キュキュイ。
返答はなく、〝MR実行部〟が軽く機械腕を仰角調整しただけだった。
いざやってみたけど、軽口ってのもなかなか難しいモノで、違崎は確かに使い道があるのだと再認識する。
セリフはポップアップせず、半透明な銃口が俺たちを交互に指し示すループに入った。
まだ分光減衰機が機械腕の先にくっ付いたままだから、俺たちの一張羅(地味子はいくらでも他にあるだろうが)がカワイクされる心配はないけど……。
「いえ、感情係数に変動は見られません。例の〝言語化困難な対象〟に由来する要求かと」
いやそんな真剣なリアクションされると、〝ヤキモチ〟とか言った俺が〝一人で勝手にのろけてるみたい〟になっちゃうんだけど。
がたがたがた。地味子がパイプ椅子を横へずらす。
俺も反対側へ、椅子をずらした。
トータルで椅子ひとつ分の隙間が出来た。
『離れろ』という要求に応えた対価が、何かしら引き出せるといいんだが――
交渉開始のためのエサに使った〝天井の全天カメラ〟は、すでに〝AR電影部〟に管理者権限を与えている。
いま並プロちゃんの最優先は、現在地点の確保であるらしい。
地味子が精査中の出力データも、そう言っているようだし。
並プロちゃん一式を監視するために用意したカメラだったけど、絶対に映像と制御系へのアクセス権をほしがると思った。
たまたまだが、N地点には定点カメラが存在していなかったからだ。
くだんの『天ざるそば御膳(並)』と書かれた、通路壁面の巨大メニュー。
その店舗の入り口は、通りを横に入らないと無くて、裏口みたいなモノもない。
ココは別区画への連絡通路に繋がっており、店舗出入り口が一つも存在していなかった。
コレは防災観点からの設計なのかもしれない。ラッピングされた巨大な防災扉(絵柄は来月発売の萌え人狼ゲーのイラストと、清涼飲料水と家電チェーン店のロゴ)が集中して設置されている。
そのお陰で、まばらな通行人の邪魔にならずに済んでいるし、こうして並プロちゃんのワガママに付き合ってやることが出来ていた。
不法占拠という暴挙に出た並プロちゃん達からの返答も要求もなかったから、コチラは交渉の場に立つことを要求した。
並プロちゃん一式は交渉開始の見返りとして、全天カメラのアクセス権を受諾した形になる。
§
「「「…………」」」
俺たちに離れることを要求したきり、また応答無しになる並プロちゃん一式。
しかたないから地味子に話を振ってみる。
「拠点防衛に必要なのは、なんだと思う?」
「拠点防衛……タワーディフェンス(ゲーム)だったら、防衛ユニット生産のための資金でしょうか?」
「まあな。じゃあユニット生産の指示はどうやって出す?」
「マウスで拠点を右クリック……あ、トップビューカメラですか?」
地味子が細い指先を真上に向けた。
「そうだ。とにもかくにも外敵との距離を測るための〝目〟が必要だ。そして次に必要なのは――」
「――外敵ですね」
ココで防壁とか順路とか言わないあたりが、研究者視点というか――コレは重度のゲーマーってだけか。
「そうだ。ひとまず量子デバイスチップは取り返せたし、ココの正式な使用許可ももらえそうだし、地味子はデータのトレースを続けてくれ。ソレでもし敵が割り出せるなら、簡単でイイ」
高額パーツの奪還には、模型部副部長が置いてった大剣が役に立った。
二人がかりで長い剣先をなんとか小荷物の下に差し込み、持ち手をさげる。
滑り落ちてきたソレをつかみ損ねたときは冷や汗をかいたけど、地味子が飛びついて無事回収してくれた。
地味子は落ち着いた見た目に反して、そこそこの瞬発力が有る。若いしな。時々あまりの有能さに同年代か年上かと勘違いするけど。
「そう言うって事は、簡単じゃないことになりそうな予感がしていると……」
地味子が見ているのは、並プロちゃん達のアイコンが、揺らめく線で繋がれた見慣れない画面だった。
デバッグ用のGUIなのはわかるが、アイデアプロセッサみたいにも見える。
ただし、項目に書かれた本文は箱書きや指示事項の類いではなくて、高速で流れていく16進数。
いまどき、直に機械語を読むなんて芸当をするのは、量子教授みたいな破天荒物理学者か、型落ちの開発キットで最適化を図る貧乏なゲーム開発者くらいのもんだ。
古い世代のコーディング技能と、最新の量子エディタを使った複雑系の融合。
まさに、俺にはついていけない部分だった。
しかも、ちょっと距離が離れたから羅列された16進数の英数字も視認できない。
ほかにわかることと言えば、並プロちゃん5、6号機にはバツマークが付けられてて、物理的に機能封鎖されてることくらいだ。
まだ、この2体の並プロちゃん達は見たことがない。
いまも面白カートの中で、厳重に封印されている。
格納筐体の外側からは、他の並プロちゃん達と同じサイズで有ることしか、想像できない。
多少、地味子が口ごもるきらいがあるから、この2体には何らかの設計上の問題があるんだと思う。
それでも、量子ネットワーク接続されてるから、稼働はしている。
一体どんな機能特化してるのかが、楽しみではある。
主幹部に接合された量子回路は、三つ。
リング状のジャイロ構造に吊られた主副の回路だけじゃなくて、裏側にもう一個、〝造形部〟が取り付けられている。
物理的に別筐体である並プロちゃん達は全部で、1、4、5、6、7、8の6機体。
世界初の稼働中の量子ネットワークによる、実装済みの分散合意アルゴリズムは、正常に作動している。
いまのこの状況が、並プロちゃん達の真価が発揮されてる結果、もしくは過程なんだとしたら、こんな往来で対処できる事ではないかもしれない。
スマホを取り出し、時計を見た。
そろそろ、すっ飛んでった違崎&副部長コンビが戻ってくる時間だった。
厳命はしたが、本気でゲームを探し始めると10分なんて一瞬で過ぎる。
10分くらいの遅刻は許してやろう。
そういや、二人して大剣持って、面白カートを突き刺してる姿を、後輩コンビに見られないで良かった。
「どうでしたか、初めての共同作業は?」
なんて、からかわれるに決まってるからな。
「で、どうだったんですか? 本当のトコ。仲がよろしくて、これは事と次第によったら、社長に報告する必要が、あるやもしれませんね」
――は!?
俺たちの間に出来たばかりのスキマに、やや恰幅の良い背広姿が挟まってた。
「藤坪さんっ!?」
「はい。ふつうお嬢様」
すっげー、良い声。
地味子の関係者か!?
「地味子さん、こ、コチラどなた?」
「申し遅れました、金平緋加次君。私、鱵家に仕える藤坪厘布と言う者です。以後お見知りおきを」
「え、あ、はいコチラこそ初めまして。ひょっとして、ふつうさんのお父さんの秘書の方ですか?」
「はい、緋加次君とは一度、お目にかかったことがありますが、なにぶんお忙しそうだったので致し方有りませんな」
「あー、弊社製品を買い付けてくれたときですかね? 覚えてますよ。個人で原子回路に興味を持つなんて変な人……面白い人だと思ったので……ははは」
俺がヒープダインで営業業務をしてた頃っていうと、連日、背広姿の連中に埋もれてたから、さすがに背格好までは覚えてなかった。
製品に関する質問メールには全部、俺が答えてたからソッチは記憶にある。地味子からざっと話も聞いてたし。
ひょっとしたら直接応対したのは、手伝いに来てた違崎だったのかもしれない。
それでも確かに、量子コンピュータ……その心臓部である原子回路を買い付けた個人がショールームに訪れたことは、かろうじて思い出した。
カチャリ――すっと突き出される、細長い板。
二つ折れの携帯電話は、銃口を突き出すMR実行部に向けられた。
「町中での発砲はよろしくありませんね。レディーセブン」
レディーセブン?
なにそれ? ひょっとしてMR実行部のことか!?
な、なに気取っちゃってんのコノ、見るからに紳士然としたナイスミドルは。
――プグフヒッ!
こ、こらえろ。初対面……じゃなかったけど、自己紹介されたそばから笑っては失礼にも程がある。
「武装解除して、いただけますかな? マドゥモワゼェル」
――グフッヒッ!
ああ、ムリムリ。並プロちゃんは、いま、暴挙に出ているのだ。
平時にも携帯している長物を、手放すはずがない。
そもそも、まともに返事すらしてくれなくて困ってんのに――
『マど、もア、ゼーる?』
予想に反してポップアップするセリフ。
そして貼り付けられる、困惑の表情。カワイイ。
「クスクスクスッ♪」
あ、てめえ、地味子。コッチが我慢してるってのに、何笑ってんだ!
たしかに、謎の紳士とAIのやり取りは腹を抱えるくらいに面白いけど、我慢だ我慢。
社会人として、ヒープダイン代表としての矜持をまっとうしろ――ブッフフッ!
『了承シた。弾薬は温存シよう』
『安全強襲ライフル視器型』が懐にしまわれる。
並プロちゃんは、藤坪氏の言うことを聞いた。
ひょっとして、地味子以上の天才で、並プロちゃんのプログラムに介入できる凄腕なのか?
「大変よろしい♪ たとえ戦場でもレディーはかくあるべき――――ビィンヨヨヨ~ン♪」
有名な画家かマンガみたいな、左右に伸びた細ひげ。
その引っ張られた片方が、謎の効果音を発した!
「「プグフヒッ!」」
絶対、笑いを取りに来てるだろコレ!
「本日はこの後、所用が一件ございますので、お役には立てないのですが、一点だけ進言させていただきましょう」
藤坪氏が見せてくれた携帯画面には、白黒の戦争映画のタイトル画像っぽいヤツが表示されてる。
意味はわからない。並プロちゃん達AIの心の琴線に触れる映画なんだろうか。
「〝Compassion is not for other people〟です。では、お嬢様、あまり遅くならないようにお願いいたしますね。金平様もどうぞ、よしなに」
言うだけ言ったら後ろに下がって、スタスタと歩いて行ってしまう。
「あの、ソレってどういう意味でしょうか? ちょっと――――」
振り返ればソコには、誰も居なかった。
一番近くの路地まで、乗用車二台分は離れてる。
背後を振り向く一瞬で、駆け込めるとは思えないし、そもそも足音は途中で消えた。
「ね? ものすごいやり手でしょ?」
地味子が渡してきたのは、コノ通路区画一帯の正式な使用許可証と道路使用許可書。
たしかに、もしヒマだったら並プロちゃんとの交渉を、お願いしたいくらいだ。
意味不明で、ふざけてる感じもするけど、ちゃんとした仕事をしてくれた。
ひょっとしたら、地味子の天才っぷりは、彼の存在によるところも大きいのかもしれない。
なんとなくだが、そんな気がした。
地味子の身辺が、ますます謎に包まれていく。
興味は尽きないけど、さっき釘を刺されたばかりだ。
あまり遅くならないうちに、切り上げないといけない。
「よーし。じゃあ、並プロちゃん。全部説明してくれ。俺たちにもわかるように」
並プロちゃんは再び、応答無しを決め込んだ。
「もー、藤坪さんの言うことは聞いたくせに、並プロちゃんは、もうっ!」
「家でも、並プロちゃんは、藤坪氏の言うことなら聞くのか?」
「そういうわけでもないけど、並プロちゃんの射撃を全てかわして以来、なんか通じる所があったみたいで……男と男の友情? みたいな?」
並プロちゃんは女の子(設定)だけどな。
藤坪氏が並プロちゃんにしたのは、白黒映画のタイトル画像を見せたこと。
この映画を検索。出てきたページに大した情報はなかった。
もう一つの手がかりで有る英語の文章は、たぶん「情けは人の為ならず」みたいな意味だ。
コッチも、さっぱり意味はわからず、藤坪氏への通話は繋がらなかった。
八方塞がりの俺たちは、並プロちゃんの観察を続行する。
§
『('_'):不規則な不可避状況が発生するまで、あと0.00000047565年ですわ』
違崎達へ帰ってこいと通話をしようとスマホを取り出したら、チャットアプリが謎のカウントダウンをしてた。
「え?」「年?」「「――えっと、15秒後?」」
見慣れない時間単位に戸惑ったが、仮にも量子物理学者である俺たちには造作も無い。
俺は関数電卓アプリの機能で、地味子は暗算で答えると同時――――
ドゴゴォォォォォォォーン!
俺たちの背後から、飛び上がる程の大音響!
座ったまま振り向いた通路壁面。
鉄壁にラッピングされた、カラフルな萌えキャラの笑顔が瞬間的にゆがんだ。
ギュギギギィィィィィィィィーーーーーーッ!
防災扉が、突き破られようとしていた。
バギヴァキョギュギギギッーーーーーー!
「うをっわ!?」「きゃぁぁぁぁっ!」
どうするスグにこの場を離れないと、相当でかくて堅くてパワーの有る重機みたいなのが向こうから進入しようとしてる。
――――ビギギギィィンッ!
わっ、壁からなんかふっとんできた!
軽くひとかかえは有る巨大なボルトが、二人の間にドカリと落ちた。
危なかった。身動き一つ出来なかった。
並プロちゃんに言われるまま、スキマを開けてなかったら、死んでたかもしれん。
「こ、こここここ、ひーひひひ先輩~」
「ど、だ、ぅおわーーっ! お、お、落ちっつけっ! だだ大丈夫、スグに避難するぞ! 並プロちゃん緊急停止コード、〝ボスケテISO13850〟!」
『('_'):却下いたしますわ。この不規則な不可避状況を殲滅しない限り、われわれ並列プロジェクトとヒープダイン社に未来は無くってよ!』
最上位管理者権限であるバックドアが拒否された。
しかも、未来がないから戦えとか言われたし!
「ど、どーすりゃいーんだ! 俺たちは、あんな巨大ロボットと戦えないだろっ!?」
『('_'):作戦立案は5号機が。戦闘は6号機がうけたまわりますわ~』
5、6号機!?
俺は地味子を見た。
「えー、あー。おそらくですが、緊急時戦術プロトコルが作動しまし……た」
「なんだ、そりゃ? ソレが有れば、アレ! どーにか出来るのか!?」
ゴッガンゴガガガガァン!
メギュギギギギギョゴゴドガンッ!
『('_'):可能ですわー。ただひとつ……いえふたつ問題が』
――――ゴギュギギギバギギギッチ、バチバチバチッ!
隔壁みたいな厚みの有る防災扉が火花を散らして突き破られた!
「なんだ、何でも手伝うから、急げ!」
『('_'):5号機、6号機に最適な命名と、千木ZOR2先生の一週間連続投稿を所望いたしますわぁ』
「んなっ!? こんな時に何言ってんだ!」
「先輩、感情係数に変動が見られま……す」
どうした? そんなにちっさくなって。
「変動!? ……どういうことだ?」
「平たく言うなら、並プロちゃんがワガママを覚えまし……た」
そう言って視線を逸らし、上目づかいでチラチラと俺の様子をうかがう。
――――ドッサリ。
意を決した風の地味子が開いて見せたのは、分厚いノートのページ。
ソコに書かれていたのは、手書きの5号機と6号機の諸元表。
5号機は、機械作動式のダイヤル部分と大きく長い機械腕を搭載した、〝大規模戦闘用戦術演算特化型〟。
6号機は、望遠レンズみたいな砲門が付いたフォルムに、〝ECM〟や〝電磁誘導回路〟などの物騒な文字。
こりゃあ、地味子が隠してたのもわかるってもんだ。
この2機体は、あきらかに〝戦闘用〟だった。
百歩譲って、たまたま高性能を追求した結果の先進性や軍用耐久性能なのだとしても、軍事転用可能な時点でアウトだ。
丁寧な図解を見ると、5号機は主幹部に有線接続され、6号機はMR実行部に有線接続されている。