じゅうに/1620148920.dat
『角丸傳器バルク専門D4館B2F会計コーナー横のゲートを通り過ぎ、丁字路を右折、二つ目の観葉植物の前で待て』
前衛/俺、地味子。
後衛/違崎、模型部副部長。
HP/MP満タン。時間制限は日没まで。
現在時刻は、PM3:59。
§
――デッデデー、デデデデデレッデレー、デレレラリーラリラーラー♪
「あー、副部長ちゃん……と違崎も。その歌やめてくれる? なんか、妙なのとエンカウントしそうな気がしてくるから――――今朝の模型部の例もあるしさ」
「あら、イイじゃないですか代表。実際いま私たち『特注パーツ受取クエスト』の真っ最中ですし、おすし――デッデデー♪」
とうとう地味子まで歌い出しやがった。
さっき打ち上げで入った店は、確かにうまくて寿司と唐揚げが食べ放題の良い店だった。
ご機嫌なのはワカランでもないけど地味子、オマエは飲んでなかっただろーが。なんだそのテンション。
模型部部長と部員三名は打ち上げが終わるなり、電気と趣味の町へ消えていった。
「そういや、副部長ちゃんはイイの? 俺等についてきちゃって。部長達は〝並プロちゃん完動フィギュア〟の量産見積もりに出かけてったんだろ?」
並プロちゃん完動フィギュアのリリースは一ヶ月後の、規模の大きなイベント開催日に決定した。
「はい。餅は餅屋です。私は模型部と言ってもコスプレ用の小道具専門で、小さいモノには触らせてもらえませんから」
たしかに背中の大剣には、『37A/作』という銘が入ってる。
この軽くて安全で強度十分な大剣を作る腕があるなら、不器用ってコトじゃないんだろうが。
まあよそ様の事情に首を突っ込むのも野暮だ。
「でもホントに、私たちに付いてきても面白いことは、あんまり無いわよ?」
「大丈夫です。『並プロちゃん初めてのおつかい/電気街編』を来月の部誌で大特集する予定ですので」
なにそれ、初耳なんだけど?
「つまり、取材を兼ねてる訳か……まあ、キミが退屈しないならソレでいいよ。ただ取材の許可は今後、事前に取ること」
「はい、大先輩。それでは早速、取材許可を頂きたいのですがぁ――ぎゅっ❤」
うわひ、手を握られた。
「だから今回はわかったって――了承了承。でも一応、地味子と違崎と、もちろん並プロちゃん達にも確認してくれな」
なんか、業務提携先が無表情な視線を投げつけてくるから、やんわりと大剣コスプレ少女の小さな手を振りほどいた。
地味子の視線が解除され、取材許可を求める後輩へ向けられるまで30秒――――ぜぇはぁーっ!
俺は止めていた息を吐いた。
⌚
今から10分前(PM3:43)、俺たちは〝特注パーツ〟の受け取り先である、〝電子部品専門の巨大ショップ倉庫〟へ出向いた。
だが倉庫の棚から出てきたのは、小さなクッション封筒一つ。
今回特注した〝量子エラー浸透対応量子光源チップ(量子デバイスチップ)〟はそれほど大きなモンじゃないが、さすがに小さすぎる。
もう一度確かめてくれとお願いするも分厚い100枚綴りの電子ペーパーを抱えた受付係は、いそがしそうにどこかへ行ってしまった。
警備システムにやんわりと追い払われた直後、クッション封筒から謎の――ピピピピピピピピッ♪。
恐る恐る開けてみると、中から小さな表示板付きの……何だろうなコレは――ひょっとしたら携帯電話か?
その発信元は『L112M554』。
8桁の英数字。
「前に量子メモリ買ったときも、こんな怪しい手順を踏んだのか?」
「いえ、父の秘書の方にお願いしました」
「あーあの、俺の製品を買い付けた……」
――――意を決して、恐る恐る通話に出る。
「あのー、もしもしー。私、ヒープダイン代表の――」
「ウルサイ黙レ。裏面ノ解読器ノボタンヲ押セ――――ザビュププォワワッンッ、ブッツン!」
「ウルせっ!」
大雑音に驚いた俺が携帯電話から耳を離すと、スグにメッセージが届いた。
「〝裏面の解読器のボタン〟って――コレか?」
携帯電話のメニューからではなく、裏に貼り付けられたカード型の表示装置から読むらしい。
怪しすぎるが面白かった。
興味津々でかぶりつくみんなを制し、カードに書かれた丸い部分を押す。
ソレは通信キャリアを介さない、音響データによる原始的なメールらしかった。
⌚
――――ギュギギギギィィッ!
「「ぅぉわっつととっ!」」
俺がハンドルを引っ張り、違崎がモップの柄みたいなので押してた〝並プロちゃん運搬用機材一式〟が急停止した。
コレは模型部の連中と合流した直後に、急遽制作したものだ。
並プロちゃんお出かけ用機材を牽引するための運搬装置――しめて36,558円也。
ポイントで言ったら589Ptsと、ソコソコ高上がりになってしまったが、違崎以外は全員、作るコトを生きる目的にする連中が集まっていた(俺と地味子含む)のだからいたし方あるまい。林立する〝ピンからキリまで何でもそろう大型DIYショップ〟の魔力に逆らえる者は居なかったのだから(違崎以外は)。
そんな訳で運搬装置の構造は、最終的にかなり複雑になった。
もともとは、低い位置で作業する人をアシストするための〝電動スケボー〟みたいな単純な構造だった。
けどちょっと目を離したスキに地味子が〝並プロちゃん側から操作できるようにサーボ制御回路に細工〟をしやがったのだ。
目を離したっていっても、〝主幹部〟入りの鳥かごを囲んでいた複合遮蔽金網を耐震ラックに移植してた、ほんの10分程度だ。
並プロちゃん達〝量子ネットワーク〟をシールドも無しに運搬することは、どうしても避けたかったのだから仕方がない。
ただの電気街なら心配ないけど、ココは筋金入りの電気街だ。
企業体の出先機関だけじゃなくて、最新鋭の電子パーツ研究開発所が軒先で卸販売をしてるような有様なのだ。並プロちゃん達を阻害する良くない粒子が、いつ飛び込んでこないとも限らない。
そして〝自律走行可能なはずの耐震ラック〟を引っ張ってるのは、並プロちゃんが操縦できるシステムが搭載されたと言っても、運転を覚える必要があるからだった。
学習のための試行錯誤には、お手本があったほうが速いし、何より往来でイチから強化学習させる訳にも行かない。
機械足に付いた車輪で移動する〝MR実行部〟が居るからスグ覚えるとは思うが、今は特注パーツ受け取りが最優先だ。
わざわざ都心まで出向いておきながら、〝特注パーツ確保失敗〟、なんてことは避けたい。
「どうした!? 並プロちゃん?」
耐震カートの天板上に、耐震シートで貼り付けられた、二つの箱を心配する。
『天ざるそば御膳(並)』と書かれた、通路壁面の巨大メニューを指さす小さな機械腕。
並列の並と並盛の並は、根本的には意味が違う。
けど、並プロちゃん的には親近感を覚えてしまうのだろう。
わからなくはないが――
「――なにその無意味なこだわり」
「おもしろいねー、並プロちゃん♪」
「か・わ・い・い♪」
「あら、無意味じゃ有りませんよ。並列の並は〝横並び〟の意味。並盛りの並は〝普通〟の意味。並プロちゃんの設計思想の根幹をなすのは、〝普遍的な不変理論の探求〟ですので」
なにそれ初耳なんだけど。〝人造脳及び人格〟が主題じゃなかったのかよ。
俺の〝人造原子を使った量子回路〟が、〝ヴァンアレン帯を突破してなお正常に機能すること〟を目的にしてるのと同じようなもんか。
達成目標として掲げては居るが、いいとこ成層圏でのエラー回避ができりゃ御の字だと思ってもいる。
「ふーん。そーなんだー」
俺は、地味子の主義主張に出先で相対する気は無い。
下手にほじくると、無尽蔵に吐き出してくるからな、天才ってヤツは。
さー行こ行こ、そろそろ急がないと。
――ギュギシリッ!
あれ? すっごい力で抵抗されたぞ。何コノ怪力。
ほれみろ、天才が制御系を最適化しただけで、馬力まで違っちまう。
グイグイ――ギュギシリッ!
「違崎そっち押せ!」
グイグイ、ギュギュギュッ!?
わっせ、わっせ、どっせい――――ギュギュギュム、ギュギューーッ!
「「はーっ、はーっ、ふひーぃ!」」
まてまて、息を整えろ。
運搬装置には例の超高速回線と、維持するための電源設備が乗せてある。
小型の真っ赤なアンテナ、パレット状の高性能バッテリー、量子メモリを安定させるための磁気遮蔽装置などなど――約成人男性2・5人分。
俺たちが二人がかりで持ち運ぶには少し重すぎた。
女性陣も総出で持ち上げりゃイケそうだが、そんな千鳥足では〝特注パーツ〟受け取りに間に合わない。
設計開発者による説得は失敗。
かといって、本日は並プロちゃん関連商品満員御礼で晴れの日でもある。
人命や並プロちゃん達の存続にかかわる事態に陥っていないウチは、強制コードを使うことは避けたい。
並プロちゃんに傾倒する、かわいい後輩もいるしな。
半開きだった黒い箱が閉じた一瞬の隙を突いて、バッテリーと車軸周りをつなぐ電源ケーブルに手を――――ゴチン!
「痛ってぇー!」
カートに頭突きを食らった俺は、頭を押さえうずくまる。
「先輩ー、大丈ー夫ーっすかぁ?」
うるせえ、そののへーんとした声やめろっ、ムカツク!
それにしても、黒い箱を閉じたのは囮か。
――――キュウィィーン!
あー、軽快に逃げてく逃げてく。
なにそのラジコンみたいな機敏な動き。
もう乗りこなしてんじゃん……と思ったら――――バックして戻ってきた。
――――ギュギギィッ!
そして再びの、定位置。
そのとき館内放送や近隣の店舗、自販機なんかからの音声が途切れた。
キュィーン♪
本当に小さな駆動音。
黒い箱の機械腕が、『天ざるそば御膳(並)』と書かれたメニューを指さした。
こりゃ俺が、緊急停止コード使うしかねーか。
でもココまでグズるのは、どう考えたっておかしい。
基本的に並プロちゃんは、言うことを聞くように出来ている。
そしてたとえ一度、不審者と見なし射撃した相手だろうが、話しかければちゃんと応答してくれる位にはやさしいはずだ。
相手の感情を慮るコトは、チューリングテストでも普通に要求される。
ましてや自我を持つ並プロちゃん達なら、俺や地味子が困ってたら……助けてくれようとするだろうし、少なくとも邪魔をするとは考えづらい。
「うーむ?」
…………なにかの原因が隠れていて、ソレがこの場所限定の現象だったら、下手すると後々重大な事柄に発展しないとも限らない。
「仕方ない。地味子は先行してくれ。なんとしても荷物は受け取りたい」
受け取りは地味子が要れば事足りるだろうし、何なら俺のスマホ持ってってもらえばQID認証なんかがあったとしても通るだろう。
「えっ、やだ怖い。こんな怪しい受け渡し方法を使うなんて普通じゃないじゃないですか!」
「はあ? こりゃ、もともとオマエの口利きだろうが。前に量子メモリを買ったときは、どうやって受け取ったんだよ? 例の秘書の人が出向いたのか?」
「普通に家で……受け取りましたけど?」
ソウきたか……なら。
「ってことは、この〝ヘンテコな携帯電話クエスト〟は、俺たちの身元確認の為に行われてるってコトだろ? とうぜん時間厳守もソイツに含まれてる。ちがうか?」
そう、コッチは無理を言って中継地点である運送HUBに押しかけているのだ。
あまり無理を言うと、今後の取引が出来なくなる可能性もある。
かといって、こんなガチ電気街のど真ん中に、稼働中の量子ネットワークを全システムまるっと置いてはいけない。
いろんなパターンの組み合わせで、シミュレートする。
一番、危険が無いのは、違崎と副部長ちゃんに、並プロちゃんを任せて、俺と地味子が先行する場合だが――
もう一度、並プロちゃんを問い詰める――――キュイッ!
閉じようとしたから、箱の隙間にヌガーバーを差し込んだ。
隙間が開いてさえいれば、黒い箱にトルクはないから、こじ開けられる。
「並プロちゃん! ココを動きたくない理由があるなら説明してくれっ! 『天ざるそば御膳(並)』を計測したいなら、えっと営業時間は……夜10時までやってるな? 荷物を受け取ったら、必ず戻ってくるからっ」
並プロちゃんの頬は膨れ上がり、意地でも頑張る所存を体現していた。
「どーなってんだまったく」
「コラ、並プロちゃん、コラッ!」
地味子も極力、自由にしてやるべく色々考えてるが――やっぱり緊急停止コードしかないか……!?
焦る俺たちに、救いの手が差し伸べられた。
大剣使いの小さな手には、無登録制の口座アプリの画面。
「アタシが解決してあげます。3500円分のポイントかかりますけど――」
俺は、スマホから個人決済する。
近所の店に飛び込んだ大剣使いが、ほどなくして颯爽と戻ってきた。
「「「なるほど。やるな副部長ちゃん!」」」
大きめの台車に乗って帰ってきた大剣使いに、大剣を返す違崎。
並プロちゃんは大した抵抗を見せることもなく、台車に乗せられるがまま運ばれてくれた。
「いったい何だったんだのかしら?」
「うーん、わからん。荷物を無事回収したらもう一回、再現したいところだが――」
「異議ないです大先輩! コレはもうミステリーですよ! 〝解決編〟まで見ちゃわないと今晩気になって寝られません♪」
「そぉーお? 僕はーせっかく来たんだし、廃盤ゲーム見て回りたいなー」
通路の反対側、お目当てらしいジャンクな外観のゲームショップを、物欲しげに見やる後輩1兼見習い社員。
「あっ、ソレも心引かれますけど……いえ、やっぱりダメです違崎先輩。本日は並プロちゃんの輝かしい門出かつ、頑張りに対するねぎらいを優先すべきです!」
見習い社員と熱血副部長は、以外と良いコンビだった。
頑張って台車オン台車を、押してくれている。
アシスト機能が使えないから、速度は半分程度になってしまったが、指定された時刻にはなんとか間に合いそうだ。
「地味子はどう思う。並プロちゃんの行動――」
隣を歩く業務提携先にたずねた。
「コラ、並プロちゃん。ワケを。話しなさ――――」
スマホから直接、何らかの状態確認コマンドを入力していた〝ふつうロボット技師〟が、こっちを見た。
「――はい。どうも要領を得ません。日常会話に秀でているはずの主幹部まで、ダンマリを決め込んでいます」
天才がお手上げなんだ、俺にもワカランが――
「〝主幹部〟が黙る? そりゃ、よっぽどだろ?」
小説の感想をくれるときの彼女(たぶん女の子……だよな?)は、ちょっとお嬢様っぽくて、ちょっと目の付け所がヘンテコで、ちょっと情熱的すぎるほどに饒舌だ。
そんな彼女がダンマリを決め込むってのは、どういう状況なんだ?
地味子が、スマホをもう一台取り出した。
アレは俺のではない。もう返してもらったからな。
大きく息を吸い込み、例のタッチタイピングより早い〝片手フリック入力〟で何かを入力し始めた――――両手(二倍速)で。
ちらっと見えた画面は、俺の量子エディタと同じアプリ。
立ち止まる地味子に駆け寄る、大剣コスプレ副部長。
意思伝達不可能状態なAI。
それに果敢に挑む、稀代のロボット工学博士にして認知工学とプログラミングのハイブリッドギーク。
そのとき頭をよぎったのは、全くコメントをくれなくなった『わたボ狐狸A6FEPβ』さんのコトだった。
ほぼ、日参してた作品へのコメントと、お気に入り登録を逃す程の事態に、陥っているのだ。
あっちも心配なんだがなー。
推進力が1人抜けたから、速度がガクリと落ちた。
懸命に台車を押す違崎を止める。
「俺は珈琲……じゃなくて、ミルクティーにしてくれ。無かったらオマエと同じのでイイ。あとみんなの分も頼む」
スマホを取り出し、何のメッセージも通知もないことを確認してから、ジュース四人分のポイントを個人決済した。
地味子達へ向かって、すっ飛んでいく推進力1。
「並プロちゃん、聞いてる? そういや、次回作の構想の話ってしたっけ?」
今度は俺が囮を仕掛けてみた。
スマホへ秒以下で、メッセージがとんできた。
『('_'):いま、なんておっしゃいまして? 千木ZOR2先生! 聞き捨てなりませんでしてよ~? 2値化姫嬢の変身はまだあと二段階も残ってるって言ってたのに、このさき一体どうやっ――――――』
あー、長い長い。☑長文は折りたたむ。
――ピロン♪
『('_'):ちょっと、聞いていますの? 次回作ってどー言うことですの? ソチラはソチラで気にはなりますけれ///以下の文章は省略されました<全文を見る>』
表示設定を変更したから長文が(ry
『コッチも聞きたい事がある。さっきの場所に何がある?』
スマホから文字を打ち込んでみる。
が返信は無く、メッセージは未読のまま。
「並プロちゃん、『わたボ狐狸』さんのステータスに変化は?」
『いーえ、特に変わったところは、ございませんでしてよ?』
話しかければ、返答は返ってくるが――
「さっきの場所に何がある?」
この質問には、やはりダンマリを決め込まれてしまう。
これは、俺と地味子の二人にとって、事業計画の見直しを迫られるような一大事ではないのか?
脇腹を消えた汗が伝う。
回答不能な質問。
回答を拒否するAIプログラム。
「わたボ狐狸さんの不調と関連は――ないな。ないけど……気になるな」
AI読者で有る彼女のプロフィール画像には、前髪が短い感じの眼鏡の女性が表示されていた。
彼女を作った人物か近しい人間なのだろう。
ひょっとしたらあの写真の人物に並々ならぬ、突発的な事態が起きたのかもしれない。
稼働中の量子コンピュータを停止させなければならない程の――
そう考えると、本当にコッチもないがしろには出来ない気がしてくる。
「あのーう、大先輩? あ、ジュースごちそうさまです♪」
「どーいたしまして。どーうーした?」
地味子の視線に配慮して、副部長ちゃんと距離を取る。
「ひょっとして、並プロちゃんに並々ならぬ一大事が発生しているのですか?」
推進力2が台車オン台車を心配する。
「うーん。ソコまで深刻なモンじゃないけど、論理齟齬の一種に陥ってる可能性がある――な後輩2?」
「だれが後輩2ですかっ。紅茶ごちそうさまです。たぶん、自動推論フレームワーク上でタスクがスタックしていると思われます。三時間程いただければ、並プロちゃんを修正……説得できますが?」
「三時間はダメっしょ。もうだいぶ、夕方だし」
たしかにそろそろ日が傾いてきてる。
推進力1が投げてよこしたのは、『ワサビール~はじける天然抗菌力&負けないビール酵母/アルコール0%』。
「ぐっ? おい、オマエ。なんっつー判断に困る飲料を買ってきやがるんだ?」
「あはは、大先輩。〝筆舌に尽くし難い顔〟してますよ?」
なにその棒読み。覚えたばかりの言葉を使ってるみたいに聞こえるぞ。
いや、覚えたばかりの言葉を使ってるのか。
地味子程じゃないけど、言動にソツが無いから忘れてた。
まだまだ並プロちゃんに劣らず、彼女も子供なのだ。
――――あ。
チョットしたことで、未解決の問題が収束する瞬間ってのが有る。
「こりゃあ、黙ってるんじゃなくて、対応する形態素マトリクスが存在しないんじゃないのか?」
「存在しない? この現代、ましてや日本で、対応語句や類似表現がないなんてことは、言語学的にありえまー………………すね。認知表現欠如――Hypocognitionの例もありますし――――」
ポンポコ何たらてのは、まさに行動や物体や概念に呼び名がついてないって意味らしい。
よくわからんコトに変わりはないが、並プロちゃん攻略の糸口になるかもしれない。
俺と地味子は意気揚々と、路肩へ〝台車オン台車〟を引きずっていく。
「フッフフフフッ♪」「ウフッウフフフッ♪」
ココには並プロちゃん一式が揃ってるのだ。
俺と地味子さえ居りゃ、何でも出来る。
レーザーノギスが無いのが残念だが――――買うか!?
「コラ、大先輩。今はクエスト消化が先なんじゃないんですか?」
「ソウだぜ、普通子ちゃん。薄暗くなってきちゃったし、急がないとでしょ?」
「バッ、バッカおまえ、コレはだなぁ、新人の違崎がちゃんとした社会人として冷静な判断が出来ているかの判断をだなぁ――――」
「そうよ、コレはその、そう、つい何というか……そうよ、違崎君の都市適性を推し量るべく――――」
ジイイイイイイイイィィィィィィィィィィィ――――――――後輩からの無言の圧力×2。
「「ごめんなさい」」
俺たちは推進力1、2に謝り、ソレはもう馬車馬のように必死に電気街を駆け抜けた。
時速12キロくらい(?)で。
俺と地味子は三日間、筋肉痛に苛まれることになる。
当然、全く仕事にならず、都心まで出向いた意味はほとんど無くなったが、それはまた別の話だ。
ちなみに受け渡し場所に居たのは、自走型の貨物運搬ロボットが一台。
一千万円超えの高額物品受け渡しには、かなり警備上の問題が有る気もしたが、『万が一お受け取りになられなかった場合の保証はいたしかねます。』という追加条項の元、今回の〝特注パーツ受け取り〟は実行されている。
本当に受け取れて良かった、良かった。
受け取ったばかりの〝超高額パーツ〟を、〝台車オン台車〟の上に置いた。
ホッと胸をなで下ろした全員の、目の前――――キュラッ、ドッ、キュロロロロロロララァァッ♪
台車が、軽快に走り去った!