じゅういち/1619781600.dat
「おっかしーな? 並プロちゃん、『わたボ狐狸』さんのステータスになんか変わったトコ有る?」
――シシシシッ♪
『いーえ、特に変わったところは、ございませんでしてよ?』
「そっか。じゃーなんか変化有ったら、教えて」
『了解ですわー。先生♪』
遮光ゴーグルで輝度を押さえた視界の、やや上空。
並プロちゃん主幹部の饒舌なセリフを見つめた。
この文字は、ARグラスにもなるゴーグルからの映像だ。
現在、発声に関するちょっとした技術的ボトルネックにより、音声による双方向はできない。人格形成上ノイズが入らない形で実装してあげたいという地味子の親心(?)により、既存の音声ライブラリは搭載されていない。
9号機である〝検算部〟が完成すると、並プロちゃん達の性能は飛躍的に上がる予定で、そうなると障害は解消され、発声可能になるらしい。
どんな声してんのか楽しみではある。
「先輩、気をつけてくださいよ。いくらオートクルーズだからって、しょせんレベル1なんですから」
俺たちはいま、初回の量子デバイスチップを受け取りに、都心へ向かっていた。
完成した製品が発送されるのが明日で、会社に届くのが三日後になるという連絡が来たためだ。
鬼のように超っ早だった製造日数だけど、再発注すれば手続きを含め一週間は待たされる。
納品されたチップを検算部の仮筐体へ組み込み、動作チェック、性能テスト。
評価後、再発注をもう一度行わなければならない。
たとえ三日でも、悠長にタダ待ってはいられないという判断。
「んー、でも『わたボ狐狸』さんの挙動がおかしいんだよ。他社とはいえ同業だし、なにより大事な読者だ。心配だろー?」
「ダメです、珈琲先輩! スマホは預かります。私が見ててあげますから」
運転は俺。助手席は地味子。
持ってたスマホを、光の速さで奪われた。
まあ、スマホが無くても並プロちゃんに頼めば、そっち経由で何でも見られるんだが。
俺はハンドルをつかみなおし、わずかにアクセルを踏んだ。
加速したコミューターの速度計の横。金額が加算される。
有料道路を使う人間はほとんどいない。
時折、三台くらいのコンテナを連結した無人トレーラーが、とんでもない速度で追い越していくくらいで。
有料道路は通行速度に応じた預かり金が発生する。
IC通過時に、走行区間全体の安全と運用に貢献した評価を元に精算される仕組み。
そう、世の中はうまくすると、移動するだけで生活が成り立つようになっている(逆に、ソレが出来ない人間への救済措置として、ひたすら一カ所にとどまることでも収入が発生する)。
つまるところ俺は、都心までの十数区間を華麗に駆け抜け、本日の昼食代を稼ぎ出そうとしているワケだが、決してケチではない。
ヒープダイン社としてなら今朝、1,625万8,500円分のPtsを一括で精算したし。
今回の量子デバイスチップが、どれだけの高性能を秘めていようが、必ずあと二回の発注が必要になる。
地味子博士の頑張りによっては、一回分減らせる可能性もあるが、どうしたってあと一回、同じ金額を支払う必要があるのだ。
倹約しないと、ヒープダイン™ひいては並プロちゃんⓇが終わってしまいかねない。
地味子の凄い色のカードも出来ることなら、切り札として温存したいしな。
「なんか、鳥が多くないすか? カモメみたいなのいますよ?」
ステアリング裏面に付いた小さい方のパドルをクリックする。
視界上部に、後部座席の違崎と、主幹部入りのケージが映し出された。
さらに後ろのラゲッジスペースに積載された、〝並プロちゃんを運搬するための環境機材一式〟が映り込んでいる。
ソコは放送用中継車両のような有様で、今日自宅兼作業場にもどったら、また、あの配線地獄と格闘するのかと思うと少し気が重い。
「あ、ホントだ。先輩、あっちには群れで飛んでるのがいますよ……スズメかしら?」
「あー、地味子は自分でドローン飛ばしてるんだから、わかるだろう。有料道路上空はドローンよけの対空防衛システムがないから、鳥が寄ってくるんだよ……スズメ?」
ここ数年で建てられた建造物には対空防衛システムが内蔵されていて、簡易的な害獣よけとして使われている。
――――バタバタバタバタバッタバタッ、チュチュン、バタタタッ♪
うおっ、なんか騒がしいのが真上を横切ってく。
「あ、ほんとだスズメじゃんかー。わっ! フン落とされたっ!」
助手席側後部――ポコン♪
〝付着物反応〟がコンパネに表示される。
チチッ――遮光ゴーグルにも点る通知。
ソレは、地味子が取り付けた真っ赤な通信アンテナに、汚れが付いたことを伝えていた。
並プロちゃん達をリンクさせている学術用の超高速通信環境は、俺や地味子みたいな量子コンピューティング関連従事者かつ重度のゲーマーなら、まず一択という高品質を誇っている。
契約条件として博士号やバックアップ設備とのリンクが必要な事も、通信品質維持に貢献してるのだろう。
だが無敵の通信アンテナにも、弱点があった。
「消泥機能作動させるぞー? 耳塞げー3・2・1――――」
車体に対してやや大きめな中型の通信アンテナには、鳥害よけのアクティブ装置が搭載されている。
そう、この通信環境は、災害その他、ありとあらゆるイレギュラーに耐えるくせに、汚れにだけはめっぽう弱いのだ。
「ゴヴォワァァーンッ♪」
詰まった排水溝のような、大型船の警笛のような音響で車内が充たされた。
外にはそれほど聞こえないが、車内に要ると結構ウルサい。
近年、音響工学の進歩はめざましく、冷蔵も調理も遠距離攻撃も対爆シールドも実現されていて、治療や風呂代わりなんて新製品まで発売間近だ。
「もーウルサいですよ、珈琲先輩!」
ボカリ。地味子に二の腕を殴られた。
そう、この大音響は鳥のフンをキレイに落としてくれるが、慣れるまでは本当にうるさいのだ。
通信品質を頑に重視するスタンスは、メジャーな通信キャリアでは実現不可能なモノだ。
母体企業こそ誰でも知ってる世界的大企業だが、その実体はほぼほぼ個人による草の根ネットだと聞く。
多少の弱点はやむをえまい。そもそも個人で契約できる帯域保証型の通信環境は他に無い。
「仕方ないだろ、オマエだってこの回線引いてんだから、時々使うことくらい有るだろーが」
「ウチは全館、サイレンサー完備なのでー」
「はー、でたでた。ソレ知ってるからな、大ホール用の音響設備だろ? コレだからお嬢は」
「んなっ、そんな、〝ハーヤレヤレみたいな顔〟しなくたってイイじゃないですかぁ!」
――――――ピピピピピピピピッ♪
っと危ねぇ、蛇行した。
「巡航機能がオフになっています。再設定してください」
ウインカーなしでふらついたから、車載AIが警告してきたのだ。
もちろん並プロちゃんと違って人格は搭載されていない。
隠しコマンドで、会話ゲームくらいはしてくれるけど。
俺の愛車の超電導コミューターは、マニュアル運転が可能な最後の操縦規格で、なんと月額料金無料で乗ることも出来る。フロー(カー)ライドシステムをレベル7の最高値で運用したところで年間8千円だが、今となっては本当に助かっている。年間8千円でネジ一本に至るまで無料交換してくれるのだから、そっちの方が多数派だけど、そこは考え方だ。
本当に初歩の自動運転機能しか持っていないが、それでもバッテリーは永年無料だし、加えて車検代はポイント還元差額で10年に一度5,000Pts(約30万円)もの収入になる。
その上、ライドシステムに経済活動圏を補足されないという最大の利点が有る。
もちろんナビは使えないが、個人契約のスマホにすら解像度5ミリ以下のGPSが搭載される時代だ。問題ない。
何より、いま愛車のダッシュボードには、黒いのと朱いの。二つのナビが鎮座している。
§
「よーし、じゃーひとまず地下駐車場入るぞー」
都心の地下には施設間をつなぐ、それ自体が巨大な回遊路でもある駐車場が完備されている。
一度停車してしまえば、都心を離れるまでその駐車スペースに停車したままで、大抵の施設に移動できる。
30Pts/人(ひとり頭、2千円弱)の料金がかかるのが玉に瑕だが、なんと地味子の切り札に付随した特典で無料で利用可能。
数日程度の節約のために都心まで出向いたのには、そんなお得な事情もあるが、もう一つ大きな目的があった。
「よっこらしょ」
「「うわっ、おじさんみたい」……ですよ?」
うるせー。俺(26)は十分おっさんだっつの。
ゴンゴンゴンゴン。
ギチギチギチギチ。
ゴッカッコン、ガッチャッ。
回遊路に入るまでは、結構揺れる。
コミューターから降りた俺たちは、電車かバスみたいに揺られた。
「「この揺れ、大丈夫か?」……ですか?」
今度は俺と地味子がハモった。
「おう、俺の製品は、9号機のない現段階でも運用に問題はないぞ。最大3分の限界稼働に耐える」
「ええ、私の緊急時の例外対策も問題ありませんよ」
まあ、お互い今日の行程は把握していたから、もちろん出来る衝撃対策はしてきた。
見つめ合う二人――フフフフフッ。
不適に不敵な面構え。
「二人とも、気持ち悪いっすよ? 自社製品を褒めるのはクライアントの前だけにしてください。ねー、並プロちゃん?」
黒いのと朱いのの二つを両手に持ち、ジトっとした目を向ける見習い社員1。
黒い箱は半開きで周囲を警戒。
朱い箱は天辺からカメラを伸ばし、周囲を索敵している。
――ポポポポポーン♪
最初の目的地へ時速40キロで移動し始めた駐車ユニットが、程なく停止した。
――プルルレリ♪
「ガチャッ――――はい、え、並プロちゃん? 進路前方に不審物を発見!?」
通話の相手は並プロちゃんらしい。
並プロちゃん達の索敵範囲は、8号機が居れば有視界で約100メートル。
施設側で公開してる物理データがあるなら、その距離に制限はない。
スマホ片手に進行方向をのぞき込む地味子。
後ろから見たが、行く先には何も無かった。
――ポポーン♪
駐車ユニットの操作パネルに表示された大きな案内図案は、『障害物は邪魔ではあるが危険度は限りなく低いと判断された』ことを示していた。
――――ゴッゴンッ、ゴーーンロゴンロゴンロゴロロローーーーッ。
駐車ユニットシステムAIが、ゆっくりと歩を進める。
しばらく進んで、一つ目の曲がり角――ポポポポポーン♪
再び停止する、
「――――こりゃ、たしかに不審物だな」
「――――事案ですよ事案。何やってるんですかっ!」
「――――ソレ、普通子ちゃんのコスプレとおんなじだよねっ?」
「ヌゥッファファファッファファファファファファファッファファファファファファふぁっふぁふぁふぁーーっ! いかにも、並プロちゃんをお迎えするに当たり、ワレワレの装束はコレ以外にあるまい!」
「ニャファファファッファファファファファファファファファファファファファフttuhげっjほdaJほっ――――」
大剣を背負った人物が呼吸困難に陥り、よろめいた。
「ああもう大丈夫!? まったく!」
顔見知りをきづかう地味子が、駐車ユニットを降りていく。
その地面。硬質コンクリ製のレーン上。
「「「「「並プロちゃーん! よ・う・こ・そーぉ♪」」」」……げぇーっほがgjlっほjldっr!」
5名の侵入者が高笑い(一名はむせている)。
うち二名とは面識があった。
そう、彼らは――「牛霊正路御前大学模型部部長! 図会定時!」
「お、同じく模型部副部長! ……コホッ、い、依々縞小苗!」
「「「以下略!」」」
ゴゴ大模型部が、早速完成した『並プロちゃんフィギュア』を小規模なイベントでお披露目するというので、応援と視察を兼ねたねぎらいに出向くことになった。
ソレが本日の、もう一つの目的である。
あー、さっき有料道路で稼いだポイントだけじゃ、足りないかもしれない。
大先輩としちゃ、さすがに飯くらい奢ってやらんとイカンしな。
「N!」
模型部部長が手にしたショットガンを、剣のように構えた。
その姿はとても不自然で、ひょっとしたら『エッヌ』を体現しているのかもしれない。
ちなみに銃器の類いは、地下駐車場に入った時点でスキャンされているので、持ち込めない。
なので彼が背負うべきペナルティーは、ただ社会的に咎められるだけである。
よく見れば、レーン中央にARタグが浮き出ている。
ソレは立ち位置を表す太めの『T』だった。
「A、コホン!」
立ち位置の二つ目に立つのは、並プロちゃんコスプレ姿の大剣使い(ヘッドドレス装着)。
さっきの『N』から見たら、よほどわかりやすい『A』。
やはり、叫んだ文字を体現しているつもりのようだ。
「M!」
「I!」
「P!」
新顔の模型部員達は、それぞれ戦艦、ジャンボジェット、新幹線などを手にしていた。
「あはは、バカだなー♪」
いや違崎。普段のオマエも、相当だからな。
まあ、模型部なりの〝歓迎の舞い〟なのだろう。
俺は生暖かく、見守ることにする。
長引くようなら、迷惑だからヤメさせるけど。
「あ、R!」
おい、何してる? 業務提携先!?
六個目の『T』に並んだのは、なぜかスマホを両手に持った地味子だった。
顔を真っ赤にしてまでやることか?
あと、スマホ返せ。
「えーっと、なんなんだありゃ……NAMIP?」
俺が、人文字らしきモノを左から読み上げていたら唐突に違崎が走った!
必死に駆け下りていく。両手には並プロちゃん達――――
「あっ! 最後のは『O』かっ――!?」
立ち位置は全部で7箇所――――そーいうことかっ!
俺は、階段スロープを使わずに、手すりを飛び越えた。
ヒュルル――――どがしぃん!
痛ぇ! 足の裏から電撃がほとばしる。
けどこの小さなビッグウェーブに乗り損ねたら、一日中変な疎外感にさいなまれかねない。
そーいや、こーいう校風だった。ウチの大学わぁー!
違崎からアイテム代わりの〝MR実行部〟を奪い取り――颯爽と『O』の文字を作ろうとして、『P』とか『8』にしかならないことに気づいた。
「せんぱぁーい。抜け駆けはいけないっすよう?」
何故か朱色の箱を武器代わりに構えた違崎が、ジリジリと迫ってくる。
「大先輩ーっ! あと三秒で、周回カメラの撮影時刻になりまーすっ!」
「「何ぃ!?」」
模型部部長の言葉に慌てる、ヒープダイン社代表と見習い。
よくわからんが、毒くらわば皿までだ。
違崎と協力し、『O』の文字を作った。
そして、完成する『NAMIPRO』。
ソレは、エリアごとの面白ニュース放送に取り上げられ、都市全体面白ニュースランキングの4位にまで上り詰めた。
参考までに、一位は3エリア隣の『水族館のジンベイザメが来館者が連れてた猫に一目惚れ』って言うかわいいヤツ。
§
軽く口頭注意された俺が、件のイベント会場に遅れて到着すると、入り口で号外(?)を手渡される。
『パーツ街地下で謎の集団人文字事件発生!』という面白ニュースが話題をさらっていた。
なんか聞いてた話と違って、入場制限が必要な程の超満員。
イベント始まって以来の大入りに貢献した牛御大模型部はMVPとして選出され、並プロちゃんフィギュア(参考出展)の予約注文は午前中だけで二千体を超えた。
模型部部長の販売戦略と喧伝手腕と、それに乗った地味子には先見の明があったと認めざるを得ない。
そして、もちろんサークルブースで、大きなお友達相手に質疑応答および射撃の腕前を披露したMR実行部の頑張りも褒めてやろう。
念のため『※並プロちゃんフィギュアは自律行動しません。並プロちゃんⓇはヒープダイン™の登録商標です。』なんて張り紙をブースのテーブルに貼っておく。
すると、肩をトントンされた。
§
俺が運営事務所に引っ立てられ、かなり厳重な〝火気厳禁注意〟を受け這々の体でブースに戻った頃には、並プロちゃん完全可動モデルは総計で3,800体も予約されていた。
火気厳禁対策はしなきゃならんが、デモンストレーションの最中に黒い箱を止める訳にもいかない。
さて困ったってんで、地味子光学博士が取り出したのは、試作中の分光減衰機。
機械腕の先に直径1センチの円筒が取り付けられた。
電源ケーブルを本体から引いているところを見ると、思ったより複雑な原理で動いている。
そして、黒い箱からの『安全強襲ライフル視器型の弾が出なイ』というクレームには、俺が対応した。
赤外線に変調された光線を受けた〝デッサン人形〟が倒れるだけの些細なギミックで、納得していただいたのだ。
〝やられデッサン人形〟は、たまたま近くで、模型用の電子部品を卸売りする謎のサークルが有ったおかげで完成した。
目である〝赤外線受光部〟や〝頭脳〟だけでなく、動力にした〝10cN・m静電筋肉ユニット〟なんてモノまで置いてあったのは本当に謎だが、そのお陰で作ることができた。感謝しかない。
そして、その電子部品卸売りブースの主催者から、何故か〝やられデッサン人形〟の注文を頂いた。
「こりゃぁー、売りモンじゃないんだけど……」
地味子の作品であるロボットとしての黒い箱と比べりゃ些細なもんだが、久々のまっとうな注文に気を良くした俺は、その10体程の注文を引き受けた。
地味子には散々笑われたが、どういうわけか地味子からも四体の注文書を手渡された。




