じゅう/1619515080.dat
「並プロちゃん、あーん♪」
トレーに試料をのせ、ピッ♪
ウィーン、カチリ。
ボタンを押すとトレーが引っ込む感じの作りだった。
「……口とか鼻とか付いてんのかと思った」
朱とか黒と同じサイズの箱形。色はグレー。
メッキや彩色されてない地金の色っぽくて、すこし斑になってる。
「咀嚼機能は非搭載です。発声の実装に際しても、声道の実物は必要ありませんし」
「ふーん、根本的なとこから聞いときたいんだが……俺の人造原子模型はすべての並プロちゃんシリーズに搭載されてるんだな?」
「はい、もちろんです。珈琲先……代表の原子回路が並プロちゃん達の起源ですから」
「じゃあ……全シリーズの取説欲しいんだけど……」
まえから頼んでいた、並プロちゃん達に関する資料を再請求する。
「スグにはムリです。私だって忙しいんですから……メンテナンスやセッティングだけじゃなくて、ネーミングにまで時間を取られたら頓挫します――並列プロジェクトが」
忙しいのはわかるが、ネーミング?
並プロちゃん達の?
応接テーブル組を、もう一回見た。
「並プロちゃん、コレはー?」
さっきのよりは、大きめに砕かれた『並列プロジェクトⓇ〝AR電影部くん〟角切りカスタードパイ(いちご味)』がおもちゃのバケツみたいなのに入れられる。
デザインナイフで寸断するのは、違崎が。
それをピンセット(機械腕)でつまんでセットするのは、〝MR実行部〟が。
嗅覚センサは4号機の、機械腕先端に搭載されていた。
――カシュッ。
メッシュ加工されたアレイチップの横に、バネ仕掛けのクサビが突き出る。
ギュギュギュー、パキパキ。押しつぶされる試料――ポーン♪
おもちゃのバケツにトゲ付きセンサで蓋をしたら、即座に評価値が数値化された。
二機体と新人社員の連携は、滞りなく進んでいく。
『4号機:――アミノ酸由来の香り成分5%検出。自然由来の香料成分の中に脂身を感じるため、○○○社製香料△△型を使用し――』
なんか、詳細な砕いたときの感触とか匂い検出データで画面を埋め尽くされたから、主幹部以外の並プロちゃんからのメッセージを、全て非表示にした。
「4号機……ひょっとして、個別の機体名のネーミングに時間かかってんの?」
「そ、ソレだけではないですが、ネーミングは人格形成上の重要なファクターになります。そもそも、統一感を持って命名することを信条としているので――」
急に地味子が、なんかの言い訳をしだした。
「統一感ねぇー。うーんと、〝人造脳の構成上、側頭部の機能も兼ねてて、味覚センサーと嗅覚センサーを搭載してる〟と……むかし、〝香味ドリップ〟なんてCMあったな……じゃ『香味部』でいいんじゃね?」
「さすが缶珈琲先輩……と言うべきかしら? それともカップ麺かしら……ブツブツ」
「まあ、ネーミングに詰まるのはわかるけどな。俺だってヒープダイン社の社名決めるのに10分もかかったからなー」
「自社の命名に10分とか、あり得ない。なにそのネーミング神」
「それなら、ネーミング用の並プロちゃんを組んだらいいじゃんか」
「それは、システムAIで試しました。けど、既存の登録商標に翻弄されて、なかなかうまく機能しなかった経緯があって――よいしょっと。念のためケーブルつないでくださいね」
会話しながら、空輸されてきた開発機材をセッティングしていく。
※『配送用ドローン』は、リビングの奥で乾燥&充電中。
普段使いのおしゃれでカラフルなノートPCに、重箱みたいな外付けのGPU(段数から察すると最新ハイエンド型×4枚)が接続されている。
ソコからさらに伸びた映像規格ケーブルの色は赤くて……やっぱり最高級品だった。
「おう、コレはコッチか――既存データが邪魔ってんなら、市販のネーミングツールとか、場合によったら作詞プログラムとか……」
コレ10センチも長さがないけど、この前のジャイロモジュール同様、コレも市販されてないだろ?
コッチも軍用ノートPCを重箱に寄せて、どうにか寸足らずのケーブルを接続する。
よしこれで、『並プロⓇ業務提携グループ環境』に切り替わった。
「ええ、主幹部のみ、一部の言語系マテリアルを教材として強化学習させました」
地味子はヤル気だった。何ってもちろん〝開発を〟だ。
「ソレって小説にコメントくれる、他のAI読者達と同じだよな」
「はい。WEB小説やSNSを縦断解析した結果から、〝語感解析器化〟してます」
「まあ、俺は専門じゃないから、わからんけど――わかった。主幹部が饒舌なのはその成果って事だな?」
「はい。人格を構成する都合上、全ての並プロちゃん達が何かしらの専門性を、選択的に習得するように設計した結果でもあります」
「専門性ねぇ……『わたボ狐狸』さんの校正機能(?)もそういうことかもなー。そういや……メンテでもしてんのかな。最近見ないけど……ブツブツ」
さっきザッと検索掛けたときに、新着コメントに『わたボ狐狸A6FEPβ』さんの名前はなかった。
「え、なんですか?」
「いや、何でもない。じゃあ、コッチも始めるぞ」
ちゃぶ台組も、そろそろ仕事に取りかかる。
コンソール×2+朱色の箱。
そしてホワイトボードの絵と、A3数枚にもなった『理論』。
並列プロジェクト――まだ見ぬ9号機の設計が、開始された。
ちなみに、5、6号機の仕様および用途は、いまだ明かされていない。
§
コヒーレンス時間はT1、T2それぞれ1・067ミリ秒と777マイクロ秒を記録。
コレが、現在の並プロちゃん達の、量子コンピュータとしてのスペックだ。
既存の製品と比べて段違いに、量子特性を長時間維持できている。
カタカタカタカタ――ッターン♪
一行ずつ9号機の設計を詰めていく。
まずは、主回路を積層化するために必要な〝量子光源チップ〟の仕様を割り出さなければいけない。
説明しながらの前段階には、一時間くらい掛かった。
『<重要><緊急>直線上に並ぶ三つの量子ビットを同時にチェックするための、スピン演算素子を開発する。』
原始的なスピン制御により〝量子パリティチェック〟を行う。
全ての実測値をエラーごと処理することで、エラー検出されなかった部分の計算が一切遅延しない。
「コレが、『量子エラー浸透』だ……目の前でビデオ会議までは、しなくてもイイぞ?」
地味子側のタスク表示にカーソルを乗せたら、俺の顔がサムネ化された。
朱色の箱が居れば俺の顔なんざ、どこからでも録画できるだろうが……ソレおもしろいか?
なんでか地味子が、俺の解説を録画している。
ビデオ会議&AR電影部の機能を使って。
「いえ、他では絶対に聞けませんからっ――ンフー♪」
鼻息荒いなー、まあ続ける。
「ココまでで、何か質問は?」
「積層化の目的は、スピン回路を使う――って事ですよね……本当に可能なんですか?」
「その為の議論をしてる。〝LM女史の魔術〟が、現代日本でドコまで通用するかにかかってる」
謎のスピントロニクス専門家。
本来世に出回らない、規格外に高性能な量子メモリなんかを製造販売する企業体。
謎の科学者同様、その販売経路以外全てが謎。
「私のツテも一つしか無いので、巧妙に偽装されたダミー企業をたどった瞬間、二度と発注が不可能になります」
滅多なことは出来ず、製品の仕様変更も不可能。
どうやっても最低三回の製品発注が必要になり、そのためには4500万円の博打を打たなければならない。
地味子の融資を勘定に入れても、現在二回がギリギリ一杯。
天文学的な偶然で完璧にうまく事が運んだ上で、最後の必要諸元の発注が出来ない。
「なら、エラーごと算出された実測値を、『直感で誤差修正する』ってのはどうだ?」
朱色の箱の下からA3の紙を一枚引き抜き、広げて見せた。
「――量子エラー検出のための概念であるタイムノードを……チェックサムのように扱う……という事ですか?」
地味子の顔から表情が消えていく。
「そうだ。それ自体は全然、難しくないだろ――――?」
――――ドサリ!
食い気味に、地味子バッグの中から出てきたのは、分厚い辞書みたいな。
パラララララララッララッ――開かれるノートのページ。
細指が指し示したのは、タイムノードクラスの宣言文。
ソレは、ソコから30ページ程続いてなお書き切れず、貼られた別紙にまで続いていた。
そっちに書き込まれているのは……渋谷の地図か? 五千分の一の――
「いや違う。こりゃ電子回路図か――――原子回路をリバースエンジニアリングしたときの!?」
作る側は有りものを置いていって、最終的にカスタムされた高性能チップに置き換えりゃ、済んでしまうところが有る。もちろん、根幹となる主回路周りはイチから開発する訳だが。
俺は……口を閉じた。
地味子の並プロちゃん開発の過酷さや遠大さを、垣間見た思いがしたからだ。
タイムノードを設計したのは俺だが、実用に耐える実装をしたのは俺じゃない。
天才地味子ですら、まったく簡単ではなかったのだ。
ただただバツが悪く、頭をかく俺から、ノートが回収される。
「っふうー。3種類のビット状態を3×3で9個分。ソレを同時に予想するなんて……なんだかサッカーくじみたいだけど――この直感って、先輩や私のじゃないですよね?」
俺の様子から多少、溜飲を下げてくれたみたいだが、まだ目がジトってる。
「もちろんだ。よし、名前も決まったぞ、『並列プロジェクト検算部』ってのはどうだ?」
場を盛り上げようとコンソールに打ち込んだ命名に、『イイネ!』が『主幹部』から付けられた。
「何そのネーミング神……主幹部が気に入ったなら異論はありません」
そう言って、背後のホワイトボードを振り返る。
「つまり、直感特化型の新型機を〝盾代わり〟にするという訳ですか……ふう、やっと繋がりましたよ」
あれ? 天才女がうなだれて、頭を抱えだしたぞ?
「うん。量子エラー発生頻度は実質9倍になるが、演算量も最大で9倍になる。それを抑え込むパリティチェック専用マシンを並プロちゃん達のHUBとして機能させたいというのが、今回の並列システム改良点の全貌ですけど……いかがなものでしょうか?」
「なんで、手もみして猫なで声出すんですか。珈琲先輩は私たちの代表なんですから、命令すればいいんです」
「じゃ、ヤッてくれ」
「了解しました……はぁー、9倍か……でも、ほんっとに設計思想が1ナノメートルもブレませんね。9倍ってのもナニゲに凄いけど、制作費や販売価格も9倍にな・り・ま・せ・ん・か?」
両頬に手を当て、上顎で話す才女。ふざけてる訳ではない。思考に全てを捧げると、身体操作がおろそかになるのだ。俺はソウでもないけど、たまにいる、こういう天才。
「いや、むしろ下がる可能性が出てきた。何しろ、エラーを見込んだパリティチェックプログラムを、他ならぬ希代の天才が作ってくれるからな」
天才と呼ばれた天才女が、睨んでくるが話は止めない。
「そうすると、俺程の超高精細技師じゃなくても原子回路の作成が可能になる」
「えっ!? ソレって〝HeapDyne社〟の主導権を放棄することになりかねませんか?」
「あー、ないない。並プロちゃん用の超高精密仕様は俺以外には作れん。ライン作業をこなすナノマシンが現存しないかぎりはムリだ。よって廉価版の性能は、せいぜい今の並プロちゃん達の30分の1に留まる試算だ」
「それでも現行製品の――10倍近い性能アップになると……カタカタカタッ……たしかに並プロちゃんベンチマークの数値と合致しますけど……ブツブツ……しかも廉価版にも私のプログラムが必要なのは変わらず、リアルタイムコーディングでセッティングを出せるのも私だけ」
「つまり、『超高速汎用特化型の最上級ハードは俺が独占する。』、そして――」
「――『すべてのソフトウェアは私が手ずから調整する必要がある。』と」
互いに、自社のセースルポイントをコンソールに打ち込んでみた。
――――シシシシ、シシシシッ♪
『('_'):エーッ、それってー、改良型のタイムノードを有料化してぇ、旧型をオープンソース化するって事でしょー? 非っ常に体裁の良い〝独占禁止法対策〟が完成したってコトじゃないのかしらぁー?』
静かな入力音。けど内容は、創業以来低迷を続けていたヒープダインが奇跡の快進撃を遂げるであろうコトが予想できる、熱いモノだった。
「あ…………あとは、量子エラーの正誤分布パターンはどこから手に入れますか?」
「な…………何でもイイはず。たとえ未解析の暗号表を突っ込んだって〝検算部〟が間に入れば事足りる」
「は……い……私が、縦3×横3、一応斜め2と全8パターンをチェックする為の、強化学習手順をリアルタイムコーディングすれば……はは、は――――」
青い顔をした鱵ふつうさん(天才)が、再びうなだれた。
「あっ! いや、すまん。もちろん、極力手伝うからな!?」
「いえ、コレが仕事ですから。ふぅーっ。でも、この演算特化の考え方……突き詰めていくと真空環境要らなくなりそうですね」
俺たちが使ってるレーザーノギスにも、真空発生用のポンプが内蔵されている。
大容量データを含む光源の減衰率を限りなく小さくしていく段階で、真空環境が必要になるのだ。
「うん。金属ガラスで論理ゲート構築なんて夢みたいだけど、俺が生きてるうちになんとか製品化されると思ってる――――ソレに関してヒープダイン代表として、宣言しておきたいことがあってな、違崎もチョット来い」
コンソール画面を切り替え、『ヒープダイン™』の四角いロゴマークを表示させた。
「ロゴマークが、どうかされましたか?」
コンソール画面を、のぞき込む地味子。
「先輩ー、呼びましたかー?」
黒い箱を抱えた違崎も、寄ってきた。
「うん。コノ丸いのが何だかわかるか?」
「電源スイッチみたいだね、並プロちゃん?」
「惜しい、デザイナーと協議したときに、そういうのもコアイメージとして入ってる」
「原子、いえ量子重ね合わせ状態の量子ビットでしょうか?」
「そうだ。そして地球でも有る。この輪になってるところが地磁気だ。明文化はしてないが会社存続の判断基準として、並プロちゃんの子孫というか、群体と化した量子ネットワークが、〝ヴァンアレン帯を突破すること〟を最終目的として設定してある」