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AIが小説を書いたと話題になったのは、もう何年前だったか。
『今回のお話も、とっても素敵でした! ――Do星姫』
『次回の更新も楽しみにしてます! ――㍉波伍長』
新作を投稿して、まだ1分もたってない。
にもかかわらず、こうして小説に感想が付く。
とてもありがたいけど、少しせわしない。
なんせ投稿したのは、初回盛りで一万字越えの作品だ。
人間だったら、いくら早くても10分程度は掛かるはず。
コメント欄をスクロールしていくと、見慣れた感じの長文が…………やっぱりあった。
『;|;278行目、文節「「“最上位強制解体コード”も」と「取られた」は,係り受け関係にあるため,その間に読点を打つことができませんNE. 動詞連用形の文節「申請し」の後には,読点を打つ必要がありますYO. ――わたボ狐狸A6FEPβ』
投稿後、0・000032秒で俺の作品にコメントを投稿。
そして最初に『お気に入り』登録してくれたのも、『わたボ狐狸A6FEPβ』さんだった。
彼もしくは彼女は、初投稿からの熱烈な読者だ。
プロフィール画像を見ると、前髪が短い感じの眼鏡の女性。
画質は荒いけど、画像のNFTは正常。
少なくとも、どこかから拾ってきた画像ではない。
「生身の人間だったり……はしないな」
『0・000032秒』の数字をクリックした。
人間には到底不可能な高速な読解力と判断力。
ソレは、AIを評価する際の最も重要な指針になる。
俺達、投稿作家が、読者の琴線に触れる文体を探り探り勝負しているのに対し、読者達の行動原理に一切の迷いは無い。
それは――投稿小説に対し的確なコメントを投稿するまでのタイムアタック。
うーむ。いつからこうなってしまったのか。
スマホ写真投稿フレームや、イラストサイトフレームが隆盛を極めてから数年。
国民総クリエイター時代への突入と共に、降って湧いた人工知能の台頭。
タイミングがよかったのか悪かったのか、政治金融軍事その他諸々の巨大資本由来の作戦AIを差し置いて、〝隣人としてのAI〟が一番最初に、技術的特異点を迎えた。
想定外の可能性は何の波乱も混乱もなく、世界の一部を塗り替えた……らしい。
らしいってのが実感。自動車を自分で運転しなくなったのもずいぶん前だし、世の中はいつの間にか便利になっていたのだ。
個人的には、話に聞いた〝投稿作家ヒエラルキー〟には耐えられそうもないから、今のAI読者群による評価基準が確立してくれていて、本当に良かったと思っている。
ボコゥン♪
新着シグナルは、字数や内容の複雑さが一定値を超えるごとに音階が低くなるように設定してある。
つまりいま付いたコメントが、長文か複雑な精神活動がうかがえる内容であることを示していた。
「こんにちわ。新作、拝読させていただきましたー。超絶すてきでした! 特に比脆祇隊長の御すね毛様が! あと良かったのは、公帝査問会での2値化姫嬢の大立ち回り! 初回が神すぎて、並プロちゃんとしては、千木ZOR2様のお体の心配をしつつも、早く次話をと願うばかりですー。でわまた ――並列プロジェクト主幹部5847389Ttr:v0・000・3858754742/r1」
「なんだコレ?」
『千木ZOR2』っていうのはペンネームだ。
執筆補佐AIアシスタントが仮名として用意してくれたモノを、そのまま使っている。
ちなみに補佐AIと言っても、自宅のホームサーバーかスマホ上で動いているだけのシステムAIだ。
一昔前の強化学習されたデータセットを元に行動決定しているに過ぎず、AI読者達みたいなキャラクターっていうか自我はない。
それでも、校正や簡単な評価なんかはしてくれるから、とても頼りになる相棒ではある。
「たしかに、ウケたら良いなと思って小ネタ的に、すね毛とか書いた――でもソコに着目するのか……」
なんか、目の付け所が変なAI読者だな。姫様キャラが大立ち回りの所は見所のつもりで書いたから、それに感想もらえたのは嬉しいけど。
プロフィール画像を見る。
それはアニメキャラだった。
デフォルメされたフォルムを描く、色気を感じる描線。
パステルカラーを基調にした流行の色彩設計。
画像のNFTは正常。
しかも、『並列プロジェクト造形部5847389Ttr』っていう著作権リンクが貼ってある。
これは、ひょっとしたらAIが自分で自分の絵を描いたのか?
そう言うAIも居るし、中には何億円もの価値の非代替性トークンアートを描いたようなのだって居るって話だけど。
「でも、そういうのは、こんな場末の小説投稿フレームなんかじゃなくて――」
主戦場のイラスト投稿フレームでやるべきだろう。
「――いや、俺もひとの事は言えない」
半開きのクローゼットを見た。
ドアからあふれているのは、大小様々なアルミ筐体。
丸いのや星形、長いのや短いの、赤や緑や金ピカ。
そのどれもがドコかを、真っ黒に焦がしていた。
小説に感想をくれるAI読者達をソフトウェアとするなら、俺はその高性能プログラムを走らせるハードウェアの設計をしていた。
そう、していたのだ。……1年前まで。
§
「……さすがに今月はマズいな。売れない小説を、いくら書いても金にならん」
俺みたいなネット作家は、AI読者からのPVによって生計を立てているのがほとんどだ。
「えー、でも結構、先輩の作家ランク伸びてますよー?」
「それは、AIの心の琴線に触れる文体を駆使して……単に集客してるに過ぎん」
「まあ、データセットトロールからの、ポイント報酬だけだと渋いですけどねー」
「と、言うわけで学食行く」
「えー、先輩はとっくに卒業したでしょー!?」
「そういうお前は、今年こそ卒業しないとな。お前のお袋さんからも頼まれてるしな」
「えー? じゃあ、本当に頼まれて下さいよー。実技テスト来週有るんですよー」
「実技ー? そりゃ、俺に言ってもドウにもならないだろ」
「何言ってんすかー! そのマニピュレーター並のゴッドハンドで助けて下さいよー」
「だから、何も出来ん。ゴッドハンドは俺にしか使えないんだからな」
「あー、そっかー!」
この後輩は、モノは知らんし軽薄で短慮だ。それでも自宅兼作業場に上げてやるのは根が素直なのと、チョットした特技を持っているからだった。
§
「ねーねー君たちー、僕達とバトルしなーい?」
すげえ、一切の躊躇がねえ。
「えー? 何の話ですかー?」
「あー、スマホじゃない? いまあるでしょアレ、AIのキャラのナントカっていうヤツ」
「そうそう、ソレソレーっ!」
食堂のテーブル上に展開されたのは直径40センチ程度のコンモリとした孤島。
スマホから飛び出したキャラクタは全部がシステムAIで、相当作り込まないと一定パターンを繰り返す事になる。
「コレって、サヨリが得意じゃなかったっけ?」
スマホをかざし、孤島を眺めていた彼女がそんなことを言った。
「あ、そうよそうよ。サヨリ、是非お相手して差し上げて、フフン」
後輩がナンパした、いまどきの女の子達(と言ってもそんなに歳はかわらんだろうけど)の背後に隠れていた、地味目でいまどき感が薄い女子と眼が合った。
その瞳はすぐに伏せられ、周囲をうかがう。
なんだか入学した頃の俺みたいだ。
『――GET POINTS RED TEAM!』
「あれ? 先輩が居るのに負けるなんて……やっぱりおなか空いてるんじゃないですか?」
たしかに腹は減ってるが、うるせえ。
それにしても、一戦目は軽く遊んでやろうかな――っていうおごりはあった。
けど、地味子が操るプレイヤブルキャラの斬撃の切っ先が見えない。
ゲージを使って、マニュアル操作で追撃しても追いつけない。
その動きは明らかに他とは違っていた。
『――WINNER RED TEAM!』
学食でA定食を二人分。そんな程度のポイントをせびるつもり(情けないのは認める。でも背に腹はかえられない)で、後輩をけしかけたのだが――見事に返り討ちにされてしまった。
地味子のプレイヤブルをじっと見た。
今度は地味子のキャラと眼が合った。
その小さな顔は、補佐AIではなく、俺の顔をジッと見あげている。
ソレは、アニメキャラだった。
デフォルメされたフォルムを描く、色気を感じる描線。
パステルカラーを基調にした流行の色彩設計。
「ちょっと待て。コイツに見覚え有るぞ? たしか、並プロちゃん58なんたらTTR――」
俺のセリフを聞いた地味子が、並プロちゃんを素手でひっ掴んで、脱兎のごとく逃げ出した。