宿屋検め***グレン視点***
*** グレン視点 ***
宿屋の外では緊張した声と怒声が飛び交う。
やはり来たのか。
アザレント公国のルーナ様が国外脱出をしたとならば、手段を選んでいられないのだろう。
それは自明の理だ。
だから、追手が掛かるのは時間の問題だったのだ。
トントン。
遠慮深く扉を叩く音がする。
「誠に申し訳ございません。宿屋の主人でございます。」
「入られよ。」
静かに促したつもりだが、私を見知っている主人は震えながら入室してきた。
この国境地帯で宿屋を営める加護を長年与えてきたのは我が商会だ。
その上での入室。
間違いない、軍が動いたのだな。
「グレン様、アザレント公国第一部隊による宿屋検めでございます。」
頭を下げる主人に「分かった。」と短く答えた。
驚く表情の主人に「あと何刻くらいか?」と尋ねれば「もう間もなく。」と。
なるほど。
宿屋の者たちを人質にとって、一気に検めるつもりなのだな。
ルーナ様を何としても逃さぬために。
「主人!!事前の知らせはならぬと申したであろう!!」
入室と同時に主人をそう言うなり吹き飛ばした兵士がドカドカと入室したのを皮切りに、兵士が数名この室内に飛び込んできた。
「お主があのグレンか。まあ、容疑が晴れれば何事もなく解放してやろう。」
全く知能がない。
この兵士は理解しているのか?ココは国境の町。アザレント公国でないと言うのにあの有り様だ。余程、国王辺りが慌てたとみえる。
「これは初めまして。お勤めご苦労様です。
何のお疑いか分かりませんが、どうぞお検め下さい。」
「ふん。生意気な商人よ。
宿屋の申告によれば、この部屋には旅人5名と客人のグレンの6名だな。
ナブラン村のリスタ・ガシャ・クルゼ。
それとマラサイ村のナラとその母ユラだな。」
「そうです。私と母の護衛として知り合いのマラサイ村のお兄さん達をお願いして旅をしているんです。グレンさんは私達の商品をお買い上げくださるお客様です。」
笑顔満面のナラ殿。
うーん。コレは面白がっているな。
それほど自信があるのか。
「おい!!先程から俯いているそこの女。ユラとか申したな。顔を上げよ!!!」
ふむ。やはりこの方をルーナ様と見極めたか。
さて…。
「私でございますか?内容は娘の申す通りでございます。」
少ししゃがれた艶のある声と共に細身なれど清楚な顔が兵士を見つめた。
『鑑定』
それは一番後ろにいた目立たない兵士の静かな声。
魔力による部屋全体への鑑定は、ルーナ様を見つける最終魔法。
まさか、アザレント公国にも『鑑定』を持つものがいたとは。
世の中に沢山の魔法はあれど『走査』程度なら多く存在するがその上位魔法の『鑑定』持ちは滅多に存在しない。
嫌な汗が背中を伝う。
静けさが、場に緊張感を一気に高める。
「失礼しました。奥様とお嬢様の素晴らしい旅をお祈りします。」
「まあ,兵士さん。ありがとうございます。」
可愛らしい笑みでナラ殿が応える。
「フン、商人の分際で生意気な事をしたら今回の様な穏便な処分では許さないからな。国境地帯は既にアザレント公国が抑えたのだ。
此処から旅立つ時には我々の許可を得るのだな。」
主人を殴り飛ばした男は、そう言い捨てて部屋を出ていった。
その後から、腫れ上がる頬を押さえながら主人が何度も頭を下げて部屋を出た。
うむ。アレはもうアザレント側に寝返ったと見るべきだな。
そんな風に考え事をしていたら大きなため息が横からしてきた。
「ナラ殿。お願いです。
コレは今回限りにして頂きたいのです。」
半泣きの顔で訴えた美人にナラ殿は
「あら、ユラお母様。そんな言葉遣いはいけませんわ。クルゼさんが困っていますわよ。」
得意げなナラ殿の顔を見て、安堵の息を漏らしたのはリスタとガシャか。
まあ、数時間前にこの作戦を聞いた時にはまさか成功するとは誰も思わなかったのだからな。
*** 数時間前のリスタ視点***
「必ず宿屋検めがあります。ですからルーナさんを隠さなきゃならないんです。」
「それには私も賛同するが、既に間に合わない可能性もある。『ポチ』殿の能力を頼る他あるまい。」
ナラ殿とグレン様の話し合いは深刻な内容だ。
ルーナ様を探してアザレント公国側から兵士が押し寄せればひとたまりもない。
いや、せめてナラ殿とルーナ様だけでも逃さねば。ガシャとクルゼも覚悟を決めた顔をしてこちらを見ていた。
「おじさま。ちゃんと手はあるのです。
兄考案の『変身メイク』です。えーっととにかくやってみます。ルーナ、こっちに来て。」
ヘンシンメイク。。
グレン様すら怪訝な顔のこの作戦。
見ていたこちらが驚愕する事態を起こしたのだ。
「えっ??クルゼが2人?!」
何をどうやったか分からないが、ルーナ様がクルゼに変身したではないか?
「さて、次はクルゼさん。
えーっと、元々美人さんだから清楚系で決めましょうね。」
目が点のまま、あっという間にナラ殿に捕まったクルゼは気がつけば見惚れる美人に変身していた。
新たな魔法か?
「違うわよ。魔法じゃないわよ。
ふふふ、リスタさんでも心の声が漏れるほどびっくりしたのね。
このメイク道具の中に、魔法っぽいモノが使われるけどそれは内緒ね。
女の子の内緒は聞いちゃダメよ。」
規格外はザルツ殿だけでなく、ナラ殿もか。
「リスタ。それには賛同しよう。
久しぶりに度肝を抜かれた。いやはや、本当にナラ殿には参りますな。
でも、『鑑定』魔法を使われたらコレも見破られるのでは?」
まさか。
『鑑定』魔法など滅多に存在しない。グレン様は少し心配し過ぎでは?
「ふふふ。おじさま。
秘密って言ったでしょ!!この道具はちょっと仕掛けがあるのよ。
クルゼさん、喋ってみて。」
「自分も心配で。。。」
!!!!!!!
全員固まった。
声まで変わってる?!
「ほら、ね。」
やはり規格外。
我々の想像を,超えてゆく。
お役に立つには、余程気を引き締めなければ。
アザレント公国の兵士の近づく気配にガシャ達に目配せをしながらその時を待つ。




