これは誘拐というのでは…、
俺の朝は早い。
夜明け間近の我が家の庭で、まずは今日の収穫をする。「不味い飯」の理由の一つは魔獣の肉の臭みにあった。その匂いと苦味に思わず吐き出して親に拳骨を食らった覚えがある。
その上、薄味で単調とくれば。まぁ「異世界あるある」だけどな。
臭みをとる方法は色々試した。
結果は我が家の庭にある。そう「ハーブ」だ。
こっちの草だから名前は違うが「ナツメグ」「クミン」「コリアンダー」に近い草を見つけた日は号泣したくらいだ。
乾燥させる為の小屋も自作だ。そしてもちろん、雑貨屋の方では売り出しもした。
調味料は悩んだ。正直、味噌っぽい何かは作ったが醤油はまだ未達だ。醤油無しの毎日を想像して欲しい。かなり辛い。
こんな調子で庭に植えた「ローリエ」と「パセリ」「セロリ」を手に家に戻る。今日の仕込みは「魔獣肉のトマト煮」だ。あ、もちろん食堂のメニューだ。めっちゃ固い魔獣肉は5時間以上の煮込みが欠かせない。これを好物だと通いつめるお客様は大切な金ズル…いや飯のタネだ。煮込みの仕込みが終わった頃、妹が両手に朝飯を抱えて「おはよう、お兄ちゃん」と台所に入ってくる。
「おう、今日の卵は何個だ?」
「凄いよ、なんと30個だよ。最高記録じゃない?こんな日もあるんだね。ねぇ、いつもの作ってよー。」
いつもの…妹の強請る料理は卵焼きだ。
少し甘めが定番だ。何せ甘みの料理は物珍しく高値で売れるからだ。
「お客さんが先だぞ。まあ2個くらいなら…」
「やったー。だからお兄ちゃん大好き。」
小躍りする妹は可愛い。前世では男兄弟しかいなかった俺にはこの妹の願い事にはかなり弱いんだ。ちなみに両親は近くの町まで買い出しで不在だ。交通手段が馬車なので往復で1週間はかかる。電車やバスが懐かしいよ。今ならラッシュにも文句は言わねぇのにな。
10時には開店だから、朝飯を急いで食べると
開店準備を整える。これでも行列の出来る店なんだよ。妹が凄い速さで「お握り」を作っている。今日はお弁当の予約が沢山入ってたから、俺も唐揚げを大量に作る。
これがいつもの慌ただしい俺の朝だった。
昼飯時の殺人的忙しさの最中にそれは起こったんだ。
「おい、ここにザルツはいるか?」
扉に立ちはだかった大男から発せられた怒声に
賑やかな店内は静まり返った。
いや、ここ田舎だよ。こんなガチガチの騎士なんて見る機会もない。それが突然の大声だよ。
緊張の糸がピーンと張った中、全員の視線が俺に集まる。
まあ、「ザルツ」と言う名前は俺だけだけど。
違法営業とかで、逮捕とかか。ハーブにイチャんもんをつけられた事は何回もあった。
だけど刑吏が来るくるいで、まさかの騎士様なんて王都以外で見た事すらないのが普通だ。
だから、しょうがないよ。返事をしてなくても。
それなのに「ザルツは居ないのか!!」と怒声は更に大きくなって妹のすすり泣きの声と震えて袖を掴む手の感触でやっと我に返った俺は
「あの俺で」
す。と最後まで言うのを待つ暇はなかったらしい騎士は俺を肩に担いだ。
「王様よりの呼び出しだ。」と言い捨てて1枚の紙をひらりと店に投げ入れると外に留めていた馬の上に俺を乗せて駆け出した。
この間、時間にして5分。
店の客も妹も呆気に取られるしか無かった。
らしい…とだいぶ後から聞いた。
その頃の俺ときたら揺れる馬の上で吐き気と尻の痛みと恐怖心で半死半生だったからだ。
辿り着いた近くの町の大きな館の部屋にいた魔術士に取りかけまれて一瞬で王城に転移した時には既に俺の意識は夢の中だった。
これがこの後、長く付き合う羽目になるガルクルトとの最悪の出会いだった。
*** sideガルクルト ***
王の命令は絶対だった。
しかも、今回は連合国全体の総意だと聞けば否やはない。我々騎士団も危機的状況は把握済みだ。だが、最後の命令には僅かに疑問は残る。
首都からかなり離れた僻地の村から一人の青年を連れこてこいという命令だ。
しかも、あのメンバーの最後の一人だと言うのだから騎士の矜持を忘れて反論が出かけた。
「ガルクルトよ。これは連合国全体の総意である。必ずやザルツを連れて参れ」
「はっ。」
転移魔法と馬で早駆けして辿り着いた
「マラサイ村料理店」
平凡な店の前に立てば、嗅いだ事のない不思議な香りが腹を直撃する。3日は飲まず食わずでも平気な騎士たる者が腹を鳴らすとは。
思わず腹に力を入れ過ぎて、少し声がでかくなる。
ザルツなる者は…まあ平凡としか言いようのない者だった。幼い風貌である他は何の特徴もない普通の青年。震えて怖がる風情も王都の者たちと何ら変わりがない。
馬に乗せて早駆けしただけで気絶したザルツを担いで帰途についた俺を待ち侘びていたのは、今回から仲間となるハレザート国の第二王子だ。
「あっ!何でザルツ殿が気絶してるんだ?!
まさか乱暴な手順で連れ去った訳じゃないよな、英雄ガルクルト殿?」
嫌味全開の彼の質問を丸無視して医務団にザルツを預ける。
「ラルト王子よ。手順は守ったが彼が転移魔法に不慣れだったという事だ。失礼する」
そう言い終えて王への報告のため部屋を出ようとすると後ろから声がかかる。
「これだから、野蛮な騎士団と一緒の仕事は嫌んなだよ。」
聞こえている。
そして、その内容は半ば同意だ。
我々とてハレザートの魔法士団と協力など、王命でなければ。
しかし、あの平凡な青年をメンバーにした理由を是非知りたいモノだ。このままならば、足手まといと言うより彼の生命の危機と言うべきだろう。
それが今後、命懸けで守るザルツ殿との出会いであった。もちろん、王命だからではない。
苦難の旅は目の前に迫っていた。