ポチの名付けの問題では、無いのだが…(リスタ視点)
*** リスタ視点 ***
「ナラ殿。その肩にいるのは一体…」
ずっと気にはなっていた。しかし、恩人ザルツ殿の妹殿だ。尋ねるのには暫しの時間を要した。
「あっ、コレ?コレは兄の作った地下室で突然生まれた魔獣よ。でも、毒性なしの新タイプだから安心なの。」
新タイプの魔獣?!
仲間たちからざわつきが漏れる。
魔獣=毒性を持つ凶悪な生命体
これはこの世界の常識だ。絶対の常識だ。
いや、本当にあり得ないほど絶対なのだ。
「ふふふ。リスタさんってば。疑問は口にして大丈夫よ。私はお兄ちゃんみたいに非常識じゃないんだから。」
ナラ殿…。
貴方の笑顔の可愛さよりも、言われた内容が気になるのだ。それは同行した全員が同じ気持ちだと思うが、我々にはザルツ殿もナラ殿も同じ感じ(非常識…)だと強く主張したい気持ちでいっぱいなのだが、当の本人は気にされた様子もない。
「では、ナラ殿。毒性のない新タイプの魔獣とは何なのか?それが肩にいる理由と併せて伺っても良いのか?」
ガシャが思わず身を乗り出し質問をしたのを見て驚いた。もちろん彼の気持ちは理解出来る。彼の両親は魔獣により亡くなっているのだから。しかし、その屈強な見た目に反して繊細な彼は普段は遠慮の塊なのだ。
「この魔獣は鼻が効くから。兄の匂いに敏感だから道案内を頼んだのよ。それと私に対する加護が付いてるからね。」
。。。
ガシャも押し黙った。
しかし、驚き過ぎると人は無言になるモノらしい。鼻の効く魔獣なんてもちろん前代未聞だし、その上意思疎通が可能とは。
本当に魔獣なのか?!
しかし、コレをまるで何でもない事のように話すナラ殿はやっぱりザルツ殿の妹なのだな。
「ポチは良い子だから大丈夫よ。」
またも、笑顔で爆弾発言を繰り出すナラ殿。
「ポチとはまさか魔獣の名前なのだろうか?」
さすがに気になるのかガシャが確認している。
「あっ!!ごめんね。お兄ちゃんの名付けのセンスは最悪だからソコは気にしないで!!」
いや!!
絶対に気になるポイントはそこでは無い。
「…もちろん気にしておりません。ではポチ殿は味方という括りで宜しいのでしょうか?」
ガシャがため息を飲み込んで確認すれば。
「ガシャさんってば、そんな丁寧な話し方はやめてって言ってるのに。ポチは私の命令には逆らわらないから大丈夫よ。ねっ?」
笑顔で何でも解決の最強のナラ殿が降臨していた。
すると、そんな会話を聞いたかのように小型の鳥の魔獣セレシュによく似たポチ殿が、空高く飛び上がった。
「あっ、お兄ちゃんは南にいるみたいよ。」
その一言で我々の向かうべき先は決まった
アザレント公国。
南にある、神秘の国。
3人は顔を見合わせて、頷き合った。
「暖かい国の方向で良かったわね。寒いので苦手だから、私!!」
やはりナラ殿は知らぬらしい。
彼の国の危険性を。
旅を楽しんでいる様子のナラ殿を守るのは我々の役目。互いに緊張感を高めて南へと足を向けた。
ポチは一直線にアザレント公国へ飛んでゆく。
ザルツ殿へ。
僅かにも貴方へ繋がるのならば、ポチを頼りに思う。それが例え論外な生命体のポチであっても希望の糸は離せないのだ。
何としても…。
それは全員同じ想いだ。
もちろん、現在別の場所で活躍される第1討伐隊の皆さんも同じで。
別れる時のガルクルト殿が掴んだ肩は未だに痛むほどなのだから。
約束は必ず果たします。
空高く南を目指すポチを追う我々は馬の腹を蹴り上げた。
*** ガルクルト視点 ***
ナラ殿はご無事だろうか。
同行を申し出たナブラン村の3人の若者の力は確認済みだ。
こんな小さな村にこんな優秀な人材がいたとは。。
特にリーダーのリスタは万能タイプで戦い方が俺に似ていた。
ガシャは盾タイプの戦士。クレゼは村には珍しい魔法使いだ。
旅立つ日に笑顔で我々に手を振るナラ殿の笑顔が胸に残っている。
あの笑顔を守り抜けと託したリスタの決死の覚悟を感じたからこそ…。
焦りを任務への熱意に換えて…。
あの日。
魔獣を倒して村人全員と凱旋した我々を迎えたのは…
花を飾り立てた大きなテーブルの上の食べ切れぬほどの大ご馳走
魔獣に汚染された痕跡を見つけるのも難しい行き渡る『鮮土』の効果
枯れていた井戸の復活や村の周辺の『防御キノコ』
数え上げれば驚くほど完璧な出迎えの用意だった。
もちろん、出迎え役のご本人が行方不明だったのだから完璧とは程遠い。
気づいたのはラルト皇子が見つけた『祠の痕跡』だった。
たった一つ破壊された村の歴史を刻んだ『祠』
粉々のソレから伝わる『転移魔法』
この世界で時折おきる悲劇の『神隠し』
キッカケは様々だが、見つかった者はない。
探したい我々にそう告げたのは我が国の宰相閣下だ。聡明な彼の言葉に間違いはない。
そう知っても納得は出来ない。
だからこそザルツ殿のご両親を訪ねたのだ。
決して、我々は諦めないと伝える為に。
ところが…。
励まされたのは、我々で。
任務に必要だからと、沢山の『力水』や『エリクサーA』などが詰まった空間魔法の鍋を差し出されたのだ。
規格外…。
ザルツだけではなかったのだと知ったのだ。
さすが、彼のご両親。
『信じる事は大切ですよ。皆様は任務に励んで下さい。きっと、半笑いのザルツが戻って来ると思いますから。』
笑顔のザルツのお父上に言われた我々は進む以外に道はない。
今も魔獣は増え続けているのだ。
この異常な状態が続けば…。
怯んでいる暇も
迷っている暇も
無いのだ。。




