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現実恋愛/文芸

「娘を探しています」



「娘を探しています」


 だるように暑い夏の日に、女は必死の形相でビラを配っていた。大事な娘さんが行方不明らしい。それは可哀想に。


 俺は彼女からビラを受け取り、じっくりとそれを眺めた。制服を身に(まと)う女子中学生の写真が載っている。なかなか可愛いじゃないか。


「あのぉ……」


 女がハンカチで汗を拭いながら、俺に話しかけてくる。熱心にビラを見ていた俺は、どうやら珍しい部類に入る人間だったらしい。他のやつらには無視されたから、俺に目をつけたというところだろう。


「この子を、どこかで見ませんでしたか? この子に似た子を見たというだけでも良いんです」


 切実そうなその声に、思わず口元が歪みそうだった。そんなに大事だと思うなら、もっとしっかり面倒を見ておけば良かったのに。


 俺は彼女に協力してやろうと、ゆっくりと口を開いた。


「あー……似ている子で良いなら、昨日見たかもしれません」

「どこで!? どこで見ましたか!?」


 女が俺の手首を掴む。長い爪が皮膚に食い込んで気持ち悪い。その手を振り払うと、女は悲しげな表情を見せた。


「駅で、どの電車に乗れば良いのかと尋ねられました。たしか北海道に行くと」

「北海道……? まさか」


 女は目を見開いて首を振る。たしかにここは東京だし、北海道なんて遠方に行ったかもしれないと言われても、にわかには信じられないだろう。


 しかしこれ以上この女に付き合っている時間はない。俺にだって、早くやらなければならないことがある。俺はようやく見つけた宝物を、守り抜かなければならないんだ。


「俺が知ってるのはそれだけです。それでは、さようなら。娘さんの無事をお祈りします」


 自分の娘をしっかり守り育てることができなかったこの女がどんなに不幸になろうともどうでもいいが、あの可愛らしい娘には幸せに生きてほしいと思う。


 深々と頭を下げて礼を言う女のほつれた髪に嫌悪感を覚えながら、俺はそこから立ち去った。






 俺は癒しを探していた。俺を肯定して、愛してくれる人間を探していた。そしてようやく、彼女を見つけた。


 家に帰ると、俺はすぐさま玄関扉の鍵を閉める。大切な宝物が、誰かに連れ去られてしまってはいけない。


「ただいま、(ゆう)()

「おかえりなさい、(よし)(かず)さん」


 玄関先で俺を出迎える彼女。彼女にただいまのキスをして髪を撫でる。絶対に逃がさない。


「お前、制服姿もフツーに可愛いんじゃねえか」

「えー、公立中学の制服なんてダサいって。もっと短いスカートのがカワイイじゃん。てか、写真でも見たの?」


 キャピキャピとした感じの喋り方をする彼女は、俺よりだいぶ若い。なんてったって彼女はまだ中学生なんだ。二十代フリーターの俺には、眩しすぎる存在だ。


「ああ。お前の母親が、お前を探してるみたいだ」

「……あの女が」


 彼女の顔から笑顔が消える。忌々しげに顔を歪める。


「可愛い顔が台無しだ。やめなさい」


 俺が頬を包み込むと、ほんの少し表情が和らいだ。彼女は泣きそうな声で呟く。


「でも、私。あの家になんか、帰りたくないよ」


 俺と優子が出会ったのは、俺がバイトしていたコンビニでのことだ。俺はある日、コンビニのそばでうずくまっていた優子を見つけた。


 いったいどうしたのかと問えば、「お母さんに殴られたの」と言った彼女。俺が彼女の()()を聞くようになったのが、この関係の始まり。


 彼女は俺の働くコンビニによくやってきた。俺のバイトが終わるのを待ち伏せする彼女といろんな話をするようになって、仲良くなった。いつしか共依存のような愛を互いに覚えた。


 だから俺は、彼女を攫った。これが犯罪であることはわかっていたが、彼女が欲しかった。彼女も俺を求めていたはずだ。


「九州に行こう」


 なけなしの貯金を切り崩して、彼女を遠くへと連れていく。あの悪魔のような女に、彼女を返すわけにはいかない。傷ついた彼女を俺が助けてやるんだ。


 罪深い俺らの幸せな逃避行。俺らはふたりで手を取り一緒に逃げた。幸せを守りたかった。








  私たちの幸せは長くは続かなかった。愛しい彼と九州地方を転々とする生活は、二年ほどで終わった。


 彼は警察に捕まって、私は児童養護施設に入られた。私たちの宝物も、誰かに奪われてしまった。長年探し続けてようやく手に入れた愛と居場所を失った。


 私は十八になって施設を出た。独り立ちした大人になった。彼はまだ、刑務所のなかに閉じ込められたまま。


 ナイフを一本、カバンのなかに潜ませて、私は事前に調べた家へと向かう。私たちの宝物を探しにいく。


 インターホンを押すと、「はぁい」という間の抜けた女の声が聞こえた。玄関扉をあっさりと開けた女は、多少のシミやシワが顔にあるとは言えど、美しかった。


 今は亡き、大嫌いな母のことを思い出す。虐待の罪に問われたことに耐えられず、裁かれることなく自殺した愚かな女だ。


「……あのぉ、どなたですか?」

「突然すみません。少し、探しものをしておりまして」


 母もこんなふうに私を探していたのだろうか。あの女のようには絶対にならまい。私は幸せな家庭を築いてやるんだ。ちゃんと彼女を愛してやるんだ。


「ママー? お客さん来たのー?」


 幼子がよちよちと女に駆け寄る。柔らかそうな細い髪の毛は、ピンク色のヘアゴムで縛られていた。


 ああ、この子は愛されているのだな。と思う。私はカバンのなかのナイフの柄を握り、笑顔を作った。


 私の幸せを返して。私たちの宝物を返して。私は女の胸にナイフを突きつける。


「私たちの宝物を――娘を探しています」



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