君は一人に
目が覚めると、見覚えのない白い天井が目に映った。
「あ、目が覚めた?」
次に、聞き慣れない声が耳に届く。横目で見ると、寝ているオレの傍らに立っている高校生くらいの少女がいた。
「・・・誰だ?」
弱々しい声で、俺はその少女に声をかけた。
少女は少し、穏やかな表情を強張らせる。
「あぁ、私は川原 千奈里。あなたの友達になりたいと思って、やって来たの」
だが、すぐにまた穏やかな表情となり、そう言ってきた。
「友達・・・?」
俺は不思議に思って訊き返す。
「そう、友達。だから、まずは、私に名前を教えてくれる?」
千奈里という少女は、なおも穏やかな笑みを浮かべながら、そう言った。
こんな、今知り合ったような奴に名前を教えるなんてとも思ったが、向こうはもう名乗っている。ここで名乗らないのは、なんだか失礼な気がして、俺は渋々名乗った。
「・・・山辺 雪杜」
「オッケー。じゃあ、ゆっきーね」
「・・・ゆっきー?」
何だそのあだ名はと、俺は眉間にしわを寄せる。
だけど、そんなことなど完全に無視して、千奈里は話を進める。
「私のことは、普通に呼び捨てとかでいいよ。今から、私たちは友達ね」
「おい、ちょっと待て」
「ということで、ゆっきー。ちょっと私の名前を呼んでみてよ」
「はぁ?ってか、俺の話も聞けや」
あまりに強引に話を進める彼女に、俺は思わず身を起こす。
「じゃあ、私の名前を呼んだらね。そしたら、ゆっきーの知りたいこと、教えてあげる」
何でそんなに呼ばれることに固執するのかはわからないが、呼ばなければ先に進めないことは雰囲気から察せられたので、仕方なく俺は名を呼ぶことにした。
「・・・川原」
「ちょっと!何で苗字なの?私は下の名前で呼んでるのに!」
「お前のはあだ名だろ・・・その呼び方でいいとも俺は言ってないし・・・」
「ほら、いいから早く!」
やたら急かす彼女を横目に、何故に初対面の少女を名前で呼ばなければならないのかと、ため息を漏らす。
「・・・千奈里」
オレが名前を呼んだ瞬間、彼女は呆けた顔になる。それを見て、何かおかしかっただろうかと、俺はどぎまぎした。
やがて、彼女は笑っているのにどこか泣きたそうな表情を浮かべた。
(何だ・・・?)
俺はその表情に、心臓がぎゅっと握られたような感覚に陥る。
そんな表情もすぐにさっきまでの笑みに戻る。それなのに、俺はさっきの表情が頭から離れなかった。
あのあと、千奈里は約束通り、俺の質問に答えてくれた。
まず、ここがどこなのか。ここは、病院だと言われた。俺は何かの病気で入院中らしい。詳しいことは教えてもらえなかったが、まぁ、千奈里が知るはずないだろう。俺とは初対面なのだから。
あと、何故、俺と友達になりたいと言ったのか。これに関してはただの興味だと言われた。千奈里の親がこの病院に勤務しているらしく、よくこの病院に出入りしているらしい。そこで、ずっと入院しているオレのことが気になったそうだ。
こんな田舎じゃ仲良くなれる同世代がいなくって、と千奈里は言っていた。そこで、俺と千奈里が同い年であることを知った。
千奈里は面会時間終了時刻間際まで俺のそばで話をしていた。
だが、俺は最後まで話を聞いてやることができなかった。ものすごく眠くなって、横になってウトウトしていたからだ。
「あれ、ゆっきー?寝ちゃうの?」
薄っすらとした視界に映ったぼやけた千奈里の姿を見て、その声をたしかに聞いて、俺は眠りについた。
眠ってしまった彼を見ながら、私は夜の静けさのように囁いた。
「ねぇ、ゆっきー。これで私が君に自己紹介するの、何回目だと思う?本当の一番最初の自己紹介を入れて、三百六十六回目だよ?」
笑みを浮かべているつもりではいるが、それはおそらく、とてもぎこちないものだろう。
「君がここに入院して、一年が経っちゃった。なのに、君は全然思い出してくれない。幼なじみの、私のことを」
思い出してくれない、と言うのは、今でもまだ私は信じているのだと自分に言い聞かせるためだ。
入院した当初は、昔から親しくしていた者が関わることで、それが刺激となり、記憶が戻るかもしれないと言われた。だから、最初の頃は私以外の幼なじみもよく顔を見せていた。
だけど、彼の記憶がいつまでも戻らないから、やがて彼らは顔を見せなくなった。それは、彼の両親も同じだった。
「私は、一人にしないからね」
私はそう言って、彼の頬を撫でた。






