表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

君は一人に

作者: 衣月美優


 目が覚めると、見覚えのない白い天井が目に映った。


「あ、目が覚めた?」


 次に、聞き慣れない声が耳に届く。横目で見ると、寝ているオレの傍らに立っている高校生くらいの少女がいた。


「・・・誰だ?」


 弱々しい声で、俺はその少女に声をかけた。

 少女は少し、穏やかな表情を強張らせる。


「あぁ、私は川原 千奈里(ちなり)。あなたの友達になりたいと思って、やって来たの」


 だが、すぐにまた穏やかな表情となり、そう言ってきた。


「友達・・・?」


 俺は不思議に思って訊き返す。


「そう、友達。だから、まずは、私に名前を教えてくれる?」


 千奈里という少女は、なおも穏やかな笑みを浮かべながら、そう言った。

 こんな、今知り合ったような奴に名前を教えるなんてとも思ったが、向こうはもう名乗っている。ここで名乗らないのは、なんだか失礼な気がして、俺は渋々名乗った。


「・・・山辺 雪杜(ゆきと)

「オッケー。じゃあ、ゆっきーね」

「・・・ゆっきー?」


 何だそのあだ名はと、俺は眉間にしわを寄せる。

 だけど、そんなことなど完全に無視して、千奈里は話を進める。


「私のことは、普通に呼び捨てとかでいいよ。今から、私たちは友達ね」

「おい、ちょっと待て」

「ということで、ゆっきー。ちょっと私の名前を呼んでみてよ」

「はぁ?ってか、俺の話も聞けや」


 あまりに強引に話を進める彼女に、俺は思わず身を起こす。


「じゃあ、私の名前を呼んだらね。そしたら、ゆっきーの知りたいこと、教えてあげる」


 何でそんなに呼ばれることに固執するのかはわからないが、呼ばなければ先に進めないことは雰囲気から察せられたので、仕方なく俺は名を呼ぶことにした。


「・・・川原」

「ちょっと!何で苗字なの?私は下の名前で呼んでるのに!」

「お前のはあだ名だろ・・・その呼び方でいいとも俺は言ってないし・・・」

「ほら、いいから早く!」


 やたら急かす彼女を横目に、何故に初対面の少女を名前で呼ばなければならないのかと、ため息を漏らす。


「・・・千奈里」


 オレが名前を呼んだ瞬間、彼女は呆けた顔になる。それを見て、何かおかしかっただろうかと、俺はどぎまぎした。

 やがて、彼女は笑っているのにどこか泣きたそうな表情を浮かべた。


(何だ・・・?)


 俺はその表情に、心臓がぎゅっと握られたような感覚に陥る。

 そんな表情もすぐにさっきまでの笑みに戻る。それなのに、俺はさっきの表情が頭から離れなかった。







 あのあと、千奈里は約束通り、俺の質問に答えてくれた。


 まず、ここがどこなのか。ここは、病院だと言われた。俺は何かの病気で入院中らしい。詳しいことは教えてもらえなかったが、まぁ、千奈里が知るはずないだろう。俺とは初対面なのだから。

 あと、何故、俺と友達になりたいと言ったのか。これに関してはただの興味だと言われた。千奈里の親がこの病院に勤務しているらしく、よくこの病院に出入りしているらしい。そこで、ずっと入院しているオレのことが気になったそうだ。

 こんな田舎じゃ仲良くなれる同世代がいなくって、と千奈里は言っていた。そこで、俺と千奈里が同い年であることを知った。


 千奈里は面会時間終了時刻間際まで俺のそばで話をしていた。

 だが、俺は最後まで話を聞いてやることができなかった。ものすごく眠くなって、横になってウトウトしていたからだ。


「あれ、ゆっきー?寝ちゃうの?」


 薄っすらとした視界に映ったぼやけた千奈里の姿を見て、その声をたしかに聞いて、俺は眠りについた。




 眠ってしまった彼を見ながら、私は夜の静けさのように囁いた。


「ねぇ、ゆっきー。これで私が君に自己紹介するの、何回目だと思う?本当の一番最初の自己紹介を入れて、三百六十六回目だよ?」


 笑みを浮かべているつもりではいるが、それはおそらく、とてもぎこちないものだろう。


「君がここに入院して、一年が経っちゃった。なのに、君は全然思い出してくれない。幼なじみの、私のことを」


 思い出してくれない、と言うのは、今でもまだ私は信じているのだと自分に言い聞かせるためだ。


 入院した当初は、昔から親しくしていた者が関わることで、それが刺激となり、記憶が戻るかもしれないと言われた。だから、最初の頃は私以外の幼なじみもよく顔を見せていた。

 だけど、彼の記憶がいつまでも戻らないから、やがて彼らは顔を見せなくなった。それは、彼の両親も同じだった。


「私は、一人にしないからね」


 私はそう言って、彼の頬を撫でた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ