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夏の火  作者: 水辺ほとり
2/6

行き逢い

支配的な人間のやりがちなお節介ムーブがあるので、苦手な人は注意して読んでください。

夏の気配が窓から侵入してきて、喉の渇きで目が覚めた。梅雨の時期とは思えぬ、乾いた天気だった。

隣のベッドは昨日からずっと綺麗なままだ。仮眠も一時帰宅もできず、仕事を続けているのだろう。帰ったら美味しいものを食べさせたい。


つばの広い帽子をかぶり、楽だからと言い訳をして夏らしいワンピースを下ろす。今年、はじめての活躍だ。大きな手提げに、お茶をいれた水筒とラムネと財布を放り込む。大きさに対してスカスカだ。今日はここに何を入れよう。

買い出しの日は、なんだか鼻歌が出てしまう。お気に入りのマーケットまで足を伸ばして、家では育ててない有機野菜やハーブ、肉を買い込むのだ。結構な重さになるが、食べる楽しみのためにはやむを得ない。そうだ、夫お気に入りの、大きな飲むヨーグルト瓶も買わないと。

太陽に焼かれる道を行く。みんな涼しくなった夕方に出かけたいんだろう、人影がなかった。


マーケットは、芝生の広場にたくさんのテントを張って開催されている。広場に水飲み場とベンチの他には何もないが、犬の散歩をする人、ベンチで本を読む人がいつもちらほらいる。しかし、流石に今日はいない。テントの方はずいぶん賑やかなのに。外で元気がなのは、日差しと木々の緑だけだ。

……いや、ひとり人がいた。レジャーシートを敷いて、テント出口近くの木陰で横になっている。昼寝かもしれないし、浮浪者かもしれなかった。それならいいや、帰る頃にはいなくなっているだろう。まずは買い出し、とマーケットのテントへ入っていった。


色とりどりのテントの下では、卸し業者や農家の方が闊達に商っている。ミストシャワーがもう使われており、中はだいぶ涼しい。みずみずしい夏野菜、洒落た瓶入りピクルス、ジャム、パッキングされた大きな肉などが所狭しと並び、料理人や主婦たちがそれを吟味していた。試食をいただくと、ついつい買いたくなってしまう。必要なもの、買う予定はなかったけれど欲しくなってしまったものをどっさりと買い込む。夏野菜の旬なのだ、仕方ない。

満杯に膨らんだ手提げを背負い、危なげな足取りでマーケットを出た。


出口から見える木陰には相変わらず人が寝ていた。黒づくめ。髪が長い。縦に細長く、若いような気がする。

顔が見えそうで見えない距離は、この暑さ、この荷物で歩きたい距離ではなかった。帰ろう、と思ったけれど、ふと脱水症状の文字が頭をよぎる。不審者として通報されたら、相手が浮浪者だったらなどが頭を巡ったが、善きサマリア人でありたかった。その方が正しいのだから。

一歩一歩近づいていくと、黒いポロシャツ、黒々とした長い髪。脱ぎ捨てられているパーカーも黒。横たわりはだけた肌だけは白くきめ細やかで、かなり若いことだけはわかった。

若者の側には、一列に絵画が並んでいる。横になるために、レジャーシートの上からどけたのだろうか。

不意に、一枚の絵と目が合った。ボールペンで細密に描かれた鯨だった。その目に、預言者のような暗い知性に、惹き込まれた。ダイバーとして暗い海でひとり、鯨に対峙する恐怖がせり上がってくる。

「あ、その絵は、です、ね……」

引き戻されて、弾かれたように顔を上げる。よ、いっ、しょ、と絞り出すように黒づくめが起き上がろうとしたが、ごん、と倒れ直した。

「あ、あなた、大丈夫?」

どう見ても大丈夫ではないのに、咄嗟に出てしまう。

「頭、が……痛くて……」

声がかすれていた。

「今ぶつけた?いや、脱水症状じゃない?ほら、少し起きられる?お水飲んで欲しいの」まくし立てて満杯の手提げから小さな水筒とラムネを掘り出した。ふと冷静に、あぁ、お節介おばさんと名乗れる年齢になったな、と思いながら若者を助け起こした。


若者は水を飲んで人心地がついたようだった。

「ありがとうございます」と正座に綺麗な45度でお礼をされた。女のような澄んだ声だった。

絵を売りたかったんですが、何を着ればいいかわからなくって……なにぶん外出は久しぶりでしたから。とりあえず全部黒にしてみたら暑くて暑くて、と早口に話していた。視線もきょときょとと泳いで、目が合いそうになる都度にふっと逃げていく。

話もひと段落し、若者は勢いよく立ち上がり、

「それじゃあ、ありがとうございました」と歩き出したが、萎れるようにしゃがんでしまった。

「大丈夫!?」

こういう時に大丈夫は良くないと知っているのに、やはりこれしか出てこない。

「……あっ、大丈夫ですよ。アトリエはすぐそこなので。お金ないですから、救急車呼ぶよりいいです」

点滴を打ったほうがいい、と言い聞かせたが、頑としてきかなかった。

「じゃあ、間を取りましょう。私がタクシー呼ぶから、アトリエまで帰りましょう」

若者はギョッとして遠慮していたが、ここまで関わっておいて、放り置いて帰るのは気が引けた。幸い、クレジットは持ってきているし、金銭には困っていない。

結局、押し通して若者を家まで送り届けた。

「わー……もしかしてあまり帰らないのかな」

アトリエは、家というよりも、ガラクタ部屋とか倉庫といった場所だった。

「描くことに集中しちゃって……」どうやら掃除は苦手らしかった。

「彼女とかいないの?片付けてくれるような一緒に住む人」

「うーん、誰かと一緒に住むと、描く時間が減るので」わずかな足の踏み場を通って、ベッドにやっと落ち着いた。ふう、と息をついて辺りを見渡す。びっしりと部屋に絵が貼られていることがわかった。あれ?

「もしかして、絵で生活してる?」

「ええと、はい……お金がないのは、振り込みを待たされているだけです」

あっ、お礼と言ってはなんですが、と先ほどの鯨の絵を指差した。

「お持ちください。しばらくしたら、多分それなりの金額で売れます」

申し訳なさそうに、絵を描くことしか、できないのでと呟いた。

裕福な暮らしを書こうとしてグダグダになり、画家と夫の違いがイマイチわかんない感じになってしまった

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