第9話 幕間
幕間というには長くなってしまいましたが
夜照ソフィンが捕まったあと……ジョンたちは。
街に向かった。助っ人を募るためだ。あの暴走族連合のようなものは100人近くいたはずで、とても自分たちだけで救出は不可能。誰かの手を借りる必要があった――が、ログアウトできない現在の状況では金や武器や装備などを報酬にしたところで、どれだけのプレイヤーが動いてくれるかわからない。おそらくは話すら聞いてもらえないのではないか。
しかし、いちおうの説得材料はある。
基本的に秋田市の街は冒険者のもので、珍走団は出入り禁止となっている。もちろん、どんなロープレをしていようがプレイヤーはプレイヤーだから運営の措置ならともかく勝手に特定のプレイヤーが入場できないようにする権限もないのだが、相手が嫌いだという理由で延々と抗争を続けていてもゲームを楽しめない。
しかし、まったく街に入れないというのは不便だし、そもそも死んだときは最寄りの街の復活の神殿で復活するのだ。
だから、協定として街中に派手な車やバイクで乗りつけたり、特攻服やチンピラみたいな格好をしないようにして、普通のプレイヤーとして振舞えば街の施設や店を利用するのは黙認される。
だが、一刻の時間も無駄に出来ない状況でジョンは武装トラック、狂犬連隊はバイクや車で門をくぐり、街の中心部までやってきた。
廃墟になった秋田駅の駅前広場だ。
露骨な協定破りに眉をひそめるどころか、大声で罵声を浴びせるプレイヤーもいた。
しかし、気にせずジョンはトラックの荷室の上に立ち、嫌悪の目を向けてくるプレイヤーたちに呼びかける。見た感じは選挙演説のようで、やたらと目立つから、どんどんプレイヤーが集まってきた。
「みんな、聞いてもらいたい話しがある」
「協定破ってんじゃねーよ!」
「出ていけ!」
「クソ虫が日本語しゃべるな!」
罵声とともに、ゴミが投げつけられる。ポーションの空き瓶やコンクリート片など、街中はPKできない仕様だから、投げつけられたものが当たってもHPは1ドットも減らないが、心はザックリ削られる。
ジョンはまず秋田市をホームとしているプレイヤーに関するところからはじめた。このあたりのチームで結託した連中がいて、特に女性プレイヤーが狙われる可能性が高いという話だ。
「この中でも知っている人はいると思うが、死んだらログアウトできるという噂がある。新川モータースのオヤジがそれを信じたらしく、死んでしまった。それで抑えがきかなくなった連中がチームを超えて集まっている。全体がつかめないが、俺が見た範囲だけでも100人以上はいたと思う。ヤツラは自棄になって、メチャクチャ暴れるみたいで、まずは女を狙っている。うちのチームの2人と、護衛の助っ人が1人がサラわれたが、ひょっとしたら、この周辺のフィールドにいるプレイヤーにも被害者が出るかもしれない。そういうプレイヤーを知っているなら、すぐに連絡をとってもらいたい。早く街に戻るか、もし遠い場所にいるなら身を隠すように」
罵声を浴びせいていた冒険者たちは話を聞くと、顔色を変え、慌ててボイスチャットで知っている限りの女性プレイヤーに安否確認と状況説明をする。
そのうち、大声を出すプレイヤーが何人か現れた。どうしても連絡がつかない相手がいるらしい。
「おい、そいつらの巣はどこだよ」
「すぐに退治にいくぞ!」
「ふざけやがって、みな殺しだ」
殺気だったプレイヤーがジョンの立つトラックの下で騒ぎはじめた。
「それが……よくわからないんだ……むしろ、そっちで情報ないか? 怪しい動きがあったとか」
戦力を整えるのと同時に情報収集もジョンの目的。混成チームだから本拠地といっても複数あり、しかもすべてのメンバーが合流したわけではなさそうだから、既成のホームではなく、新規で場所を用意した可能性も少なくない。
そもそも、どこのチームにしてもあれだけの数の人とバイクと車を収容できるホームは持ってないはず。
しかし、この周辺は秋田県でも中心地に近いせいで、それなりの駐車場を備えた施設は結構多い。しかも、敵は全員がバイクや車で移動しているのだから、普通ならアクセスがよくないとされる場所でも問題ないはず。
ジョンにしても、彼が呼びかけている冒険者たちにしても、どこだと問われて簡単に思いつくものではなかった。
そんなとき、人の輪をかきわけてトラックの前まできて、車体に巻かれた有刺鉄線を足がかりに、器用に登っていく男がいた。ヘッドだ。ジョンの足元まで登るとジャケットのポケットから数枚の紙を取り出して渡そうとする。
受けとったジョンは少し読んだだけで顔色を変える。
「こいつは……」
「俺らが専用で使っている裏の掲示板さ。いま見てきたら気になる書き込みがあったからプリントしてきた」
2人の会話を聞いていた冒険者たちが「なにが書いてある」とか「手がかりになるかもしれないから読んでみろ」などと声を上げる。この『フューチャー・アース・オンライン』は1999年7月で文明崩壊という設定だから、パソコンはWlndows98までは使えることになっている――リアルでは現在2045年なので骨董品のような半世紀も前のOSを実際に動かすのではなく、なんとなくソレっぽい感じにしてあるらしいが。
通信網も一部は故障したままなので不完全ではあるが、いちおうネットが使えて、プレイヤーか情報交換したり、ボーカメの動画を検索して閲覧したり……裏の掲示板なんてものもちゃんと存在するのだ
【宴の開催について】
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やろうぜ!
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一時の欲望に負けて、あとでバイク壊れて泣くパターン?
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まあ、俺らクズだし?
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死亡でログアウトという噂だし、殺るだけ犯って、死ぬか?
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デスゲームという噂も
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どちらであっても犯りまくりたい
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新川のオヤジが死んだ……
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ガセ?
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マジ
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本当に宴やってもいい流れ
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狂犬連隊が白猫の女をサラったぞ
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マジで宴開始かよ
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狂犬が白猫の女をサラって、それをさらに國龍がサラった
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どういう状況よ?
83 3時間前
メンバーの数に対して女の数が圧倒的にたらんわ
どうせ上が楽しんで、下にはオコボレすらまわってこない
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>83
時間稼ぎしろよ
横からさらうから協力しろ
ちゃんとまわすぜ?
91 3時間前
>87
いまから仲間割れを起こすけど、なるべく早くきてくれよ
100 3時間前
宴、決定ね
前半は狩りの時間
参加者全員が最低1人の女をもらえるまでやる
121 3時間前
参加者いっばいいるみたいで女を狩るのはできそうだけど、ぶっちゃけ美人もいればブスもいるじゃん?
どうするの?
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みんなが公平だと思う方法でいいんじゃない?
じゃんけんとか
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ビンゴゲーム持ってるけど
ガチャのハズレで出たヤツ
いや、こうなったらアタリか?
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女が当たるビンゴゲーム大会かよ
胸が熱くなるな
166 3時間前
股間を熱くしてないで、さっさと集まれよ
298 17分前
ゴキブリやムカデが大量発生って、どんな魔法だよ?
呪術か?
タイヤ滑って事故ったよ
絶対ビンゴであの女貰う
すげえ時間かけて犯って殺る
ジョンは掲示板にあった書き込みのうち、重要そうなのを拾い上げて読んだ。最初はまったく人気のないスレッドで書き込みもほとんどないのが、新川のオヤジ自殺の一報が書き込まれると人が集まり出し、最終的にビンゴ大会に決定。
「おい、おまえら白猫のさらわれたメンバーはつい17分前になにかやらかしたらしいな。拉致られても諦めたりせずに抵抗を続けているというのなら、俺らも手を貸さないわけにはいかないな」
こんなことを言ってくれる冒険者がいて、周囲も「そうだな」という雰囲気になったのだが、うっかりジョンが自分たちのメンバーではないと口にしたら変な空気になった。
「それは燃料輸送を頼んできた人が雇った助っ人の護衛で夜照ソフィンってプレイヤーだと思う。こっちのアニーやジャネットはファイアボールをバンバン飛ばすような攻撃魔法ばかりだからな。ソフィンのほうは自分で呪術師を名乗ってて、搦め手のような攻撃も得意みたいだ」
「夜照ソフィン?」
「ついさっきボーカメで見ただろ。瀝青鬼の連中を自殺に追い込んだ」
「カスみたいな珍走団とはいえ、呪術で自殺させてチームは全滅って、いくらなんでもやりすぎだろ」
「特にいまだとデスゲームかもしれないのにな」
「夜照ソフィンってヤツ、この状況でPK上等かよ、怖ぇー」
「その前はゾンビを大量虐殺してなかったか?」
「ゾンビレインの女か? あれもか?」
「わざわざ助けにいかなくても、自力で逃げ出してくるんじゃね?」
「逃げるのは珍走だろ。夜照ソフィンなんか拉致って、コレ全滅確定のフラグ立っただろ」
街の冒険者たちが顔を赤くしたり、青くしたり、ソフィンの噂話を続けた。さっきまでの「早く助けに行かないと」という熱い空気が一気に冷えて「はい、解散!」みたいな雰囲気に。
そのとき、移転門から冒険者の一団が吐き出された。先頭の男は白銀の胸当てに、青いビロードのマントを羽織っている。腰の剣は縦にも横にも厚みがある異形の形をしていたが、それにしては「どこかで見たことあるような……」と秋田市の冒険者たちに既視感を抱かせるものだった。
その後ろは魔法特化型のプレイヤーだろうか。剣のかわりに果物ナイフを装備していた――店内の商品どれでも銅貨1枚の『ブロンズワンショップ』という、リアルの世界なら100円ショップに該当する店の取扱商品だから、もちろん『果物ナイフ』という銘の名剣などではない。真っ赤で派手なローブこそ魔法使いらしいが、その下は最低限の肌だけ包帯を巻いているという露出狂的エロなスタイル。まるで極限まで安い装備でどこまで戦えるか、体を張って検証しているようだ。
さらに続く冒険者たちも星球鎚矛やら鎖鎌やら棍棒など、なかなか見かけない武器を持っていた。ボウガンのような知られた武器であっても全長2メートル超の大型だったり、騎乗しているわけでもないのにランスを抱えていたり、一般的な冒険者のチョイスとは外れたものが多いようだった。
「なーんかソフィンの奴、おもしろそうなことに首を突っ込んでるじゃないの」
真っ赤なローブの魔法使いが話しかけると、白銀の胸当ての剣士が振り返って答える。
「そりゃソフィンなんだから、たいてい素敵に愉快さ」
ジョンの周囲にいた地元の冒険者たちがざわめきだす。彼自身もソフィンがトップクラスの助っ人に声をかけてくれるようなことを言っていたのを覚えているが、まさか攻略ギルドとして有名な不朽の囚人のメンバー、それもギルマスとサブマスを含んだ本当のトップクラスを呼ぶとは思っていなかったので、かなり驚いた。
「あの剣……どこかで見たような」
「トンカチだろ、あれ。生ではじめて見たわ」
「エバーラスティングだよな、あいつ。うしろがミドガで」
「不朽の囚人じゃないか。攻略ギルドのトップがこんなところになんの用だ?」
「この付近に難易度の高いダンジョンなんてあったか?」
「ちょっと静かにしろ。夜照ソフィンの名前が出てないか?」
「あんなイカれた呪術師と、攻略ギルドのトップが知り合いのはずないだろう」
「いや、この前のデッドエンドキャッスル攻略に夜照ソフィンは参加したぞ」
「さすがにデスゲームかもしれないのに最大難易度のダンジョン攻略なんてやってられない、と逃げ出したメンバーが結構いて、かわりに誘われたらしい」
「夜照ソフィンってヤツ、PK上等な上に、自分が死ぬかもしれない状況もOKなの?」
駅前がかなりざわついている。最前線で戦っている攻略ギルドというのものはボーカメの一番大きな画面で見るのが普通であって、目の前にいるとは信じられないのだ――ただし、最終的にはソフィンに関する誤解がさらに高まる話になってしまったが。
そして、移転門からはさらに注目の人物が出てきた。まったく同じ顔をした2人のプレイヤーで、リアルでは双子だという噂だが、着ているのは迷彩服にポーチがいくつもついたプレートキャリアだ――鎧ではなく、プレートキャリア。どうしたってモンスターとバトルするための防具には見えない。
武器は2人ともM4カービンで極少数が沖縄のアメリカ軍基地跡で発掘されているが、かなり高価とされている。さらにはエイムポイントのダットサイトが搭載されていた。こっちも結構高価な光学機器だ。
5.56mm弾は対モンスター用としては威力が弱すぎで、対人用としては使いやすいから、防具も含めて完全なPK仕様である。
こっちもソフィンの呼んだ助っ人だろうとジョンは思ったのだが、同時に「なんでこんなヤツを」と頭を抱えたくなったのも事実だ。
アオイとアカネ。
みんなで楽しくモンスター狩りをするゲームとして製作された『フューチャー・アース・オンライン』において、ギャングを自称し、プレイヤーを襲撃して殺して奪うプレイスタイルで全プレイヤーから嫌われ、憎まれている悪い意味での有名人。
いま、ここで起きていることを考えると、最適なチョイスともいえる。なにしろPKさせたら右にも左にも並ぶ奴はいないほどのプレイヤーなのだ。
しかし、モラルの欠片もない双子がこっちにどこまで協力してくれるか未知数。最悪、暴走族の混成チームのうがおもしろいと感じたら、こっちの敵にまわるだろう。
つまり最悪の敵になるかもしれないプレイヤーを呼び寄せたことになる。事実、街の冒険者からも不安の声が出はじめた。
「あいつらギャングを名乗ってる双子だろ? 珍走よりタチが悪いじゃないか」
「毒をもっと毒を制する、みたいな?」
「相打ちになってくれればいいんだけどな」
「でも、このところはおとなしいみたいじゃないか」
「知らないのか? 死んだらログアウト派のプレイヤーだけど、自殺するのが怖いってヤツに頼まれる殺してやる商売で大儲けらしいぞ」
「商売?」
「全財産を置いていけってさ。まあ、どうせ二度とログインしないゲームだろうが」
「えげつないな」
「毎日100人くらいは殺してるという噂だ」
すごい戦力だが、これを使いこなす自信が残念ながらジョンにはない。アバターは髭面のおっさんでも、リアルでは小学5年生でしかないのだ。
そのとき、怒声や悲鳴が聞こえてきた。さらに銃声や爆音も続く。火薬の爆発だけでなく、魔法も炸裂しているようだった。
駅前の広場に武装トレーラーが突っ込んできた。ジョンの愛車である4トントラックとは比較にならない巨体で、車幅が3メートルもあるのに、さらにタイヤがはみ出している。直径もジョンのトラックの2倍以上と、トレーラー用ではなく、特殊車両のタイヤを取り付けられるようにカスタムしてあるようだ。
バンパーは鉄骨。さらに槍のように尖った鉄筋を何本も溶接してある。
運転席の上には銃座。M2重機関銃が据えてあった。
トレーラーにはコンテナが積んであり、銃眼がいくつもついていて、銃口が覗いていた。
その武装トレーラーの後ろには派手で厳ついカスタムが施されたバイクや車が続く。街中は戦闘行為禁止に設定されているのでダメージがあってもHPが減ったりはしない。だが、轢かれそうになれば、誰だって避けようとはする。
逃げまわる冒険者たちを見て暴走族たちはいっそう盛り上がった。
「ヒャッハー! 踏み潰されるとミンチになるぜ、死なないけど」
武装トレーラーが冒険者を巨大なタイヤで踏み潰しながら、運転手が叫ぶ。
「女だ! しかも、すげーエロ。あいつは積み込むぞ!」
「宴の供物だぜ!」
「熾烈なビンゴゲーム大会になりそうだな」
なぜか服も防具もつけず、最低限のところだけ包帯を巻いただけのミドガだ。露出癖でもあるのか、いつもそんな格好だから、こういう場面では一番に狙われる。しかも、いまは自分のほうから武装トレーラーの前に立っているのだ。
ミドガは両手を前へ突き出した。
「バリア」
簡単に技名を告げる。
次の瞬間、派手な激突音が街中に響いた。ミドガのバリアは何十トンもありそうな大型のトレーラーを止めたのだ。
「よし、いまだ! 突っ込め!」
エバーラスティングが名剣・トンカチを振りかざして突撃すると、不朽の囚人のメンバーも続いた。いままで逃げまわるばかりだった秋田の冒険者たちも後を追う。
「珍走のクズを殺せ!」
「街中じゃあ撃たれても痛いだけで死なないんだ、取り囲め」
「殺せなくても、バイクや車は破壊できるぞ」
「焼いちまえ! 狙いはガソリンタンクだ! ファイアボール!!」
「バイクだ、バイクのタンクに集中攻撃しろ」
いち早く武装トレーラーに取り付いたのはアオイとアカネの双子だった。腰を低く、銃を構えて、視界にダットサイトを入れたまま素早く後方の死角から接近していた。コンテナに開けられた銃眼に、M4の銃口を突っ込むとフルオートで1マガジンを打ち込む。
内部から複数の悲鳴が上がった。コンテナ内部に撃ち込まれた銃弾は反対側の壁に当たって跳ね返り、さらにそれが跳ね返りと、銃弾の威力が減衰するまで何度も跳ね返る。アオイとアカネの2人で合計60発。中にいる人間はミンチだ。
「手榴弾!」
アカネがピンを抜きながら叫び、銃眼から中に放り込む。
武装トレーラーがブルッと震えた。コンテナの四方にある銃眼のそれぞれから煙が立ち上った。2弾倉60発の銃弾だけでも中にいたプレイヤーに致命的なダメージを与えたはずなのに、そこに追い討ち。
完全にオーバーキル。絶対に殺すという強い意志。もっとも、街中での戦闘でHPが減ることはない。ただ、銃弾が体を貫通し、手榴弾で爆破されて、しかし死なない――トラウマものだが。
そんな派手で目立つ活躍をしたせいか、双子を狙う車が突っ込んでくる。シャコタンにした紫色のセダンだが、アオイとアカネの元には辿り着けなかった。エバーラスティングが剣で斬ったのだ。
銘『トンカチ』。
この『フューチャー・アース・オンライン』で最高クラスの刀剣鍛冶が、希少な素材を惜しげもなく注ぎ込み、その持てる技量のすべてを出し切った――さらに妙な幸運だか悪運が何重にも重なってできたサーバーに2本とないし、もう二度と作れないであろう珍品。その性能は頑丈さMAXに耐久度MAX。トンカチのように叩きつけようとも、絶対に壊れない剣なのだ。
そのトンカチをまるで野球のバットのようにフルスイング。
フロントガラスが砕けて、Aピラーを両断し、運転者の頬から耳を切り裂き、さらにBピラーまで切断した。致命傷ではないものの、顔面をざっくり割られ、大量に出血している。痛みのせいか、気が動転したのか、ハンドル操作を誤って道路脇の半分折れた電柱に激突した。
「手加減できるうちに引いとけよ。どうでも引かないなら殺し合いになるぞ」
車を剣で斬って平気な顔している男に暴走族たちは戦闘の継続に躊躇した。このまま戦って勝てるのか? まず無理だ。
街の外に追い立てられたら、本当に殺す、殺される、という状況になってしまうし、このままではそうなってもおかしくない。
そんな戦闘の間隙にジョンの声が響いた。
「ジャネットとアニーからボイスチャットがきた。無事に脱出したってさ。ソフィンや、他に捕まっていた女性プレイヤーも一緒だってさ」
よい報告をみんなに早く聞かせたいという善意から出た行為だったが――最悪のタイミングだった。
「女が逃げたのか?」
「連れ戻すぞ!」
「撤退だ!」
「女はフィールドでサラったほうがいい」
「もっと小さい街を狙おうぜ」
暴走族集団は街を去った。
次回の更新は来週土曜日、11月3日の予定です